第二十一話 ゴブリン 鬼人族の村

マリーロップが俺の妻となってから、毎日家事を手伝ってくれるのだが、失敗の連続だった・・・。

今まで家事をしていなかったとの事なので、無理も無い・・・。

家事は俺とセレスティーヌで間に合っているので、やる必要は無いと言ったのだが。

本人がやる気満々だし、セレスティーヌも一生懸命やっているマリーロップの事を、色々と教えながら温かく見守っている。

俺も、そんな微笑ましくて可愛いマリーロップを見守っていたい所だが。

勇者なんて言う、俺達の生活を脅かす存在が現れるかも知れないとあっては、悠長な事を言っている場合ではない。

俺の勇者としての知識は、生前のゲームや本による物だ。

その中に出て来る勇者は、強力なスキルや、魔族に対抗できる力や装備を持っていたりする。

この世界の勇者が、どの様な強さを持っているのかは分からないが、そういう物があるという前提で準備しておいた方が良いだろう。

という事で、俺は一人で鬼人の管理者ラモンの所に修行に行く事にした。

「クリス様、行って参ります」

「うむ、頑張って来るが良い。

それと、途中で酒を買って行くのを忘れる出ないぞ!」

「はい」

クリスティアーネから、鬼人族にはお酒を渡して置けば殺される様な事は無いだろうと言われていた。

今から行くのは訓練の為であって、殺し合いに行く訳では無いのだが、俺もまだ死にたくないからな、お酒は忘れず買って行く事にしよう。

「エリー、クリス様の事頼んだぞ!」

「任せるニャン!」

普段は食って寝るだけのエリミナだが、街へ出かけた際には、ちゃんとクリスティアーネを守っているんだよな。

クリスティアーネとは、幼い事から一緒にいるらしいので、気心も知れてる間柄の様だし、エリミナに任せておけば大丈夫だろう。

「セレス、留守の間、屋敷の管理は任せたぞ」

「はい、ベルさんも、無事に戻って来て下さいね」

「マリーは、無理をしない範囲で、セレスを手伝ってやってくれ」

「ベル様、頑張ります!」

ここで二人を抱きしめてやりたい所だが、クリスティアーネやエリミナの前では出来るだけ控えようと三人で話して決めている。

もし自分が逆の立場で、イチャイチャしている所を見せつけられるとなると、いい気分にはなれないからな・・・。

皆と別れて飛び立ち、途中にある街で酒樽を二個買い求め、鬼人族の管理地を目指した。


鬼人族の管理地は、カリーシル王国から北東、ヴァルハート王国から南東に隣接した所にあり、緑豊かな土地だった。

この地の奥に行けば分かると、クリスティアーネから言われていたのだが、見渡す限り草原が続いている。

暫く飛んで行くと、景色が一変し、辺り一面に畑が作られていた。

しかし広い畑だな・・・。

機械も何も無いのに、これだけの畑を維持するとなると、相当な労力が必要だと思われる。

やがて街・・・いや村のような物が見えて来て、俺はそこの門へと降り立った。

「何者だ!」

「私は、吸血鬼クリスティアーネの部下でベリアベルと申す者、ラモン様の下で修行をさせて頂きたく参りました」

「分かった、ラモン様の所まで案内する、着いて来い!」

鬼人の門番に案内されて、村の中へと入って行った。

かやぶき屋根の家が並んで建てられており、テレビで見た日本の昔の農村の様な感じだ。

井戸の周りでは、女性達が畑から収穫してきた野菜を洗っている姿も見られて、長閑な感じがした。

鬼人達はゴブリン顔が珍しいのか、俺の事を見ているが、興味をもって見られているだけで、蔑まれている訳では無い様だ。

まぁ俺自身も顔だけはゴブリンだが、吸血鬼だと思っているからな。

それに、薬草を取りに行く際に出会ったゴブリン達にも、逃げられてしまったからな・・・。

