第十五話 ゴブリン 修行中

クリスティアーネの屋敷を飛び立った俺は、北に向けて進んでいた。

龍族の住まう場所は、険しい山々の山頂付近だと教えられてきたが、見渡す限り山しかない・・・。

魔力を頼りに探してはいるが、魔王城で感じた様な強い魔力を発する者は見つからない。

それから暫く空を飛んでいると、目の前に山頂が雪に覆われた一際高い山が見えて来た。

高い魔力も感じるし、多分あの山だろう。

俺がその山に向かって飛んで行くと、一匹のドラゴンがこちらに向かって飛んで来た。

「何者だ!これ以上近寄るなら、容赦はせんぞ!」

目の前に十メートル程の大きさのドラゴンが迫って来て、威嚇をされた。

俺なんか一飲みにされそうな感じで、少し怖いな・・・。

「私はクリスティアーネの部下で、ベリアベルと申します。

この度、ヴァルギール様の下で修業させて貰いに来ました!」

「その話は聞いている、着いて来い」

ドラゴンは反転し、飛んで行った。

俺もその後に着いて行くと、山の側面に大木は洞穴へと入って行った。

洞穴の中は美しく彫刻が施されていて、神殿といった感じがした。

ドラゴンはその中の広間に降り立ち、人の姿になった。

「ここで待っていろ!」

龍族の男はそう言うと、神殿の奥へと入って行った。

暫くすると、先程の男と一緒にヴァルギールが現れた。

「待たせたな、クリスから話は聞いている。みっちり鍛えてやるから覚悟するんだな!」

「はい、よろしくお願いします」

「とは言え、俺が鍛えてやるわけでは無い、アデリウス、この者をガンドルフ老の所に案内してやってくれ」

「分かりました、着いて来い!」

アデリウスと呼ばれた男は、今度は人の姿のまま浮かび上がり、飛んで行った。

「失礼します」

俺はヴァルギールにお辞儀をして、アデリウスの後を追いかけて行った。

先程いた洞窟より、やや下に降りた所に広い空地があり、その脇にある建物の前にアデリウスと俺はそこに降り立った。

空き地では、数人の龍族と思われる人達が、剣を手に持って訓練をしていた。

アデリウスは建物の中に入り声を掛けた。

「ガンドルフ様、いらっしゃいませんか!」

「そんなでかい声出さずとも、聞こえておるわ!」

建物の中から、真っ白な長い顎鬚を蓄えたおじいさんが出て来た。

「ガンドルフ様、この者を鍛えてやって欲しいと、ヴァルギール様より頼まれて参りました」

「ふむ、ゴブリンとは珍しい・・・」

ガンドルフは俺の事をじっと見てそう答えた。

「私はクリスティアーネの部下で、ベリアベルと申します。

どんな厳しい訓練にも耐えますので、よろしくお願いします」

俺はガンドルフに頭を下げた。

「では、私は警備に戻りますので、失礼します」

アデリウスはガンドルフに一礼をして、足早に飛び去って行った。

「ベリアベルと申したの、お主はなぜ強くなりたいのじゃ?」

「ベルとお呼びください、強くなりたい理由はただ一つ、主を守る為です!」

ガンドルフは目を細めて、俺をじっと睨んでいた。

「主と言うのは吸血鬼の娘の事じゃな・・・よろしい、ベルを鍛えてやろう」

「ありがとうございます!」

「ただし、わしの訓練はきついぞ!」

「はい、覚悟の上です」

「うむ、訓練を始める前に、ベルの実力を見せて貰おう。

ヴァンブレース!こっちにこい!」

ガンドルフが声を掛けると、訓練していた者がこちらにやって来た。

「ガンドルフ様、いかがなさいましたか?」

「うむ、この者と軽く勝負をしてやってくれ!」

「分かりました・・・手加減した方がよろしいですかね?」

ヴァンブレースは俺の事を見て、そう問いかけて来た。

俺は魔物では最弱のゴブリンだから、そう見られても仕方が無いが、少しむっとしたな。

「ふむ、遠慮は不要の様じゃぞ?」

ガンドルフは俺の表情を見て、察した様だ。

「その様ですね、失礼した、全力で戦わせて貰う!」

ヴァンブレースは俺に謝り、剣を構えて俺と対峙した。

「よろしくお願いします」

俺も刀を抜き、中段に構える。

ヴァンブレースと対峙すると、相手の身長が二メートルある為、百六十センチの俺では大人と子供だな。

それに隙が無い・・・。

俺は刀に魔力を流し込んで、折れない様に強化した。

じりじりと、すり足で間合いを詰めていく。

ヴァンブレースは、こちらから斬りかかって来るのを待っている様だ。

俺の間合いに入った瞬間、素早く刀を振り上げ、ヴァンブレースの肩目がけて、振り下ろした。

ギンッ!

