第十一話 ゴブリン 奴隷市場調査 その三

私はマリアーネ、十二歳の時より、ソプデアスの冒険者ギルドの受付嬢として働き始めてから、十年の歳月が流れました。

冒険者ギルドの受付で働けば、男性にとてもモテて、更にお金持ちの冒険者と結婚できると言われて、この職業を選んだのですが・・・。

未だに結婚出来ていません!

男性にモテるのは間違いない事ですが、お金持ちの冒険者となると、数が少なくなり、大抵そのような方は、気に入られた女性と冒険を共にしているのです。

私のような受付嬢に言い寄って来る冒険者は、儲けが少ない方か、冒険に出て戻って来られない方ばかりなのです。

今日も若い冒険者から、求婚されました・・・。

「マリアーネさん、僕と結婚してください!

今はまだ稼ぎは少ないけど、きっとAランクの冒険者になって、マリアーネさんを幸せにしてみせます!」

「ごめんなさい・・・」

私も受付嬢となって十年、人を見る目と言うのが養われました。

おそらく、この若い冒険者の方はCランク止まり、Bランクに行けたとしても、冒険の途中で帰らぬ人となる事でしょう・・・。

その様な方と、恋愛や結婚しても不幸になるだけです。

実際に若くて格好いい冒険者と恋愛をしていた受付嬢は、彼が冒険から戻って来なくて、酷く落ち込んでいました。

私はその様な事には、耐えられそうにありませんから、慎重に相手を選んでいました。

しかし、二十二歳となった今では、その様な事を言ってる場合では無くなっています・・・。

殆どの女性が十八歳までに結婚します、冒険者となった女性は多少遅いですが、その分稼いでいるので、冒険者を引退した後はお相手を見付けられるようです。

私もお金は多少の貯えはありますが、冒険者の稼ぎに比べれば、無い物と同じです・・・。

しかし、こんな私でも、好意を寄せている方はいます。

彼はDランクの冒険者ですが、お金は沢山稼いでいて、とても強いのです。

Dランクでお金持ちで強いと言うのは、変だと思われるでしょうが、事実なのです。

鑑定の魔道具で彼を見ると、弱く見えてしまいますが、これは鑑定の魔道具の欠陥みたいな物なのです。

鑑定の魔道具は、鑑定した相手の筋力や魔力と言った物を、視覚的に表示してくれる便利な物です。

しかし、鑑定の魔道具では、その人が訓練で得た技術は分からないのです。

その彼が、Aランクや、Bランクの魔物がいる所の薬草を取って来る事を不思議に思ったギルドマスターは、彼の事を見て納得していました。

「あのDランクの侍は相当強いぞ!Dランクでいるのは、主の命令なのでは無いのか?」

そう言われれば、執事服を着ている彼なら、ありえる事だと周囲にいる人達も納得しました。

そんな彼には、主と思われる可愛らしい少女と、いつもニャンニャンと言っているメイドが一緒にいます。

可愛らしい少女の方は、たまにしか一緒にここへは訪れませんが、メイドの方はいつも一緒です。

二人はお付き合いをしているのかと思い、諦めていたのですが・・・。

メイドの方とお話しする機会がありまして、思い切って聞いて見た所。

「付き合って無いニャン!」

とのお返事を頂き、私にもまだチャンスはあるのだと、喜びました。

しかし、私のような行き遅れの女に、彼は靡いてくれるでしょうか・・・。

いえ、そんな弱気ではいけません!彼を狙っているのは私以外にもいるのです。

私は彼を勝ち取らなければならないのです!

しかし、彼には仕事中にしか会う事が出来ません・・・。

受付嬢の私が、この場で告白する訳にも行きませんし、どうしましょう・・・。

誰かに頼んで伝えて貰うのは・・・いえ、こう言うのは自分でやらないと伝わらないのです。

となると、手紙でしょうか・・・そうですね、気持ちを込めて書きましょう。

手紙を書き終え、彼がここに来るのを待ち続けて十日が経ちました・・・。

いつもなら、もうそろそろ彼が現れてもいい頃合いなのですが・・・とても心配です。

彼の身に何かあったのか、それともお屋敷での仕事が忙しくなって来られないのか・・・。

後者であればいいのですが、早く私に無事の姿を見せてください。

そして、この手紙を読んで、私を受け入れてください!

私は彼の事を想い、今日も彼が訪れて来る事を、待ちわびるのでした・・・。


俺は今、非常に後悔をしていた・・・。

連れ去られた兎獣人全員が助け出され、マリーロップも獣人の城に連れて行って、皆と再会を果たした翌日。

俺は、クリスティアーネ、エリミナ、ソフィーラムの三人を連れ、ローカプス王国のアイスクリーム店へとやって来ていた。

オークションの際、エリミナにパフェをいくらでも食べていいと、俺が言ったからだ・・・。

俺はまだ、人として生きてた時の常識で判断していた様だ。

「おかわりニャン!」

「私もおかわりを頂こう!」

「はい、次のパフェを持って参ります!」

エリミナとソフィーラムが、競い合う様にパフェを次々と食べて行っている・・・。

クリスティアーネは食べるのが遅いので、そんなに量は食べてはいないのだが、それでも五杯は食べているだろうか・・・。

魔族は、食事をしなくても周囲から魔力を得る事で、生き続ける事が出来る。

また、食事からも魔力を得る事が出来るので、食べても問題は無い。

そして、体内に入った食事は魔力に変換されて無くなる、つまり、いくらでも食べられるという事だ・・・。

お金には余裕があるから、いくら食べて貰っても構わないのだが。

周囲からの奇異の視線を向けられているのに、俺が耐えられない・・・。

最初は、よく食べるなぁ位に見られていたのだが、十杯を超えた辺りから、化け物を見るかのような視線で見られている。

お店の方には、エリミナが最初に「メニューの端から端まで、どんどん持って来てニャン!」と言ってたのを、食べきれるのだろうかと、首を傾げながらも、注文された以上はテーブルに持って来ていた。