彼等からすると、肌の色も黒く、身長百八十センチある俺は、普通のゴブリンの二倍弱あり、仲間でも何でもないのだろう。

その事を少し寂しくも思うが、クリスティアーネの眷族となった事で家族も出来たし、良しとしよう。

さて、俺は一番大きな家に連れて来られた。

「ラモン様、お客様をお連れしました!」

ここまで案内してくれた鬼人が、玄関から中に声を掛けると、どかどかと音を立てながら、ラモン自ら出迎えてくれた。

「よく来たな!」

「ラモン様、今日から暫くお世話になります」

俺は頭を下げお願いした。

「おう、取り合えず上がってくれ!」

「失礼します」

俺は靴を脱いで、板の間に上がった。

「ほう、靴のまま上がったら張り倒してやろうかと思ったが、常識をわきまえている様だな!」

「は、はい、クリス様に教えて頂きました」

危なかった・・・ラモンが裸足でいる事に気が付かなかったら、靴のまま上がっていただろう。

クリスティアーネの屋敷もそうだが、基本的に靴を脱いで家に入ると言う習慣がこの世界には無いからな。

日本人だった俺としては、靴を脱いで部屋に入ると言う方がしっくりくる。

ラモンの後に続いて部屋に入って行ったところには畳は無く、板張りにわらを織り込んで作ったとみられる、丸い座布団の様な物が置いてあった。

ラモンはテーブルの前に座り、俺はその対面へと座った。

「修行に来たんだったよな!」

「はい、勇者との戦いに向け、遠慮なく鍛えてください!」

「分かった、明日からばっちり鍛えてやる。

じゃー今日は、明日からの修行に向けて英気を養うぞ!

おーい、酒持ってこーい!」

ラモンが声を掛けると、女性達が酒とつまみをテーブルの上に並べてくれた。

「あっ、お酒は買ってきたので、ここに出して構いませんか?」

「気が利くじゃねーか!」

俺は自分の横に酒樽を二つ置いた。

「いいねー、今日は宴会だな!

皆を呼んで来てくれ!」

ラモンがそう言うと、女性達はテーブルをいくつも並べて、宴会の準備を始めていた。

準備が整うと、男性や女性に子供まで集まって来て席に着いた。

「今日から暫くの間、ここで修業のためにやってきた吸血鬼のベルだ!

皆仲良くしてやってくれ!」

「皆さんよろしくお願いします」

ラモンに紹介されて挨拶をした後は、宴会が始まった。

そこでラモンに妻を紹介されたが、十人以上いて名前を覚える事は出来なかった。

顔は覚えたので、失礼の無い様にしなくてはいけないな。

と言うか今ここに四十人以上集まっているのだが、全員ラモンの家族との事だから驚きだ。

「エルバ、ちょっと来い!」

「はい、お父様!」

ラモンに呼ばれて、鬼人の娘がラモンの前へとやって来た。

エルバは、ラモンと同じく赤い髪に、父親譲りの鋭い目つきをしていた。

「ベル、エルバは俺の娘でな、今日からお前の世話をさせる、仲良くしてやってくれ!」

「ありがとうございます、エルバさん、よろしくお願いします」

「よろしく」

エルバに挨拶をしたが、軽く返されただけで俺の目を見てはくれなかった。

ラモンに言いつけられて、嫌々俺の世話をさせられたと言う感じだな。

鬼人側からすると、一般的に弱いとされているゴブリンの世話などしたくはないだろうからな、俺自身もそう思う事から気にはしない。

その後も宴会は続き、俺が買ってきた二樽の酒が無くなった所で終わりとなった。

もう少し多めに買ってきた方がよかったのだろうか・・・。

いや、いくら買って来ても無くなるまで飲み続けるんだろうな。

俺は、エルバに客間へと案内されてやって来た。

そこは八畳程の広さがあり、布団がすでに敷いてあった。

「明日からは、これに着替えろ」

「ありがとう」

エルバは無造作に着替えを差し出してきた。

「それと、毎日風呂に入って着替える事!

