第二十七話 獣人の管理地へ

エーオバルの街から、少し離れた平原に軍のテントは沢山張られたおり、俺達はそこに降り立った。

すると、すぐに兵士が駆け寄って来た。

「ネフィラス神聖国の勇者御一行様でしょうか?」

「そうだ」

珍しくヴァームスが偉そうな態度で受け答えをしていた。

他国だから、勇者の事を下に見られない様にとの事だろうが、これから共に戦う仲間だから仲良くしておいた方が良いんじゃないのか?

まぁ勇者からすれば、他国を助けに来てやったという感覚なのだろう。

しかし、ネフィラス神聖国は、どうして勇者と言う切り札をローカプス王国に派遣したのだろう・・・。

それほどまでにローカプス王国に借りがあるのか、あるいは獣人族をどうしても滅ぼしたいのか・・・。

まぁ、俺が考えた所で分かるはずも無いな、俺とエアリーが生き残れる事だけ考えていよう。

「勇者御一行様、ローカプス王国軍第一軍団長の所までご同行お願いできませんでしょうか!」

「分かった、案内を頼む」

「はっ!」

兵士に案内されて、一際大きなテントへと案内されて行った。

これは何処の軍も似たような感じだな。

「ドゥメル様、勇者様をお連れしました」

「入ってもらえ」

「はっ、勇者御一行様、お入りください!」

兵士がテントの幕を開けてくれて、勇者を先頭にして、俺達もテントの中に入って行った。

テントの中には長いテーブルがと椅子が置いてあり、一番奥に一人だけ鎧を着た男性が座っていた。

「勇者殿、よく参られた、席に座ってくれ」

男性に促され、勇者が席に着いた。

俺達は勇者の後ろに立ったままだ。

「儂はローカプス王国軍第一軍団長ドゥメル、今作戦の総指揮官を務めておる」

「勇者ラウドリッグだ!」

ドゥメルは、金髪の頭がやや禿げ上がっており、六十歳くらいのおじいちゃん一歩手前と言った感じだ。

しかし、その眼光は鋭く、鎧に包まれていても分かる鍛えられた筋肉は、現役の兵士を彷彿とさせる。

俺の見立てでは、勇者には勝てないまでも、ヴァームスといい勝負をしそうな感じだ。

「勇者殿がリッチを倒した話は聞き及んでおる、今回の相手は獣人族を束ねる管理者だ、勇者殿の活躍に期待しておるぞ!」

「うむ、相手が誰であろうと俺の敵ではない!」

「これは頼もしい、ではこちらの作戦をお伝えする、この地図を見てくれ」

ドゥメルは、テーブルに広げられている地図を指した。

「これは獣人族の管理地の地図だ。

地図を見て分かる通り、殆どが森に覆われており、大群での侵攻が不可能。

故に、現在我が軍は部隊を幾つかに分け森に侵攻し、、管理地の奥にある草原を目指しておる。

全ての部隊がこの草原に到着するまで四日はかかるだろう。

この草原で部隊を再編し、獣人族の管理者がおるこの街を叩く!」

ドゥメルが草原の先にある街を指さした。

なるほど、草原から街までは森は無い、大軍で押し寄せるには都合がいいと思う。

しかし、何もない草原では、こちらの動きもすべて敵に把握されるわけだから、厳しい戦いとなりそうだな・・・。

かと言って、森の中を通って街まで近づくとなると、大軍を用いた意味がない。

相手が獣人だから、森の中の戦い方には慣れているだろうからな。

獣人・・・獣人なんだよ。

出来れば、犬耳、猫耳、兎耳の獣人の女の子と仲良くなりたかった・・・。

攻め込む側に立ってしまった以上、仲良くなる事は絶望的だな・・・。

「それで、俺はどう動けばいい?」

「勇者殿は四日後に草原に来てもらえればいい、それまでは街に宿を用意しているから、そこで英気を養っておいてくれ」

「分かった」

どうやら、森の中を行軍する必要は無い様で助かったな。

俺は別に問題ないが、エアリーが森の中を歩くのにはかなり負担となる。

まぁ、俺が背負って行けば問題はないが、それでもやはり疲れるし、野宿も辛い事だろう。

「勇者殿を宿に案内してやれ!」

ドゥメルが兵士に声をかけ、俺達はテントから出て街の宿屋へと案内されて行った。

宿の部屋は特別豪華と言う訳では無いが、ベッドが二つにテーブルが置いてあり、冒険者の俺からすれば立派な部屋でゆっくりくつろぐ事が出きる。

勇者が、もっと豪華な部屋にしろと文句を言っている声が俺の部屋まで聞こえて来ているが、ここが他国だという事を忘れているんじゃないのか?

