第六話 冒険者になるために

俺は六歳の誕生日を迎えていた。

この世界では誕生日という事で、特に祝ったり等はしないのだが、俺はこの日を待ち望んでいた。

六歳になる頃までに体内の魔力が安定し、冒険者となるための職業判定を受けられる様になるからだ。

だがしかし、まずは家の手伝いをしてからだな。

炎滅の宿の朝は忙しい、日の出と共に起き、アベルは厨房で朝食の準備をし、シャルは食堂の掃除をする。

俺は入り口の掃除を担当している。

掃除が終わる頃、冒険者達は食堂へと降りて来るので、テーブルに朝食を運ぶのを手伝う。

朝食のメニューは日替わり定食のみだが、その分量は多めで、値段も安くなっている。

うちの宿にはランクが低く、収入も安定しない者達が多いため、大変喜ばれていた。

冒険者達の食事が終わると、俺は宿屋のカウンターに立ち、出掛ける冒険者達から部屋の鍵を受け取る事となる。

全ての冒険者達が出掛けた後、やっと俺達が朝食を食べる事が出来る。

朝食も冒険者達と同じメニューだが、毎日違うため飽きる事は無い。

俺は三歳となる弟、ロティルス(ロティー)の面倒を見ながらの食事だ。

シャルは一歳の妹、シアリーヌ(シア)に離乳食を食べさせている。

食事が終わると、アベルは厨房で朝食の片付けを始め、シャルは冒険者達が使った部屋の掃除だ。

俺はシャルが外した、ベッドのシーツを裏の井戸へと運び、洗濯するのが仕事だ。

洗濯は洗濯機があるわけでは無いので、全て手洗いだ。

暑い日は良いが、寒い日はとても辛い!

寒くなるとアベルがお湯を運んで来てはくれるが、それでも全てのシーツを洗い終わる頃には冷えてしまうからな。

シーツを洗い終えると、今度は冒険者達から頼まれた洗濯物を洗う事になる。

洗濯物五枚に付き銅貨一枚と安いが、これは俺のお小遣いとして使っていい事になっているので、やる気も違うと言う物だ。

洗濯を終えた後、昼までは自由時間となる。

しかし、ロティーの面倒を見ないといけないので、完全に自由と言う訳では無い。

ロティーを連れて街の散策をする程度だな、その際、洗濯で稼いだお小遣いで、お菓子を買って食べるのが楽しみだった。

中でもアイスクリームは最高だ!

ちょっと高くて毎日は食べられないが、週に一、二度、ロティーと一個のアイスクリームを分け合いながら食べている。

生前、兄貴にも小さい頃分けて食べさせて貰っていたからな、今度は俺が兄貴となった訳だから、弟や妹の事を大事に可愛がってやるつもりだ。

このファンタジーな世界でアイスクリームがあるのを不思議に思ったが、何でも二百年以上前に現れた勇者によって、様々な食べ物が伝えられたそうだ。

この街は小さいので、アイスクリームしか売って無いのだが、大きな街に行くと、ラーメン、ハンバーガー、カレーが食べられるらしい。

早く大きくなって、ラーメン食いに行きてぇ!

とまぁ食文化を伝えた勇者に、感謝をしている。

昼食時は近所の人達が食べに来てくれるので、それなりに繁盛していた。

俺は朝と同じように、食事を運ぶ手伝いをしている。

お客が食べ終え帰った後に、俺達の昼食だ。

昼食後、いつもなら、アベルとシャルは裏庭で訓練と称した組手をしている。

一番最初に見た時は、あまりの速さに目が付いて行かなかった。

疾風の二つ名を持つアベルは分かるが、魔術師であるシャルが、アベルと同じ速度で組み手をしていたのには驚いた。

シャルに魔術師なのに、どうしてそんなに早いのかを聞いた所、魔術師でも早く動けないと死んじゃうでしょ、と言われて納得した。

いつも後方で安全に魔法を撃てるはずなど無いだろうからな、時には背後から奇襲を受けたり、囲まれたりした場合、魔術師と言えども接近戦で戦う場面は、いくらでもありそうに思えた。