魔法は使えるんだろ?」

「問題ない」

「では、明日の朝迎えに来る」

エルバは言う事だけ言って、客間から出て行った。

俺は客間の中にある風呂へと向かい、魔法でお湯を入れて体を洗った。

魔法は一通り使えるようにはなっているが、まだまだ苦手で戦闘中は使う事が出来ない。

魔法は、剣を極めてからゆっくり習得していく事にしよう。

風呂から上がった後は、明日からの修行に向けて就寝した。


翌朝、いつもの様に目覚めて、昨日渡された服に着替えた。

「これはとても動きやすいな」

服の着心地を確認していると、ノックも無しに、エルバが部屋に入って来た。

「起きているな、出かけるぞ!」

有無を言わさず部屋から出されて、外へと連れ出された。

「これを持て!」

エルバから鍬を手渡された。

「これは?」

「畑を耕す道具だ、見た事ないのか?」

「それは知っていますが、私は剣の修行に来たのですけど・・・」

「それは聞いている!だがそれは働いた後だ!いいから黙ってついて来い!」

エルバに無理やり連れられて、畑へと連れて来られた。

他の鬼人たちも、それぞれ畑仕事に向かっていたようだから、仕方のない事だと思い諦めた。

「ここは収穫が終わった畑だ、次の種を蒔く為に耕すからな!」

「分かりました・・・」

畑を耕した経験など無いが、やるしか無い様だ。

エルバも一緒に畑を耕すようだし、頑張るしかないな。

体力には自信があるので何とかなると思っていたのだが、意外と難しい物だ・・・。

エルバは俺の倍以上の速度で畑を耕している。

慣れていないとはいえ、女性に負けるのも癪なので気合を入れて頑張ってはみる物の、差は広がる一方だ。

力を入れすぎると間違いなく鍬が折れる為、無理をすることは出来ない。

これは意外と、剣の修行になるのではないだろうか・・・。

そう考えると、やる気が出て来ると言う物だ。

俺はエルバの動きを観察して、鍬の扱い方を学んで行った。

何となく鍬の扱いに慣れて来た頃、エルバに作業を中断するように言われた。

「朝食だ!」

「ありがとう」

朝食の包みと、水筒を受け取った。

中身は雑穀米を炊いた物と、焼き魚と言うシンプルな物だったが、焼き魚の塩味と雑穀米のうまみが合わさってとても美味しいものだった。

「これは美味しいな!」

「そ、そうか、は、早く食べてしまえ、まだ作業は残っているからな!」

俺が朝食を褒めると、エルバは少し顔を赤くして目をそらした。

もしかしてこの朝食は、エルバが用意してくれた物だったのか。

俺も作った料理を褒められると嬉しいから、気持ちはよくわかる。

朝食を食べ終えた後は、再び畑を耕す作業へと戻り、お昼までその作業は続けられた。

慣れない作業で気苦労はしたが、吸血鬼の俺はこの様な事で疲れる事は無い。

エルバには最後まで追い付けなかったが、それは簡単な事では無いだろうからな。

畑を耕す作業を終え、エルバと共にラモンの屋敷に戻って来た。

そこではすでに昼食が用意されていて、他の農作業から戻ったラモンの家族たちも、食事を摂っている所だった。

俺はエルバと共に席に着き、昼食を頂く事にした。

すると、そこにラモンがやって来た。

「ベル、農作業はどうだったか?」

「慣れない作業で、エルバさんの足を引っ張ってしまいました」

「そうか、その割には元気そうじゃねーか」

「私は吸血鬼ですから、この程度で疲れる様な事はありません」

「それもそうか、午後からはベルの望んでいる剣の修行だ、俺は先に行ってる、飯をしっかり食ってから来るんだな!」

ラモンはそれだけ言うと、立ち去って行った。

「いただきます」

俺は昼食を味わって食べる事にした。

吸血鬼の俺は、鬼人族と違って食事をする必要は無いのだが、気持ちの問題で、食事をした方がはやり落ち着くんだよな。

こういう所は、生前の記憶による所なのだろう、大事にしていきたい物だ。

昼食を終え、気力も充実した俺は、エルバと共に屋敷の外に出た。

「訓練の場所は浜辺だ、走って行くぞ!」

剣を背負ったエルバは、かなりの速さで走り出した。

俺も遅れないようにエルバに着いて行く。

エルバは村の外に出ると更に速度を上げ、俺もそれに続けて速度を上げた。

時速八十キロは出ているのだろうか・・・龍族の所に行く前だと置いて行かれていたな。

そのお陰で、すぐに海が見えて来る事となった。

上空からは何度か海は見て来たが、こんなに間近で見るのは初めての事だった。

浜辺の砂浜に到着すると、そこでは男女の大人から子供まで、剣を持って訓練と言うか、実戦的な戦闘を行っていた。

「来たか!」

ラモンは訓練を見ているのを止めて、俺の所にやって来た。

「はい、遅くなりました」

「では早速、龍族の所で鍛えて来た腕を見せて貰うぜ!」

「はい、よろしくお願いします!」

俺は蝙蝠の翼を出し、刀に魔力を込めてラモンと対峙した。

最初から全力だ、手加減出来る様な相手ではない!

