第4話

 帆花の連れのジャージ少女を雪緒の話し相手にする、ということになったが、


「いいかい? この色が違う先っちょの部分だ――」

「バカか! んなこと教えんなふみ!」

「いでっ」


 物騒な事を教え込もうとしていたので、文と呼ばれたジャージ少女は、飛んできた帆花に頭をひっぱたかれた。


「別にいいじゃないか」

「よかねえ! 普通はそんな知識いらねえの!」


 反省の色が全く無かったので、帆花にテーブルの上にある弾丸類を回収された。


 話すことないじゃないかー、とブーたれる文を適当にあしらって、帆花は殺し屋達の囲みに合流した。


「さっきも言ったけど、マジでそれで行くのか?」

「あんたの負担でかくない?」

「今年34でしょ?」


 蜂須賀が即席で組み立てた作戦に賛同はしたものの、彼女はかなり長期のブランクもある、ということである2名の除いた皆が心配を口にする。


「その心配は要らねえだろ。コイツ時々射撃場に来てるらしいし、アホみてえにタフだし」


 ちらっと文を見やりながら、帆花は非常に苦々しい表情をしつつ言った。


「あー、うん。確かにそうね……」

「お前もやられたか」

「ええ」


 暗殺銃の女も、彼女と似たような表情でその意見に同意した。


「あんたら確か、『雀蜂すずめばち』のに美味おいしくいただかれたんだっけ」

「それを言うんじゃねえ!」

「それを言うんじゃないわよ!」


 ボウガンの女にバラされ、2人は同時に火が付いたように赤面しながらみつく。


「2人ともすぐ腰が立たなくなって、可愛いい声出してたなあ」


 ニヤリ、とイタズラめいた笑みを漏らしつつ、舌なめずりをして手をワキワキと動かした。


「黙れ! 加減ぐらいしろよこの性欲魔獣め!」

「次の日の仕事キャンセルになったのよ私!」


 それに寒気を催した被害者の会2人に、蜂須賀は左右から頭をひっぱたかれた。


「まあそういうわけだからご心配なく」


 蜂須賀がそう言うなら、という事で作戦が決まると、殺し屋達は自席に戻って一斉にツテに電話をかけ始めた。


 雪緒と入れ替わる様に、ややしかめ面で帰ってきた帆花へ、


「私というものが有りながらヤったのかい?」

「ちょっとまってたんだよ」


 文が意地の悪そうなニヤケ顔で、そう言っていじられ、帆花は非常にばつが悪そうにしていた。




 殺し屋達から準備が済んだ、という事を聞かされた蜂須賀は一度頷いて、表情も身体もガチガチの雪緒の手をとって笑いかけた。


「じゃあ行くよ。雪緒ちゃん」

「あ、はい」


 雪緒としっかり手をつないだのを確認してから、殺し屋達に小さく手を振り、厨房から出てきた菜央にウィンクをして蜂須賀は店を出た。


 少し歩いて、店の駐車場に止めてある、天井が高く車高の低い軽ワゴン車に2人は乗り込んで出発した。


 それは蜂須賀が『配達屋』の仕事で使うもので、雪緒が座る助手席は簡易式のため、あまり座り心地がよろしくない。


「シート硬くてごめんね」

「いえ……、お構いなく……」


 いつもの調子で気さくに話しかける蜂須賀だが、雪緒はシートベルトを握りしめて、不安げな表情でそう返した。


「雪緒ちゃん。なんか食べる? お菓子色々あるんだけど」

「……いえ。母に夜にものを食べちゃダメ、と言われてるので……」

「そっか。じゃあどういう音楽が好き?」

「すいません、あまり聴かないので……」

「ありゃ」


 車に積んであるお菓子やら音楽で、雪緒を少しでも元気づけようとする蜂須賀だが、そのことごとくが不発かつ下ネタも禁止なせいで、内心頭を抱えていた。


 そんな悩める大人と、申し訳なさげな少女を乗せたワゴン車は、この町の中心部にある、一昔前のネオン看板と最新のダイオードの照明が共存する繁華街へと入っていく。


 酔客が歩道をうろついたり、その手の店の客引きが忙しそうにしていたり、と、深夜にしてはそれなりに通りには活気があった。


 やや速度を落として走る、蜂須賀のワゴン車の後ろを1台の実車表示のタクシーが付いて走る。


「チッ。アイツ人目に付くとこに来やがって……」

「まあそう焦るな。あの女は『配達屋』だからな」


 だがそれは、小田嶋側が用意した追跡係の車両だった。

 運転席にはやや歳を食った痩せぎすの男が。後部座席にはまだ20代前半のガタイの良い青年が、それぞれ運転手とサラリーマンを装っていた。


 青年は少し焦り気味でイラついているが、彼をいさめた痩せぎす男は、至って冷静に前を見据えている。


「このままちんたら追いかけてたら、朝になっちまいますぜ」

「仕事熱心なのは結構だが、生憎、ここはよそのシマだ」


 狼藉ろうぜき働いたらどうなるか、鉄砲玉でもわかるこった、と言われ、青年は大人しく座席に深く腰掛けた。


 その追跡は予測の範囲内だった蜂須賀は、交番の近くや幹線道路、突けば蛇が出る様な裏通り、といったエリアばかりを配達のフリをしながら回り続けた。


 その車中は、とりあえず女児向け番組の曲を流れているが、両方ともよく知らないので結局無言のままになっていた。


「あの、蜂須賀さん。……母は、どういう人でしたか?」


 蜂須賀を困らせている、と罪悪感を抱いていた雪緒は、自分から蜂須賀に話しかけた。


「そうだね……」


 話しかけてくると思っておらず、少し目を丸くした後、蜂須賀はそう言って少し間を開ける。


「ありきたりではあるけど、とても世話焼きで、とにかく器が大きな人だよ」


 ちょっとお人好ひとよし過ぎる所もあったけどね、と、少し遠い目をしながら、蜂須賀は懐かしげに微笑ほほえみを浮かべる。


 ……こんな得体の知れない女にも、優しくしてくれるんだからね。


「まあ、そのおかげで救われたんだけど」


 雪緒に気を遣わせたくなかったので、前半分の言葉を口には出さなかったものの、彼女の表情に自虐的なものが混ざった。


 自分の母親像と蜂須賀の話すそれが同じで、安心した雪緒は、


「母と蜂須賀さんは、どういう風に知り合ったんですか?」


 少し明るい表情をしながら、彼女へもう一つの質問を投げかけた。

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