第二十八話 ゴブリン 迎撃準備

屋敷に戻った翌日。

早くもオルトバルから至急来てくれと連絡があり、ソフィーラムの転移魔法で獣人族の城へとやって来た。

見た目は城と言うか、木造平屋の武家屋敷って感じだろうか。

周囲の家々も全て木造だから、何となく日本の田舎を思いだされる。

俺達は狼獣人の案内で、ギシギシと鳴る木製の廊下を歩いて行き、奥の扉の前で立ち止まった。

「クリスティアーネ様をお連れしました」

「入ってもらえ」

狼獣人が扉を開け、俺達は部屋の中へと入って行った。

部屋の中には、オルトバルと数人の部下達がテーブルの席に座って話し合いをしていた。

「クリス、早速呼び出してすまなかったな、席に着いてくれ」

「うむ、構わぬぞ」

クリスティアーネがオルトバルの正面に座り、俺達はその背後に立った。

「クリス、早速だが作戦会議を始めさせてもらう」

「うむ」

「現状を説明するから、この地図を見ながら聞いてくれ」

オルトバルはテーブルに広げられている地図を棒で指した。

「ローカプス王国軍がここから侵攻してきている、恐らくナムカ草原を目指している物だと思われる。

それと同時に、冒険者も数多く森に入って来ているのを確認している。

戦争に紛れて同胞を攫いに来たのだろう」

オルトバルのそこまで説明を聞いて、マリーロップの表情が青ざめてしまった。

「仲間は!仲間は無事なんでしょうか!」

マリーロップの仲間の集落が近くに在るのだろう、オルトバルに必死に問いかけた。

「心配するな、悪魔の協力を得て、周囲の獣人は全員避難を終えている」

「よかった・・・」

マリーロップはほっと一息ついて安堵していた。

兎獣人の集落は一度襲われているからな、あの時の事を思い出したのだろう。

俺も、またあの様な事が起こっては欲しくないから、住民の避難が終えている事には安堵した。

そして、マリーロップの頭を優しくなでてやると、俺の方に頭を預けて来たので、暫くそうしてやる事にした。

「ふむ、ナムカ草原に出られる前に襲撃するのか?」

「いや、こちらから襲撃するには敵の数が多い、それと冒険者が邪魔だ」

「なるほどの、ではナムカ草原にて決着をつけるのだな?」

「そちらの方が、クリスにとっても都合が良いだろう?」

「そうだの、敵が纏まっていた方がやりやすいの」

「ナムカ草原での戦闘はクリスに任せる、俺達はこの街の防衛と、森の中にいる冒険者の排除を行う」

「分かった、われの周囲に誰も近寄らせぬように頼んだぞ」

「心得ている、状況が詳しく分かり次第また報告する」

「うむ、ではわれらはナムカ草原を見て来るとするかの」

「分かった、部屋は用意しているから戻ったらゆっくり過ごしてくれ」

オルトバルとのやり取りが終わり、クリスティアーネは席を立って、俺達と共に部屋を出て行った。

獣人族の城から外に出て空に飛び立ち、三十分ほどでナムカ草原へとたどり着いた。

「広いですね」

「そうだの」

上空から見るナムカ草原は、見渡す限り広がっていた。

「クリス様、敵が布陣して来そうな所まで行って見ませんか?」

「ふむ、そうするかの」

俺達はナムカ草原を南下し、敵が布陣しそうな所へとやって来た。

「見事に何も無いの」

「そうですね、でも、周囲に気遣う事無く魔法を使えますね」

「うむ、敵はまだ来ておらぬようだから、帰るとするかの」

「では、私が転移魔法を使いましょう」

ソフィーラムが俺達の中心へと移動し、転移魔法を唱えようとしていた。

「ちょっと待つニャン!せっかくのいい天気ニャン!どこかで食事と昼寝をしていくニャン!」

「ふむ、ベルもかまわんかの?」

「はい、それでしたら、先程見かけた川の所に行きましょう」

「分かった」

エリミナの提案は悪く無いので、素直に了承した。

せっかく皆で外に出掛けて来たのに、そのまま帰ってしまうのは勿体ないよな。

俺達は少し戻って、川がほとりに降り立った。

「綺麗ですね、ベルさん、水遊びをしましょう!」

「いや、俺は昼食の準備を・・・」