ラモンも大きな剣を抜き、気を練り込んでいる様子だ。

俺も龍気を発動させ、ラモンの攻撃に備える・・・。

隙を伺ってみるが、その様な物はあるはずがない。

それならば俺から動いて、隙を見付けるだけだ!

刀を上段に構え、一気に間合いを詰めて刀を振り下ろした。

ギンッ!

今出せる最速で刀を振り下ろしたが、ラモンに軽く受け流されてしまった。

「そんな物か?」

「まだまだ!」

それから持てる力をすべて出し切って、ラモンに攻撃し続けたが、俺の攻撃は通用せず、すべて受け流されてしまった。

「まだ龍気に振り回されている様だな、龍気ってのはな、こうやって使うもんなんだよ!」

ラモンの気が一瞬膨れ上がったと思った瞬間、俺の喉元にラモンの剣先が触れていた。

「参りました・・・」

俺はラモンの動きを、目で捕らえている事が出来なかった。

魔力の動きでは分かってはいたが、反応出来る様な速度では無かったからな。

「俺はお前の様に、常時龍気を遣う事は出来ねーが、集中して使う事で限界を超えた速度を出す事が出来る。

ベルは、これを習得してから、クリスの所に帰るんだな!」

「はい、よろしくお願いします」

「後は、他の者達と戦いながら、その感覚を身に着けていってくれ!」

「分かりました」

俺は蝙蝠の翼を仕舞い、今ある魔力だけで戦う事にした。

考えて見れば当然の事だよな。

吸血鬼以外は、今持ってる魔力だけで戦う事になる。

それをいかに効率よく使って戦うかと考えた場合、ラモンの様に瞬間的に強化して使うのが必要だ。

これは俺にも当てはまるよな。

クリスティアーネと戦った際、俺の周囲の魔力はすべて奪われた事から、俺が持っている魔力をいかに効率よく使わないと勝てない訳だ。

まぁ、クリスティアーネを倒そうとは思ってはいないが、せめて互角に戦える様には成りたいと思う。

この後、男達と次々と戦って行ったが、いい勝負には持って行けるのだが、最後所で龍気を使われ負けてしまう結果となってしまった。

俺もそれに対抗して龍気を使うのだが、やはり他の鬼人族が使う物とは違って速度に付いて行く事は出来なかった。

まぁ今日一日で修得できるような物では無いだろうから、ゆっくり感覚を掴んで行く事にした。


翌日からも、午前中は農作業をして、午後は剣の訓練をするという事を毎日繰り返して行った。

農作業は、草取り、収穫、種蒔き等、様々な事をやらされたが、これは俺にとって非常に楽しい時間となった。

生前は剣道ばかりやって来たけど、食料を畑で作って収穫し、それを食べると言う事は俺に合っていたらしい。

でもまぁ、それも全て吸血鬼の体あって物もだな。

どんなきつい作業をしても疲れないから出来る事であって、生前だと音を上げていた事だろう。

そのお陰で、一緒に作業をしている鬼人達からは、ここで暮らすよう何度も勧められた。

俺としても悪い気はしなかったが、クリスティアーネの眷族であり、妻も二人いる事から辞退させて貰った。

そんな生活が半年を過ぎた頃、俺もようやくコツをつかんで、他の者達の動きに着いて行けるようになった。

龍気を凝縮して、一気に爆発させるような感じだな。

一気に肉体の限界を超えた力を出すため、多用すると肉体にダメージを受けてしまうのだが、俺は吸血鬼だからそれは問題にはならなかった。

こうなれば、魔力と耐久力に優れている俺の方が有利となり、負ける事は無くなった。

もう帰ってもいいのだが、俺はもう暫くここで修業を続けて行く事にした。

何故かと言うと、農作業を一通り覚えて、クリスティアーネの屋敷の周りに畑を作ろうと思ったからだ。

そんなに広くは作れないから家庭菜園止まりだが、せっかく覚えた技術を生かさない手は無いよな・・・。

皆に会いたい気持ちはあるが、不老不死の俺達にとって、一年や二年はどうと言う事は無いだろう。

それにまだ、ラモンに勝てるほどでは無いからな。

もう暫くいていいかと、ラモンに許可を求めたら。

「ベルは働き者の様だから、ずっといていいぜ!