それを全て平らげて、更にお代わりしているのだから、お店の方も意地になってパフェを作って持って来ている状態だ。

パフェを食べ続けている三人は、周囲の視線など気にしてはいない。

そんな様子をどこから知り得たのか、店の外からも沢山の人達が眺めている・・・。

俺は、クリスティアーネの頬や手に付いたクリームを拭き取りながら、早くこの時が終わるのを願っていた・・・。

そして、お昼が過ぎ・・・このまま店が閉まるまで食べ続けるのだろうかと思っていた時、店側から終了のお知らせが届いた。

「申し訳ございません、本日用意しておりましたアイスクリームが、全て無くなりました!」

「それは仕方が無いの、あーはっはっはっはっ!」

「残念ニャン!」

「しかし、美味しかったな!」

俺はお金を支払に店のカウンターへと向かった。

「えーっと、銀板五枚と銀貨三枚になります」

店員は必死に計算して、金額を伝えて来た。

残念ながら計算機の魔道具とかは無い様で、数人で紙に書いて計算をしていて、申し訳ない気分になった。

俺はお金を支払い、店を出た。

「ベル、ごちそうさま、あーはっはっはっ!」

「美味しかったニャン、また食べたいニャン!」

「ベル、ありがとう、とても満足した!」

三人とも笑顔で、満足してくれた様だ。

さて、まだ時間があり調査を続けたいが、周囲に注目された状態では難しいので、屋敷に帰る事にした。

屋敷に戻り、食堂で紅茶を入れて、ソフィーラムから状況を教えて貰う事にした。

この場にいるのは、クリスティアーネとソフィーラムの三人で、エリミナは外で日向ぼっこ兼お昼寝だ。

「ソフィー、教えて貰えるだろうか?」

「分かった、まず助け出した兎獣人から聞いた内容から説明しよう。

概ね、マリーロップが言っていた状況と同じだ、違う所は、集落の警備をしていた兎獣人から、敵は上空からいきなり現れ、その数は百名程度だったという事が分かった。

これは、ベルが想像していた通りだな。

その後は、眠らされて、分からないと言う事は、マリーロップと同じだ。

次に、兎獣人を冒険者を雇って馬車で運んだと思われる商人だが、名前をスレッソンと言って、ローカプス王国でスレッソン商会を営む大店だ。

馬車はコンウェイ男爵領から、ローカプス王都まで冒険者に警護されてやって来ている。

コンウェイ男爵領は、私達が最初に行った、エーオバルの街より更に獣人族の管理地に近い所にある。

そして、コンウェイ男爵領の当主、エルナンデス・バーク・コンウェイ男爵が、オークションの司会も務めていた事が分かっている。

今分かっているのはここまでだ」

ソフィーラムは説明を終え、紅茶で喉を潤していた。

俺は、新しく紅茶を入れなおしてから、今聞いた内容をまとめる事にした。

「ソフィー、説明ありがとう。

今、そのコンウェイ男爵には、誰か監視が付いているのだろうか?」

「勿論付けている、この男爵が首謀者だろうからな!」

ソフィーラムは男爵を首謀者と決めつけている様だ。

「コンウェイ男爵は、悪魔族が兎獣人を助けた事で、オークションでの返金に追われている事だろう。

しかし、クリス様の金板二千枚があるので、損はしていないだろう」

「うむ、われに感謝している事だの!」

クリスティアーネは胸を張っていた。

「しかし、クリス様、金板二千枚も無駄にしてしまって、よろしかったのでしょうか?」

「構わんぞ、金板二千枚で獣人族が襲われなくなるのなら、安いものだ!」

確かにそうなれば安い買い物だろう、クリスティアーネのお金を無駄にしないためにも、二度と獣人族が襲われない様にしないといけないな。

「分かりました、ソフィーにお願いがあります。

コンウェイ男爵に付けている者の人数を増やし、コンウェイ男爵に接触してきた者達と、コンウェイ男爵が出掛けて接触した者を調べて貰えないだろうか?」

「それは構わないが、コンウェイ男爵を捕らえて、吐かせればいいんじゃないのか?」

「私はコンウェイ男爵が首謀者とは思っていないので、その手段は取りたくはないです」

「何?まだ他にいるとベルは思っているのか?」

「はい、先程、兎獣人の集落を百名程度の人数で襲った、と言われましたよね」

「そうだ!その程度の人数なら、男爵でも用意できるだろう?」

「そうですね、ただ上空から飛んで来たとなれば話は別です。

全員飛行魔法、もしくは飛行の魔道具を所持していたのでしょう。

飛行の魔道具は、一個金板二十五枚します。それを百名分男爵が用意できたとは思えません。

おそらく、かなり上の貴族か、軍が関係しているのでは無いでしょうか?」

「なるほど、それで男爵の監視を強化するのだな!」

「その通りです、男爵がオークションで得たお金を、どこに持って行くか分かればいいのですが、そこまでは難しいでしょう。

男爵が接触した人物が分かれば助かります」

「分かった、その様に指示を出して置く」

「よろしくお願いします、ひとまず、ローカプス王国で調べる事は以上です。

後は、ヴァルハート王国とカリーシル王国にも、少し行って見たいですね」

「そこでは何を調べるのだ?」

「奴隷市場の状況を見ておきたいのと、観光ですかね・・・」

「観光だと?」

ソフィーラムが俺を睨みつけて来た。

真面目に調査をしている状況で、観光だと言えば睨まれても仕方が無い事だな。

「はい、私はその二国に行った事が無いので、街を見て回って、雰囲気を感じておきたいのです」

「ふむ、われも行った事無いからの、一緒に観光する事にしよう!」

「まぁそう言う事でしたら、ご一緒します」

ソフィーラムは、クリスティアーネが気を利かせて行くと言った事で、納得してくれた様だ。

「クリス様、ありがとうございます」

「うむ、楽しみだの!」

「では明日、お隣のカリーシル王国に行く事にしましょう」

「分かった」

という事でこの場は解散し、俺は夕食の準備をしつつ、明日からの事に思いを馳せた・・・。


翌日、俺達四人は、カリーシル王国の王都へとやって来ていた。

街の中は慌ただしく人や馬車が行き交い、喧騒に包まれていた。

「騒々しい街だの、あーはっはっはっ!」

「うるさいニャ・・・」

エリミナが頭に手を置いていた、今は猫耳が見えない様になっているから、頭を抱えて悩んでいるようにも見える。

本人は猫耳を閉じでいるのだろうけど、注意した方がいいだろうか?

