第十一話 冒険者デビュー

俺は今、目の前にいる、大人しそうで可愛い巨乳の女の子を見つめて、勇気を振り絞って告白した。

「俺と一緒になって下さい!!」

女の子は俺の告白に、顔を赤らめてもじもじしていた。

「・・・・・・ごめんなさい!」

女の子はそう言って、俺の前から走り去ってしまった・・・。

「また断られたわよ!」

「これで何回目かよ!」

「もういい加減諦めたらいいのに・・・」

「誰もあいつと組む奴なんて、いる訳ねーじゃん!」

ふられた直後の俺に、周囲から容赦のない声が突き刺さって来る・・・。

後数日で、冒険者訓練所を出て行かなくてはならない状況で、未だに俺とパーティを組んでくれる仲間を見つける事が出来ないでいた・・・。

俺は一人、トボトボと食堂へ行き、掲示板を眺めた・・・。

「はぁ~」

掲示板に張り出されたパーティ募集の張り紙には、どれも(マティルスお断り!)の文字が書かれていて、ため息の一つも付きたくなると言うものだ・・・。

俺はこの訓練所で、悪い意味での有名人だからな。

運動が苦手の、初級魔法しか使えないビショップとして・・・。

更に、治癒魔法の訓練で、時間中ずっとナイフで刺され続けている事から、マゾだと言う不名誉な事も言われていた。

確かに教官のナディーネはサドだと思うが、俺は決してマゾでは無い!

俺が言った所で、誰も信じてはくれないけどな・・・。

それより、本当にどうにかしなくては、一人で冒険活動をしなくてはならなくなる。

とは言え、これまで何人もの女性に声を掛けたが、全て断られているからな・・・。

男性には一切声を掛けてはいない、何故なら、冒険と言えば女性と一緒に苦難を乗り越え、仲良くなっていく物だろう!

ハーレムパーティで冒険に出なくては意味が無いからな!

しかし、そこまで贅沢を言える状況では無いから、せめて一人だけでも女性のいるパーティで冒険がしたい・・・。

諦めたらそこで試合終了になってしまう!俺は最後まで諦めないぞ!

そして、また別の女性に声を掛けて行く事にした・・・。


いよいよ、冒険者訓練所を出て行く朝となった。

いつもの様に夜が明けていない時間帯に起き、グランドを走る。

こうして走っている間は、何も考えなくていい・・・などと現実逃避している場合ではない!

今日まで、一緒に冒険してくれる人を探してお願いしてきたが、全ての人に断られた・・・。

正確には、一人向こうから言い寄ってきてくれた人はいた。

「私達、愛称はバッチリだと思うの!

二人で治癒院を開けば、儲ける事間違い無しよ!

貴方の治療魔法の効果を知っているのは、私だけなのだから!

二人で楽しく生きていきましょう!ウフフフ・・・」

と言った感じで、ナディーネから熱く言い寄られたのだが・・・。

間違いなく、毎日俺が血祭りにされるのは目に見えているので、お断りした。

俺が付けている、弱体の指輪を外して、実力を見せていれば、誰か一人くらい見つかったかもしれない・・・。

何度も外そうかと考えたが、俺が三歳の時に、父親のアベルが、当時黒い悪魔と呼ばれていた、ゴブリンの進化体の討伐に向かった時の事を思い出して、外すことが出来なかった。

あれだけ強かったアベルが、倒すことは難しく、戦わなくてよかったと、帰宅後にシャルに言っていたのを覚えている。

その際出会った管理者には、手も足も出なかっただろうと言っていたし、一緒に行った冒険者達は、翌朝、炎滅の宿を出ていくまで、その時の恐怖で震えていたからな。

つまり、アベルの様に強くならなくては、この先冒険者としてやっていく際に、死ぬ可能性が高いと言う事だ。

別に俺は、強敵と戦う事が目的ではなく、お金を稼いで、可愛い女性と結婚し、幸せな家庭を築く事が目的だ。

お金を稼ぐにも、家庭を守るにも、力は必要だから、この弱体の指輪を外すことが出来なかった。

まぁ、三年間頑張ったおかげで、普通の冒険者と同じ程度には動けるようになったからな、後は実戦で鍛えていく事にしよう。

ランニングを終え、冒険者訓練所での最後の朝食を食べ終えた俺は、荷物をまとめて冒険者訓練所を後にした。

そして、すぐ隣にある冒険者ギルドにやってきた。

まずは、掲示板で、魔術師か治癒師の募集を探すことにした。

「どれどれ・・・」

朝と言う事で、冒険者ギルドは大勢の人でにぎわっており、当然掲示板の前にも人だかりが出来ていた。

俺はそれをかき分けるようにして前に進み、何とか掲示板の前にたどり着き、募集を探す。

・・・・・・。

・・・。

「ん?んんんん?!」

張り出されている募集の紙に、ビショップ募集と書かれている物を見つけた!

見間違いじゃないよな?・・・俺は何度か確認したが、間違いなくビショップと書かれている。

パーティ名がグリード・・・何て名前だよ!