そもそもあの勇者、そんなに強くないくせにどうして威張れるのかが不思議だ。

管理者リッチを倒した事になっているが、実際にはリッチが逃げたから倒してはいないし、その前に戦ったスケルトンナイトにも倒されていただろう・・・。

Aランク、いや、Bランクの冒険者の方が強いんじゃないかと思う。

まぁ、勇者の事は気にするだけ無駄だな・・・。

そんな事より、今日を含めて三日間を、エアリーと有意義に過ごして行く事を考えよう。

なるべく、戦いの事を考えない様にさせてあげたいが、獣人族の事は調べておく必要があるだろう。

取り合えず明日は、冒険者ギルドに行ってその事を調べようと思う。

その後は、どこか遊びに行く事にしよう。

「エアリーさん、夕食に行きませんか?」

「はい、美味しい食べ物があると良いですね」

俺とエアリーは一階の食堂へと行き、出来るだけ明るい話題を選んで楽しく話ながら食事をした。

その後は、風呂に入って寝る事になった。

今日はベッドが二つあるので、エアリーとは別れて寝ている。

その事は非常に残念だが、まだ付き合っている訳でも無いので当然の事だ。

今日は一日中飛んで疲れたので早く眠りたいが、獣人国に攻める事になった事をシャルに報告しておこう。

何か情報を知っているかも知れないしな。

『ママ、起きていますか?』

『えぇ、マティ、まだ起きてるわよ、何かあったのかしら?』

『それが、勇者パーティとして、獣人族の管理地に攻め込む事になりました』

『そうなのね、無理をしちゃ駄目よ・・・』

『はい、それは勿論無理はしません、それで、ママは獣人族に関して何か知っている事は無いでしょうか?』

『ごめんなさい、獣人族の管理地には入った事が無いから、分からないわ』

『そうですか』

『でも、そうね~、獣人は森の中での戦闘が得意だと聞いた事があるわ、それが本当か嘘かは分からないけどね・・・』

『今回は草原まで行ってからの戦闘となる予定だから、その心配はしなくて良さそうです』

『ふ~ん、でもそれって逃げ場がないんじゃない?』

『はい、勝つ事が前提のように進んでいます・・・』

『そう言えば、オルドレスからドラゴンゾンビと管理者リッチを倒したと聞いたわよ、勇者ってそんなに強いの?』

『いえ、俺より弱いです。

ドラゴンゾンビと戦ったのは主に俺で、最後の止めを刺したのが勇者です」

『マティー凄いじゃない、ドラゴンゾンビはアベルも手を出さなかったのに!』

『まぁ、それには訳がありまして、ネフィラス神聖国から敵の魔力を押さえ込む魔導具を受け取っていて、それを使って何とか倒せた感じです』

『へぇ~、そんな便利な物があるのね』

『はい、その魔導具が原因だと思いますが、リッチは戦わずして逃げました。

ですので、勇者はリッチを倒していません』

『そうなのね、その話を聞いた時は、マティーがリッチを倒したのかと心配したのよ!

マティー、これは大事な事だからよく覚えておきなさい!

魔道具を使って管理者を倒せそうになったとしても、決して殺しては駄目よ!

何故なら、管理者は一人では無いし、その上に魔王も控えているのよ!

