第3話
*
「もう大丈夫だよ」
血だまりが『掃除屋』の従業員達によって片づけられてから、蜂須賀は抱きかかえていた雪緒を椅子に下ろす。
ちなみに、『掃除屋』の『社長』と秘書は、特に来た意味の無かった、ふてくされた顔の少女とその相方の黒ゴスロリ少女と一緒に帰っていった。
「ありがとう、ございます……」
まだ少し
蜂須賀は座り直してから、そんな彼女の頭をそっと撫でた。
「なんだ、ガキにまで手え出す気か?」
柔らかに微笑みつつ、雪緒をじっと見ていた蜂須賀に、外から帰ってきた二丁拳銃の殺し屋が近くにやって来て軽くからかう。
「まさか。私のストライクゾーンは、ちょうど帆花君みたいなえっろい子だよ。今度いつ予定空いてる?」
上半身を捻って振り返った蜂須賀はそう言うと、腕組みをしている帆花と呼ばれた殺し屋を
「ガキの前で
帆花は全身の毛がぞわぞわ逆立つ感覚を覚え、
「じゃあ後日たっぷりずっぷりということで」
「ということで、じゃねえよ。黙れ色ボケ雑食女」
「ええ、ほんの入り口だけで我慢――」
「そこがテメエ得意分野じゃねーか! もう絶対しねえからな!」
10倍返しぐらいで返り討ちにされた帆花は、頭をガシガシ
「前から気になってたけど、帆花はあの人と何があったんだい?」
「言いたくねえ」
興味津々で訊いてくるジャージ少女へ、非常に機嫌が悪そうに顔をしかめてそう言った。
「ところで君。あんなのに探されてるって事は、何かとんでもない事に巻き込まれてるね?」
さっきまで半分ふざけた態度だった蜂須賀は、極めて真剣な表情でそう訊いた。
空気が変わったのを感じた客が雑談を止め、静かで小気味良いジャスだけが店に流れる。
「すいません……。
助けを求める様な表情をしたが雪緒は、身体を
「そっか……」
それを見た蜂須賀は、ほんの少し迷った様子でマスターを見やる。すると彼は、口角を上げて1つ頷いた。
マスターに背中を押され、表情から迷いがなくなった蜂須賀は、窓口から彼女を見ていた菜央に目配せすると、彼女はその意図を察して厨房のさらに奥へ消えていった。
「隠していて悪いね。私がその蜂須賀理恵なんだ」
かがみ込んだ蜂須賀は、浮かない表情で
「……本当、ですか?」
雪緒は数秒の間を開けた後、目を潤ませながらそう言う。
「ああ。今からその証拠を見せるよ」
頭をそっと撫でた蜂須賀はそう言って、ちょうど奥から戻ってきた菜央から、ノートパソコン程のサイズのアタッシュケースを受け取って蓋を開ける。
その中に入っていたものは、銀色に塗られた38口径のリボルバーだった。
使い込まれた艶のある木製グリップに、顎を開いて襲いかからんとする
雪緒はその印を見て、パーカーのポケットに入っていた紙を素早く開いて確認する。
「本当、だ……」
蜂須賀の名前の下に、彼女のトレードマークについて、グリップのそれの説明が書いてあった。
「信じて貰えた様だね」
「はい……。てっきり男の方だと思っていたもので……」
すいません、と律儀に頭を下げる雪緒へ、蜂須賀は、良いって良いって、と全く気にしていない様子で笑って言う。
「まあ無理もねえ。そいつ中身オッサンだからな」
そんな彼女に、ボウガンの殺し屋の男からそうヤジが飛び、酷いなあ、と蜂須賀はちょっとむくれる様に苦笑いして返す。
「それで、私への用事ってなんだい? ええっと……」
「あっ、岩水雪緒です」
岩水、という名字と、雪、という名前の一字に、蜂須賀は頭のどこかで引っかかりを覚えた。
「オーケー。雪緒ちゃん」
「はい……。えっと、細かい事はこれを見せなさい、と母が……」
彼女はそれを表に出さず、雪緒がそう言ってウェストポーチから取り出した便せんを受けとって開く。
「どれどれ」
書いてある差出人の名前が目に入った途端、蜂須賀は目を見開いた状態で固まった。
「
蜂須賀が、雪緒の母親であるその名前を漏らすようにつぶやいた後、黙々と本文を読んでいく。
その内容は、
雪緒が自分ととある中規模なヤクザの若頭の子である事。
彼が抗争の最中に
幹部の
小田嶋の魔の手から娘を
そして、恐らく自分は、もうこの世には居ないだろうから、雪緒の将来を任せる、というものだった。
また、あの男の名前を見ることになるとはね……。
手紙をそっと閉じて、改めて雪緒を見てみると、目元や眉の形や輪郭といった所々が母親の美雪によく似ていた。
「それで雪緒ちゃんは、どのくらい自分の状況を知っているのかい?」
「……全部、です。狙われている理由も、お母さんがどうなるかも……、です……」
蜂須賀が恐る恐るそう訊ねると、雪緒は
そこで耐えきれなくなった彼女は、静かに涙を流し始める。
「……」
何を言っても、目の前の少女を一時たりとも救えない、と感じた蜂須賀は、何も言わずに雪緒をそっと抱き寄せた。
なんて、事だ……。
あまりに過酷な運命を背負わされた、その細くて小さな背中を撫でながら、蜂須賀は顔をしかめて嘆く。
女の子を泣かせたら、いつも一斉にいじりに来る殺し屋達も、このときばかりは空気を察して何も言わなかった。
もうこれ以上、この子を『こっち側』に落ちさせるわけにはいかないな。
そう決意した蜂須賀の目には、長らく消えたままだった、強い意志の炎が宿っていた。
殺し屋達はそれを見て、全員がおもむろに立ち上がり、2人の周りに集まってきた。
「おい蜂須賀。私らに、なんか手伝える事があるか?」
そう訊いてきた帆花を含めた彼らは、頼もしい笑みを浮かべていた。
「……良いのかい?」
「訊くまでもねーだろ」
「同感だ」
「そうそう」
「あんたには世話んなってるからね」
「巻き込みたくねえ、とか水くせえ事言うんじゃねえぞ」
目を丸くしている蜂須賀に、リボルバーの男、暗殺用無音銃の女、吹き矢の男、ボウガンの女、そして帆花は、やらせてくれ、むしろやらせろ、といった勢いで口々に言う。
「分かった。ありがたく手を借りさせて
少しの間だけ遠い目をした蜂須賀は、ニッと笑って
「で、プランは?」
「ああ」
一カ所に固まって作戦会議を始めようとした彼らに、
「ちょっと待ちなさい。君ら、カタギの娘の前で人殺しの相談をする気かな?」
マスターが1つ
つい、いつものノリでやりかけていた殺し屋達は、ばつが悪そうに苦笑いした。
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