俺の刀は軽く受け流され、間合いを離された。

どうやら、完全に俺は舐められている様だ。

それならばと、一気に間合いを詰め連続で斬りかかった。

ギンギンギンギンギンギン!

しかし、俺の攻撃はすべて受け流され、俺が焦って大振りした所に付け込まれで、首に剣を突き付けられた!

「参りました・・・」

「なかなか素早くいい剣筋だが、素直過ぎる、もっと工夫しないと俺には届かないぞ!」

ヴァンブレースに指摘された通り、俺の剣は教科書通りの素直な剣だと、生前も師範代から言われていた・・・。

その当時は、変にフェイントとか覚えず、剣速を速める訓練をした方が良いだろうと師範代に言われて、その訓練ばかりやって来たからな。

それはゴブリンになってからも変わらずに続けて来た事でもある。

「ベル、お主は吸血鬼なのであろう、なぜその力を使わんのだ?」

試合を見ていたガンドルフが、俺に尋ねて来た。

「確かにクリスティアーネの眷族ですが、私はゴブリンです」

俺がそう答えると、ガンドルフは長い顎鬚を撫でながら怪訝そうな課ををしていた。

「ふむ、ベルがゴブリンだと思っている内は、それ以上強くなれんじゃろうな・・・」

「そうなのですか・・・」

俺はがっくりと肩を落とした。

クリスティアーネからも、眷族にはなったがゴブリンだと教えられたし、かと言ってゴブリンかと言われれば、違うのかも知れない・・・。

「ベルは、吸血鬼がどんなものなのか知っておるのか?」

「いえ、知りません・・・」

「そこから教えぬといかんか・・・。

吸血鬼とは、わしら魔族の中で、特に魔力の扱いに長けた者達じゃ。

己の魔力を相手に与えて眷族にしたり、相手の魔力を制御して従わせたりする事が可能じゃ。

時には周囲の魔力さえ制御できるのじゃ。

そして、眷族になった者は吸血鬼となり、その能力を使う事が可能となるのじゃ」

えっ、俺も誰かを眷族にしたり、言う事を聞かせたり出来るって事か?

「当然そうなる為には、訓練を積まんといかんのじゃがな、あの娘は教えてはおらん様じゃな」

「はい、何も聞かされてはいませんでした・・・」

クリスティアーネがなぜ俺に教えてくれなかったのかは分からないが、少なくとも今までは必要無いと判断していたのだろう。

「しかし、眷族を作る為には己が強く無いと出来ない上に、危険も伴う事じゃからの」

「危険ですか?」

「そうじゃ、例えばお主を眷族にした際、あの娘がお主に与えた魔力の分だけ弱体化する。

それは時間が経てば元には戻るのじゃが、お主の強さだと十年ほどかかるじゃろうな」

何と言う事だ、つまり今はまだクリスティアーネは本来の強さを取り戻していない訳だ。

それに勝てなかった俺は相当弱いという事だな・・・。

それなら、俺に吸血鬼の事を教えなかった事にも納得だ。

「そこでじゃ、今日からお主はずっと蝙蝠の翼を出したままにして、周囲や相手の魔力を感じ取るのじゃ」

「分かりました」

俺は背中に蝙蝠の翼を出した。

「わしら龍族は、魔力を体内で龍気に変え力を出しておるのじゃ、それを読み取り自分の物にするのじゃぞ。

ではヴァンブレース、一時間ごとに他の者と交代しながら、ベルを鍛えてやるのじゃ」

「分かりました、ベル、向こうで他の者と一緒に訓練をするぞ!」

「はい、よろしくお願いします」

俺はヴァンブレースの後に続き、他の龍族が訓練している場所に向かい。

そこで、全員と訓練をする事になった。

俺の課題としては、吸血鬼の能力を手に入れる事と、龍族の戦い方を盗む事だな。

どちらも大変な事だが、頑張って習得しないといけない!

