第三十四話 再会

教皇に、勇者パーティを抜けると宣言してから五日が経った。

しかし、今だに新たな神託とやらは下されていない。

俺達のお世話をしてくれている修道女から、聖女様は毎日祈りを捧げて、女神様のお声を頂こうとしているとか聞いた・・・。

何でも、女神様は直ぐにはお声を聞かせてはくれないとの事で、毎日祈り続けなければならないそうだ。

女神様が忙しくて聖女様にお声を掛けてくれないのか、それとも、そう言う格好と取らないと、ありがたみが無いのかは分からないが、早くしてほしい物だ・・・。

でも、神託が降りたからと言って、俺は従うつもりは無いけどな。

そんな事は置いておこう。

あれから俺は、エアリーと共に、毎日魔法の訓練に明け暮れている。

これはいつもと同じなのだが、違うところは、俺達から離れた場所で、勇者とアリーヌが訓練をしているという事だな。

これまで、勇者が訓練している所は一度も見た事が無かったが、ヴァームスが亡くなった事で、やる気になったという事なのだろう。

俺が勇者と戦った時は、ヴァームスが介入して来なかったから余裕で勝てていたが、ヴァームスが加勢して二対一だったら、かなり苦戦していただろう。

実際問題、これから勇者一人で戦う事になったのなら、魔族は勿論の事、魔物にも勝てないだろうからな。

勇者の攻撃力は非常に高いと思うが、その分隙も大きい。

今まではその隙を、ヴァームスが埋めてくれていたから、勇者も攻撃に専念出来ていたという事は、本人も分かっているのだろう。

だから、訓練を慌てて始めたという事だな。

それはとても良い事だし、俺としても勇者パーティを抜けやすくなると言うものだ。

さて、午前中の訓練を終え、俺とエアリーは街に昼食を食べに行く事が日課となっていた。

勿論、お世話係兼監視役の修道女も一緒だ。

教皇に、日にちを指定したからか、それとも、俺が逃げないと信頼されたのかは分からないが、街に出てはいけないとは言われなくなった。

エアリーは、外での食事が楽しみのようで、今日は何を食べようか先ほどから色々考えているようだ。

そしてエアリーは、何かを決意したように両手を握りしめ、俺に向かって宣言して来た。

「マティーさん、今日はステーキにしましょう!」

「いいですね、そうしましょう」

「はい!元気をつけるには、やっぱりお肉ですよね!」

エアリーは、あれから俺を元気づけようと、毎日明るく振舞ってくれている。

その心配りは非常にありがたかったし、エアリーの笑顔を見れるから、俺も笑顔になってくる。

何時までも、ヴァームスの事で落ち込んでいる訳にはいかないからな。

俺も出来るだけ、笑顔でいるよう心掛けるようになった。

大聖堂から外に出て、大聖堂前の広場を歩いている所で、隣を歩いているエアリーが立ち止まって誰かを見ているようだった。

俺も立ち止まり、エアリーに話しかけてみた。

「エアリーさん、どうかしましたか?」

「えっ、あ、マティーさん、私の知り合いが居ましたので、ちょっとここで待っていてください」

エアリーはそう言うと、走って行ってしまった。

エアリーが向かって行ったのは、二十メートルくらい離れた所に居る、少女と執事とメイドの集団だった。

どこかの貴族のご令嬢なのだろうか?

貴族とは、なるべく関わりたくは無かったので、ここでエアリーの帰りを大人しく待つことにした。

エアリーは、知り合いだという少女と、楽しそうに会話をしているな・・・。

エアリーの事だから、怪我していた貴族を治療してあげたとか、そんな事で知り合いになったのだろう。

しかし、メイド三人に執事と冒険者風の護衛を二人連れ歩いているとは、良い所のお嬢様なんだろうな・・・。

そんな事を考えていたら、ふと、執事と目が合ってしまった。

「えっ!?」

俺は思わず声をあげてしまった!

だってそうだろう、遠目に見ただけだが、あの執事の顔は兄貴の顔に間違いはない!