リーダーの名前が書かれていないな・・・取り合えず俺はその募集の張り紙を手に取り、受付で聞いて見る事にした。

綺麗なお姉さんの所は長蛇の列が出来ているので、筋肉マッチョなオヤジの所へ張り紙を持って行った。

「すみません、この募集をしている人達は、どこに行けば会えるのでしょうか?」

「ちょっと見せな!あぁこいつらは・・・あそこにいるぜ!」

筋肉マッチョが指さした先には、こちらに向け、手を振る二人組の男がいた・・・。

俺はくるりと向きを変え、冒険者ギルドを出ていく事にした。

「マティーはん、ちょっとまってぇーな!」

冒険者ギルドから出ていこうとしている俺は、肩を捕まれ止められた。

「何か用事か?」

俺は不機嫌そうに答えた。

「パーティ見つかってへんのやろ?」

「確かに見つかってないが、お前たちと組むつもりは無い!それにお前たちも女性と組むんじゃなかったのかよ!」

「せやけどな・・・取り合えず、座って話そうや」

俺は渋々、二人が座っていた所にやって来て座った。

二人とは、冒険者訓練所で知り合った、盗賊のシグリッドと剣士のパトリックの事だ。

こいつらは、俺より半年前に訓練所を出て行って、既に冒険者として活躍しているはずだ。

「それで話とは?」

「簡単に話せば、俺達とパーティを組まへんかちゅー事や」

「訓練所でも話したが、俺は女性と組みたいんだよ!」

「わっはっはっ、気持ちは分かるが、訓練所での話は聞いたぞ、全員に断られたそうじゃないか!」

パトリックは笑いながらそう言って来た。

女性全員に断られ続けた記憶はまだ新しく、俺の心をえぐってくる・・・。

「確かに訓練所では断られたが、ここでは違うかもしれないだろ!」

「そうか?なら聞いて見よう」

パトリックはそう言うと立ち上がり、大声で冒険者ギルド内にいる人達に声をかけた。

「皆聞いてくれ!ここに今日訓練所を出て来た新人の冒険者がいる!誰かパーティに入れてやってくれないか!」

パトリックのせいで、俺は冒険者ギルド内にいる全ての人から注目された。

「ビショップかよ!」

「あの人知ってる~、初級魔法しか使えないビショップよ~」

「おまけに身体能力も大したことないな!」

「マゾだって噂も聞いたことある!」

「せめて、治癒師ならな、うちで引き取れるのだが、彼は職業選択を誤ったようだ・・・」

周囲の冒険者から、様々な声が聞こえて来た・・・。

「なっ!」

パトリックが、ほら、いなかっただろうと言わんばかりのドヤ顔をしていた。

「なっ!じゃねーよ!お前のせいで、俺がパーティを組めるチャンスが無くなったじゃねーか!」

「だから俺達と組めば問題解決だ!」

「むぅ・・・」

こいつらと組むくらいなら、一人の方が効率がいいような気がする。

パトリックは盾を二枚持っていて、全く攻撃するつもりは無い様だし。

シグリッドは盗賊だから、敵の感知はしてくれそうだが、こいつの攻撃も当てにはならない。

となると、魔物を倒すのは俺一人という事になる・・・。

「やはり、お前達とはパーティを組む事は出来ない、一人でやる事にする!」

「まぁそう慌てるなって!」

俺が席を立とうとすると、パトリックに腕を握られ止められた。

振りほどこうにも、こいつ、力だけは強いんだよな・・・俺は諦めて再び席へと座った。

「俺達三人で組めば、いい金儲けが出来るんだよ!」

「せやねん、話を聞いてくれへんか?」

「・・・分かった、一応話を聞いてやる」

話を聞くまで、パトリックは腕を離してくれそうに無いし、仕方なく聞いてやる事にした。

「マティーはん、ここいらで噂になっとる、Dランクの侍ちゅーのを知っとるか?」

「訓練所にいた俺が、知る訳無いだろう?」

「せやな、その侍ちゅーのは変わった奴で、薬草しか集めてこんのや」

「別にDランクで薬草集めるのは、普通の事だろ?」

薬草集めと言えば、訓練所でも教えられたからよく知っている。

駆け出しの冒険者には、いい稼ぎになる物で、狩りの合間に見付けた物を収集して持って帰るだけでお金になるからな。

しかも、軽いから量も運べる。

魔物だと、収納の魔道具を買えないうちは、肉を運んで来るのは一苦労だ。

一応運び屋を呼んで、運んで貰う事は可能だが、運び屋を呼ぶには、念話の魔道具が必要だ。

冒険者ギルドで貸し出して貰えるが、一日に付き銀貨三枚と、駆け出しの冒険者には高価な物だ。

それに運び屋の取り分が、運んだ物の五割と高く、更に訓練所の代金として、一割を引かれるから、取り分は四割となる。

それでも捨てて来るよりかはましなのだろうが、銀貨六枚分以上稼がないと意味が無くなる。

俺は念話の魔道具を持っているから、銀貨三枚分の負担は無く、こいつらはそれを狙っている物だと思う。

「普通やあらへんから、噂になっとるちゅーわけや、その侍はな、Bランクや、Aランクの魔物がいる所の薬草を取って来るんや」

「強ければ取って来れるんじゃないのか?」

「そやねん、なら何でDランクのままなんかちゅー訳や」

単純に考えれば、逃げ回って採取してきたって事なんだろう、それか、盗賊並みに魔物を感知出来れば、戦わずに採取する事も出来たりするかも知れない。

しかしその場合、運悪く魔物に遭遇したら死ぬ事になるだろうから、自殺行為に近いな・・・。

「確かに変だな、でもそれが俺達の金儲けにどう繋がるんだ?」

「俺達三人なら、それを行う事が出来るちゅー訳や!」

「無理だろ・・・」

普通に考えて、冒険者訓練所を出たばかりのパーティが、Bランクの魔物に遭遇しそうな場所に行く事自体自殺行為に近い。

「マティー、俺達も流石にBランクの魔物が出るような所に行くつもりは無い、Cランクの魔物が出る辺りに、いい薬草が取れる場所の情報は入手している。

出来るだけ戦闘しない様にしてその場所へ行き、もし戦闘になる様だったら、全力で俺が攻撃を受け止めるから、ベルが魔法で倒して欲しい!

どうだろうか?」

うーむ、確かに俺が呪文を唱える間、パトリックなら耐える事が出来るだろう。

俺もまだ、魔物との戦闘は行った事が無いから、盾役がいるのは非常に心強い。

それに、シグリッドがいるから、戦闘も極力避ける事も出来るな・・・。

こいつらと組む利点は確かにある、三人と言う少ない人数だから、分け前も多い。

普通の駆け出しの冒険者パーティだと、安全の為、六人で組むのが一般的の様だし。

そう考えれば悪い話ではない?

・・・。

「やっぱり駄目だ、俺は可愛い女の子と一緒に冒険したいんだよ!」

俺がそう言うと、二人はニヤリと笑っていた。

「そやねん!俺達も気持ちは同じやねん!」

「だが、現実は厳しい!」

「そこでや、あまり大きな声では言えんから、ちょっと耳かしや!」

俺達は顔を寄せて、小声で話し始めた。

「お隣のカリーシル王国は知っとるな?」

「あぁ、授業で習ったから知っているぞ」

「カリーシル王国は、奴隷制度を認めている、つまりや、お金を稼いで可愛い女の子を買おうちゅー訳や」

「なるほど・・・しかし、奴隷は高いんじゃないのか?」

「そやねん、最低でも金貨一枚はするで、可愛い女の子という事やと、金板四、五枚はみとかなあかん」

「つまり、そのお金が貯まるまでのパーティだと言う訳だな?」

「そやねん」

「その通りだ!」

これまで、散々女の子から断られ続けて来て、更にここでもパーティに入れて貰えなかった事から、奴隷を買うと言うのは賢い選択かも知れないな・・・。

それに、奴隷を俺が買えば、可愛い女の子を、変態貴族から救う事になるな!

いい、いいぞ!

それなら、ハーレムも夢では無いな!

