第三十八話 帰郷

兄貴に屋敷内に案内されて通された場所は、意外にも食堂だった。

普通こういった時は応接室とかではないのかと思ったのだが、他所の屋敷の事情に文句を言う訳にはいかないよな。

それに、こんな立派な屋敷に入った事自体初めてだから、俺の方の常識がおかしいのかもしれない。

しかし、魔族の屋敷だから、お化け屋敷の様な怖い感じを想像していたのだが、いたって普通だな・・・。

掃除が行き届いていて、清潔な感じで住みやすいのだろうと思った。

兄貴が椅子を引いてくれて、俺達を席に座らせてくれた。

兄貴は見た目だけでは無く、本当の執事になったんだな・・・。

そんな事に感動していると、今度はメイドが俺達の前に紅茶とお菓子を用意してくれた。

なんだか貴族になったような気分だな。

紅茶もお菓子も美味しいし、メイドさんは可愛いし、ここに住みたいと思えてしまうな。

こんな可愛いメイドさんでも魔族なんだよな、実に残念だ。

エアリーと金髪美少女の話が始まったが、やはりこの金髪美少女は管理者だと言う事だった。

人に化けているため、魔力は押さえているのだろう、魔力的な脅威を感じる事は無い。

しかし、俺の経験から感じる脅威はまた別だ。

金髪美少女はもちろんの事、兄貴やにゃんにゃんメイドに、もう一人の愛想の悪そうな冒険者風な女も相当な実力がありそうだ。

間違いなく、俺はこの四人と戦って勝つことは出来ないだろう。

エアリーと金髪美少女との話し合いが終わり、エアリーも納得が出来て満足している様子だ。

街で再会した時にはとても喜んでいたので、和解出来た事は非常に喜ばしい事だな。

エアリーとの会話が終わった金髪美少女は、兄貴に俺と話すよう促してくれて、兄貴も俺の事を見て話し始めてくれた。

兄貴はやはり広樹、生前の兄貴だったわけだ。

魔族になったみたいだが、兄貴が生きていたことの方が重要で、とても嬉しい。

エアリーには、俺が転移者だった事を話していなかったため、いい機会だと思い説明した。

そういえば、俺が転生者だと話したのはこれが初めての事だな。

両親にも話していないし、これから先もエアリー以外に話す事は無いだろう。

それから、兄貴から三人の妻を紹介された。

巨乳メイド、可愛らしいメイド、不愛想な美人、羨ましすぎる!

でも、前世でも兄貴は結構モテていたからな。

本人が剣道に打ち込みすぎていて、付き合ったのは一人だけだったが、複数の女性が思いを寄せていたことは知っていた。

そう考えると、三人いても不思議ではないのか?

この世界では、養えるのなら一夫多妻でも問題ないからな・・・。

俺はエアリー一人いれば十分かな?

そう思っていた所、兄貴からエアリーとの仲を聞かれ、どういう訳かこの場でエアリーに告白する事となってしまった。

兄貴達の前でとても恥ずかしかったが、エアリーが受け入れてくれてとても嬉しかった。

しかし、エアリーは以前から俺と恋人だと思っていたのだな・・・。

今までエアリーとは一緒のベッドで寝ていたし、一緒に治癒院を開こうとも言った。

あれをプロポーズと捕らえていたとしても間違いではないよな・・・。

そうだと知っていれば、もっと早くエアリーとイチャイチャ出来ていたかと思うと勿体なく思うが、これからは婚約者として堂々とできる訳だから構わないか。

その事は置いておいて、兄貴の事を聞いて見る事にした。

魔族と言ってもいろいろな種類がいるからな、兄貴がどの魔族に転生してここまで生活してきたのかが気になる。

兄貴は俺から視線をそらしながら吸血鬼だと答えたが、にゃんにゃんメイドがゴブリンだと教えてくれた。

最弱の魔物、ゴブリンに転生したのなら、俺に話したくないのは良く分かるな。

さらに俺と戦った黒いゴブリンだと言われて納得した。

魔力を抑え込んだ状態であの強さだったからな・・・。

俺が幼い頃、アベルが冒険者と一緒に討伐に向かったゴブリンも、恐らく兄貴だったのだろう。

アベルが戦うのを避けて話し合いで解決したのは、今思えばとても良かった事だと思えるな。

もし戦えば、どちらかが死んでいただろうからな。

しかも、吸血鬼となった事で不老不死に成ったとか羨ましすぎる!