そうか、兄貴もこっちに来ていたのだな。

俺は嬉しくなって、兄貴の所に駆け寄ろうとして、立ち止まった・・・。

良く考えると、俺の顔は生前とは違っている。

この顔で俺が悠希だと言っても、信じては貰えないかもしれない。

それに、あれが兄貴・・・広樹だとしても、年齢が合わないよな。

俺がこの世界に転生して来てから、十七年が経っている。

他人の空似かもしれない。

それに、もし兄貴がこの世界に来ていたのならば、転生しているはずだ。

そうなれば、以前の容姿と同じになるって事は無いだろう。

話しかけて、もし赤の他人だとしたら、恥ずかしいしな・・・。

しかし、気になる・・・。

ここで声を掛けなければ、当分の間思い悩む事になるのは間違いない。

思い切って声を掛けて見る事にしよう。

それに、良い案を思いついたしな。

俺は、エアリーの所まで歩いて行った。

近づいてよく見たが、やはり兄貴にそっくりだな。

早く兄貴に声を掛けてみたいが、まずはエアリーに話を聞いてからだな。

俺は焦る気持ちを抑えて、エアリーに話しかけた。

「エアリーさん、そちらの方とは、どの様な関係なのですか?」

「あっ、マティーさん、こちらの方は以前お話しした、私を幼い頃に助けてくれた方で、クリス様です」

エアリーさんは、目の前で楽しそうに話していた金髪美少女を紹介してくれた。

「えっ、そ、そうなのですね」

俺はちょっと驚いてしまった。

エアリーが、幼い頃助けられた話は聞いたけれど、それにしては、目の前にいる金髪美少女は幼過ぎた・・・。

でも、エアリーが嘘をつくはずも無いだろうから、取り合えず挨拶をしないといけないな。

「は、初めまして、私はエアリーさんの仲間で、マティルスと言います」

俺は金髪美少女に頭を下げた。

「うむ、われの名はクリス、エルフの血が混じっておるでな、こう見えてもお主らより年齢を重ねておるぞ、あーはっはっはっは」

クリスは胸を張って、大笑いしていた。

なるほど、エルフの血が混じっているから、幼い姿のままなのか・・・。

しかし、その笑い声はどこかで聞いた事があるような気がするのだが、思い出せないな・・・。。

まぁ、今はそんな事はどうでもいいな。

とにかく、兄貴に話しかけて見るのが先だ。

「クリス様は、暫くここにいらっしゃるのでしょうか?」

エアリーは、クリスと話している様だし、俺は兄貴に話しかけて見る事にした。

「えーっと、初めまして、俺はマティルスと言います」

兄貴は、俺にいきなり話しかけられて、少し戸惑ってはいたが、すぐに返事をしてくれた。

「初めまして、俺の名はベル、クリス様の執事を務めさせて頂いております。

私に何か御用でしょうか?」

兄貴・・・いや、ベルは、執事らしく胸に手を当てて軽くお辞儀をしてくれた。

名前はベルか・・・やはり人違いなのだろうか?

でも、さっき思い付いて見た事を試して見れば分かる事だな。

「兄貴、俺は悠希です。広樹兄さんでしょうか?」

俺は日本語で話しかけた。

これなら、この世界の言葉とは違うので、兄貴以外には分からないはずだ!

俺の日本語を聞いた兄貴は、一瞬とても驚いた表情を見せたが、直ぐに真顔に戻ってしまった。

これでは見知らぬ言葉を聞いて驚いたのか、日本語を聞いて驚いたのかの判断が難しいな・・・。

でも、ベルの次の言葉でその判断が出来た。

「何を言っているのかは分かりませんが、私の名はベルです」

いや、それって、今の日本語が分かったって事だよね?

だから、名前をベルだと言いなおしたんだよね?