「こほんっ、あまり気は進まないが、お前達がそこまで言うのなら、パーティに入ってやってもいいぞ・・・」

「決まりや!」

「マティー、これからよろしく頼むぞ!」

こうして、俺の冒険者として、欲望まみれの男臭いパーティが決まった。

「それで、薬草を取りに行く場所には、どれくらいの日数かかるんだ?」

「このソプデアスの街から、北西に一日行ったサティラの街まで行って、そこからさらに北に一日半行ったれクレリアの街へ行き、そこから森の中を北西に一日行った所だな」

「街から意外と近いな、それだと他の冒険者が採取しているんじゃないのか?」

「そう思うだろ?しかし、そこは管理地の近くだから、冒険者は近寄らないんだ」

「管理地だと!」

俺が叫んだ事で、周囲の注目を集める事となった。

「何でもあらへんで!」

シグリッドが周囲の冒険者に頭を下げた事で、大事にはならなかった。

「大きな声出したらあきまへん」

「すまん・・・しかし、レクリアの街から近い管理地と言えば、妖精の管理地だろ!」

「せやねん、しかし、妖精は管理地から出て来る事は無いさかい、中に入らんかったら大丈夫や」

「そうは言うがな・・・」

俺が生まれた所の近くにも管理地があり、Bランク以上の冒険者で無いと、入る事は許されていなかった。

管理地に入ったからと言って、管理者が攻撃して来る事は無いのだが、管理者や、その眷族と遭遇した場合は別だ。

管理者の気分によって、逃がして貰えるか、殺されるかが決まる。

アベルが手も足も出ないと言ったように、戦って勝てる様な相手では無いからな。

しかも、妖精の管理地はさらに危険だ。

歴史の授業で、大昔に妖精を奴隷にしようと企んだ者が、妖精を捕らえて連れ帰った所。

妖精の管理者の逆鱗に触れ、街が三つほど廃墟と化したそうだからな。

それ以降、妖精の管理地には、冒険者と言えども、立ち入る事が禁じられている。

だから、誰も近寄らないから、いい薬草が手に入る訳か・・・。

「マティー、多少の危険は冒険には付き物だ」

「確かにそうだが、危険すぎるだろ・・・」

「取り合えず、一回行って見ないか?」

「分かったよ、でも危険だと判断したら、直ぐ逃げるからな!」

「俺も死にたくは無いからな、分かっているさ」

「ほな、出掛けましょか」

俺達は冒険者ギルドから外に出た。

久々に見た街の風景だが、三年前とほとんど変わっている様子は見受けられなかった。

「なぁ、俺訓練所から出て来たばかりで、何も準備できてないんだが?」

「気にすることあらへん、向こうの街で用意するさかい」

「しかし、今日は隣町まで行くんだろ?せめて食料品くらいは買っておきたいのだが・・・」

武器は、両親から貰った剣と杖があるから良いが、背負っている鞄には着替えくらいしか入っていない。

隣町まで一日かかるだろうから、せめて昼食を作るくらいの食材は買っておきたいと思った。

「ベル、昼食はあれを買っていく!」

「お弁当?」

「そうだ、なかなか美味いぞ!」

パトリックが指さした先にはお弁当屋があり、他の冒険者も買って行っているようだ。

「しかし、お金に余裕はないぞ・・・」

「心配するな、訓練所出たばかりのお前を遠出に誘ったのは俺達だ、金が入るまでは俺達で出してやるよ!」

「それは非常に助かるが、いいのか?」

「かまへんで」

「お言葉に甘えよう」

二人に弁当を買ってもらい、隣のサティラの街へと行く事になった。

「所でサティラの街までは馬車で行くのか?」

「そんなわけあらへん、歩いて行くにきまっとるがな」

「俺達に馬車に乗っていくような余裕は無いからな、マティーは訓練所で散々走らされたから、歩くのくらい問題ないだろ?」

「問題はないな・・・じゃ行くか」

「おう!」

俺、シグリッド、パトリックの三人は、サティラの街へ向けて歩き出した。

サティラの街に向かう街道は、人通りも多く、何事もなくその日の夕方にたどり着く事が出来た。

安宿を取り、次の街クレリアまで距離があるため、明日は早めに出立する事になり、食事の後すぐ就寝となった。


翌朝夜が明けた頃に出立した。

「ほな、今日は少し走っていくで」

訓練所の時とは違い、身軽なシグリッドは軽快な足取りで、ジョギングするような感じで走って行っている。

俺も荷物は軽いから、訓練の時のような苦しさはない。

問題はパトリックだ・・・二枚の盾に部分的に金属の鎧を着ているから、非常に苦しそうだ。

「リック、盾一枚俺が持とうか?」

「それは助かるが、敵が襲ってきた時対処できなくなる!」

「こんな街道で、リックが全力で守らないといけないような敵が出て来るかよ!」

「それもそうだな、マティー、すまないが頼めるだろうか?」

「あぁ、俺の訓練にもなるからな」

俺はパトリックから、盾を一枚受け取った。

「重い!なんでこんなに重いんだ?」

「安物の盾だからな、軽量化を捨ててでも丈夫にしてくれと頼んだら、それになった」

「確かに丈夫そうだが、動きが鈍くなるんじゃないのか?」

「力だけはあるから、その心配はない!」

パトリックならこれでも大丈夫なのか・・・確かに今、この重い盾を二枚持って、俺達と同じように走っていたからな。

しかし、この盾を持っての移動は大変だが、俺の訓練にはちょうどいい重さだ。

これからも移動の際には、この盾を持たせてもらう事にしよう。

途中で昼食を挟んだ以外は、一日中走り続け、日が暮れた頃に、ようやくクレリアの街へとたどり着いた。

その日は宿屋で夕食を取った後は、全員泥のように眠りについた・・・。


翌朝いつもの様に、夜明け前に起きた俺は、宿屋を出て一人街の中を走った。

昨日一日中走ったというのに、疲れは全く残ってなく、快適に街の中を走っていく。

流石にどの店も閉まっており、人もほとんどいない。

子供のころは、アベルに追い掛け回されていて、街を見て走る余裕は全くなかったが、今一人で無人の街を走り抜けていくのは、気分がいい物だな。

空が明るくなり始めた頃、宿屋に戻ると、宿屋の女将さんが店の掃除をしている所だった。

「おはようございます!」

「あら、おはよう、もう起きていらしたのですね」

「はい、いつも夜明け前に起きて走っていますので」

「勤勉なのですね」

女将さんと和やかに、朝の挨拶を交わしていると、厨房の奥からこちらを睨みつけてくる視線を感じた。

どうやら旦那さんが、俺が奥さんと話しているのが気になる様子だ。

アベルも似たような感じだったから、なんだか懐かしい気持ちになってくる。

俺は女将さんに別れを告げ、まだ寝ている二人を起こしに行った。

「おい、朝だぞ!二人とも起きろ!」

「ん、もう朝か・・・」

「まだ、ねかせといてや・・・」

二人とも返事はするが、起きて来る気配はない・・・。

昨日一日中走りづくめだったから、疲れているのは分かるが、これくらいで動けなくなるようでは、冒険者失格だな。

俺は心を鬼にして、二人の布団を剥ぎ取った!