しかし、今日はその訓練は無く、家族総出で俺の職業判定の為に、冒険者ギルドへとやって来ていた。

冒険者ギルドの中は午後という事もあり、人は少なかったが、疾風のアベルと、炎滅のシャルが入って来た事で、どよめきが起こった。

冒険者を引退してかなり経つのに、まだまだ二人は有名の様だ。

アベルは受付のお姉さんに声を掛けていた。

「エルフィーネ、元気にしていたか?」

「はい、アベルさんもお元気そうで何よりです」

「すまねぇが、俺の息子の職業判定をしてやってくれ」

「はい、伺っております、マティルス君ですね、こんにちは」

エルフィーネが俺を見て、にっこりと微笑んで挨拶してくれた。

「エルフィーネさん、こんにちは、今日はよろしくお願いします」

俺はエルフィーネにお辞儀をした。

「まぁ礼儀正しいのね、アベルさんの子供とは思えないわ」

「そうなのよ、マティーはわ・た・し・の!息子だからね」

シャルが自分の息子だと強調して言うと、エルフィーネは頷き同意していた。

その様なやり取りをしていると、騒ぎを聞きつけたのか、奥の方からギルドマスターのオルドレスが顔を出して来た。

「いよいよ、疾風と炎滅の息子が職業判定をするのだな」

「まっ、何が出ようと、俺達の息子だからな、一人前に鍛えてやるぜ!」

アベルはそう言うと俺をひょいと抱えて、カウンターの前へ運んでくれた。

俺の身長ではカウンターの上に置いてある、職業判定の魔道具には手が届かないからな。

「マティルス君、この水晶に両手を添えてね」

エルフィーネさんに言われて、俺は水晶に両手を添えた。

既に俺の周りには、数は少ないが冒険者達も集まって来ていて、俺の結果に興味津々の様だ。

水晶は様々な色に輝いたかと思うと、すぐに戻り、箱から一本の棒が出て来た。

エルフィーネさんがそれを拾い上げると、驚きの表情を見せていた。

「これはっ!」

「エルフィーネ、何が出たんだ?俺達にも早く見せろ!」

アベルが、エルフィーネに結果を催促していた、俺も何が出たのか気になって仕方が無い!

「これです・・・」

エルフィーネが、申し訳なさそうにゆっくりと、アベルに棒を差し出して見せた。

「ビショップか・・・」

アベルがそう言うと、周りの冒険者達がざわめきだした。

「疾風と炎滅の息子がビショップとは、残念だな」

「ビショップってあれだろ、一番使えないハズレ職業じゃん」

「マジかよ、最悪だな・・・」

えっ?えっ?俺は周囲の声を聞いて動揺した、ビショップってそんなに悪い職業なのか?

「てめえら、静かにしねぇか!」

オルドレスが、騒ぎ出した冒険者達を、怒鳴って黙らせた。

「エルフィーネさん、ビショップとはどの様な職業なのですか?」

俺は不安になり、エルフィーネさんに説明を求めた。

「マティルス君、ビショップとは攻撃魔法と治癒魔法の両方が使え、全職業の中で唯一、鑑定が使える職業なのです」

えっ?それってすごい事じゃ無いのか?両方の魔法が使える上に、鑑定と言うチートスキルまで使えるとは、無敵感がするのだけど?

「職業という事では、ビショップは上級職ですが、攻撃魔法も治癒魔法も中級までしか使えず、鑑定も・・・現在鑑定の魔道具が作られてからは、需要がありません」

ガーン、鑑定の魔導具ってなんだよそれ!マジでビショップって要らない子か!?