クリスティアーネの為に頑張る事を、改めて誓った。


訓練が開始されてから一週間がたった・・・。

俺は何時死ぬかもしれないと言う緊張を持たされ続けたまま、ずっと戦い続けて来ている・・・。

ガンドルフは、最初に一時間ごと交代で相手をしてやれと言っていたが、まさか、寝る暇もなくずっと継続されるとは思ってもいなかった・・・。

確かに睡眠をとらなくても活動を続けられる訳で、更に蝙蝠の翼を出して魔力をどんどん吸収しているから疲れも全くない。

しかし、精神的にはかなり厳しい状態だ・・・。

こうして考えている間にも、容赦ない攻撃が次々と俺に向けられてくる。

「ほらほら、どうした!こっちはまだまだ全力を出してないぞ!」

対峙している龍族の攻撃は一撃が重く速い、それを全力で受け無いと体を斬り刻まれてしまう。

と言うか既にあちこち斬られているのだが、蝙蝠の羽を出して魔力を吸収しているから、斬られた傍から修復している。

そのせいもあって、龍族たちも遠慮なく俺に斬りかかって来る。

そして龍族が全力を出していない事は、俺から離れた所で試合をしているのを見れば分かる。

ドゴンッ、バカンッ!

剣で斬り合っているとは思えない音と、衝撃波がこちらにも伝わって来る。

龍族が持っている剣は、自分の爪を削って作った物だそうで、自分の体の一部その物。

つまり俺が刀に魔力を流して強化しているように、剣に龍気を流し込んで強化しているとの事。

元々ドラゴンの爪は非常に硬いのに、それを強化して使っているのだから、折れない上に非常に鋭い。

そしてその鋭い剣が、油断すると俺に襲い掛かり、体を斬り刻んでいく。

着ていた執事服は、最初の日に既にボロボロになり、今はパンツ一つで戦っている。

ゴブリンだった頃は、素っ裸で戦っていたから、その事は気にはならない。

そんなこと気にしている余裕が無い、と言った所だがな・・・。

肝心の吸血鬼の能力については、いまだに把握できていなかった。

一週間で把握できるような物では無いと分かってはいるのだが、早く習得しないと俺の命が危うい・・・。

何故なら、日増しに龍族の攻撃が強くなっているからだ。

俺が龍族たちの攻撃に慣れて防げるようになってくると、座って見ているガンドルフから指示が出る。

「もう一段階上げるのじゃ」

そうすると龍族の体が白く光り、膂力が跳ね上がる。

あれが、ガンドルフが言っていた物だろうが、俺はまだ相手の体内にある魔力まで感じ取る事は出来ない。

しかし、あれを習得しない事には、数日中に龍族の攻撃を受けきれなくなるだろう。

となればやり方を変えないといけないな・・・。

俺は剣捌きに集中していたのを止め、魔力の動きに集中する事にした。

「どうした、動きが鈍くなったぞ!」

そのせいで、体は斬り刻まれるようになったが、元々痛みを感じる事は無く、更にすぐに元に戻っているので構わない。

「気にしないで、そのまま続けてください・・・」

「こっちは構わないがよ!」

しばらくそれを続けていると、見えて来るものがあった。

相手の剣が振る際の腕の動き、そして空気中の魔力を斬り裂いて襲って来る剣先の動きが、徐々に分かって来た。

俺は魔力の動きを追いかけながら、刀をその軌道上に動かすだけで、相手の剣を受け止める事が出来る様になった。

「ふむ、ゴブリンであることを止める事が出来る様になった様じゃの」

ガンドルフが長い顎鬚を撫でながら、にやりと笑っていた。

「もう一段階上げるのじゃ」

また打ち込みが激しくなり、終わりの見えない修行が続いて行く事となった・・・。


魔力・・・。

それは私が今まで感じた事が無かった物でした。

クリス様に指導されて、何とか体の中にある魔力を感じる事は出来る様になりましたが、それを魔法として発現する事が出来ません。

魔法自体はこれまでも何度も見た事があるのですが、いざ自分がやるとなると、どの様にして火や水を出していいのか分かりません。

クリス様にお手本を見せられ、真似るように言われましたが、全く出来なくて申し訳なく思います。

「ふむ、どうしたものかの・・・」

クリス様は腕を組んで考え込んでしまいました。

どう表現したらいいのでしょう・・・。

そうです!