「ほら起きろ!今日は色々準備もあるから時間が無いぞ!」

「分かった・・・」

「鬼やぁ!」

二人はのそりと起きて、着替え始めた。

アベルの様に、いきなり寝ている所を殴られて起こされるよりましだろう・・・。

アベルが言うには、ちゃんと殺気を込めて殴ったのを避けない俺が悪い、と言う事だった。

何日間か殴られて起こされた後は、殺気に気付いて避けられるようにはなった。

しかし、今度は殺気を込めないで殴ってきたのを避けるのはかなり難しく、完全に避けられるようになったのは数か月後の事だった。

冒険者は、野宿をしなくてはならないから、寝ている時でも攻撃を避けられるようにと、訓練をしていてくれた訳だが。

その時は、寝ているのを殴られて起こされた恨みしかなかったな・・・。

宿屋で朝食を取り、出かける準備をして、鍵を渡しに行くと、カウンターで男の子が洗濯物の受付をしていた。

この二日間洗濯していなかったから、溜まっていたな。

俺は背負っている鞄から洗濯物を取り出し、それを男の子に渡し、お駄賃として銅貨を一枚多く払うと、男の子は喜んで受け取った。

俺達は、宿屋の外に出て、冒険者ギルドへと向かった。

「マティー、先ほど子供に洗濯代多く払っていたが、どうしてだ?」

パトリックが不思議そうに尋ねて来た。

「あれはな、俺も宿屋の子供で、同じように洗濯物をしていたからな、一枚多く払うと丁寧に洗ってくれるんだよ」

「なるほどな、俺も今度からはそうしよう」

あの子がそうしてくれるかは分からないが、少なくとも酷い扱いはされないだろう。

冒険者ギルドへ到着し、中に入った。

「シグ、俺達は薬草を取りに行くんだろ?何か依頼を受ける必要があるのか?」

「依頼を受けるんやない、高値で買い取ってくれる薬草を調べるんや」

「なるほど、そちらは任せるから、俺は運び屋と契約してくるからな」

俺は、奥のカウンターへとやってきた。

「すみません、運び屋と契約したいのですが?」

俺が声をかけると、ローブを着た、痩せ型の男がこちらにやってきた。

「俺が運び屋のビトールだ、冒険者カードを見せてもらおう」

ビトールに冒険者カードを見せた。

「マティルスだな、念話の魔道具は持っているか?」

「はい、持っています」

「それなら問題ない、俺の取り分は規定で決められている五割だ、魔物の死体は出来るだけそのままの状態にしていてくれ、下手に傷つけると買い取り価格が下がるからな」

「分かりました」

「そちらから連絡後、直ぐ向かう事になるが、他の所に行っている場合もあるので、そこは理解して欲しい」

「はい、問題ありません」

「それなら以上だ、一応救援要請も受け付けてはいるが、俺一人では助けられない可能性が高いので、当てにはしないでくれ」

「分かりました」

ビトールさんと事務的な手続きを終え、二人の元へ戻って行った。

「シグ、薬草は分かったか?」

「ばっちりやで、テオーシュ草とセドウェル草が高めや!」

「それを中心に集めてくればいいわけだな」

「せや」

「今日は野宿になるのだろう、食材と寝袋を買いに行きたい」

「ほないこか」

「おう」

食材と寝袋、それに小さな鍋を一つ買って準備は整った。

俺達は街を出て、街道を進み、いよいよ魔物のいる森の中に、入って行く事となった。

ヤバい、非常に緊張して来た!

転生してからこれまで、訓練は積んできたが、実戦経験は皆無だからな・・・。

自分でも分かるくらい、足が震えている・・・。

「マティーはん、大丈夫でっか?」

「だ、大丈夫だ・・・」

「そない緊張しとったら、呪文もろくに唱えられへんで・・・」

頭では分かっているのだが、体が言う事を聞かない・・・。

バシンッ!

いきなり背後から、パトリックの盾ではらわれ、吹き飛ばされた。

俺は、倒された体を起こし、パトリックを睨みつけた。

「いきなり何するんだよ!これから魔物と戦うのに怪我でもしたらどうすんだ!」

「このくらいで怪我するような、やわな体じゃないだろ?それに怪我しても治療すればいいだけだ!」

「確かにそうだが、俺はなぜ吹き飛ばしたかと聞いているんだよ!」

「緊張をほぐすのに、いいと思ったんだが?」

「ん?確かに体の震えは収まっているが、もう少しましなやり方が無かったのかよ!」

「まぁまぁ、マティーはん、リックはんも、悪気があってやったわけではあらへんねん、気を静めてや」

パトリックが、俺の緊張をほぐしてくれた事は分かるが、地面に倒されて埃まみれにされたのには納得いかなかった。

「・・・まぁいい、所で一つお願いがあるんだが?」

「なんや?」

「緊張していた通り、俺は魔物と戦うのは今回が初めてだ、だから、最初に弱い魔物と戦わせてくれ!」

「お安い御用やで」

「うむ、マティーの所に魔物が行かないよう守ってやるから、しっかり仕留めてくれよ!」

「分かった、頼んだぞ!」

「なら、ワイが先導するさかい、リックはんとマティーはん、遅れんよう着てな」

シグリッドを先頭にして、森の中に入って行った。

シグリッドが、歩きやすい場所を選んで進んで行ってくれるので、比較的歩きやすい。

暫く森の中を進んで行くと、シグリッドがハンドサインで止まるよう指示して来た。

ハンドサインは、冒険者訓練所で共通の物を教えて貰える。

まぁパーティによって若干の違いはあるそうだが、特に決めて無かったから、あのサインは止まれでいいだろう。

そして、シグリッド俺とパトリックにも、来るよう指示して来た。

「いい獲物がおったで、あそこや」

シグリッドが差した先にいたのは、三頭のオークだった。

新米冒険者がまず最初に倒す魔物だな!

他にゴブリンもいるが、ゴブリンの場合、討伐依頼でもない限り、金にはならないからな。

肉は臭くて食べられないし、魔石も安いから、見つけても倒さないで行くのが普通だ。

その点オークは、肉は美味くて、皮も使える、魔石もそこそこの値段で売れる事から、新米冒険者が倒す獲物として最適だ。

「リック、ここから魔法で一匹倒すから、二匹を抑えられるか?」

「任せておけ!」

パトリックは、胸を張って両手に盾を構えていた。

もし、オークが抜けて来ても、落ち着いてやれば大丈夫!