しかし、注意しても周囲がうるさいのには変わりないから、猫耳から手を放す事は無いだろうな・・・。

「ソフィーは、どうしてこのように街が騒々しいのか知っているか?」

「恐らくだが、この王国は隣国のケルメース王国と戦争中だ、その物資の輸送とかでこの様な状況では無いのだろうか?」

「なるほど、ありがとう」

戦争か・・・ゴブリンに転生して良かった様な気がする、戦争とか参加したくないからな。

「では、冒険者ギルドに向かいましょう」

「うむ」

「案内しよう!」

先ずは冒険者ギルドで情報収集だ。

ソフィーラムの案内で冒険者ギルドに向かう途中、奴隷の首輪をつけた人が何名か働いているのを見かけた。

『ソフィー、この王国で奴隷は労働力として使われているのだろうか?』

『その様だ、この王国では、犯罪者は奴隷として売られ、比較的安く取引されている。

それと、この街にある奴隷市場の場所は、調べてもらって分かっているから、後で案内する!』

『それは助かる、よろしく頼むよ』

冒険者ギルドに到着して中に入ると、まだ多くの冒険者が、依頼の掲示板を見たりしていた。

冒険者の中にも、奴隷の首輪をつけた者達を、数名見かける事が出来た。

『情報を集めてきますので、あちらの席に座って待っていてください』

『私も掲示板を見るくらいならできるぞ』

『また絡まれても面倒なので・・・』

『そうだな・・・大人しく座っておく』

『うむ、ベル、頼んだぞ』

手伝うと言ってくれたソフィーラムには悪いが、男性の冒険者に絡まれては面倒だ。

と言うか、既にこの三人は周囲から注目を集めているからな・・・大人しく座って待ってもらう事にした。

俺はいつもの様に、年上の受付のお姉さんの所へと向かった。

「すみません、少し話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ」

お姉さんはにっこりと微笑んでくれた。

「私はDランクの侍で、この街に今日着いて何も分からないのですが、街や周囲の状況を教えていただけると助かります」

俺はお姉さんに、冒険者カードを見せながら聞いて見た。

「そうですね、まずはこの街はカリーシル王国の王都です。

そして今この王国は、お隣のケルメース王国と戦争中でして、とても活気がある、と言ったら変ですけど・・・。

戦争に必要な物資の取引が盛んで、魔物の肉や魔石、それに薬草も高値で取引されていて、御覧のとおり、冒険者も多く訪れています。

また、戦争の傭兵として冒険者を雇っているので、腕に自信がある方は、そちらの方が稼げるかもしれません」

「なるほど、私は戦うのは苦手ですから、薬草でも集めて納める事にします。

しかし、なぜお隣の国と戦争をしているのでしょう?」

「それはですね・・・あまり大きな声では言えませんが、この王国は奴隷の取引も盛んでして。

その奴隷をケルメース王国から連れて来ていると向こうは主張していて、一方的に攻められているのです。

勿論この王国が、ケルメース王国から奴隷を連れて来ているという事は無いのですが、王国とは関係ない人達が連れて来ているのは事実なのです・・・」

「そうなのですね、ではカリーシル王国は奴隷を連れてくる人達を捕まえて、お隣の国に差し出せば、戦争する必要が無くなるのではないでしょうか?」

「まったくその通りですね、ですが、奴隷の売買で王国が儲かっているため、その人達を捕まえたりはしないのです・・・」

「それなら攻め込まれても、文句は言えないと言う所ですかね・・・」

「はい・・・」

お姉さんは、少し悲しげな表情を見せていた。

「すみません、余計な事を聞いてしまって」

「いえ、私は冒険者の方々に正しい情報をお伝えするのが仕事ですから」

「ありがとうございました」

「何か分からないことがありましたら、何でも聞きに来てくださいね」

お姉さんは手を振って、笑顔で見送ってくれた。

三人は大人しく座って待っているな・・・掲示板を見て来るか。

掲示板に張り出されている依頼は、先ほどお姉さんが言ってた傭兵の募集が大きく張り出されている。

後は護衛の依頼が多いな、物資の輸送に回す人員が少ないのだろうか?

