第三十二話 ゴブリン 家族
俺は今、剣道全国大会の決勝の舞台に立っている。
俺が今一本取っていて、もう一本取れば優勝だ!
相手は何度も全国一になっている強敵で、油断は出来ない。
しかし、厳しい修行を乗り越えて来た俺にとっての敵ではない!
あれ?修行?
「きえええええええ!」
俺が一瞬考えた隙に、相手が先に動いて来て、俺の面を狙って来た。
しかし、今の俺にとってその程度の速度は、スローモーションの様にしか見えない。
俺は竹刀で受け流し、そのまま相手の面へと撃ち込んだ!
「一本!」
審判の旗があげられ、俺の優勝が決まった!
俺は礼をして戻ると、そこには腰に手を当てて仁王立ちし、俺の事を睨みつけているクリスティアーネが居た。
「ベル、いつまで寝ておるつもりだ!早く目を覚まさんか馬鹿者!」
「えっ?」
クリスティアーネに声を掛けられると、今まで試合会場だった風景が一変し、辺り一面真っ白な空間になっていた。
「クリス様、ここは?」
「ベルの夢の中だの、われは先に戻っておるから、さっさと起きて来るのだぞ」
クリスティアーネはそう言うと、スゥーっと姿が消えて行った。
そうか・・・これは夢か・・・。
全国一に成れて、非常に嬉しかったのだが・・・。
まぁ当然だよな、俺は全国大会に出られるほど強かった訳では無かった。
それでも、剣道は好きだったから続けていただけの話だ。
でも、そのお陰で、ゴブリンに転生してからここまで生き残って来れたのだと思う。
夢だと気が付いてから、徐々に記憶が戻って来た・・・。
そうだ・・・俺は背後から何者かに剣で心臓を貫かれて、死んだのだった・・・。
流石のゴブリンでも、生き残る事は出来ないだろう・・・。
しかし、夢を見ていると言う事は死んでいなかったのか?
それとも、また新たに転生したとか?
いや、俺の事よりも、エルバは無事だったのだろうか・・・。
薄れゆく意識の中で、エルバも斬り捨てられるのを確かに見た。
とにかく目を覚まさなくてはいけない!
俺は意識を集中させ、目を覚まそうと努力した。
・・・。
目が覚めると、見た事も無い天井が見えた。
「ベルさん!」
「ベル様!」
セレスティーヌとマリーロップが、目に涙を浮かべて俺の顔を覗き込んで来た。
どうやら俺は死んでいなかった様だ。
「セレス、マリー、心配かけた様だな・・・。
それで、エルバは無事なのか?」
「はい!エルバさんもここに居ます!」
「ベル、目が覚めた様だな、私の心配より、お前は何ともないのか?」
エルバも二人の上からのぞき込んでくれて、元気な顔を見せてくれた。
エルバが無事で良かった・・・。
俺は体を起こして、胸を確認してみた。
傷は塞がっていて、跡も残ってはいなかった。
ゴブリンの再生能力のおかげか?いや、吸血鬼の方だな。
ゴブリンなら、心臓を貫かれて生きているはずもない、ゴブリンの兄弟達がそうだったからな・・・。
「大丈夫の様だ」
俺はベッドから出ようとしたが、セレスティーヌに止められた。
「ベルさんは、まだ寝ていてください!
マリー、クリス様を呼んで来て下さい」
「はい、分かりました」
マリーロップはクリスティアーネを呼ぶために、部屋を出て行った。
暫くして、マリーロップが、クリスティアーネとエリミナを連れて戻って来た。
「ベル、やっと目が覚めたかの」
「ベル、起きたかニャン?」
「はい、クリス様とエリーにも、ご心配をお掛けました」
「うむ、無事ならばよい」
「元気そうで、良かったニャン!」
クリスティアーネとエリミナも、笑顔で応えてくれた。
「ところでクリス様、私はどうして死ななかったのでしょう?」
「ふむ、ベルは死にたかったのかの?」
「いえ、そんな事はありません、ですが、心臓を貫かれたのでどうして生きているのか不思議で・・・」
「なるほどの、ベルは吸血鬼になった時点で不老不死になったと教えなかったか?」
「いえ、それは教えて貰いましたけど・・・もしかして、本当に死なないのですか?」
「いや、絶対に死なないと言う訳では無いぞ、そうだの・・・全身を消滅させられると、流石に死んでしまうかの」
「つまり、それ以外なら死なないという事ですか?」
「うむ、程度によって復活に時間は掛かるが、死ぬ事は無いかの」
なるほど、吸血鬼と言うのは、本当に不老不死になれる訳か・・・。
「さて、ベルが元気になったのなら、魔王の所に報告に行くとするかの・・・」
クリスティアーネがそう言った所で、部屋の扉が「バンッ!」と言う音と共に勢いよく開き、立派な服装の男性が入って来た。
「クリスー!まだゆっくりして行って良いでは無いか!」
男性はクリスティアーネ近づくと、後ろから抱きしめてしまった。
「ええい、放さぬか!われはもう子供では無いのだからの!