俺は自分に言い聞かせながら、一匹確実に倒すために集中する。

「行くぞ!」

「おう!」

俺は左手に杖、右手に剣を構えて、一番手前にいるオークに目掛けて、呪文を唱える。

「大地を覆いし小さき者達よ、我にその強固な力を貸し、敵を打倒せ!ストーンショット!」

俺の目の前に作り出された尖った石は、オーク目がけて真っすぐと飛んで行き、喉元に突き刺さった!

俺の魔法が当たったオークはその場で倒れ、異変に気が付いた他の二匹のオークは、棍棒を振り上げ、こちらに全力で突っ込んで来た。

ガキン!ガキン!

しかし、パトリックによって、二匹のオークの突進は受け止められた!

「ぼーっとしてたらあきまへん!」

シグリッドに注意され、俺は慌てて次の呪文を唱えた!

「大地を覆いし小さき者達よ、我にその強固な力を貸し、敵を打倒せ!ストーンショット!」

パトリックに止められている、オークの首に魔法は命中し、二匹目のオークも倒れた。

もう一匹は、パトリックの陰に隠れて、魔法が撃てない。

俺はすぐさま横に移動し、オークが見える位置へと来た。

オークは俺に気付き、こちらに向かって突進して来た!

しかし、パトリックが盾でオークを弾き飛ばし、オークの意識を俺から離した!

「大地を覆いし小さき者達よ、我にその強固な力を貸し、敵を打倒せ!ストーンショット!」

三匹目のオークも魔法が首に当たり、どさりと倒れた。

「やったのか?」

俺は倒れ込んだオークの生死を確認しようと思い、近づこうとすると、パトリックに止められた。

「来るなっ!確認は俺がやる!」

「頼んだ」

鎧も着てない俺が、不用意に近づくのは危険だな。

パトリックに任せる事にした。

確認を終えたパトリックは、俺達の所に戻って来た。

「三匹とも死んでいる」

俺はほっと胸を撫で下ろした・・・。

「やった、初めてワイら魔物を倒したで!」

「そうだな、これで俺達もやっと冒険者の仲間入りだ!」

ん?二人は何を言っているのだ?

この半年間、二人は冒険者として活動していなかったとでもいうのか?