不老不死と言えば、誰しも手に入れたい物の一つでは無いだろうか!?

少なくとも俺は不老不死を得たいと思っている!

だがそれは、エアリーと一緒じゃないと意味が無い事だな。

俺だけ不老不死に成った所で、寂しい時間を過ごす事になりそうだ。

魔族でない俺には、考えるだけ無駄な事だな。

それから兄貴は変装を解いて、黒いゴブリンの姿になってくれた。

俺と戦ったゴブリンに間違いないな。

もしあの時助けが来なかったら、俺は兄貴に殺されていたのだろうと思うと、途端に恐ろしくなってしまった。

ヴァームスは殺されたし、兄貴も俺と殺すつもりだったのだろう。

魔族側から見れば、俺達は侵略者に過ぎないのだからな・・・。

その事を聞いて見たかったが、殺すつもりだったと答えられたら衝撃が大きすぎるので、質問を変えてみた。

兄貴の答えは俺の想像した通りだった。

ゴブリンと言えば、駆け出しの冒険者がまず最初に倒す相手だ。

俺はお金にならないゴブリンなんて倒した事が無いけどな。

しかし、ゴブリンに転生したともなれば、逆に冒険者から命を狙われる立場になる。

兄貴から見れば、人は自分や仲間の命を狙って来る殺戮者とも言えるだろう。

それは、女神教から命令されたとは言え、魔族の管理地に侵入した俺も同じだという事だ。

あの時殺されていても、文句を言える立場にないという事だ。

それから話は終わり、俺達は屋敷を出て帰る事となった。

魔族の屋敷に泊めされてもらう訳にはいかないし、兄貴達も魔力を抑え続けている事は出来ないという事だったからな。

実家のすぐ近くだと教えられ、帰るにはこの場所は都合が良かった。

しかし、ネフィラス神聖国に居た筈なのに、一瞬でここまで移動する魔法と言うのは便利な物だな。

ビショップの俺には、いや、人には扱えない魔法なのだろう。

どれだけの魔力が必要なのか見当もつかない。

俺には飛行の魔道具で十分だな。

兄貴達に別れを告げて、エアリーと手を繋いで飛びあがった。

「エアリーさん、俺の実家に行こうと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「まぁ、マティーさんの実家ですか!行って見たいです!」

エアリーは笑顔で応えてくれた。

「それから、クリスさん達と話した事は、誰にも話してはいけません。

俺が転生者だという事もです」

「はい、分かっています。クリス様と話して、私はクリス様が危険な存在では無いと分かりましたが、他の人に話しても信じて貰えませんからね」

「はい、その通りです」

エアリーは少し悲しそうな表情を見せていた。

エアリーにとっては命の恩人で信用に値する魔族だけれど、他の人にしてみれば、管理者は恐怖の対象でしか無いからな。

飛び立ってから二十分ほどで、俺の生まれ育った街に到着した。

魔族の管理地から飛び立ったのを他の人に見られない様に、少し遠回りしてきたにもかかわらず、予想以上に早く着いたものだ。

「ここがマティーさんが育った街ですか」

「はい、小さな街ですけど、治安が良くて住みやすい所です」

「そうなんですね」

治安が良いと言うのは、単に田舎の小さな街だから悪事を働けばすぐに捕まるし、儲けも少ないから悪人が寄り付かないと言うだけの事だがな。

街の門を警備しているおじさんに冒険者カードを見せるまでもなく、俺がマティルスだという事覚えてくれていたみたいで、すんなりと入れてくれるくらいには田舎だという事だ。