まぁ普通の冒険者にとっては、稼ぎ時と言う事になるのは分かる。

さて、皆の所に戻る事にしよう。

俺は振り返り、三人の所を見ると、先ほどまで誰も寄っていなかったのに、人だかりが出来ていた。

また絡まれているのだろうと思い、人だかりをかき分けていくと、なんだか様子がおかしい。

「ほら、早く言えよ!」

「当たって砕けろ!」

「そうせかすなよ!」

何やら一人の若い男性が、三人の前・・・いや、クリスティアーネの前に立って顔を赤くしていた。

「あ、あの!ぼ、僕はオカトレフ、ひ、一目見て好きになりました!け、け、け、結婚してください!」

若い男性は顔を真っ赤にして、クリスティアーネに頭を下げ、求婚していた・・・。

このパターンは初めてだな・・・今まで、付き合ってくれと言って来る者はいたが、いきなり結婚を申し込んだのは、彼が始めてだ。

そして、結婚を申し込まれたクリスティアーネはと言うと、ニヤニヤと笑みを浮かべ、まんざらでもない様子。

そして腕を組み、どう断ろうかと、考えている様だ・・・。

そんな時、俺と目線が合い、ニヤッ!と口元が吊り上がった。

「うむ、結婚してやっても良いぞ、あーはっはっはっ!」

「ほ、本当ですか!」

若い男は、顔を上げとても喜んだ表情を見せていた。

「本当だぞ、しかし、われは強い男が好みだ、そこで一つ条件を付けよう、あーはっはっはっ!」

「じょ、条件とは?」

「われの部下がそこにおる、そやつに勝負で勝てたのなら、結婚してやる事にしよう、あーはっはっはっ!」

クリスティアーネが俺を指さした事で、周囲の視線が俺に集まった。

「Dランクじゃねーか!やっつけてしまえよ!」

「これは結婚できたのと同じだな!」

「そんな事なら、俺が申し込むんだった!」

周囲の者達は俺を鑑定し、若い男を応援していた。

当の若い男はと言うと、俺を見て微妙な表情を浮かべていた。

「しょ、勝負に、ま、魔法を使ってもいいですか?ぼ、僕、魔術師なんです・・・」

「そうだの、ではわれの部下に魔法を三回撃ち、倒す事が出来たらと言うのはどうだ?勿論われの部下は魔法を受けるだけにさせようぞ、あーはっはっはっ!」

「ほ、本当にそんな事でいいんですか!」

若い男が俺に尋ねて来た。

「俺は構わないが、この場で魔法を使う訳には行かないだろう?」

「それなら訓練場でやればいい!ギルドマスターに聞いて来る!」

周囲にいた男がそう言って、どこかに走り去って行った。

暫くして、その男は別の男を連れてやって来た。

「訓練所で勝負をさせてくれという事だが、どういうことだ?」

ギルドマスターがそう聞くと、周囲の者達がこれまでの経緯を説明していた。

「なるほど、そう言う理由なら、訓練所を使って構わんぞ、俺も見学させて貰う!」

俺達は、冒険者ギルドの裏にある訓練場へと移動した。

『クリス様、どうしてあのような事を言ったのです、素直に断ればよろしかったでしょうに』

俺は怒って問い詰めた。

『面白そうだったからの、それに、一度実力を見せて断っておけば、次から言い寄って来る者はいなくなるだろ?』

『確かにそうですが、その分私に戦いを申し込む者が増えそうです・・・』

『それはベルにとって、いい経験になるのでは無いかの?』

『大勢の人と戦えることは嬉しいですが、正直、冒険者と戦って得る物は無いかと・・・』

『そうだの・・・』

冒険者は、魔物と戦っている為、どうしても動きが荒い者が多い。

魔物は避けたり受け流したりしないし、硬い皮膚を持っている魔物が多い事から、力一杯斬り付けて倒す事が多いからな。

「では審判は俺が務める!」

ギルドマスターが審判をしてくれるようだ。

「ルールは先程申した通り、われの部下に三回魔法を撃ち込み、倒れたらそなたと結婚する、頑張るが良いぞ、あーはっはっはっ!」

「は、はい、が、頑張ります!」

クリスティアーネが、若い男性を応援した事で、先程まで自信なさそうにしていた彼は、目を輝かせて俺を睨んでいた。

俺と若い男は、十メートルほど離れた位置に向かい合って立ち。

俺は刀を抜いて、上段に構えた。

「準備は良いか?」

「は、はい!」

「何時でも構わない」

「では始め!」

ギルドマスターによって、勝負が開始された・・・とはいえ、俺は魔法を迎え撃つだけで、彼の呪文の詠唱が終わるのを待つだけだった。

「我に集いし力の根源よ、荒れ狂い燃え盛る炎となり、その力を集結し敵を燃やし尽くせ!ファイヤーボール!」

若い男が呪文を唱え終えると、俺に向かって大きな火の玉が飛んできていた。

しかし、クリスティアーネが使う魔法より速度は遅く、威力も無い様に思える。

真正面から受けても死ぬ事は無いだろうが、それをすると人では無い事がばれるからな。

俺は飛んで来た火の玉に、刀を素早く振り下ろした。

「はっ!」

火の玉は真っ二つに割れて俺の左右に落ち、その場で燃え上がり、俺を赤く照らしていた。

「「「おぉぉぉぉぉぉ!」」」

勝負を見学にしていた、大勢の冒険者から驚きの声が上がった。

「なっ!」

魔法を放った若い男は、驚きすぎて声が出せない様だ。

「どうした、後二回だぞ?あーっはっはっはっ!」

「つ、次行きます!」

クリスティアーネが声を掛けた事で、若い男は正気に戻り、次の呪文を唱え始めた。

「大地を覆いし小さき者達よ、我の元に集いてさらに強固な塊となり、敵を押しつぶせ!ロックキャノン!」

巨大な岩が、俺目がけて飛んで来た。

俺は上段に構えた刀に、巨大な岩に当たる瞬間魔力を流して強度を増し、一刀両断にした。

ドスン!ドスン!

真っ二つに割れた巨大な岩は、俺の左右におち、地響きを鳴らしていた。

「「「おおおおおおおっ!」

「あの侍スゲー!」

「いや、凄いのはあの刀だ!鑑定して見ろよ!」

「本当だ、良い刀持ってるな!あれなら何でも斬れるんじゃないのか?」

周囲の冒険者は、俺の刀を鑑定して驚いている様子だ。

金貨一枚したからな、安物では無い事は確かだ!

そう言えば、この刀鑑定した事無かったな・・・今度機会があった時にでも鑑定して見る事にしよう。

「・・・・・・」

俺に魔法を撃った若い男は、言葉を無くしていた。

「ふむ、後一回だの、上級魔法で無いと、われの部下は倒せんぞ?あーっはっはっはっ!」

「えっ、し、しかし・・・」

若い男は、俺に向けて上級魔法を使うのを躊躇っている様子だ。

上級魔法は強力の上に、ほとんどが範囲攻撃だから、一人に対して使用する物でも無いし、人がまもとに食らって生き残れるようなものでは無いだろうからな。

「構わん!そこの者が使っていいと言っているのだ、遠慮する事は無い!」

「わ、分かりました、ど、どうなっても知りませんよ!」

ギルドマスターも認めた事で、若い男は上級魔法を使う選択をしたようだ。

俺は刀を鞘に納め、腰を落として居合の構えを取った。

生前、剣道では鞘が無いから、居合をやった事は無かったが、刀を持つようになってから訓練はして来た。

試した事は無いから、果たして上級魔法に通用するのかは分からない。

クリスティアーネとの訓練では、居合を使う様な暇は無いからな・・・。

「我に集いし力の根源よ、荒れ狂う猛き炎よ、全てを灰塵と化す紅き猛威となり、我に仇名す全ての者を包み込み、その無慈悲なる業火で焼き尽くせ!バーニングフレア!」

若い男は、長い呪文を一呼吸で唱えると、その疲れか少しふらついている様子だ。

呪文が終わった次の瞬間、俺を包み込むように高温の炎が燃え盛っていた!

俺は刀に魔力を流し、気合を入れて、鞘の中で刀を加速させながら、一気に引き抜いた!