俺は疑問に思い、二人に聞いて見る事にした。

「なぁ、初めて倒したって、今までどうやって生活していたんだ?」

「ワイら自慢じゃないが、攻撃出来へんやろ、そやから、近場で薬草を摘んで納品しっとたんよ」

「うんうん」

確かにこの二人は、攻撃力はゼロだな。

「しかし、薬草摘むだけで、生活出来るんだな」

「まぁ、最低限だがな・・・」

「せや、贅沢は出来へん」

「では、最初の獲物をどうするかだが・・・」

オーク三匹を運び屋に頼んで来てくれるのだろうか・・・。

運び屋も、儲けが少ない物は取りに来てくれないからな。

「オークなら運び屋が来てくれるだろう」

「せや、はよ呼んでや」

聞くだけ聞いて見るか・・・。

『ビトールさん、マティルスです』

『なんだ?もう魔物を倒したのか?』

『はい、オーク三匹何ですが、来て頂けますか?』

『状態はどんな感じだ?』

『私が魔法で首を貫いて倒しました、それ以外の場所は無傷です』

『分かった、直ぐに向かおう、念話の魔道具は、そのまま切らないで待っていてくれ』

『分かりました』

念話の魔道具を繋げたままなら、俺の場所が分かるのだったな。

それから五分ほどして、ビトールさんが上空から現れた。

「待たせたな、オークはあれだな、確認させて貰う」

「お願いします」

ビトールさんは、オークの死体を一匹ずつ確認して行った。

「これは何の魔法を使ったのだ?」

ビトールさんが、少し驚いた表情を見せ尋ねて来た。

傷口が大きいから、持って行ってくれないのだろうか・・・。

「えーと、ストーンショットを一発ずつ打ち込んで倒しました・・・」

「ストーンショットだと!」

やはり不味かった様だな・・・しかし、魔物の生態を教える授業では、オークの皮膚が堅いから、ストーンショットが有効だと教えて貰ったんだがな・・・。

「すみません・・・」

「いや、謝る必要は無い、少し驚いただけだ・・・ストーンショットを選択したのは間違いでは無いが、マティルスは良い杖を持っているのだろう、威力が強すぎだな」

えっ?シャルに買って貰ったのは安物の杖だったはず。

俺は自分が持っている杖を鑑定してみた。

安物の杖 : 効果 威力微増。

間違いないな。

という事は、三年間・・・いや、六歳の頃から九年間、毎日初級魔法を使い続けた事の成果が、魔物を倒した事で証明された訳だ。

「これだけ威力があるのなら、次からはウインドカッターを使うといい、その方が遺体の損傷が少なく済むからな」

「分かりました」

「しかし、それでもこれだけの損傷で済んでいるのなら、高値で売れる、預かって行くぞ!」

「お願いします」

ビトールさんは、オーク三匹を収納の魔道具にいれ、飛び去って行った。

「飛行魔法は便利でええなぁ」

「そうだな、飛行の魔道具も欲しい所だ」

「せやな、でもその前に、収納の魔道具が先やな」

「その為にも、いい薬草を取りに行こう」

俺達は、再び森の奥へと歩き始めた。

それからは、シグリッドが魔物を避けて移動し、目的地の近くまでやって来た。

後一時間もすれば日が暮れるだろう、その前に野宿の準備をしなくてはならない。

「リックは薪を集めてくれ、シグは寝床の確保を頼む」

「分かった」

「任せとき」

俺は夕食の準備を始めた、昼食は、パンと干し肉を歩きながら齧っただけだから、多めに作る事にしよう。

この場では、簡単な物しか出来ないが、それを美味しく作るための工夫は、アベルから教わっている。

近くにある石を使ってかまどを作り、野菜の皮をむいて下準備をしておく。

水を魔法で鍋にいれ、そこに干し肉を刻んで入れて行く。

「集めて来たぞ」

パトリックが集めて来てくれた薪を、かまどの中に燃えやすいように組み、魔法で火を点けた。

かまどに鍋を置き、煮立って来た所で野菜を入れ、香り付けの香草と砂糖、塩、醤油で味付けし、灰汁を取りながら、再び煮立ったら完成だ。

後はパンと、果物を一個だけだが、野宿は今日一日の予定だから、これで我慢して貰おう。

「出来たぞ!」

野菜スープを器によそって、シグリッドとパトリックへと渡す。

「美味そうやないか!」

「いい匂いだ」

「熱いから気を付けろよ」

二人共、お腹が減っているのだろう、勢いよく食べ始めた。

男三人での食事だが、悪くは無いのかもしれないな・・・。

食事を終え、片付けをしている頃、日が暮れて、辺りが暗闇に閉ざされた。

これから朝まで、火を絶やさない様にしなくてはならない。

暗闇の中で魔物に襲われては、反撃することも出来ないからな。

「火の番の順番は、ワイ、リック、マティーの順でかまへんか?」

「問題無い」

「分かった」

「ほな、砂時計落ちたら起こすよって」

俺とパトリックは、寝袋に入り仮眠をとる。

冒険者訓練所で、野宿の訓練を何度かしたが、地面にそのまま寝るのには慣れないな・・・。

それでも少しは寝ておかないと、魔物と戦う時に力を発揮することが出来なくなる。

無理やりにでも目をつぶり、眠る事にした。

・・・・・・。

・・・。

「マティー起きろ!」

パトリックに、体を揺さぶられて起こされた・・・。

「もう交代か・・・」

「そうだ!」

俺は眠い眼をこすりながら、寝袋から出る。

「あ~ぁ、変わりはなかったか?」

「問題ない、俺は寝るからな」

「おやすみ」

焚火に薪をくべ、周囲を確認する・・・。

周囲に魔物の気配は無い様だな。

俺が感知できるのは、アベルに毎日向けられていた殺気のみだが、何も感じないよりかはましだろう。

耳を澄ますと、虫の声や薪が燃える音が聞こえてくる。

これだけ静かだと、魔物が近づいてくれば、足音くらい聞こえてくるだろう。

周囲に気を配りながら、火の番をするのは、意外と疲れるものだな・・・。

時間が経つのも、やけに遅い様な感覚だ・・・。

アベルやシャルも、この様に野宿をしたのだろうな。

そう言えば、弟のロティルスがそろそろ、ソプデアスの街に来るように言っていたな。

ロティルスは俺とは違い、魔導具師に成る為に来るわけだから、この様な苦労をする事は無いだろう。

妹のシアリーヌは元気にしているだろうか?

お金に余裕が出来たら、一度家に戻ってみるのもいいかもな・・・。

などと、普段考えない様な事ばかり頭に浮かんで来る。

そうしている内に、いつの間にか、砂時計の砂は全て落ちてしまっていた。

俺はシグリッドを起こし、再び眠りについた・・・。

パトリックに二度目の見張りの交代で起こされた。

三人しかいないパーティだが、これが六人になっても、見張りに立つ回数は二回だ。

何故なら、普通見張りは、二人でやる物だからな。

でもこれで、俺は夜が明けるまで見張りをする事になるから、もう寝る事は無い。

さて、二人が起きるまでの間に、朝食と昼食の準備をしておくか。

昼食はパンに、肉と野菜を挟んだ、ハンバーガーになるけどな。

お米があれば、おにぎりでも作れるのだが、お米は意外と高い。

そういや、カレー食って無いな・・・。

訓練所で、ご飯が出る事は無かったし、それにカレー粉も高いんだよな。

今回の冒険で稼げたら、自分へのご褒美として、カレーを食いに行く事にしよう!

そうと決まれば、食事の準備だな。

俺は二人が起きて来るまでの間、朝食と昼食を作って時間を潰した。


日の出と共に、二人を起こし、朝食を食べて、出掛ける準備を整えた。

「二人共、治癒魔法を掛けるから、動かないでくれ」

「治癒魔法って、ワイ怪我してないで?」

「俺も無傷だぞ」

「まぁいいから」

二人が、疑問に思うのは当然だろう。

「癒しの女神よ、全てを包み込むその神聖な微笑で、彼の者を正常に戻し給え、ホーリーキュア」

俺は状態異常回復の魔法を使い、二人の疲労や眠気は取れた事だろう。

その事で、二人は驚いている様子だ。

「マティーはん、初級魔法しか使えへんのでは?」

「ホリーキュアは、中級魔法だろう?」

「中級魔法だな、俺は一言も中級魔法が使えないとは言って無いぞ」

「せやかて、訓練では初級魔法しか使ってあらへんでしたのやろ?」

「俺もそう聞いたぞ!」

「確かに、初級魔法しか使って無いが、それも、魔物と戦うためだったからな」

「意味が分からへん、説明してや」

俺は自慢げに、安物の杖を取り出し、二人に説明をした。

「なるほど、そんな理由だったのか」

「マティーはん、凄いやん」

「全ては、母親の教えだった訳だがな・・・倒したオークも高値で売れそうだし、どんどん稼いでいこうじゃないか!」

「おう!」

「せやな!」

俺達は、意気揚々と薬草が生えている場所に向け、歩き始めた。

しばらく進むと森が終わり、草原へと出た。

「ここが、目的の場所か?」

「せや」

腰の辺りまで生えた草をかき分けながら進んでいく。

「こんな遮蔽物の無い場所だと、魔物に見つかってしまうのでは無いのか?」

俺は不安に思い、シグリッドに尋ねた。

「せやな・・・」

肯定されても、困るんだが・・・。

「そう言えば、Cランクの魔物が出るんだったよな?」

「せや、コカトリスにミノタウルスや、それと、滅多におらへんが、ヒドラもおるで」

「それ、Bランクじゃないか!」

「せやから、見かけたら全力で逃げるで」

Eランクの俺達が来ていい場所では無いだろう!

俺は、直ぐ来た道を引き返そうとした。

「あったで、テオーシュ草や」

何とタイミングの悪い事だ、しかし目的は薬草の採取だから、さっさと採ってしまおう。

「この辺りに、群生している様だな」

「せやけど、取り過ぎたらあかんで!」

「分かっている」

また来た時に採れる様に、上の部分だけを摘まんで行く。

「こっちに、セドウェル草もあるぞ!」

パトリックが少し離れた場所で、もう一種類も見付けた様だ。

俺達は二種類の薬草を、平均的に集めた。

用意してきた薬草用の鞄二つが、いっぱいになった。

「もういいだろう、魔物に見つからないうちに、さっさと引き上げよう」

俺は薬草の詰まった鞄と一つ背負った、もう一つはパトリックが背負う事になっている。

盗賊のシグリッドは、道案内をする為、最低限の物しか持っていない。

パトリックが鞄を担ぎ、帰路に着く事となった。

「コケーーーーーーーッ!」

その時上空から、けたたましい声が聞こえ、目の前に三メートルほどの巨大な鶏が降り立って来た!

「コカトリスや!」

「俺の後ろにがれ!」

パトリックの背後に隠れるように、俺とシグリッドは飛び去る様に逃げた。

ガキンッ!!