街の中に入ってからは、特に寄り道する事無く炎滅の宿までやって来た。

「エアリーさん、ここが俺の実家の宿屋です」

「炎滅の宿ですか・・・き、綺麗な宿屋ですね」

エアリーは宿屋の看板を見て引いていた。

気持ちは分からないでも無いな。

俺の実家で無ければ、こんな物騒な名前の宿屋に泊まりたいとは思わないかも知れない・・・。

「ま、まぁ中に入りましょう」

「は、はい」

日が暮れるには少し早い時間帯だから、アベルは夕食の仕込みに忙しい時間帯だろう。

宿屋の方へと向かって行く事にした。

受付のカウンターにはシャルでは無く、大きく育ったシアリーヌが座っていた。

「マティーお兄ちゃん!?」

シアリーヌは俺の顔を見ると、直ぐに俺だと気が付いた様で、立ち上がって俺の方へと駈けて来た。

「シア、大きくなったな、見違えたよ!」

「マティーお兄ちゃん、お帰りなさい!」

シアリーヌは駆け寄ってきた勢いのまま俺に抱き付いて来て、胸に顔を埋めていた。

「シア、ただいま」

俺は大きくなったシアリーヌの頭を優しく撫でてやると、シアリーヌは気持よさそうにしていた。

そう言えば、冒険者に成る為にこの家を出て行ってから五年以上過ぎている。

シアリーヌが大きくなる訳だ。

「マティーさん、そちら妹さんですか?」

「はい、紹介するよ、俺の妹でシアリーヌ」

「シアリーヌさん、私はエアリーと申します、よろしくお願いします」

エアリーが挨拶したにも関わらず、シアリーヌはじっとエアリーの事を見ているだけだった。

「シア?」

「あ、シアリーヌと言います・・・」

シアリーヌはぺこりと頭を下げて挨拶をした。

うちは宿屋だから挨拶は基本中の基本だ、それを忘れるなんてシアリーヌらしくないな。

それより両親に帰宅した事を報告するのが先だな。

「シア、ママは何処にいるか分かるかい?」

「ママは、買い物に行ってるよ」

「そうか、先にパパに挨拶して来るからな」

「うん、マティーお兄ちゃん、後でゆっくりお話ししようね!」

「分かった」

俺はシアリーヌの頭を再び撫でてから、厨房へと向かって行った。

食堂から厨房を覗くと、忙しそうに夕食の下準備をしているアベルの姿が見えた。

「パパ、ただいま戻りました」

俺が厨房に入って声を掛けると、顔を上げてこちらを見たアベルはニコッと笑みを浮かべた。

「マティー!良く帰って来たな!