「そんなの後でいいじゃないですか、行きますよ!」

「ベル様、エルバ様も行きますよ!」

「あ、いや、私は・・・」

俺とエルバは、セレスティーヌとマリーロップに手を引かれて、浅い水の中に連れて行かれた。

「冷たくて気持ちいいですね」

「そうですね、あっ、ベル様、あそこにお魚が泳いでいます!」

セレスティーヌとマリーリップは、子供のようにはしゃいでいた。

結婚してから、こういう場所に遊びに来た事は無かったな。

街に食事に出かける事はあっても、皆と遊んだことが無い・・・。

俺はずっと修行に出掛けていたりしたからな。

これからは、この様な機会を増やして行かなければならないな。

「ベル、たまにはこう言うのも良い物だな、よし、私達も遊ぶぞ!」

「そうするか」

エルバと一緒に、セレスティーヌとマリーロップが遊んでいる所に加わり、何もかも忘れて遊ぶ事にした。

暫く四人で遊び続け、全員水浸しになった所で昼食を用意するため、クリスティアーネの所へと戻って来た。

エリミナは当然の事ながら草の上で横になって眠っていた。

そしてクリスティアーネも、エリミナを枕にして気持ちよさそうに眠っていて、それをソフィーラムが見守っていた。

「ソフィー、待たせてすまなかった」

俺は二人を起こさない様に、小声でソフィーラムに謝罪した。

「いや、こうしてゆっくりしたのも久しぶりの事だ、魔王様の所ではこの様に出来ないからな」

ソフィーラムは苦笑いをしていた。

魔王様の直属の部下だから、何かと忙しいのだろうな。

「昼食を作るから、少し待っていてくれ」

俺達は二人を起こさないように昼食の準備をする事となった。

食事が完成した頃、エリミナが目覚めて体を起こし、エリミナを枕にしていたクリスティアーネも起きていた。

「おいしそうだニャン!」

さっそくエリミナが近寄って来たので昼食を渡し、皆にも配って食べる事にした。

「たまには、こうして草の上に座って食べるのも良いものだの」

「美味しいニャン!」

「そうですね」

簡単に作った昼食だが、こうして外でのどかな風景を見ながらとる食事は美味しいと思える。

ゆっくり食事を楽しんだ後、エリミナは木陰に移動して気持ちよさそうに昼寝を始めた。

「ベル様、散歩に行きましょう!」

マリーロップが俺の手を取り、楽しそうに引っ張ってくる。

「マリー、分ったから手を引っ張らないでくれ、それと、皆で行かないとな」

「そうですよマリー、ベルさんを独り占めしてはいけません」

「はーい」

「クリス様とソフィーも一緒にどうですか?」

「ふむ、たまには散歩するのもいいの」

「私も着いて行っていいのか?」

「もちろん構いません」

「そうか、では着いて行く事にしよう」

ソフィーラムは、俺の妻たちを見て遠慮しているようだったが、俺達と一緒に居る時は楽しんでもらいたかった。

ソフィーラムも少し表情が緩んでいるようにも思える。

昼寝しているエリミナを残して、俺達は寄り道をしながら川沿いを散歩して回った。

「いい所だの」

「はいクリス様、とても静かでいい所ですね」

耳を澄ますと、川のせせらぎや鳥の声が聞こえて来るだけで、とても心が落ち着く場所だ。

クリスティアーネの屋敷も静かでいい所なのだが、この場所は見渡す限りの草原が広がっていて、屋敷とは違った開放感があっていい。

そんな場所をゆっくり散歩してエリミナの所に戻ると、エリミナはまだ気持ちよさそうに眠っていた。

「エリー、帰るぞ!」

「ごはんかニャ・・・?」

クリスティアーネが起こすと、まだ眠そうに眼をこすりながらエリミナは起きて来た。

「それは帰ってからだな、ソフィー、頼む」

「分かった、では転移するぞ」

ソフィーラムの転移魔法で獣人族の城へと戻って来た。

城の玄関に向かうと、狼獣人が俺達を部屋に案内してくれて、食事と風呂も用意してくれていた。

たまには、何から何まで用意されるのは楽でいいと思ったが、獣人族の用意してくれた料理は、いまいち美味しくなかった・・・。