それと同時に、パトリックにコカトリスの蹴りが炸裂していた!

パトリックは、二つの盾でそれを受け止め、俺達の所まで押されてきた。

「大丈夫か!」

「問題無い、それよりもっと下がれ!」

「分かった、蛇の毒に気を付けろ!」

コカトリスの尾である、蛇は猛毒を持っていて、噛まれると非常に危険だ。

パトリックもその事は分かっているだろうが、注意を促し、俺達は距離を取った。

「まず尻尾から狙いや!」

「分かっている!」

俺は、尻尾の蛇に向け呪文を唱える。

「我に集いし力の根源よ、揺らめく炎となり、その姿を矢に変えて敵を貫け!ファイヤーアロー!」

俺は放たれた炎の矢をコントロールして、コカトリスのヘビの頭を撃ち抜いた!

「コケーーーッ!」

蛇の頭を失ったコカトリスは、激しい声を上げて、飛び上がり。

勢いを付けて、パトリックに突進した!

「ぐあぁっ!」

流石のパトリックも、耐えきれずに、吹き飛ばされてしまった。

パトリックは起き上がってくる気配が無い、早く治癒魔法を掛けてやりたいが、そんな暇は無い様だ。

「マティーはん、くるで!」

コカトリスは、俺を睨みつけ、前足で攻撃して来た。

「自由気ままな風よ」

ギャリンッ!

右手に構えた剣で、コカトリスの爪や嘴を受け流す。

「我の願いに応え」

ジャリンッ!

「大気の刃となりて敵を斬り裂け!」

ギンッ!

「ウインドカッター!」

ザシュッ!

俺が放ったウインドカッターは、コカトリスの首を貫通した。

コカトリスは、首から大量の血を吹き出しながら、その場に横倒しになった。

俺は急いで、パトリックの元へ駆け寄る!

「癒しの女神よ、我が力を用いて、傷を癒したまえ、ライトヒール」

「パトリック!死ぬな!」

「癒しの女神よ、我が力を用いて、傷を癒したまえ、ライトヒール」

俺は何度も、治癒魔法をパトリックにかけた。

ガシッ!

「もう大丈夫だ!」

パトリックに腕を掴まれ、呪文を止められた。

「良かった!」

「そもそも俺は、吹き飛ばされて意識を失っていただけだ!」

「そうか、怪我は無いんだな?」

「あぁ、ありがとう」

パトリックがコカトリスに吹き飛ばされた後、動く様子が見られなかったから、死んだのかと思っていた・・・。

しかし、無事でよかった・・・。

そう言えば、コカトリスが死んだのか確認して無かった!

俺は慌てて振り返り、コカトリスを確認する。

「コカトリスは死んだか?」

「分からへん」

シグリッドはコカトリスから距離を置いている。

「俺が確認してくる」

パトリックが立ち上がって、コカトリスの所に向かった。

「大丈夫、もう死んでいる」

パトリックが、コカトリスの死亡を確認した事で、俺とシグリッドもその場に集まった。

「マティーはん、さっきのはなんやったんや?」

「さっきのとは?」

「コカトリスを倒した際、呪文を途中で止めてたやろ!」

「ちょっと訓練すれば、誰にでも出来る事なんじゃ無いのか?」

別に呪文の短縮を行った訳では無い、少し集中力が必要だが、通常の魔法を使ったのと同じだ。

「出来へんわ!」

「そうなのか?」

「せや、そもそも、攻撃を受けながら、呪文を唱えることも出来んわ!」

「そうなのか?両親から出来なければ、冒険者失格だと言われたが・・・」

「どんな両親やねん・・・」

「まぁ二人共、今はコカトリスを回収して貰って、帰る事が先決だ!」

パトリックに言われて、悠長に会話をしている場合では無い事を思い出した。

コカトリスから流れ出ている血の匂いを嗅ぎつけて、他の魔物が寄って行く可能性があるからな。

「運び屋に連絡を付ける」

「頼む!」

『マティルスです、ビトールさん、朝早くからすみません』

『大丈夫だ、それで、何か運んで欲しい物があるのか?』

『はい、少し遠いのですが、コカトリスを一羽お願いします』

『コカトリスだと!確かEランクだったよな?』

『はい、Eランクです、いきなり上空から襲われたのですが、何とか倒す事が出来ました』

『そうか、それならすぐに向かおう、待っていてくれ!』

『よろしくお願いします』

ビトールさんは、急いで来てくれたのだろう、十分ほどで駆けつけてくれた。

「本当にコカトリスだな・・・」

ビトールさんはコカトリスの死体を確認しながら、そうつぶやいた。

「蛇の頭は潰してしまいましたが、よろしかったでしょうか?」

「問題無い、蛇の頭があれば毒は取れるが、残して倒すのは危険だからな、では預かって行く、気を付けて帰ってこいよ」

「はい、ありがとうございました」

ビトールさんは、飛び去って行った。

「俺達も帰ろう、出来るだけ戦いたくないから、シグ頼んだぞ!」

「行きましょか」

シグリッドは、俺の要求通り戦闘を避け、遠回りしながら帰ってくれた。

その分時間はかかって、レクリアの街に着いたのは、日が暮れた後だった。

冒険者ギルドも閉まっているので、宿屋に向かい、明日の朝薬草を納品する事にした。


翌朝いつもの様に目覚め、街を走って朝食を食べ終えた。

「さて、換金しに行こう」

「いくらになるか楽しみやな」

「そうだな」

シグリッドとパトリック、そして勿論俺も、お金がいくら入るか楽しみだった。

冒険者ギルドに着き、奥にある買取用のカウンターへとやって来た。

流石に朝一だと空いているな。

「すみません、薬草の買い取りをお願いします」

「薬草と、冒険者カードを全員分見せてくれ」

買い取りカウンターにいる中年の男性に、薬草と冒険者カードを渡した。

「じゃ鑑定するからな」

中年の男性は、鞄から薬草を取り出し品定めして行く。

・・・ドキドキするな、初めて自分たちで摂って来た物がお金に変わるのだ。

鑑定は終わり、中年の男性は、買取の内訳が書かれたか紙を、俺達の前に出して来た。

「品質はまぁまぁだ、テオーシュ草が全部で銀貨五枚、セドウェル草が全部で銀貨五枚と銅板五枚だ。

それで、お前達全員まだギルドへの支払いが残っているから、それを差し引いて残り銀貨七枚、銅板三枚、銅貨五枚となる、確認してくれ」

俺達はお金を受け取り、枚数を数える。

「確認しました、ありがとうございます」

「カードを返して置く」

一人頭銀貨二枚以上あるな、銀貨一枚あれば、安宿なら一週間は泊まれる。

二日で二週間暮らせるお金を稼げたのは、良い儲けだな!