「兄貴、俺の見た目は転生して変わったけれど、悠希だよ!」

再び日本語で話しかけたが、兄貴は首を傾げるだけで、それ以降何も話してはくれなかった・・・。

そして、俺が見知らに言葉で話しているのをエアリーが聞いて、話しかけて来た。

「マティーさん、何を話しているのでしょうか?」

「あ、いや、何でもないです」

これ以上日本語で話していては、周りの人達に不審に思われてしまう。

前回の勇者は転生者だったから、俺が転生者だと言うのを知られてしまうのは不味い。

この事が女神教に知られてしまっては、神託の前に勇者にされてしまいかねないからな。

「あ、そうだ!クリス様、私達これから昼食に行くのですが、ご一緒にいかがでしょうか?」

「ふむ、すまぬの、われらは既に済ませて来たのでな、それにこれから用事があるでの、次の機会があればその時にまた誘ってくれぬかの、あーはっはっはっは」

エアリーが昼食に誘ったが、断られて残念そうな表情を見せていた。

「用事なら仕方がありませんね、クリス様、私は大聖堂でお世話になっているので、近くに来た時には声をおかけください」

「うむ、そうするかの、あーはっはっはっは」

「はい、クリス様、よろしくお願いします」

そうして、クリス達は俺達から離れて行った・・・。

ベルと名乗った兄貴も、俺の事を見ない様にして立ち去って行った。

「マティーさん、お待たせしました、昼食を食べに行きましょう!」

「あ、あぁ、エアリーさん、行きましょうか」

俺は、兄貴の後ろ姿を見ていたが、エアリーに急かされて昼食を食べに行く事になった・・・。

エアリーと監視役の修道女と共に、ステーキ屋へとやって来た。

店内に入ると、肉の焼ける香ばしい匂いが漂って来て、食欲をそそる。

俺達は席に着き、それぞれ店員に注文をした。

「俺は、リザードマンのステーキを大盛りと、食後にコーヒーをお願いします」

「私は、オークステーキと、フルーツジュースをお願いします」

「私は、オーガのサイコロステーキと、スライムジュースをお願いします」

「畏まりました!」

店員は注文を受けると、厨房絵と伝えに行った。

注文を聞いていた通り、肉は全て冒険者が狩って来た魔物の物だ。

子供頃は、魔物の肉と聞いて少し抵抗があったが、今はそんな事は無くなった。

と言うか、魔物の肉以外ほとんど無いからな。

勇者の子孫の村では、大規模な酪農がされていて牛とか鳥の肉が手に入るが、他の地域では魔物に襲われるため殆ど無い状態だ。

それに、魔物の肉だからと言って不味い訳では無い。

俺が頼んだリザードマンなんかは、鶏肉の様な感じで、あっさりしていて食べやすい。

エアリーが頼んだオークは、ちょっと癖が強い豚肉だな。

修道女が頼んだオーガは少し硬いが、栄養価は非常に高くて、冒険者には人気のメニューとなっている。

この数日で、修道女もお店で注文するのにも慣れたものだな。

最初は、エアリーと同じ物と注文していたが、最近はこの様に自分が食べたい物を注文してくれるようになった。

だからと言って、別に修道女の監視の目が緩くなったりしている訳では無いのだがな・・・。

「マティーさん、先程執事の方に何か話されていた様ですが、お知り合いだったのですか?」

エアリーが、不思議そうに俺に尋ねて来た。

まぁ、エアリーにしてみれば、知らない言葉で俺が話していたのだから、気になるよな・・・。

だが、正直に話す訳には行かないから、誤魔化す事にしよう。

「知り合いだと思って話しかけてみたのですが、どうやら俺の勘違いだったようです」

「勘違いですか・・・」

「はい、子供の頃、暗号遊びなんかやっていまして、俺の知り合いだったら分かるかなと思ったのですけどね」

「そうだったのですね、ふふっ、マティーさんは変わった遊びをしていたのですね」

エアリーはくすくすと笑っていた。

咄嗟に思い付いた事を話して、少し恥ずかしい思いをしたが、上手く誤魔化せたようで何よりだ。

俺が安堵していたら、滅多に話しかけてこない修道女から話しかけられた。

「マティルス様、先程の言葉は、魔族語では無かったのですね?」

「えっ?いやいやいや、魔族語では無いですよ、そもそも、魔族語なんて知りませんし、話せたりも出来ません」

俺は否定したのだが、修道女は俺を疑っている様子だ。

そうか・・・知らない者からすると、日本語も魔族語と間違えられてしまっても、言い訳は出来ないよな。

今度から気を付ける事にしよう。

と言っても、もう二度と話す事も無いだろうけどな・・・。

と言うか、女神教は魔族が話したりしない物だと言う教えでは無かっただろうか?

確か、エアリーがその様に言っていたと記憶しているが・・・。

でも、女神教の上層部なら、魔族が話す事は知っていたりするのだろう。

つまり、この修道女は、俺の監視を任されているくらいだから、それなりに信頼のおける立場にいて、魔族の情報を教えられている、または、知りえる立場に居ると言う事なのだろう。

もしかしたら、彼女から、俺が魔族語を話していたと上層部に報告が行くのかもしれない、いや、確実に報告するだろう。

そうなれば、魔族の仲間だとして断罪される恐れもあるのか?

不味いな・・・。

何とか、先ほどの言葉は魔族語では無いと弁明しなくてはならないが、これ以上言い訳をしても疑われるだけの様な気もする。

・・・俺が思い悩んでいると、料理が運ばれて来て、食べる事となった。

修道女も、先程の事は気にせず食事に集中しているから、そこまで俺が思い悩む事は無かったのだろうか?

そもそも、魔族語とはどんなものなのか知らないし、女神教関係者も話せたりはしないだろうから、俺が知らないと言い切れば済む話かもしれないな。

そういう事にしておこう。

それより、兄貴の事についての方が重要だ。

あの時の反応から見て、間違いなくあれは兄貴に違いないだろう。

だとすると、何故、俺の事を無視したのだろう?