一人でも殺したら、その全てを敵に回す事になるのよ、分かったわね!』

『はい、分かりました!』

確かに、シャルの言う通りだな。

でもその心配は必要無いだろう、間違っても管理者に勝てる様な事は無いだろうからな・・・。

『マティーが、勇者パーティを抜けれれれば一番いいのだけれどね?』

『えーっと、その努力はしていますが、直ぐには難しいです・・・』

『そうよね、私が助けに行きたいけど、アベルがそれくらい自分で切り抜けるだろうって言うのよね・・・』

『はい、自分で切り抜けますので心配しないで下さい』

『それでこそ私の息子よね、戦いが終わったらまた連絡しなさい!』

『はい、必ず連絡します、ではママ、おやすみなさい』

『マティー、おやすみ』

勇者パーティを無理やり抜ければ、俺に追手が掛るだろうし、家族にも迷惑をかける事になるだろう。

アベルは、そんなの追い返せばいいと言うかも知れない。

しかし、俺はエアリーを守らなくてはならない。

四六時中エアリーを守っていられる訳では無いし、俺がいないときにエアリーを連れ去られたらと思うと、そんな事は出来ない。

この戦いが終わったら、何とか勇者パーティを抜けられないか、真剣に考えないといけないな・・・。


翌朝、朝食を食べた後、エアリーと共に冒険者ギルドを訪れていた。

「凄く賑わっていますね」

「そうですね、ちょっと話を聞いて見ましょう」

朝だから依頼を受ける冒険者が多いのは分かるが、それにしても多い気がする。

俺はエアリーを連れて、受付嬢のお姉さんの所へとやって来た。

「すみません、昨日ここに着いたばかりなのですが、少し話を聞かせて貰えませんか?」

俺は冒険者カードを受付嬢のお姉さんに見せた。

勇者カードの方だと、色々面倒だしな・・・。

「はい、構いませんよ」

「何時もこんなに冒険者が多いのでしょうか?」

「いえ、普段はもう少し少ないのですが、ここ数日は特別ですね」

「特別ですか・・・」

「はい、軍が獣人族側の森に侵攻しているのはご存知でしょうか?」

「はい、この街に入って来る時に見ました」

「あまり大きな声では言えませんが、軍の傍に着いて行って、魔物を狩ったり、獣人を捕まえてこようとしているのです」

「なるほど、それでパーティ同士で組む相談をしていると言う訳ですか・・・」

「はい」

シグリッドが以前、獣人の奴隷は高額だと言う話をしていたのを思い出した。

一つのパーティでは、獣人を捕らえても運んでくる手間が大変だろうから、幾つかのパーティで組んでいる訳か。

しかし、それこそ獣人の管理者が黙っておかないだろう。

下手をすると、この国が滅ぼされるのではないのか?

ん?んんんん?

冒険者達に捕まえられた獣人を助け出し、獣人の管理者側に戻してあげれば、獣人と仲良くなれるんじゃね?

それでそのまま、エアリーを連れて獣人族側に亡命すれば、ネフィラス神聖国に狙われる事は無くなるし、あわよくば獣人の女の子と仲良くなれるな・・・。

・・・。

駄目だな。

エアリーと治癒院を開くと約束したばかりじゃないか、魔族側に行ってどうするんだよ。

でもまぁ、獣人族が捕らえられているのを見かけたら、助けようと思う。

一応勇者パーティに入っているのだから、そんな非人道的な行いを許していい訳無いよな!

という事にしておこう・・・。

その後、受付嬢のお姉さんから獣人に関する情報を教えて貰って、冒険者ギルドを出た。

獣人族は、全体的にそれほど強くは無いそうだ。

ただし、肉食系の獣人、狼獣人や熊獣人なんかは非常に強く、Aランクの冒険者でないと勝てないそうだ。

Aランクの冒険者なんて、数えるほどしかいないから、ほとんどの冒険者が勝てないという事だな。

そして、その勝てない獣人の上に、管理者が居るという事だ・・・。

どう考えても無理だよな・・・。

今回の作戦では、草原に集めって一気に攻め込むだった訳だが、Aランクじゃないと勝てない様な獣人が沢山居る所に攻め込んでも、勝てる見込みはゼロに近い。

魔力を抑える魔導具があるが、これは一人に対してしか使えない。

それに、前回戦ったスケルトンナイトの様に、魔力を押さえ込んだとしても技量は変わらないから、強い事には変わらない。

俺が考え込んでいると、エアリーが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「マティーさん、どうかしたのですか?」