管理者としての仕事がある故、ゆっくりしている暇など無いと何度言えば分かってくれるのだ!」
「管理者の仕事なんて、数日さぼった所で問題なかろう!
それよりも、親子のスキンシップの方が大事であろう!」
クリスティアーネは、必死に男性を引きはがそうとしているが、男性は抱き付いたまま離れないでいた。
というか親子?どう見ても兄くらいにしか見えないのだが、似ていると言われれば似てなくもないな。
「クリス様、そちらの方はお父様なのでしょうか?」
「誰が貴様のお父様だ!」
「ええい、父上は黙っておれ!」
男性は俺の事を睨みつけたが、クリスティアーネにたしなめられて、悲しそうな表情をしていた。
「ベル、これはわれの父上でエドバルト、いつまでも子離れできぬ父上で困っておる・・・」
クリスティアーネは、抱き付いているエドバルトを眺めて、ため息をついていた。
「エドバルト様、初めまして、私はクリス様の眷属でベリアベルと申します」
俺は失礼だとは思ったが、ベッドの上からお辞儀をして挨拶をした。
「ふんっ!」
エドバルトは鼻を鳴らして、顔をそむけてしまった。
ゴブリンの俺が、クリスティアーネの眷属となったことが気に入らないのだろうか・・・。
その気持ちは分からないでも無いな・・・。
溺愛している娘の眷族がゴブリンでは、俺でも気に入らないと思う。
しかし、ゴブリン顔を辞める事は出来ないし、俺が我慢すればいいだけの話だな。
「クリス様、もう私は大丈夫ですので、仕事を優先してください」
エドバルトに再び睨まれたが、俺のせいで魔王様への報告が遅れては、クリスティアーネに迷惑が掛かってしまう。
「うむ、では母上に挨拶をしてから、魔王の所に行くとするかの」
「はい、分かりました」
俺はベッドから出て立ち上がり、心配してくれていたセレスティーヌ、マリーロップ、エルバの頭を優しく撫でてやった。
ゆっくりと抱きしめてやりたかったが、人目があるからな。
今はこれで我慢して貰うしかない。
「エリー、父上を頼む」
「分かったニャン!バルト様、クリス様から離れるニャン!」
「何をする!やめんか!」
エドバルトは抵抗したが、エリミナによって、クリスティアーネから引き剥がされてしまった。
エリミナは、クリスティアーネの父親に対して容赦がないな・・・。
しかし、クリスティアーネに抱き付かれたままでは移動できないから、仕方が無い事だな。
父親から解放されたクリスティアーネは部屋を出て行き、俺達もそれに続いて部屋から出て行く事となった。
広い廊下に出ると、床には赤い絨毯が敷かれており、壁は一面光沢を帯びた黒い石で出来ていて、かなり高級な作りとなっていた。
そして、細かい細工が施された窓から見える風景は、一面真っ白な銀世界が広がっていて、見ているだけで身が凍えて来る様な感じだった。
でも、廊下はとても暖かく、寒いという事は全く無かった。
「セレス、ここは何処なのだろうか?」
俺は隣を歩いているセレスティーヌに尋ねた。
「ベルさん、ここは吸血鬼のお城だろうです。
そして、ベルさんは三日も寝ていたんですよ」
「そうか・・・三日も心配かけてすまなかった・・・」
あれから三日も経っていたのか・・・皆に心配かけた事、本当に申し訳なく思う。
それと、吸血鬼の城と言う事なら、クリスティアーネの両親が居る事にも納得だな。
そして、今からクリスティアーネの母親に会いに行くわけだが、前回の魔王と言う事だったので、失礼が無いようにしなければならないな。
父親と同じように、ゴブリンと言う事で嫌われるかもしれないが、それは諦める事にしよう。
クリスティアーネが扉の前で立ち止まって、俺の方に振り返って来た。