「そうなのですね・・・」

俺は肩を落として落ち込んだ・・・。

「ですが、ビショップになれるのですから、他の魔法職、魔術師、治癒師、召喚士になる事は可能です!」

エルフィーネが俺を励ますように、他の職業を勧めて来た、そう考えると悪い事ではなさそうだな。

シャルと同じ魔術師になるのがいいかも知れない、そう思っていると、アベルが突然笑い出した。

「くっくっくっくっ、わーはっはっはっはっ!おもしれーじゃねーか!シャル!マティーを一人前、いや、超一流のビショップに育てるぞ!」

「当然です、マティー、頑張りましょうね!」

何やら二人の中で、俺の職業がビショップに決定された様だ・・・しかし、この雰囲気の中で、今更魔術師になりたいとは言えないよな・・・。

「オルドレス、給料は多く払えないが、宿屋の手伝いが出来るやつを一人探してくれねぇか?」

「分かった、元気なやつを探してやろう」

「助かるぜ!」

こうして俺の職業判定は無事に終え?俺達は炎滅の宿へと帰った。

宿屋に戻ると、アベルは夕食の支度を始め、シャルは、ロティーとシアを寝かしつけた後、俺と市場に買い物に行く。

市場では新鮮な野菜に、魔物の肉、お酒等売られており、シャルはその中から安くて量が多い物を次々と買っていく。

値引き交渉なんて一切しない、毎日買っているので、売る方も分かっているから、何も言わなくても値段を下げてくれたり、おまけしてくれたりする。

買った物は、収納の魔道具へ入れているので、俺が荷物持ちをする必要はない。

俺が買い物に着いて来ている理由は、物価を覚える事と、顔見知りの人達から、果物やお菓子を貰えるからだ。

その場で食べたりはしない、帰って昼寝から目覚めたロティーと分けて食べる、妹のシアはまだ食べられないが、その内三人で分けて食べる事になるだろう。

冒険者達が夕暮れ前には戻って来始めるので、それまでに洗濯物を取り込み畳んで渡せるようにしておく。

宿屋のカウンターでシャルが受付をする横で、間違えない様に洗濯物を渡して行く。

それが終わると、俺はロティーとシアの三人で夕食だ。

ロティーで経験していたので、シアに離乳食を食べさせるのは慣れたものだ。

おつむの交換も、問題無く出来る様になったしな。

夕食を終えると、三人で就寝する、アベルとシャルはまだ食堂で働いている。

俺も手伝いたいとは思ったが、六歳児の体では無理が利かない・・・。

とまぁこの様な平和な一日を過ごしていた。


しかし、翌日からその生活が激変した!

「マティー、起きろ!」

アベルに体を揺さぶられて、目を覚ました。

まだ辺りは真っ暗だ。

「パパ、おはようございます・・・」

眠たい目を擦りながら、起き上がる。

「おう、早く着替えて玄関へと来い!」

何だか分からないが、アベルに急かされながら着替えて、玄関の外へと出た。

外はひんやりと肌寒く、日の出まではまだ時間があるようだ。

「今日から毎朝、この時間から日の出まで街を走るぞ!まずは体を温める為に、ゆっくり行くぞ」

アベルはそう言うと有無を言わせず走り出した。

俺もその後に着いて走るが、アベルはゆっくり走っているつもりでも、大人と子供の歩幅の違いは大きく、ほとんど最初から全力疾走の様な感じだ。

街を一周した所で、今度は全力で走るぞと言われ、アベルは速度を上げて走り始めた。

当然それに俺は着いて行く事が出来ず、どんどん離されて行く。

その事に気が付いたアベルは、俺の所に戻って来た。

「そんなにのろのろ走っていると、魔物に食われちまうぞ!」

アベルにそう言われても、六歳児の体ではこれが限界だ!

それに元々俺は運動が苦手だった、兄貴と同じように小学校の頃に剣道を始めたが、皆に着いて行けず、すぐやめてしまったからな。

それ以降、家でゲームをずっとやっていた。

両親も、やりたく無い物を無理にする必要は無いと、咎める事は無かった。

むしろ、ゲームが好きなら、それで一番になれと言われたくらいだからな。

その甲斐あってか、プロeスポーツ選手に成れたのだと思う。

とまぁインドア派だった俺は走る事が苦手だから、これ以上早く走る事は出来ない。

そう思っていると、アベルが俺の背後を走るような形になって、殺気を放って来た!