「ふっ!」

刀は燃え盛る炎を斬り裂き、俺の周囲の炎を蹴散らした。

あくまで俺の周囲だけであって、まだ広範囲に燃え盛っている炎まで消し去る事は出来なかった。

俺の予想では、少なくとも前方全ての炎を消すつもりだったのだが、まだまだ修行が足りないな・・・。

炎は魔力が続く間燃え続け、やがて消えて行った。

「生き残ってるぞ!」

「まじか、あの炎の中で生き残れるなんて、本当にDランクか?」

「あの刀に秘密があるに違いない!」

周囲の冒険者は、最高に盛り上がっているが、俺を倒せなかった若い男は、地面に手をついて絶望していた・・・。

「これではお主とは結婚する事は出来んの、あーはっはっはっはっ!」

そこに、クリスティアーネが止めを刺していた・・・。

あまりにも可愛そうで、同じ男としては同情してしまう。

「俺も貴方と結婚したいです、あいつと勝負してもいいですか?」

「あっ、抜け駆けすんなよ!俺も勝負したいです!」

「俺も俺も!」

予想通り、次々と俺に勝負を挑んでくるものが現れた。

「いいのか?」

「ええ、構いません」

ギルドマスターが俺に尋ねて来た。

「お前たちそこに並べ!一人ずつ相手をしてくれるそうだ!」

男達は、ギルドマスターに従い、俺と戦うために列を作っていた。

そして俺は、次々と向かって来た相手を叩きのめした。

「強すぎるだろ!」

「何でDランクなんだよ!」

「俺の剣、折られちまったよ・・・」

「やはり、あの刀は素晴らしいものだな!」

「俺、今度は刀を買う事にする!」

刀を買う事はお勧めしないが、使いこなせなくても俺の知った事では無いな・・・。

勝負は終わり、俺は三人の所に戻ろうとしていた所、今まで黙って様子を見ていた男が、声を掛けて来た。

「そこの嬢ちゃんに興味は無いが、その男と戦って見たい、マスター構わないか?」

「本人に聞いて見ろ!」

「それもそうだな、おい、そこの侍、俺と勝負しねーか?」

俺にそう言ってきた男は、今までの冒険者とは違い、とても戦いなれている気がした。

「構いません、その代わり一度だけです」

「それで構わねぇ!マスター審判を頼むぜ!」

「分かった!」

男は俺の前に立ち、背中に背負っていた、普通の二倍の厚みがある剣を構えた。

「何時でもいいぜ!」

「俺も何時でも構わない!」

俺も刀を中段に構え、相手を見据える。

「それでは始め!」

ギルドマスターの声と共に、男は一気に距離を詰めて、剣を振って来た。

「そらよっ!」

俺はそれを受け流し、反撃に出ようとするが、男の剣の戻りが早く、反撃する機会が無い。

こいつ、相当対人での戦闘に慣れている様だ。

剣の振りは小さく、無駄が無い。

「そらっ、受けてばかりでは勝てねーぞ!」

俺は男が次々と放ってくる剣をすべて受け流し、反撃の機会を伺っているが、隙が見えない!

俺は後ろに飛び下がって、一度間を開けた。

「ふぅ~」

息をゆっくり吐き、上段に構えて神経を集中する。

「ほう、面白い、その勝負受けた!」

男も俺が何をやろうとしているのか分かったようで、上段に構えて待ち構えていた。

「はっ!」

俺は一気に間合いを詰めながら、刀を振り下ろした!

ギャリンッ!

刀と剣が火花を散らしながら擦れ違い、お互いの肩の位置で寸止めされた!

「そこまで!」

ギルドマスターの声で勝負が止められた。

「ふっ、引き分けってとこだな!」

「いえ・・・私の負けでしょう、刀に助けられたようですからね」

普通の刀だと今のは折れていただろう、俺は相手の剣に当てるつもりは無く、相手の剣より先に打ち込むつもりだったのだから・・・。

それをあの分厚い剣で、俺と同じ剣速を出し、尚且つ俺の刀を折りに来た。

この男はとんでもない強さを持っている様だ。

男が俺に近づき、周囲に聞こえないような小さな魔族語で話しかけて来た。

「次はゴブリンのお前とやってみたい物だ!」

「なっ!」

男はニヤッと笑い、この場から去って行った。

俺は動揺したのをなんとか抑えて、三人の所へと戻って行った。

「ベル、ご苦労だったの、あーはっはっはっ!」

「お疲れニャン!」

「ベル、いつもながらいい戦いぶりだった」

「本当に疲れましたよ、特に最後は・・・」

『ふむ、戦って見てどうだったかの?』

『本気で戦っていたら、負けてたのは俺ですね、相手はかなり手を抜いている様でした』

『そうか、あやつは鬼人のラモン、以前魔王城で会ったであろう?』

『そうでしたか、人になっていたため気が付きませんでした』

それなら勝てなくても不思議では無いな・・・。

『この地は鬼人族が、人に紛れて見張っていますからね』

ソフィーラムが補足してくれた。

なるほど、クリスティアーネがネイナハル王国を任されているように、このカリーシル王国は鬼人族に任せられている土地だったのか。

『それよりお腹空いたニャ、何か食べに行くニャン!』

『そうだの、では行くとするか』

俺達は冒険者ギルドを出て、街を歩き始めた。

「お団子ニャン、今日はあれにするニャン!」

「美味しそうだの、あーはっはっはっ!」

「まだあれは食べた事が無いな!」

俺達は店内に入り、団子セットをそれぞれ注文すると、団子と一緒に緑茶が出されて来た。

今まで紅茶ばかりで、緑茶を見る事は無かったが・・・。

これは買って帰る事にしよう。

店員に緑茶が売られている店を聞き、店を出た後買いに向かった。

俺は緑茶を手に入れ、機嫌良く奴隷市場へと向かっていった。

ソフィーラムの案内で、路地を抜けてたどり着いた場所は、ローカプス王国にあったような屋敷では無く、普通の店舗のようだった。

店内に入ると、怪しい目つきのオヤジが、脇に屈強な男の奴隷を連れて、カウンターに座っていた。

「いらっしゃい・・・」

オヤジはこちらを値踏みするような視線を向けて来ている。

「すみません、商品を見せていただけませんか?」

「・・・どんなのを希望だ?」

「そうですね、主の屋敷で長く働ける者です」

「ふん、着いてきな・・・」

オヤジは嫌そうに立ち上がり、奥へと進んで行った。

人身売買しているから人を見る目があると言う事か?

俺が奴隷を購入するつもりが無い事を、見透かされているようだった・・・。

オヤジの後に着いて行くと、服を脱がされた奴隷たちが、檻の中に縮こまっていた。

「このあたりだな・・・」

オヤジが言った場所には、若い男女や、子供が入れられていた。

どの人達もやせ細り、中には横たわって咳をしている者もいる。

「クリス様、いかがでしょうか?」

「そうだの・・・どの商品も汚くて、買う気になれんの、あーっはっはっはっ!」

「うちは上品な客に売るような商品は、置いてないんでね・・・」

なるほど、こちらの身分を見て、最初から買ってもらえないと思っていたわけか・・・。

「クリス様、では帰りますか?」

「ふむ、せっかく来たのだから、あの寝転んでいるやつを貰おうかの、あーっはっはっはっ!」

クリスティアーネは、横たわり、咳をしている子供を指さしていた。

「お客さん、あれは長くは持ちませんぜ・・・」

オヤジはあの奴隷が、長生き出来ないと分かっていて放置していたのか・・・しかし、クリスティアーネは奴隷を買ってどうするつもりだろう?