ベルさんの本を読んだ時の様に、そこに文字が書いてあるのに読めない状況と同じです。

知らない物を理解出来るはずも無いですからね。

「クリス様、私に魔力はあるのですよね?」

「うむ、普通の魔術師以上の魔力があるかの」

「でしたら、人が使っている呪文を唱えて見れば、魔法が使えたりしないでしょうか?」

私がそう提案すると、クリス様は手をポンッと叩いて賛同してくれました。

「それはいい案だの、ではさっそく唱えて見てくれぬか?」

「そうしたい所ですが、私は呪文を知りません・・・ですので、クリス様、申し訳ないのですが魔導書を買って来てはくれないでしょうか?」

こういう買い物をクリス様に頼むのは、申し訳ないのですが、私は街に出て行く事が出来ません。

「分かった、買って来るとしよう」

「ありがとうございます、魔導書は冒険者ギルドの受付で買えますので、よろしくお願いします」

「うむ、エリーと出かけて来るからの、留守を頼む」

「はい、行ってらっしゃいませ」

クリス様はエリミナと、街に出かけて行きました。

すぐには戻って来ないでしょうから、私はその間に掃除や夕飯の準備をしておきましょう。

クリス様とエリミナが戻って来られたのはその日の夕方で、魔法の訓練は翌日に行う事になりました。

そして私は、クリス様が買って来て下さった魔導書を手に、呪文を唱える事になりました。

「我に集いし力の根源よ、揺らめく炎となり、その姿を矢に変えて敵を貫け!ファイヤーアロー」

私の唱えた呪文により、炎の矢が作られて、遠くに飛んで行きました。

「クリス様、出来ました!」

私は生まれて初めて魔法が使えた事に、とても喜びました。

「セレス、良かったの」

「はい、ありがとうございます!」

クリス様も笑顔で喜んでくれています。

「では、残りの魔法も全て唱えて見るとよいぞ」

「はい、頑張ります」

クリス様は攻撃魔法の他に、治癒魔法の魔導書も買って来てくれました。

魔導書に書いてある呪文を順番に唱えて行き、全ての魔法を使う事が出来ました。

魔術師の攻撃魔法が使えたのですから、治癒師の治癒魔法は無理だと思っていたのですが、吸血鬼にはその様な垣根は無いとの事でした。

これで病気や怪我をしても、魔法で治癒できますね!

私がそう喜んでいたら、クリス様から、吸血鬼は病気にはならないし、怪我もすぐ治ると言われ、少し残念に思いました。

でも、病気や怪我の心配をしなくて良いのは、良い事ですね。

飛行魔法も無事使えた事ですし、私も街に行けたりするのでしょうか?

「クリス様、私も街に出掛けられますか?」

「ふむ、呪文を唱えず魔法が使える様になってからかの・・・それと、ベルが戻って来てからの方が安全であろう」

「そうですね!ベルさんが戻って来てからの楽しみにしたいと思います!」

「うむ、そうするが良い」

そうでした、私は吸血鬼ですから、人に見つかれば殺されてしまいます。

でも、ベルさんに守って貰いながら街を歩くのは、安心出来ていいですね。

それまで、最低限自分を守れる程度には、魔法を使いこなしておく必要はありそうです。

頑張って訓練を続けて行く事にしましょう。


あれから半年・・・。

俺は未だに戦い続けていた。

そしてついに、龍気の秘密を知ることが出来た!