ついこの間、ネフィラス神聖国に居たとシャルが言ってたが、やけに早かったじゃねぇか!」

「まぁ色々ありまして・・・その事は後でゆっくりと話します」

「そうだな、それより、後ろのカワイ子ちゃんはお前のこれか?」

アベルはニヤニヤしながら小指を立てて俺に聞いて来た。

「えーと、まぁそんな感じです・・・」

俺は恥ずかしさのあまり、婚約者ですと言えなかった。

「エアリーと申します。マティーさんとは結婚を前提にお付き合いさせて頂いております」

そんな俺とは違って、エアリーはしっかりとアベルを見ながら挨拶をしていた。

「マティー、奥手だと思っていたがやるじゃねぇか!」

アベルは俺の頭をバシバシ何度も叩きながら喜んでくれた。

それは良いんだけど、アベルの力で頭を何度も叩かれると正直痛い・・・・。

俺は頭を両手でガードしながら、アベルから何とか逃げ出せた。

「俺はマティーの父親でアベルスティン、マティーは冴えない奴だがよろしくやってくれ」

「はい!」

実の息子に向かって冴えない奴とは・・・まぁその通りで文句は言えない所が悔しいが、アベルがエアリーの事を気に入ってくれたようで何よりだ。

「アベル~、調味料買って来たよ!」

丁度そこに、シャルが買い物から帰って来た。

「あら、マティーじゃない!お帰りなさい」

「ママ、ただいま戻りました」

シャルは、調味料が入っている袋をアベルに投げた後、俺を抱きしめて来た。

「随分と大きくなったわね」

「五年たちましたから、大きくもなりますよ」

「そうね、ここに帰って来たという事は、女神教とは縁が切れたのかしら?」

「はい、その事は夕食の時にでもお話しします」

「分かったわ、ところで、そちらのお嬢さんはマティーのこれ?」

シャルは、アベルと同じように小指を立てて見せた。

「はい、そうです」

「エアリーと申します、よろしくお願いします」

「私はシャルティーヌ、エアリー、こちらこそよろしくね」

エアリーは、アベルの時とは違って、やや緊張したような面持ちでシャルに挨拶していた。

「ママ、部屋は空いているかな?」

「マティーの部屋は使って無いから、そこに泊まるといいわ」

「分かりました、話は夕食の時にしますね」

「楽しみにしているわよ」

宿屋はこれから忙しい時間帯に入るから、俺はエアリーを連れて自室に戻って行った。

「ここがマティーさんの部屋なんですね」

「何も無くて狭い部屋ですけどね」

俺とロティーで使っていた部屋で、二人ともこの家を出て行ったため、ベッドが二つ置いてある以外は何も無かった。

それでも定期的に掃除はされていた様で、埃が積もっているという事は無かった。

「あの、マティーさん、手伝わなくて良かったのでしょうか?」

エアリーは宿屋の手伝いがやりたかったのだろうか?

いや、単に気を利かせてくれただけだろう。

しかし、修道女のエアリーには、冒険者相手の宿屋の手伝いは厳しいだろう。

俺は問題無く手伝えるが、素人が手伝うとかえって邪魔になってしまうからな。

「今日は色々あって疲れましたし、俺達が手伝うとかえって邪魔になりますから」

「そ、そうですね・・・」

あれだけの事があったのだ、エアリーもかなり精神的に疲れているはずだ。

「夕食まで時間もありますし、少し仮眠を取る事にしましょう」

「分かりました」

俺とエアリーは別々のベッドで横になって休む事にした。

子供用のベッドだったから一緒に寝るには狭すぎるし、二人で寝ている所を家族に見られたくないと言うのもあった・・・。

・・・。

どれくらい眠っていたのだろうか・・・気配を消して部屋に入って来た者に気が付き目が覚めた!