何なら俺の部下にしてやってもいいぞ!」

と言われた。

ラモンは冗談のつもりで言ったのだろうが、一応部下の話は丁重に断った。

それから三か月がたったある日、エルバから明日は年に一度のお祭りだと教えられた。

何のお祭りかは詳しく教えて貰えなかったが、他の鬼人達も楽しそうにしていた。

祭りと言えばお酒は必要だな。

お世話になっている身としては、何もしないと言う事は出来ないだろう。

俺は午後の訓練を取り止めて、エルバの許可を得てから酒の買い出しに街に飛んで行った。

パフェの時と同じように買い占めては困るだろうと思い、街を何カ所か回って、十樽の酒を購入した。

これでも足り無いと思うが、買えば買っただけ飲みつくしてしまうだろうからな・・・。


祭り当日。

今日は村の全員農作業はお休みで、村の広場に集まっていた。

そこには各家庭から持ち寄られた料理や酒がテーブルに並べられており、誰でも好きに飲み食いできるようになっていた。

俺は何故か、ラモンの隣に座らされていた。

「酒買って来てくれたそうじゃねーか、気を使わせて悪かったな!」

「いえ、お世話になっているのにこれくらいの事しか出来なく、申し訳なく思います。

所で、今日のお祭りはどの様な物なのですか?」

「何だ知らなかったのか?

今日は年頃の男女が結婚相手を決める大事な日だ!」

なるほど、それで若い女性がひな壇に座らされている訳か。

よく見ると、その中にエルバの姿を見かけた。

いつもの落ち着いた感じとは違い、そわそわと落ち着かない様子だ。

それはエルバに限った事では無いな、他の女性も自分の結婚相手が誰になるのか不安な様子だ。

「結婚相手は、ラモン様がお決めになるのですか?」

「そんな面倒なことするかよ!

今から始まるから、見てればからるぜ!」

ラモンにそう言われて前を見ると、ひな壇に座っている一人の女性が立ち上がった。

それに合わせて、周りにいた男性が三人立ち上がり、広場の中央へと向かって行った。

周囲の観客たちから、それぞれの男性を応援する声がかかる。

「もしかして、これから戦うのでしょうか?」

「おうよ、ベルも気に入った女性がいたら参加しても構わねーぜ!」

ラモンは俺を見てニヤッと笑ったが、ゴブリン顔の俺では女性達も嫌がる事だろう。

それにもう二人も妻がいるから、これ以上は必要が無いからな。

「いえ、俺には二人も妻がおりますし、何より、この顔では女性の方が嫌がる事でしょう」

「んー、そんな事はねーと思うぞ、ベルは真面目に働くし礼儀正しいとエルバから報告を受けているぞ!

それと、その顔に引け目を感じている様だが、あんまり気にしていると、奥さんに嫌われるぜ!」

ラモンに忠告されてはっとなった。

確かに、俺がいつまでもゴブリン顔の事を気にしていると、セレスティーヌとマリーロップに申し訳ないな・・・。

「ラモン様、ありがとうございます」

「おう、それよりそろそろ始まるぜ!」

広場の中央では、剣を抜いた三人の男達がそれぞれけん制し合っていた。

「全員で戦うんですね」

「そりゃーな、後で戦う奴の方が有利になるだろ!」

「それもそうですね」

先に動いた方が不利になる為、中々動けずにいる様だったが、周囲の声に押されて一人が斬りかかった。

それを皮切りに、もう一人も動き混戦となった。

バシュッ!グサッ!

普段の訓練時には、皆寸止めしているのだが、今日はお構いなさに斬り付けていて、血しぶきが舞っていた!