『クリス様、人を買ってもお世話をすることは出来ませんが・・・』

『心配するな、ちゃんと世話をしてくれる者がおるからの』

『分かりました』

クリスティアーネはどこか当てがあるようだ・・・。

「その分、あの商品は安いのであろ?あーっはっはっはっ!」

「銀板八枚ってとこだ・・・」

「ほれ、払ってやるから、鍵を開けて早くあの商品を出さぬか、あーっはっはっはっ!」

「毎度・・・」

オヤジはお金を受け取ると、檻の鍵を開けた。

「これが、あの奴隷に命令を聞かせる指輪だ、後は好きにしてくれ・・・」

オヤジは俺に指輪を渡すと、さっさと戻って行った。

「では連れてまいります」

「ベル、頼んだぞ」

俺は檻の中に入り、上着を横たわっている子供にかけ、下から抱きかかえた。

「ごほっ、ごほっ」

子供は話す気力もないくらいに衰弱していて、明日には死んでしまうのではないかと思えた・・・。

檻を出て、クリスティアーネに子供の状態を見せた。

「クリス様、この子供は非常に危険な状態です」

「その様だの、まずは病気を治してやらんとな」

クリスティアーネは子供に手をかざし、子供を包み込むように魔力を流し込んだ。

すると、子どもの咳は止まり、顔色も良くなってきた。

「クリス様は、治療もできるのですね」

「あまり役に立つ事は無いがの」

確かに魔族の間では、治療する機会はほとんど無いだろう。

自分で回復できるし、病気にかかる事もないからな。

「どこに連れていくのか分かりませんが、まずはこの子供に服を買ってあげないと、裸のままではまた病気になってしまいます」

「そうだの、ソフィー、服屋に案内してくれんかの?」

「分かりました、ご案内します!」

奴隷市場を出て、ソフィーの案内で服屋へとやってきた。

「すみません、この子に似合う服を数着用意していただけませんか?」

俺は服屋の女性店員に声をかけた。

「あらあら、この子、起こしても構わないかしら?」

「そうですね、少しお待ちください」

先程クリスティアーネから治療を受けた後、眠ってしまっていたからな。

俺はゆっくりとゆすって、子供を起こしてみた。

「・・・うーん・・・ここは・・・」

「おはよう、ここは服屋、今から君の服を買ってあげるから、起きてくれないかな?」

「・・・分かった・・・」

子供は目をこすり、ゆっくりと目を覚ました・・・。

俺は子供の足を床に下ろし、体を支えた。

「立てるかな?」

「・・・大丈夫・・・」

少しフラついているが、しっかりと自分の足で立っていた。

「すみません、お願いします」

「まぁ可愛らしい、こちらにいらっしゃい、綺麗にしてあげるわ」

女性店員は子供を連れ、服を選びに行ってくれた。

「われも服を選んでくるかの、エリー着いてまいれ、あーっはっはっはっ!」

「分かったニャン!」

クリスティアーネとエリミナは服を選びに行き、俺とソフィーラムが残された。

「ソフィーは服は買わないのですか?」

「私はいい!」

「お金なら心配しなくてもいいですよ」

「お金の問題ではないのだ・・・」

『悪魔族は魔力で服を作っているから、必要ないのだ!』

『そうでしたか、それで洗濯物も無かったのですね』

『そういう事だ』

それで一瞬で着替えたりできていたわけか・・・。

「そういうベルは、冒険者らしい服装にしなくていいのか?」

「そうですね、実はこの執事服、意外と便利なのですよ。

この服だと、他の冒険者から仲間に勧誘されませんし、一人でいても怪しまれません」

「確かにそうだな」

クリスティアーネからは、好きな服を着ていいと言われてはいるが、執事服結構気に入っているし、何を着るかで迷わなくていい!

もともと、服を気にするような性格ではなかったからな・・・。

ソフィーラムと話していると、クリスティアーネとエリミナが服を買って戻ってきた。

「いい服は見つかりましたか?」

「うむ、これだ!」

クリスティアーネは収納から一着服を取り出し、俺達に見せてくれた。

いつもの様にゴスロリ服だが、クリスティアーネには似合いそうだ。

「可愛い服ですね」

「クリス様によくお似合いです」

「そうだろう、そうだろう、あーっはっはっはっ!」

クリスティアーネは、俺達に褒められた事で上機嫌になっていた。

「すみませーん、こちらに来て貰えませんかー!」

先程、子供を預けた女性店員から大きな声で呼ばれた、何かあったのだろうか!