龍族は体内に取り入れた魔力を龍気に変え、力を発揮している。

それは吸血鬼である俺も、同じように取り入れた魔力で力を発揮しているのには変わりない。

違いは、魔力を龍気に変換する所だ。

龍気と言う物は、体内の細胞を活性化させ、何倍もの力を発揮させるエネルギーだ。

当然そのような事をすれば、体が持たずに内側から破壊されるのだが、そこは龍族の強靭な肉体には関係ない様だ。

元々十メートル以上の巨体のドラゴンだ、肉体も外皮もそれに見合った強靭さが備わっている。

それを俺が真似して使うとどうなるかと言うと、体中から血が飛び出し、肉体がズタズタになる。

それでも、すぐに修復され戦いを継続する事は出来るが、本来の力を発揮することは出来ない。

ならばどうすれば良いかと言うと、結局耐えられるように体を鍛えるしか無いわけだ。

俺は龍気が見えたように、相手の体内の魔力の動きもとらえられるようになっている。

つまり、どこに剣を振ってくるか分かるのだが、俺の速度を超えるような攻撃は、分かっていても避けられる物では無い・・・。

ブシュッ!

また体が斬られた・・・。

ガンドルフが、戦い傷つく事で、肉体が強化されて行くのじゃと言っていたが、俺と対戦している龍族達は、俺に何回傷を負わせたかで勝負をし、楽しんでいる。

この半年間、ずっと俺の訓練に付き合ってくれている龍族達には感謝をしているが、賭けの対象にしないでもらいたい。

俺もやられてばかりではない、この半年間十数人の龍族たちとずっと戦って来て、相手の癖や苦手の所も分かっている。

そこを嫌らしく突いて行くのだが、後一歩の所で攻撃が届かない。

「今のは危なかったな!だが、まだお前の攻撃を食らう訳には行かないな!」

どうやら誰が一番初めに俺から攻撃を受けたかも、賭けの対象の様だ。

それが分かってからは、意地でも攻撃を当ててやろうと頑張っているのだが、後一歩が遠すぎる。

龍族は身体能力がずば抜けて高い上に、剣技も素晴らしく、俺も戦いながら盗んでいる所だ。

俺が持っている技術なんて、数日で習得されてしまったからな・・・。

盗まれたのは主に足さばきだが、今ではほとんどの龍族がすり足を行っている。

すり足だと、瞬時にどの方向にも移動出来る。

足が少しでも浮いていると、足が地面に着くまでの間、他の方向に動くのに遅れが出てしまう。

剣を使った戦いでは、少しの遅れも致命傷になるからな。

おかげで龍族達の隙も更に少なくなり、こうして俺の剣が届かなくなっている訳だ。

それから三か月が経ち、俺の体が龍気に耐えられるようになった。

蝙蝠の羽をずっと出して魔力を吸っていたせいか、身長も百八十センチ程度まで伸びた。

そしてついに俺の攻撃が当たった!

ギィィィィン!