慌てて体を起こすと、シアリーヌが俺の方へと近づいて来ているのが確認できた。

「シアか・・・脅かさないでくれ」

「流石マティーお兄ちゃん、気が付かれちゃった」

シアリーヌは悪戯が失敗したと、舌を出しておどけて見せていた。

「気配を消して近寄って来るとは感心しないな・・・」

「脅かそうと思ったんだけどね、そっちのお姉ちゃんは気が付いてないみたいだけど?」

「エアリーさんは修道女で、冒険者では無いからな・・・」

「ふ~ん、そうなんだ、それよりご飯だよ」

「分かった、エアリーさんを起こしてからすぐ向かうよ」

シアリーヌはそれだけ伝えると、踵を返し部屋を出て行った。

「エアリーさん、起きてください」

俺はエアリーの体を軽く揺すって起こした。

「マティーさん、おはようございます、もうすっかり暗くなってしまっていますね・・・」

「はい、夕食の準備が出来たそうですので食堂に向かいましょう」

「分かりました、いつもよりお腹が空いている気がします」

「宿屋の夕食は遅いですからね」

俺はエアリーを連れて、食堂へと降りて行った。

閉店後の食堂には、いつもより豪華な食事が並べられており、アベル、シャル、シアリーヌに加えて、冒険者ギルドマスターのオルドレスまで席に座っていた。

オルドレスは、アベルのパーティメンバーだったから呼ばれたのか、それとも俺から情報を得るために自ら来たのかもしれないな。

「オルドレスさん、お久しぶりです」

「マティー、大きくなったな」

「マティーお兄ちゃん、早く座って!」

オルドレスへの挨拶もそこそこに、シアリーヌに急かされてエアリーと一緒に席へと着いた。

「マティーがめでたく彼女を連れて戻って来た事を祝して、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

アベルの音頭で夕食が始まった。

「マティーお兄ちゃん取ってあげるね!」

「シア、自分で取るから・・・」

「いいから任せて!」

料理は大皿に盛られていて、それを各自好きな分だけ取って食べる様になっている。

それをシアリーヌが取ってくれるという事だが、まぁいいか、ここは妹に甘える事にしよう。

「では私はこちらを取って差し上げますね」

今度はエアリーが、シアリーヌとは別の料理を取って俺の前に置いてくれた。

嬉しいのだが、俺を挟んだ状態でシアリーヌとエアリーが睨み合っているのは正直勘弁願いたい・・・。

「二人共、食事が冷めないうちに食べよう」

「うん!じゃぁお兄ちゃん食べさせてあげるね!」

「自分で食べるからいいよ・・・」

「マティーさん、こちらの料理も美味しいですよ!」

二人から料理を口元に持って来られて、仕方なく俺はそれを食べる事となった・・・。

「マティー、モテモテじゃねぇか!」

オルドレスは笑っているが、次から次へと運ばれてくる食べ物を必死に食べなくてはならないこの状態は、正直拷問に近いと思う。

シアリーヌが俺に構っているから、アベルからの殺気の籠った視線が怖すぎて、この状況を楽しむ事は出来なかった。

「もうお腹いっぱい・・・」

二人から、お腹がはちきれんばかりに食べさせられて、ようやく地獄のような食事の時間が終わった・・・。

食器をあらか片付けた後、アベルは酒の入ったジョッキを全員分用意して再び席に着いた。

シアリーヌの分だけはジュースの様だな。

「さてマティー、話を聞かせてくれ」

「分かりました」

俺は、ネフィラス神聖国で起こった出来事を、出来るだけ詳細に説明した。

管理者については、俺が転生者だという部分を除いて、ここまで送って貰った事を伝えた。

「なるほど、まぁ神託については俺達の想像通りだったつー事だな!」

「そうね、あの時逃げ出して正解だったわね」

「しかし、これで勇者と言う名の犠牲者が出る事は無くなった訳だ」

アベル、シャル、オルドレスの三人は、俺の説明を聞いて納得していた。

「勇者が犠牲とは、どういう事なのですか?」

エアリーが三人に問いかけると、オルドレスが代表して答えてくれた。

「修道女の嬢さん、女神教は魔族の脅威から人々を守っている事で信者を増やし、勢力を伸ばして来た訳だ。

しかし、実際はお嬢さんも聞いた通り、魔族側にこちらを攻めて来る意図は全くない。

そこで、魔族と戦う勇者と言う名の犠牲者を立てる事で、女神教は魔族と戦って人々を守っていますと言う事にしたわけだ」

「そんな・・・」

エアリーはオルドレスの説明を聞いて、力を落として俯いてしまった。