俺は急いで女性店員の所に駆け付けた。

そこにはすでに着替えを済ませた子供が、座り込んでいた。

「すみません、この子立てなくなったようでして・・・」

女性店員が申し訳なさそうにしていた。

「分かりました」

俺が子供を抱きかかえようとして、近づくと。

子供は怯えて震えていた。

「ごめんなさい、何でも言う事を聞くから、叩かないで・・・」

今まで奴隷として、暴力を振るわれてきたのだろう。

「叩いたりしないから、安心してくれ」

「本当に・・・」

「あぁ本当だ、お腹が空いて立てないんだよな、美味しい者が食べられる所に連れて行くから、抱きかかえるぞ」

俺が手を差し伸べると、子供は殴られると思ったのか、ビクッとして体を強張らせていた。

俺は出来るだけ優しく、子供を抱きかかえた。

「すみません、他の服はありますか?」

「はい、こちらです、可愛い服ばかりご用意しました」

「ありがとうございます、ではお支払いしますね」

お金を支払おうと思ったが、子供を抱きかかえているので両手がふさがっているな。

『クリス様、子供の服を受け取って貰えませんか?』

『うむ、分かった』

クリスティアーネはすぐに来てくれて、服を受け取り代金を支払ってくれた。

「クリス様、ありがとうございます、所でこの子に何か食べさせてやりたいのですが、よろしいでしょうか?」

「うむ、構わんぞ、お腹が空いていては何も出来ないからの、あーはっはっはっ!」

「ハンバーグが食べたいニャン!」

食事と聞いて、エリミナが直ぐに反応を見せた。

「エリー、すまないが、この子に消化の悪い物を食べさせられない、先程見かけた、うどんではいけないか?」

「いいニャン、うどんも美味しいニャン!」

エリミナが納得してくれた事で、服屋を出てうどん屋へと向かった。

「いらっしゃいませ~」

うどん屋の店内に入り、席に座ってそれぞれ注文した。

「ふむ、きつねうどんだの、あーはっはっはっ!」

「肉うどんニャン!」

「月見うどんを貰おう!」

「素うどんを二杯、この子のは少し軟らかめにしてください」

「畏まりました~」

子供は席に座らせると、倒れそうだったので、俺に寄りかからせて支えている。

暫くして、全員分のうどんがテーブルに並べられた。

「お待たせしました~、以上でよろしかったでしょうか?」

「すみません、取り皿を一つお願いします」

「すぐお持ちしますね~」

俺は取り皿を貰い、子供に食べさせるうどんを少し移してあげた。

「では頂くかの」

「頂くニャン!」

「頂きます!」

クリスティアーネとエリミナは慣れた手つきで、箸を持ってうどんを食べ始めていた。

ソフィーラムは初めて手にする箸に、」苦戦している様子だ。

「このフォークで食べるといい」

俺は置いてあるフォークをソフィーラムに差し出した。

「しかし、この箸と言う物で食べるのでは無いのか?」

「特に決まっている訳では無いよ」

「そうか、ではそちらを使わせて貰う事にしよう!」

ソフィーラムはフォークを握り、うどんを食べ始めた。

ふと子供を見ると、まだうどんを食べてはいなかった。

そうか、食べる元気も無いのか・・・。

俺は箸で、冷ましたうどんを掴み、子供の口元に持って行った。

「食べさせてあげるから、口を開けて」

「・・・いいの?」

「いっぱい食べて元気になってくれ」

「・・・分かった」

子供は口を開け、俺の箸からうどんを食べてくれた。

やはり、相当お腹が空いている様で、次々と差し出されてうどんを食べていく。

全て食べきったが、まだ満足は出来ていない様だ・・・。

俺の分のうどんを、取り皿に移し、冷ましてから食べさせてあげた。

結局俺の分のうどんも全て平らげ、ようやくお腹いっぱいになった様だ。

「ふむ、こうして見ると、親子のようだの、あーはっはっはっ!」

「ベルは優しいニャン!」

「どちらかと言うと兄弟の様だな!」

三人は、俺と子供の様子を見て、それぞれ感想を述べていた。

親子では無いな・・・これでもゴブリン十歳だ。

兄弟はもっと違うな、俺の弟は悠希、ただ一人だけだ。

そんな事はどうでもいい、それよりも、クリスティアーネがこの子をどこに連れて行くのかは知らないが、出来るだけ早く送り届けた方がいいだろう。

屋敷に連れ帰る訳には行かないからな・・・。

「クリス様、早くこの子を送って行きましょう」

「そうだの、では行くか、あーはっはっはっ!」

俺は、まだまともに歩けない子供を抱きかかえて、クリスティアーネの後を着いて行った。

「お土産を買って行くニャン!」

「それを忘れていた、エリー何がいいかの?」

「お饅頭がいいニャン!」

「では、エリー、沢山買って来てくれ、あーはっはっはっ!」

「行って来るニャン!」

エリーはクリスティアーネからお金を受け取り、先程寄ったお団子の店で饅頭を大量に買って来た。

「お待たせニャン!」

「うむ、では街の外に行くとしよう、あーはっはっはっ!」

クリスティアーネはエリミナが持っている、大量の饅頭を収納し街の外へと歩いて行った。

「そう言えばまだ名前を聞いておらんかったの?何と申すのだ?」

クリスティアーネが子供に名前を聞くと、小さな声で答えてくれた。

「マリリア・・・」

「マリリア、いい名前だの、われの名はクリス、今からマリリアが楽しく暮らせる場所に連れて行ってやるからの、あーはっはっはっ!」

俺達は街を出て、人目に付かない森の中へと来ていた。

「マリリア、われの目を見よ!」

クリスティアーネの目が赤く光り、それを見たマリリアは目を瞑って寝てしまった。

「クリス様、何をなされたのです?」

「今から転移するからの、少し眠って貰った訳だ」

「分かりました」

「ベルは、マリリアの事が心配だったのかの?」

クリスティアーネが意地悪そうな表情を見せていた。

急に寝てしまったから、心配したのは確かだが、それを認める事は少し恥ずかしかったので、はぐらかした。

「いえ、そんな事はありません」

クリスティアーネには、そんな事はばれている様だったが、優しい彼女は深く追求して来る事は無かった。

「ふむ、まぁ良い、転移する前にソフィー、首輪を外してやってくれぬか?」

「分かりました!」

ソフィーラムは簡単に首輪を外した。

「余談ですが、指輪でも外せることが分かりました、私がいない時にはそちらをお試しください」

「ふむ、分かった、では転移するぞ」

転移してきた先は、小さな街の外だった。

「クリス様、ここは何処なのでしょうか?」

「この街は、ネフィラス神聖国にあるレアスの街だの、見ての通り静かでいい街だぞ」

俺達はクリスティアーネに続いて、街の中に入って行った。

人通りは少ないが、皆表情が良く、住みやすい場所なのだと思った。

クリスティアーネは街の中を進み、小さな教会へとやって来た。

「ここだ!おーい、誰かおらぬか?」

クリスティアーネは教会の中に入り、大きな声で呼ぶと、奥からパタパタと若いシスターが駆け寄って来た。

「何か御用でしょうか?」

「うむ、パトリシアはおらんのか?あーはっはっはっ!」

「パトリシア様は奥にいらっしゃいますが、どちら様でしょうか?」

「われの名はクリス、パトリシアとは顔見知りだからの、呼んで来ては貰えぬか?あーはっはっはっ!」