分かってはいたが、龍族の皮膚には傷一つ付いていない・・・。

これまで散々斬り付けられて来たから、少しは相手にも傷を付けたいと思ったのだが、無理なようだ。

「賭けは俺の負けかぁぁぁぁ!」

俺の攻撃を受けた龍族の男が、両手をついて悔しがっていた。

それを見れただけでも、少しは気分が晴れたな。

「ふむ、どうやら龍気を操れるだけの体になった様じゃの」

「はい、ありがとうございます」

ガンドルフが俺の所にやって来た。

「後は己の技術を磨くのみ!わしらの技術は盗んだのじゃろ?」

「はい、しっかりと勉強させてもらいました!」

龍族の剣術は、今日までしっかり勉強させてもらった。

だが何と言うか、一対一の剣術では無く、一対多を考えての剣術の様に思う。

「一つ疑問に思ったのですが、なぜ龍族はこのような訓練をしているのでしょうか?」

「それはお主と同じ理由じゃよ」

「同じ理由ですか・・・」

巨大なドラゴンに戻れば、人なんて簡単に倒せてしまうだろう。

それなのに人型で訓練する必要があるのか、戦いながら疑問に思って来た。

「人はここ千年で、随分と勢力を拡大してきておるのじゃ、いくらわしらが強かろうとも、いずれ敗れる時が来るかも知れぬ。

そうならぬためにも、わしらも己の強さに慢心せず、こうして鍛えておるのじゃよ」

「なるほど」

「それに、時折現れる転生者は危険な存在じゃ、この世界より進んだ技術をもたらす。

前回の転生者は、食文化に精通しておった者だったから、さほど影響はなかったがの・・・」

そうだな、この世界に軍事技術に精通する転生者が現れたら、今の人と魔族のバランスは崩れるだろうな。

銃が作られた所で魔族に通用するかは疑問だが、それ以上の爆弾や、ましてや核技術何て持ってこられたら、無事では済まないだろうな。

俺も転生者だが、精々剣道の技術くらいしか持っていない・・・。

あれ?俺人に転生していたら役立たずだったか・・・。

・・・ゴブリンに転生して良かったと言う事にしておこう。

「私も、これからさらに己を鍛えて、主を守っていきたいと思います」

「うむ、そうするがいい、もう帰るのか?」

「はい、その前にヴァルギール様に挨拶をしていきます」

「奴は今留守にしておる、わしの方から言っておいてやろう」

「すみません、お願いします。

ガンドルフ様、今日まで訓練をして頂きありがとうございました」

「うむ、達者でな」

俺は頭を下げ、それからこれまで訓練に付き合ってくれた龍族達にもお礼を述べて、この地を去った。

しかし、パンツ一つしか身に着けていない状況で、屋敷に戻るのは不味いよな・・・。

一応収納の魔道具の中には、予備の執事服が入ってはいるのだが、身長が伸びた事でもう着ることは出来ないだろう。

俺は人の姿になって近くの街に寄り、適当な服を購入した。

流石に執事服は売って無かった。

街を出て、改めて帰路に着いた・・・。


私が魔法を覚えて数か月・・・ようやくクリス様と同じように、呪文無しで魔法が使える様になりました。

「クリス様、出来ました!」

「うむ、これで自分の身は守る事が出来るの」

「はい!」

実際の戦闘になれば、まだまだクリス様のお役には立てませんが、それでも自分の身を守る事位は出来るでしょう。

クリス様も、私が戦う事を期待はしていない様ですし、そもそも受付嬢であった私が戦うとか無理があります・・・。

でもこれで、ベルさんと街に出掛ける事が出来ます!

まだベルさんは訓練から戻って来ていませんが、今から楽しみでたまりません。

「セレスに、これを渡して置こう」

クリス様が私に、蝙蝠デザインが施された指輪を手渡してくれた。

クリス様もしていらっしゃる物と同じですね。

「それは街に行く際に、われらの姿を変え、魔力を抑える為の物だ、街に行く際には必ず使う事、忘れると吸血鬼だとばれてしまうからの」

「分かりました!」

「使い方は、成りたい自分の姿を想像して魔力を込めればよいからの」

「やってみます!」

成りたい自分か・・・吸血鬼となった今でも、髪の色が変わっただけで、人だった頃と同じ姿です。

このままの姿では、今まで知り合った人達にマリアーネだと分かってしまいますね。

それでは困るので・・・そうだ!

私はその人を想像し、指輪に魔力を込めました。

「ほう、良いではないか!」

クリス様には好評の様ですね。

私はポケットから手鏡を出して、自分の顔を確認してみました。

髪の色は金色で、表情はエリミナにそっくりです。

「これでエリーと姉妹ですね」

「うむ、エリーも喜ぶであろう」

今現在エリミナはお昼寝中ですからここにいないのは残念ですが、後で見せて感想を聞く事にしましょう。

魔法の訓練を終え、食堂で夕食の準備をしていると、エリミナがやって来ました。

「ニャッ!その顔はどうしたニャ!」

エリミナは私の顔を見て驚いています。

「魔道具で変装してみたのだけど、いかがでしょうか?

エリーと姉妹のつもりでやってみたのですが、嫌なら他の顔にしますよ」

「姉妹ニャ?」

エリミナは首を傾げています、何とも可愛らしい仕草で、抱きしめたくなりますね。

「えぇ、クリス様の眷族となった訳ですから、私とエリーは姉妹でしょう、違いましたか?」

「合ってるニャン!セレスとは姉妹ニャン!」

「ですから街に出掛ける際にはこの顔にしますね、エリー姉さん」

「それならば問題無いニャン!」

エリミナは私と姉妹になった事を喜んでくれている様でした。

多少頼りない姉ですが、私に男の兄弟はいましたが、女の姉妹はいませんでしたので、姉が出来た事を非常に嬉しく思います。

後は夫が出来るのが楽しみですね。

ベルさん、早く戻って来て、私と結婚してください。

そう思いながら、夕食の準備を続けるのでした・・・。

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