皆も微妙な表情をしていたが、折角用意してくれたのだから、黙って残さず食べていた・・・。


それから二日間は、まだ敵は草原まで来ていないという事だったので、俺とエルバは二人で訓練をして過ごし。

クリスティアーネは、セレスティーヌとマリーロップの魔法の訓練を行って過ごしていた。

そしていよいよ敵が草原に現れたと連絡が来て、初日に訪れた部屋へと呼び出された。

クリスティアーネが席に着くと、オルトバルが説明を始めた。

「クリス、ローカプス王国軍がこの地点まで進軍して来た」

「ふむ、もう夕方だからここで休むのであろうな」

「その様だ、この調子で侵攻して来れば、明日はこの地点、そして明後日にはこの街まで到達するだろう」

「では、明日の朝こちらから出向いて叩くとするかの」

「頼む、俺達は森の中にいる冒険者の討伐が忙しく、そちらに手を貸す事が出来ない・・・」

「構わぬぞ、われの近くに来られては巻き込んでしまうからの」

「そうだったな、では任せた」

「うむ」

オルトバルとクリスティアーネの話し合いが終わり、クリスティアーネが席を立ち、俺達は部屋を出て与えられた客間へと移動した。

「クリス様、夜襲を仕掛けた方が良かったのでは無いでしょうか?」

クリスティアーネは明日の朝叩きに行くと言ったが、今から行けばこちらの有利に戦えるのでは無いだろうか?

「ふむ、確かにそうだがの、正面から堂々と戦っても負けるはずが無かろう?」

「そうですが、戦いは何が起るか分かりません、より安全な方法を取った方が良いと思ったのですが・・・」

「ベル、良いでは無いか!私も正々堂々正面から戦いたいぞ!」

エルバはラモンの娘らしく、正面から戦いたいと言って来た。

これが戦争で無く、試合とかなら俺も正々堂々と戦いたいが、前回のエルフで失態を犯している俺としては、より安全な方法を取りたかった。

「エルバの言う通りだの、正面から叩き潰して、実力の差を思い知らせる意味合いもあるからの」

確かに、魔族には勝てないと思い知らせなければ、俺達が安心して暮らして行く事が出来ないのは間違いない・・・。

「分かりました、明日は全力を持って敵を滅ぼす事にします」

「うむ、頼んだぞ!」

それから夕食を取り、明日に向けて早めの就寝となった。


そして翌日、夜明けと共に皆を起こして回り、朝食を食べた後、敵が居る草原の上空へとへとソフィーラムの転移魔法で移動してきた。

「結構な数がおるの」

俺達が転移してきた上空から、敵の軍が隊列しているのが見えた。

五百メートル位離れているだろうか、まだ行軍を開始してはいなかった。

「そうですね、では私とエルバは地上で迎え撃ちます」

「うむ、頼んだぞ」

「はい、エリー、クリス様の守りは任せたぞ」

「任せるニャン!」

「セレスとマリーは、クリス様から離れないようにな」

「はい、ベルさん、エルバさん、気を付けて」

「ベル様、無理しないで下さい、エルバ様、ベル様をお願いします」

「あぁ、ベルの事は私に任せておけ!」

「では、エルバ行こう」

俺とエルバは、敵から二百メートルほど離れた地点に降り立った。

まだ距離が離れている為、俺達が何者かは分からないだろうが、敵は警戒しているように見えた。

「エルバ、魔力は押さえ込まれる事を前提として戦ってくれ」

「分かっている、ベルはこの前の様な無理をするんじゃないぞ、私は人から傷つけられるような軟な体じゃないからな!」

「分かった・・・」

エルバに疑いの眼差しを向けられたが、実際エルバが窮地に陥ったら無理をするのが分かっているから、強くは言えなかった・・・。

でも、またエルバを泣かせる様な事もしたくは無いな。

出来るだけ、エルバが窮地に陥らない様にしなければいけないな。

『では、始めるからの』

『分かりました』

クリスティアーネから念話で連絡が入り、目の前にいる軍との戦闘が開始される事となった・・・。

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