やがて一人が倒れ、更にもう一人が倒れた事で決着が付いた。

しかし、勝った男も満身創痍で立っているのがやっとの状態だ。

「倒れた人達は大丈夫でしょうか?」

「あぁ、急所は狙わない決まりになっているからな、死にはしねーだろ!」

倒された二人の男達は、周りの人達に担ぎ出されて手当てをして貰っている。

鬼人も意外と丈夫だと言う話だったから、死ななければ直ぐに元に戻るのだろうな。

勝利を手にした男は女性の下に向かい、これで結婚が決まったのかと思ったのだが、女性からさらに勝負を求められていた。

「ラモン様、あれはどういう事でしょうか?」

「結婚の決定権は女の方にあるからな、この戦いに負ければ断られるか、それとも尻に敷かれるかが決まる!」

「なるほど・・・」

しかし、どう見ても傷だらけの男の方に勝算は無い様に思える。

案の定、戦いが始まってすぐに女性の方が勝利した。

それでも結婚自体は女性の方から認められた様だが、彼は一生奥さんに頭が上がらないのだろう・・・。

でも先程の女性は、無傷の状態で戦っても勝てるか分からないくらい強いからな。

訓練時に、男性と女性が戦う事は無いのだが、女性同士戦っているのを見ていて、彼女は上位三位に入るくらいの強さだった。

鬼人の女性は、男性より魔力が多いそうなので、実は戦うと女性の方が勝つ事が多いのだそうだ。

だから、ラモンが女性に決定権があると言う事だった訳だな。

ちなみに女性が勝利して結婚を断った場合は、逆に女性から男性を指名し、そしてその勝負に勝つと晴れて結婚できるそうだ。

その試合で女性が負けた事が今まで無いとの事だから、男性の方がわざと負けたりしているのだと思う。

その後も、次々と女性を巡っての激しい戦いが続いて行き、いよいよラモンの娘であるエルバの番となった。

流石にラモンの娘という事もあって、七名ほどの男性が名乗りを上げた。

エルバもこんなに大勢の男性に選ばれて、さぞ喜んでいるのだろうと思って見て見れば。

悲しそうな表情でこちらを見ていた・・・。

「ベル、お前も行け!」

ラモンが俺に立つように言って来た。

「俺は部外者ですが・・・」

「いいから行けっつってんだよ!」

ラモンに叩きだされ、俺は派手に地面に転がって行った・・・。

周囲に盛大に笑われたが、俺は立ち上がり、気を取り直して広場の中央へと歩いて行った。

そこでは俺を含めて八人の男達が、睨み合っていた。

手を抜く訳には行かないな・・・。

背後からは、ラモンの殺気が飛んできているし、わざと負けでもしたら殺されてしまう。

俺は刀を抜き、魔力を込めて八相の構えを取った。

取り合えず無理に攻め込まず、守りに徹する事にしよう。

強者揃いの鬼人七人を前にして、突っ込んでいくのは自殺行為だ。

他の皆もそう思っている様で、剣を構え、じりじりと相手との間合いを探っている。

そう思っていたのだが、鬼人達は頷き合うと、一斉に俺の方を向いて襲い掛かって来た!

急所は狙ってはいけないと言う事以外、特に決まりは無いという事だったから、協力し合う事は別に悪い事では無いのだろう。

しかし、七人同時に斬りかかって来るとは予想していなかった。

俺は慌てて後ろに飛び去りながら、剣を受け流して行く。

しかし、流石にすべての剣を受け流す事は出来ずに、食らってしまったが、致命傷には至っていないのが幸いだな・・・。

七人から同時に攻められるのなら、俺も遠慮する必要は無いな・・・。

蝙蝠の翼を出し、全力で相手をする事にした。

蝙蝠の翼を出した事で、傷付いた体は瞬時に戻通りとなった。

反撃開始だ!

俺はここで修得した技術で、瞬間的に動いて斬り付けて行く。

当然他の鬼人達も使って来て、俺の剣は受けられ、体を斬り刻まれて行くが、それは織り込み済みだ。

腕や足が斬り飛ばされない限り、俺の動きは止まる事が無いからな。

何度か斬り合いを続けて行く事で、鬼人達の魔力が切れたのか、それとも肉体の限界を超えたのかは分からないが、鬼人達は倒れて行った。

「ふぅ~、何とか勝つ事が出来たな・・・」

俺は大きく息を吐き、勝利の余韻に浸っていると、周りから大きな歓声が巻き起こった!

あっ、七人から同時に襲われた事で戦いに集中してしまったが、この戦いはエルバの結婚相手を決める物だと言うのを忘れていた・・・。

そして、俺の前にエルバがやって来た。

「見事だったぞ!そして、私と戦え!」

エルバは剣を抜き、俺の突きつけて来た。

まぁ、そうだよな・・・。

俺は蝙蝠の翼を仕舞い、エルバと対峙した。

なるほど・・・。

俺は男達がなぜ負けていたのかを知る事となった。

これから結婚する相手を傷付ける様な事は、出来るはずも無いよな・・・。

しかしどうする?