クリスティアーネが大声で笑っているから、シスターが怪しげな表情で見ている。

「・・・分かりました、少々お待ちください」

シスターが呼びに戻ろうとすると、奥から年老いたシスターが現れた。

「笑い声が聞こえたと思ったら、やっぱりクリスかい、相変わらずの様だね・・・」

「うむ、パトリシアも元気そうだの、あーはっはっはっ!」

「あんまり元気でもないさ・・・奥に来な、また連れて来たんだろ?」

パトリシアは、俺が抱きかかえている子供を見てそう言った。

「うむ、パトリシアしか頼れる者がいなくての、あーはっはっはっ!」

パトリシアの後に続いて、教会の奥へと入って行くと、そこには十数人の子供達が遊んでいた。

その子供達は、クリスの姿を見ると、集まって来た。

「クリスのお姉ちゃん、お久しぶり~」

「クリス姉ちゃん、お土産は?」

「クリスの姉ちゃん遊んで~」

「お前達、クリスとは少し話があるから、それが終わってからだよ」

パトリシアがそう言うと、子供達は残念そうに、クリスティアーネ離れて行った。

「ふむ、エリー、子供達にお土産を渡してやってくれぬか?」

「分かったニャン!」

クリスティアーネは、先程買ったお饅頭をエリミナに渡し、エリミナは喜んで子供達の所へ向かって行った。

一緒に食べるんじゃないだろうな・・・間違いなく、エリミナも饅頭を食べるように思えるが、子供の人数分以上に買っていたようなので構わないか・・・。

俺達は、子供達がいる部屋とは違う部屋に行き、ソファーに座った。

「クリス、その子はどうしたんだい?」

「うむ、奴隷市場を覗いたら、死にかけておったからの、買い取って治療をしてやったのだ、あーはっはっはっ!」

「そうかい、受け入れるのは問題無い、ただし、今度からはそこにいる、ルイーザに頼むんだね」

パトリシアがそう言うと、ルイーザは、少し驚いた表情を見せていた。

「この度、この教会に配属されたルイーザと申します」

「うむ、ルイーザよろしく頼む、これは少ないが教会への寄付だ、あーはっはっはっ!」

クリスティアーネは小さな袋を取り出し、ルイーザに差し出した。

「ありがとうございます、女神様の加護があらんことを」

ルイーザは小袋を受け取り、女神様に祈りをささげていた。

あまり詳しくは知らないが、この世界では女神教と言う宗教が広く人々の間に浸透していて、中でもネフィラス神聖国には聖女がいて、女神様から神託を受ける事が出来るとかなんとか・・・。

正直胡散臭いが、ゴブリンの俺には関係無い事だな・・・。

「それで、パトリシアはここを出て行くのかの、あーはっはっはっ!」

「そうだね、年寄りがいても迷惑をかけるだけだからね」

「えっ、そうなのですか!」

ルイーザがパトリシアが出て聞くと聞いて、とても驚いていた。

「安心をし、すぐには出て行かないよ、ただ、自分の足で歩ける間には出て行く事にするよ」

「そうですか・・・」

それを聞いてルイーザは、寂しそうな表情を見せていた。

「私の事より、まずはその子をどうにかしないとね、その子の状態を聞かせておくれ」

「うむ、ベル、説明してやってくれ、あーはっはっはっ!」

「では、ご説明します、この子の体はかなり弱っており、食べ物を一人で摂る事が出来ません。

しかし、きちんと栄養を摂らせれば、数日で元気になると思われます。

柔らかく炊いた物を、少しづつ与えてください」

「分かったよ、ルイーザ、その子をベッドに寝かせてやってくれないか?」

「分かりました、お預かりします」

俺はマリリアをルイーザに手渡し、ルイーザはマリリアを連れ、部屋を出て行った。

「では、子供達と遊んで帰るとするかの、あーはっはっはっ!」

「クリス、たまにでは無く、一ヶ月に一度くらいは、遊びに来てやってくれないか?」

「そうだの、預けてばかりでは申し訳ないからの、出来るだけそうしようぞ、あーはっはっはっ!」

俺達が子供達の部屋を訪れると、エリミナが子供達と一緒に遊んでいた。

そこにクリスティアーネも入って、一緒に遊び、俺とソフィーラムも、クリスティアーネに強引に誘われて、子供達と一緒に遊ぶ事となった。

結局、夕方まで子供達と遊び、ようやく帰路に着く事が出来た。

「「「お姉ちゃん達、また遊びに来てね~」」」

子供達に見送られて、教会を後にした。

「ソフィー、大丈夫ですか?」

「あぁ・・・大丈夫だ・・・」

ソフィーラムは疲れ果てて、ぐったりとしている。

悪魔の彼女は、人の子供と遊んだことが無かっただろうからな・・・。

クリスティアーネとエリミナはなれているのだろう、と言うか、一緒になって楽しく遊んでいたからな・・・。

レアスの街を出て、転移で屋敷へと戻ってきた。

俺は洗濯物を取り込んだ後、夕食の準備だ。

夕食後、今日買って来た緑茶を出して、ソフィーラムにお願いをすることにした。

「ソフィー、頼みたいことがあるんだが、いいだろうか?」

「なんだ、今日行った街で何かあったのか?」

「あぁ、獣人とは直接関係ない事なのだが、カリーシル王国に人を捕まえて、奴隷として売っている者達がいるようなんだ、そいつらが何処にいるか探してはくれないだろうか?」

「ふむ・・・ベルは今日助け出したマリリアの様な者達も、助けたいと思っているのだな?」

「それもあるが、奴隷の供給源を断てれば、結果的に奴隷を扱っている組織にダメージを与えられるのではないかと思うのだ」

「分かった、調べさせよう、しかし、情報が少ないから時間がかかるだろう・・・」

「そうだな、俺ももう少し情報を集めてみる事にするよ」

俺も冒険者ギルドの受付のお姉さんに聞いただけで、正確な情報かどうか分からないからな、カリーシル王国に数日通ってみる必要がある。

「そんなことする必要あるまい、魔王から鬼人族に協力を要請すればいい」

クリスティアーネがそう提案してきたが、魔王が動いてくれるのか?

「分かりました、魔王様には私からお願いして見ます」

「うむ、頼んだぞ」

ソフィーラムはあっさり了承してくれた、あの軽い感じの魔王なら引き受けてくれそうな感じではあるな・・・。

「ソフィー、よろしくお願いします」

その日はこれで解散となった。


翌日、カリーシル王国の北東にある、ヴァルハート王国に行ってみたが。

カリーシル王国と状況は似たような感じで、あちこちで奴隷を見かけることが出来た。

カリーシル王国との違いは、戦争をしていないくらいで、奴隷を捕まえているという情報も無かった。

おそらく、カリーシル王国経由で入ってきているものだと思う。

この王国から北に行けばローカプス王国で、そちらにも流れているのだろう。

つまり、カリーシル王国からの奴隷の供給を断てれば、ヴァルハート王国とローカプス王国の奴隷販売組織は、少なからずとも影響を受ける事になるだろう。

全てがそうだと決まった訳ではないが、試してみる価値はありそうだ。

最終的に、獣人族を襲わせないようにする対策は、別に考える必要はあるのだが・・・。

この後の事は、悪魔族が調べてくれている情報が届き次第、考えて行けばいいだろう。

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