「あっ、いや、どこかに美味しいお菓子が無いかなぁと思っていたのですよ」

「ふふっ、朝食を食べたばかりですのに、もうお腹が空いたのですか?」

「はい、ちょっと食べたり無かったみたいで・・・」

「それでしたら、私の何か食べたいので行きましょう」

エアリーは俺の手を取って歩き始めた。

駄目だな、エアリーに戦いの事は忘れて貰おうと考えていたのに、それを忘れて考え込んでしまっていた。

俺も戦いの事は忘れて、エアリーと共に楽しむ事にしよう。

その後、お菓子を買いに行ったり、街を見て回ったり、街の外へと出かけたりしながら、二日間はエアリーと楽しく過ごす事が出来た。


そして、草原へと向かう朝を迎えた。

俺とエアリーは朝食を食べた後、直ぐに街の外へと出て行った。

宿屋の前の勇者を待っていても良かったのだが、出来るだけ顔を合わせたくは無い・・・。

俺達が街の外に出てから三十分後に勇者達もやって来て、ヴァームスが俺に声を掛けてきた。

「待たせた様だな、これから向かうので着いて来てくれ」

「分かった」

ヴァームスが飛び立ち、続いて勇者とアリーヌも飛び立った。

「俺達も行きましょう」

「はい」

俺とエアリーは、今日もヴァームスから少し距離を置いて飛んで行った。

「いよいよですね・・・」

エアリーは緊張した面持ちで、体を硬くして震えていた。

「大丈夫、俺が絶対に守りますから」

俺は優しくエアリーの手を取り握った。

エアリーはその手を握り返してくれて、俺に微笑みかけてくれた。

「はい、信じています、ですが、マティーさんも無理はしないで下さいね」

「それは勿論です、俺が生きていないと、エアリーさんを守る事が出来ませんからね」

俺が笑顔でそう答えると、エアリーも笑い返してくれた。

「ふふっ、それもそうですね」

その後は、他愛もない話をしながら飛行を続け、途中で一度地上に降りて昼食を摂った後、再び飛び立った後目的の草原へと辿り着いた。

上空からは既に軍が集結し、野営の準備をしているのが見えた。

ヴァームスは周囲を見渡してから、地上へと降りて行った。

俺達が地上に降り立った近くにはドゥメルが立っており、部下達に指示を出している所だった。

ドゥメルもこちらに気が付いた様で、指示を出し終えるとこちらに近づいて来た。

「勇者殿、待っておったぞ、こちらは明日の侵攻に向け準備は整っておる。

今日はテントで休んで、明日からの戦闘に備えて置いてくれ」

「うむ、分かった」

「では、儂は忙しいのでこれで失礼する」

ドゥメルはそれだけ言うと、踵を返して去って行こうとしていた。

俺は慌ててドゥメルを呼び止めた。

「すみません、ドゥメルさん、状況を教えてはもらえませんか?」

勇者は気にしないかも知れないが、ここは敵地だ、何の情報も無くテントでゆっくり休む事なんて出来ない。

ドゥメルは立ち止まって、振り向いてくれた。

「ふむ、ここに来るまで敵の襲撃は無かった、儂らを恐れて逃げ出したのであろうよ」

「えっ、それは本当ですか?」

「嘘を言ってどうする、侵攻途中にあった集落も、もぬけの殻であったぞ」

「そうですか・・・」

「話は以上か?」

「はい、ありがとうございました」

ドゥメルは今度こそ、俺達の所から去って行った。

「マティルス、今のは何だったのだ?」

ヴァームスが俺に尋ねて来た。

「それはな、獣人が森の中の戦闘が得意だと聞いたものだから、ここに来るまで軍が襲撃を受けたのでは無いかと思ったのだが・・・」

「俺様に恐れをなして逃げ出すような連中だぞ、当然の事じゃないか!」

勇者が偉そうに言って来たから、断じてお前が怖い訳では無いと、思わず口に出しかかったが、何とか思い止まった。

「俺もそう思うが、マティルスは違うと言うのか?」

「ヴァームス、冷静に考えて見てくれ、森での襲撃も無く、集落にも誰もいなかったという事はだ。

こちらの動きは敵に把握されていて、ここまで侵攻を許されたのであれば、この先に罠が仕掛けられているか、それとも、十分に戦える戦力を持っているという事だろう」

「・・・なるほど、だが、罠だと分かっていても、俺達に撤退する事は許されない」

そうなんだよな・・・俺達は軍の指揮官でも無いし、逃げる訳にも行かない・・・。

「ふん、罠だろうが俺様が踏みつぶしてやる!

ヴァームス行くぞ!」

「あ、あぁ」

勇者は、ヴァームスとアリーヌを連れて去って行った。

俺とエアリーも、兵士にテントまで案内して貰い、中に入って休む事にした。

「マティーさん、大丈夫なのでしょうか?」

先程のやり取りでエアリーを不安にさせてしまったが、嘘を言う訳には行かないな。

「大丈夫かと問われれば、大丈夫では無いと答えます。

状況は思ってた以上に悪いでしょう。

ですが、ドゥメル軍団長も分かっているでしょうから、忙しそうにしていたのだと思います」

「そうですね・・・」

「それより、少し早いですが夕食にしましょう。

夜襲の可能性もありますから、眠られる時に眠っておかないと体が持ちません」

「はい、分かりました」

俺は簡単な夕食を作り、エアリーと食べた後、直ぐに横になった。

眠れるかどうかは分からないが、横になっているだけでも全然違うからな。

獣人と言うくらいだから、夜目は効くだろうし、夜襲の可能性はかなり高いと考えている。

何時でも戦闘を開始できるように心の準備をして、目を瞑った・・・。

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