俺の状態は万全とは言えないまでも、十分戦う事は出来る。

勿論手を抜くなど許されないだろう。

俺は刀を上段に構え、ラモンと最初に戦った時の様に、次の一撃に全てを掛けた。

エルバもそれに応えてくれて、同じように剣を上段に構えている。

二人の間に緊張が走る。

周囲で観戦している者達も、息をひそめて見守っている。

「行くぞ!」

「おう!」

エルバが声を掛けて来て、一気に間合いを詰めて来た!

「やぁっ!

「はっ!」

ギィン!

二人の剣は正面でぶつかり合い、エルバの剣は俺の肩に突き刺さり、俺の刀は弾き飛ばされた。

「俺の負けだ・・・」

観客からも歓声が巻き起こり、エルバの勝利が決まった。

「エルバ、よくやった!」

「はい、お父様!」

ラモンが駆けつけて来てエルバを褒めると、エルバも嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

ラモンは俺の方へと向き、ニヤッと笑った。

俺が手を抜いたのがばれてしまっている様だな。

いや、勿論先程の一撃に手は一切抜いていないのだが、結果はこうなる事は分かっていた。

俺の細い刀と、エルバの分厚い剣とがぶつかれば、俺の刀が弾かれるのは当然の結果だ。

ラモンは俺と手合わせていている事から、ばれてしまうのは仕方が無い。

しかし、ラモンはその事を追及して来る事は無いだろう。

ラモンは俺の肩に腕を回して、締め付ける様に力を込めて来た。

「エルバを悲しませると、ただじゃおかねぇからな!」

「分かりました!」

俺が答えると、ラモンは俺の肩から腕を外して離れてくれた。

俺はエルバの前へと進み、エルバの目を見つめた。

「エルバ、これからよろしく」

「よ、よろしく頼む・・・」

エルバは顔を赤くして俯いてしまった。

こうして俺は、めでたく?三人目の妻を娶る事となった。

その後は、用意されていた料理と酒が振舞われて、村を挙げての大宴会となった。

俺もエルバと共に、料理と酒を美味しく頂いて行く。

他に結婚が決まった男女も、二人で仲良くくっついている。

それを負けた男性達が恨めしそうに見ていたが、鍛えなおして来年頑張って貰うしか無いんだろうな・・・。

宴会は酒が無くなるまで続き、日が暮れる事お開きとなった。

そしてその夜、風呂に入り終え、寝ようとしている所にエルバがやって来た。

相変わらず部屋に入ってくる際のノックは無しだ・・・。

「い、い、一緒に寝て、か、構わないか・・・」

「勿論構わない」

「し、失礼する!」

エルバは布団に潜り込んで来たが、ガチガチに緊張しているな・・・。

俺は出来るだけ優しく、エルバを抱きしめた。

エルバはビクッとして、更に身体を固くさせていたが、抵抗はしなかった。

「エルバ、無理はしなくて良いからな」

「む、無理などしていない!

た、ただ、は、は、初めての事なので、や、優しくしてほしい・・・」

「分かった」

ここで何もしないと言うのは、覚悟を決めて来たエルバに失礼だからな。

エルバの希望通り、出来るだけ優しく彼女を抱いた・・・。


翌朝、目が覚めると、俺の横で寝ていたエルバは目を開けていて、こちらをじっと見ていた。

「エルバ、おはよう」

「ベ、ベル、おはよう」

エルバから始めて名前を呼ばれたな・・・。

「エルバ、俺はそろそろクリス様の下に帰ろうと思うが、一緒に来てくれるか?」

「勿論だ!ベ、ベルとは夫婦だからな!」

まだ俺の名前を呼ぶのに慣れないのか言い淀んでいるが、時期に慣れてくれるだろう。

そんな可愛らしい反応を見せてくれるエルバを一度抱きしめてから、起き上がり農作業に行く準備を始めた。

帰る事にしたが、ラモンに挨拶しないといけないし、エルバにも準備があるだろう。

もう暫くここで過ごす事にしよう。

「数日中に帰ろうと思うから、それまで準備をしてくれ」

「分かった」

それから一週間後、エルバの準備が整った所で、エルバを抱きかかえて飛んで帰る事となった・・・。

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