考えられる理由としては・・・あのお嬢様に原因が?

兄貴は執事服を着ていたし、主の前で名乗り出ることが出来なかったとか?

それは無いな・・・。

エアリーと楽しそうに話していたお嬢様は、そんなに厳しそうには見えなかったし。

兄貴が会話しているのを、止めようともしていなかった。

となると、兄貴が何らかの理由で、俺の事を無視したと言う事になるな。

うーむ・・・。

「マティーさん、食べないのですか?」

「あ、いや、少々考え事をしていただけです、頂きます」

考え込みすぎて、食事の手が止まっていた様だ。

エアリーに心配かける訳にはいかないな、俺は笑顔を浮かべて、食事に集中することにした。

そして、食後のコーヒーを飲んでいると、エアリーが話しかけて来た。

「マティーさん、先ほど会った方の事を考えられていたのでしょうか?」

「そうですね・・・子供のころの知り合いによく似ていたので、その頃の事を思い出していました」

「そうだったのですね」

「でも、さっきの人は他人の空似だったようですので、もう気にしていません」

「そうですか・・・クリス様は用事があるとおっしゃっていたので、まだ、この近くにいらっしゃるかもしれません。

ですので、また会えるかもしれませんよ」

「そうですね・・・」

正直、もう一度会って確認したい気持ちでいっぱいだが、修道女の目があるため、もう日本語で話すことは出来ないよな。

でも、まぁいいか・・・。

兄貴が俺と同じ世界に来ていて、元気にしている姿を見れただけでも、良かったと言う事にしておこう。

執事という立場では、自由には行動できないだろうしな。

食事を終えてお店を出たら、何やら街の人達が騒ぎ出していた。

「何かあったのでしょうか?」

「さぁ、ちょっと話を聞いて見ますね」

俺は、近くにいた人に何が起こっているのか尋ねてみた。

すると、大聖堂前にてお目見えの儀式が執り行われるらしいと言う事を教えられた。

それを、エアリーと修道女にも伝えたが、二人共知らなかったようだ。

急遽決まったと言う事なのだろう。

と言う事は、何かしらの神託が下されたと言う事か・・・・。

「マティーさん、とにかく行ってみましょう」

「分かりました、行きましょう」

俺達は、急いで大聖堂前へと向かって行った。

大聖堂前に着くと、そこにはすでに大勢の人達で溢れかえっていた。

俺達は、何とか人をかき分けて、前の方まで出ることが出来た。

大聖堂の玄関の上のベランダは、まだ開かれていなかった。

しかし、変だな・・・。

広場に出ている人達の多くは、法衣や修道服を着た、女神教関係者が多数を占めていた。

まるで、大聖堂内にいた人達を全員、この広場に集めたような感じだな・・・。

そして、勇者とアリーヌの姿も確認できた。

勇者は大声を出して、衛兵と何やら言い争いをしている。

「どうして俺様まで外に出されないといけないんだ!」

「ですので、教皇様のご命令だと申し上げているのです」

勇者の怒りは収まらないようだが、教皇の命令と言われては、それ以上衛兵を問い詰める事は出来なかったようだ。

勇者の文句はいつもの事だが、この状況が教皇の命令だと言う事が分かったのは助かったな・・・。

やはり、先ほど聞いた通り、お目見えの儀式が執り行われるのだろうか?

でも、教皇以外のお偉いさんたちの姿も、広場に居るんだよな・・・。

聖女の姿は確認できないので、その可能性は捨てきれないのだが・・・。

「マティーさん、様子が変ですね」

「そうですね、この前のお目見えの儀式とは、なんだか様子が違いますね」

「はい・・・」

エアリーは不安がっているが、それはここに集められた人達全てが不安に思っているようだった。

それからしばらくして、大聖堂の玄関が開いた事で、集まった人たちは静まり返り、一斉に玄関へと視線を向けた。

玄関から出て来たのは、聖女と教皇、そして、エアリーを助けてくれた、クリスと言う金髪美少女だった。

その背後には、兄貴とメイド三人に護衛の二人が控えていた。

「「「聖女様、聖女様、どうかお導きを!」」」

人々は不安を解消するためか、口々に聖女の名前を呼び、助けを求めていた。

『あーはっはっはっはっは、これより魔族に逆らった愚か者に処罰を下す!』

ここに集まった人達全員の頭の中に、可愛らしい女の子の声で、厳しい言葉が響き渡った・・・。

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