「ベルよ、お前を助ける為に母上から魔力を頂いたからの、お礼ときちんと言うのだぞ」
「分かりました」
どうやら俺の為に、クリスティアーネの母親が魔力を与えてくれた様だ。
クリスティアーネはエルバを眷族とした事で、魔力が下がっている状態だ。
その状態では、俺の復活するための魔力が足りずに、母親を頼ったという事なのだろう・・・。
俺が不甲斐ないばかりに、クリスティアーネにも迷惑を掛けたみたいだ・・・。
一段落したら、皆に恩返しをすべく、頑張って働く事にしよう。
「ふんっ、私はお前なんかに魔力は与えておらんからな!」
クリスティアーネの隣にいたエドバルトは、俺の事を嫌そうな表情を浮かべていた。
俺は余程嫌われたらしいな・・・。
そんな父親の事など気にしていないかのように、クリスティアーネは扉へと向き直り、やや緊張した表情で室内に声を掛けた。
「母上、クリスです」
「お入りなさい」
室内から優しそうな声がかかると、クリスティアーネは扉を開けて中に入って行った。
俺達も後に続いて入室した。
「失礼します」
室内の様子は豪華だった。
花柄の絨毯が一面に敷き詰められており、置かれている家具やテーブルは細やかな細工が施されていて高価な物だと一目でわかる。
床から天井まである大きな窓には、真っ白で刺繍の施されたカーテンが掛けられていて、外から入ってくる光で刺繍が浮き上がって見えていた。
そして、豪華な室内でも色あせないほどの美しさを持った女性が、テーブルの席に座って優雅にお茶を楽しんでいる所だった。
クリスティアーネはテーブルに座る女性へと近づくと、女性の傍に立っていた猫耳メイドが、クリスティアーネと父親の為に椅子を引いて座らせてくれた。
エリミナも、あれくらい気が利くと良いのだが、当分は無理そうだな・・・。
「母上、ベルが元気になりましたので、ご報告に参りました」
クリスティアーネは、普段とは違って丁寧な口調で話しかけていた。
俺が知る限り、初めての事だな・・・。
「クリス、それは良かったですね、貴方が泣いて私に頼んで来た甲斐があったと言うものですね」
母親は、クリスティアーネに微笑みかけていた。
「母上!私は泣いて頼んだりしていません!」
クリスティアーネは、顔を真っ赤にして反論していた。
そうか、俺はクリスティアーネをも悲しませてしまったのだな・・・。
暫く皆に頭が上がりそうに無いな。
「あらそうだったかしら?でもまぁ、あれだけ必死に頼み込んで来たのですから、クリスが大事にしている眷族と言う事ですね」
「それは、私の眷族ですから・・・当然の事です・・・」
「それもそうですね」
母親は、恥ずかしがるクリスティアーネを優しく見つめてから、俺の方へ視線を向けた。
「ベルでしたね、私はクリスの母親でベアトリーゼです」
ベアトリーゼは、俺に優しく微笑みかけてくれた。
しかし、どう見てもクリスティアーネの母親と言うより、お姉さんと言った感じの若さと美貌の持ち主だ。
吸血鬼が不老不死だという事だから、老いる事は無いのだろう。
思わず見惚れそうになるが、今はお挨拶とお礼を述べておかなくてはならない。
「ベアトリーゼ様、初めまして、クリス様の眷族でベリアベルと申します。
この度、私の命を助けて頂き、誠にありがとうございました」
俺は深々と頭を下げた。
「流石転生者ですね、礼儀正しいくて好感が持てますね」
「なにっ、転生者だと!私は聞いていないぞ!ただのゴブリンでは無かったのか!」
ベアトリーゼが俺の事を転生者だと指摘した事に驚いたが、俺よりエドバルトの方が驚いていたな。
転生者が珍しいのだろうか?