俺もエアリーの気持ちと同じだ・・・。

そんなくだらない理由で、俺達は勇者パーティに参加させられて危ない目に合い、更にヴァームスは亡くなったのだから・・・。

俺達だけじゃ無いな、今回は多くの軍人も犠牲になっている、その人達の無念を思うと女神教自体潰した方が良いようにも思えて来る。

「気落ちする気持ちも分かるがよ、もう二度と勇者なんて言う犠牲者が出る事は無くなったんだからそれでいいじゃねーか!」

「そうですね・・・」

アベルがエアリーを励まそうと声を掛けたが、エアリーの声は沈んだままだった。

そう簡単に割り切れる物でもないからな。

「二人が無事でよかったという事よ。

ところでマティー、今後はどうするつもりなのかしら?」

「えーっと、どこかの街でエアリーと治癒院を開こうと思っています」

「それは良い事だけれど・・・」

シャルは喜んでくれるかと思っていたのだが、微妙な表情を見せていた。

しかし、その理由は直ぐに判明する事となった。

「マティーお兄ちゃん!冒険者はもう辞めちゃうの!?」

「そうなるかな・・・」

「えぇー!!私、マティーお兄ちゃんと一緒に冒険するのが夢だったのに!」

「そう言われても・・・それに、シアはまだ冒険者訓練所に行かないといけないだろ?」

今年十二歳になるシアリーヌは、十五歳になるまで冒険者には成れない。

特例で、Bランク以上の冒険者パーティと組めば、すぐにでも冒険者になる事は可能だが、俺はまだCランクだからそれは無理な事だ。

「私訓練所には行かなくていいんだもん、パパそうだよねぇ!」

「そうだぞ、シアは十分強くなったからな、冒険者訓練所に行く意味がねーからな!」

シアリーヌに激甘のアベルの言う事は当てにならないから、シャルに聞いて見る事にした。

「ママ、そうなのですか?」

「えぇ、シアが強くなったことは確かよ、それと訓練所に行かなくていいのは、私達のパーティに入れれば解決する事なのよ」

確かにアベルのパーティはAランクだから、シアリーヌがそこに入ると言うのであれば条件はクリアーできるな。

しかし、冒険者を引退したのでは・・・。

「俺達は冒険者を辞めた訳でもパーティを解散した訳では無いし、シアの実力も俺が確認したので容認した」

俺の疑問に答えてくれたのは、冒険者ギルドマスターのオルドレスだった。

オルドレスが認めたのであれば、シアリーヌが冒険者になる事を妨げるものは無いな・・・。

シアリーヌと冒険をしたい気持ちは俺にもあるが、エアリーとの約束を反故にする訳にはいかない。

「シア、俺はやっぱり・・・」

「マティーさん!」

シアリーヌに一緒に冒険できないと言おうとした所で、エアリーに遮られてしまった。

そして、エアリーはシアリーヌに向き直って真剣な表情で話し始めた。

「シアさん、私も一緒に冒険しても構いませんか?」

「んー、私は構わないけど、お姉ちゃん強そうに見えないよ、大丈夫?」

「そうですね、私は冒険者としては全くの素人ですから足手まといになるかも知れません、ですが、強くなれるよう努力しますのでお願いできませんか?」

「それならお姉ちゃんも一緒に冒険しよう!」

「はい、よろしくお願いしますね」

俺を除け者にして、エアリーとシアリーヌの間で話が決まってしまった。

「エアリーさん、治癒院を開くと言うのは良いんですか?」

「いいえ、治癒院を開くにしてもお金が必要ですから、その資金を稼いだ後でも遅くは無いですよね?」

「それはそうですが、既にお金は十分あると言いますか・・・」

勇者パーティに入った際に、金板百枚を貰っていてまだ手を付けていないから丸々残っていて、それはエアリーも同じはずだ。

「はい、私もお金は頂きましたが、このお金は教会に返そうと思います、その方が後腐れなくていいですよね」

「確かにそうかも知れませんね・・・」

勿体ない気持ちもあるが、後からお金を返せと言われても気持ちが悪いので返した方が良さそうだな。

「マティー、女神教から金を受け取っていたのかよ!」

「はい、勇者パーティに入った際に装備と一緒に支給されました・・・」

「そうか、エアリーの言う通り、そんな金さっさと返しちまった方が良いだろうな」

「そうします」

エアリーと治癒院を開いて幸せな結婚生活を送れると思っていたのだが、冒険者を続ける事となってしまった。

話しが一段落した所で解散となり、就寝する事となった・・・。

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