「儲かったな、これからも薬草取りを続けて行こう!」

俺が喜んでいると、シグリッドに止められた。

「マティーはん、まだ喜ぶのは早いで、魔物の換金が終わってへん」

薬草を買い取って貰った事ですっかり忘れていた・・・俺は、ビトールさんを探して声を掛けた。

「ビトールさん、マティルスです、魔物を換金して貰えませんか?」

「おぉ!無事戻って来たか、昨日戻ってこなかったから、心配していたぞ!」

「昨日は帰るのが遅くなって、今日になってしまいました」

「無事戻って来たのならそれでいい、さて、向こうで鑑定して貰おう」

ビトールさんと魔物の鑑定が出来る、大きな台がある場所へとやって来た。

「ヴァーノンさん、お願いします」

「おう、一体ずつ置いてくれ!」

ビトールが、ヴァーノンと呼ばれる、血塗れのエプロンと大きな解体用の包丁を手にした男性に声を掛けた。

「冒険者カードを全員分お願いします」

ヴァーノンと同じ格好をした女性が、俺達から冒険者カードを受け取った。

台には、俺達が倒したオークが置かれ、ヴァーノンさんの手によって魔石が取り出されていた。

そして最後に、コカトリスが台の上に置かれた。

「コカトリスか、傷も首にしか無いな、中々の上物だ!」

「コカトリスですって?!」

「アメリアどうかしたのか?」

「いえ、この子達全員Eランクなんです」

「何だと!おいビトール、これを倒したのはあいつらで間違いないのか?」

「はい、周囲に他の冒険者がいない事は確認しました」

「アメリア、ギルドマスターを呼んで来い!」

「分かったわ」

何やら、不穏な雰囲気になって来たな・・・。

「シグ、俺たち何かまずい事をしたのだろうか?」

俺は小声で、シグリッドに尋ねた。

「分からへんけど、ギルドマスターを呼んでたちゅー事は、不味い事なんやろな・・・」

暫くすると、アメリアが顔に傷のある怖そうな男性を連れてやって来た。

「こいつらなのか?」

「そうです!」

ギルドマスターと思われる男性は俺達を睨み付けてから、コカトリスの方に行った。

「・・・コカトリスを風魔法で一撃か」

「俺も同じ意見だ」

何やら、ヴァーノンとギルドマスターが話し合っている。

「鑑定は終わっているのか?」

「魔石を取り出したら終わりだ」

「やってくれ!」

ヴァーノンは手際よくコカトリスから魔石を取り出し、アメリアに渡した。

アメリアが、オーク三匹とコカトリスの買い取り価格の内訳が書かれた紙を持って来た。

「魔物は全て状態が良く、最高値で買い取らせて貰います。

オークは一体に付き銀貨二枚、魔石が銀貨一枚、合計銀貨三枚、これが三体分で銀貨九枚となります。

コカトリスは銀板一枚で、魔石が銀板二枚、合計銀板三枚となり、全部で銀板三枚、銀貨九枚となります。

訓練所の代金を差し引いた額は、銀板二枚、銀貨七枚、銅板三枚となります、ご確認ください」

俺達はお金を受け取り、枚数を確認する。

「確認しました、ありがとうございます」

お金を受け取った俺達は、喜んでその場を去ろうとした。

「待て!冒険者カードはどうするんだ?」

ギルドマスターから呼び止められ、そう言えば冒険者カードを返して貰って無い事に気が付いた。

「忘れてました!」

「まだカードを返す事は出来ない、お前達は二階の俺の部屋に来て貰う!」

俺達はギルドマスターに連れられて、二階へ行った。

ギルドマスターの部屋には机が一つと、ソファーとテーブルが置かれていた。

ギルドマスターは机の椅子にドカッと座り、俺達はその前に立たされていた。

「Eランクのお前達は、何処に狩りに行ったのだ?」

俺達は顔を見合わせて、誰が答えるのかを譲り合っていた・・・。

「いいから早く答えろ!」

ギルドマスターの声が低くなり、非常に怒っている様だ、仕方なく俺が答える事にした。

「この街から一日行った所にある、薬草を取りに行きました」

「俺は場所を聞いたのだが、まぁいい、コカトリスがいる場所は分かっているからな。

お前達が行った場所は、妖精の管理地がある場所だ!訓練所ではそこに入る事を禁じられているのを教えて貰わなかったのか?」

「いえ、教わりましたが、妖精の管理地には入ってません・・・」

俺は恐る恐る答えた。

「あの場所の境界線は曖昧だ、だから今後二度と近寄るんじゃない!分かったな!」

「「「はい!」」」

ギルドマスターに怒鳴られて、三人で返事をした。

「それと、Eランクのお前達が最初からそんな無茶をしていると、すぐ死ぬ事になる!」

それから延々と一時間、ギルドマスターから説教を受ける事となった・・・。

ようやく説教から解放された俺達は、冒険者カードを返却され一階へと戻って来た。

精神的に疲れ果てた俺達は、テーブルの椅子に座り、力なく崩れ果てた・・・。

「あない怒らんでもええやろうに・・・」

「そうだな・・・」

「しかし、二度とあの場所には行けないな」

「「「「・・・」」」

せっかく良い儲けが出来る場所だと思ったのに、、もう二度と行けないとは・・・。

しかし悪い事ばかりでは無い、稼いだお金がある。

「取り合えずお金を分けよう、三等分して、一人銀板一枚、銀貨一枚、銅板五枚、銅貨五枚だな」

俺は受付で両替して貰い、お金を三人で分けた。

「二日でこれだけ稼げたのは、良かったな」

「せやな、コカトリス、ええ値段やったさかい」

「薬草より、魔物を狩って行った方がいいんじゃないのか?」

「そうだな、しかし、リスクが高いぞ・・・」

「うむ・・・」

パトリックは、コカトリスに気絶させられた事を思い出している様だった。

「一匹ずつ倒せる様な魔物を狩って行けばええんちゃう?」

「それが一番いいが、何時もそうなるとは限らないだろ?」

「そこはワイに任せてや!」

「今回の事でシグの事は信用しているが、倒した後、血の匂いに集まって来る魔物はどうしようもないだろ?」

「せやな・・・」

「その時は、俺が体を張って守ってやる!」

「お金には多少余裕が出来た、無理のない範囲でやって行く事にしよう」

「せやな」

「分かった」

「今日はゆっくり過ごして、明日から再開しよう」

俺達は、冒険で疲れ果てた体を休ませるため、一日ゆっくりと過ごして行った・・・。

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