いや、ゴブリンに転生したのが珍しくて、驚いているのだろうな・・・。
「魔力を与えた時に、少し記憶を覗かせて貰いました。
クリスは、良い人を眷族にしましたね」
「はい、ベルは働き者で大変助かっております」
クリスティアーネに褒められて少し恥ずかしかったが、それ以上に嬉しく思った。
「これからも、眷族は大事にするのですよ」
「はい」
「話は変わりますが、管理地が奪われた話はどうなっているのでしょうか?」
ベアトリーゼの表情が真剣な物となり、クリスティアーネを見つめていた。
「それは、これから魔王の所で話し合う事になっています」
「そうですか、最近退屈していましたので、私が取り返しに行ってあげても良いですよ」
「いえ、母上のお手を煩わせるような事ではありません」
「それは残念です、しかし、奪われた管理地はきちんと取り返し、二度と同じことが繰り返されない様に報復も与えるのですよ」
「はい、心得ております」
「よろしい、これからも吸血鬼の管理者としての責務を果たして行くのですよ」
「はい、母上」
「皆さんも、クリスを支えてあげてくださいね」
「「「承知しました」」」
「では母上、魔王の所に向かいますので、これで失礼させて貰います」
「はい、またいつでも遊びに来なさいね」
ベアトリーゼは笑顔で俺達を送り出してくれた。
ベアトリーゼの部屋から出ると、クリスティアーネは大きく息を吐きだしていた。
「ふぅ~、気疲れしたの・・・」
「クリス様の母上は、とても優しそうな印象を受けましたが?」
「そうだの・・・普段はあのように優しいのだが、怒るととても怖い・・・それに、礼儀作法にもうるさいからの・・・」
なるほど、母親だから娘の教育には厳しかったのだろう。
俺の両親も、礼儀作法にはうるさかったからよく分かる・・・。
クリスティアーネの緊張していた表情も、普段通りに戻っているからな。
俺は話題を変えるべく、今後の行動予定を尋ねて見る事にした。
「クリス様、これから魔王様の所に向かうのでしょうか?」
「いや、今日は屋敷に帰るかの、魔王の所には明日行けばいいからの」
「分かりました、では屋敷に戻りましたら、皆に迷惑を掛けましたので、私が料理を作る事に致します」
「うむ、それは楽しみだの」
「ベル、美味しいのを作ってニャン!」
それから、クリスティアーネの転移魔法で屋敷へと戻り、俺は皆の為に料理を作る事となった。
セレスティーヌとマリーロップが手伝うと言ってくれたのだが、今回だけは俺が迷惑をかけたのだからと断った。
エルバは屋敷に戻ってすぐに、庭に出て訓練をしていた。
俺も自分の修行不足が今回の様な事を招いたので、エルバと一緒に訓練をしたかったが、今日だけは料理に専念する事にした。
しかし、目が覚めてから、自分が背中から刺された事を考え直して見てはいるが、剣が突き刺さるまで敵の存在に気付けなかったのは間違いない。
それはエルバにも聞いて見たが、エルバも気付かなかったという事だった。
戦いの最中は、周囲の魔力を感じながら戦っているので、目を潰されたとしても戦いに支障があるわけではない。
その様な状況で、敵が背後に迫って来るまで気づけなかったという事は、敵は魔力を持っていない?
いや、生物全てが魔力を持っているのでそれはあり得ない、となると、魔力を消せる技術があるという事だろうか?
そういえば、クリスティアーネの眷族になる前は、俺も色々なスキルを持っていたな。
魔力を消す様なスキルがあったとしてもおかしくは無い。
これからは魔力で感知できない敵が居ると思って、戦って行かなくてはならない。
もう二度と、皆を悲しませる様な事にはしたくないからな・・・。
取り合えず今はその事は置いておこう!
俺は皆に喜んで貰える様に、美味しい料理を作る事に専念する事にした・・・。
そして夕食時、皆に料理を振舞った後、改めて謝罪することにした。
「今回、クリス様を始めとして、皆に多大な心配をかけた事、大変申し訳なく思う。
これもひとえに、自分の修行不足と、強くなったと思い込んでいた驕りが敗因でした。
これからより一層修行に励み、二度と同じような事に成らないよう努力していきます」
俺は深々と頭を下げた・・・。
「ふむ、ベルは良くやってくれているから、謝る必要はないぞ」
「ですが・・・」
「われが良いと言っておるのだ、それに、申し訳ないと思うのなら、修行ばかりでなく妻たちを可愛がってやるのが先では無いかの」
クリスティアーネに指摘されて三人の妻を見ると、皆頷いていた。
修行も大事だが、そちらも重要なのは間違いないな・・・。
「そうします・・・」
「うむ」
クリスティアーネも、にっこりと笑ってくれた。
「ベル、私も心配したから、パフェ食べ放題で良いニャン!」
「エリー分かったよ、今回は俺が全面的に悪かったから連れて行ってやるよ」
「約束ニャン!」
エリミナには、パフェをおごるだけで機嫌がよくなるから、楽でいいな・・・。
エルバは、一緒に修行をすれば期限は良くなるからいいだろうけど、セレスティーヌとマリーロップの二人には、当分頭が上がらないだろうな・・・。
妻たちには、出来るだけ一緒の時間を作ってやれるような方向でやって行けばいいだろうか?
そんな事を考えながら、食事の後かたずけをするのであった・・・。
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