俺は今まで感じた事が無い恐怖を覚えた。

生前も含めて、殺気とか感じた事が無かった俺には、どのような物なのか分からなかったが、今なら分かる。

本当に殺されると言う、恐怖が全身を支配している。

よくホラー映画で主人公が追いかけられているシーンがあるが、あのような感じだと思う。

とにかく逃げ出さないと殺される!その思考に頭が支配されている。

俺は必死になって走り出した!

「ちゃんと走れるじゃねーか!その速度を維持して走り続けるぞ!」

アベルが何か言っているが、俺の頭には届かない・・・。

その後も必死に走り続け、空が白み始めた頃、アベルから発せられていた殺気が消えた。

「ゼーハー、ゼーハー・・・」

俺はその場で倒れ込み、一歩も歩けない状態だった。

アベルはそんな俺をヒョイと担ぎ上げ、宿屋の厨房まで運んでくれて、椅子に座らせてくれた。

「飲め!」

水が入ったコップを渡され、俺は一気に飲み干した。

「さて、マティー、今日から料理を覚えて貰う、俺がやっている事をよく見て覚えろよ!」

???

走る事は、シャルを見ていると冒険者となるために必要な事だと思うが、料理を覚える必要あるのだろうか?

水を飲んだ事で、徐々に落ち着いて来たので、朝食の準備をしているアベルに聞いて見た。

「パパ、冒険者に料理が必要なの?」

「当然だ、美味い飯が食えないと戦えないぞ!

街から日帰りで行ける場所は誰もが行くから稼げない、当然野宿をしたりする訳だが、その際不味い飯を食っていては、魔物と戦う時、力を出せなねーからな」

なるほど、確かにその通りだな、俺は生前、兄貴が作ってくれていたから料理を作った事は無かったが、これからは必要だな。

「パパ、頑張って料理を覚えます」

「おう、それとな、料理が出来ると女にもてるぞ!」

アベルはニヤッと笑い、そう教えてくれた。

とても重要な事だな!インドア派だった俺には彼女なんていなかった・・・。

兄貴もそうだが、一つの事にのめり込むと、それ以外の事に気が回らなかったんだよな。

兄貴には彼女が出来ていたが、剣道に打ち込んでいたため、すぐに別れたからなぁ。

という事で、この世界では彼女を作って楽しく生きて行きたいと思う。

その為に、まずは料理を覚えないとな!

俺はそれから、必死にアベルのやっている事を見て覚えて行った。

冒険者達へ朝食を配膳しようと、厨房から食堂へ出ると、見慣れない若い女性がエプロン姿でいた。

「あなたがマティー君ね、初めまして、今日からここで働く事になったポリアンヌよ、ポリーと呼んでね」

「初めまして、よろしくお願いします」

ポリーにお辞儀をして挨拶をした。

昨日アベルがオルドレスに頼んでいた手伝いの人が、もう来たのか。

しかし、こんな若くて綺麗な女性が、むさ苦しい冒険者達がいるこの宿屋で働くのはどうなのだろう・・・。

直ぐに声を掛けられて、変な男に捕まりそうな感じがする。

すでに、食堂に入って来た冒険者達の視線は、ポリーに向けられているからな。

稼いでいる冒険者ならいいが、この宿に泊まっている冒険者は、ほとんど稼ぎが悪い連中ばかりだ・・・。

それに、月に一、二名は魔物にやられて帰ってこないからな・・・。

もしそんな人と恋仲になっては、ポリーが可愛そうに思う。

俺が悪い虫が付かない様に、見守ってやろう。

とは言った物の、配膳が忙しく、その様な暇は無いのだけどな・・・。

冒険者が出掛けた後の、朝食時、ポリーから話を聞く事が出来た。

なんでも、ここに働きに来たのは、結婚相手を探し、その相手と実家で農業をするのだと言う事だ。

当然相手には冒険者を辞めて貰う訳だが、ここに来る冒険者は稼ぎが少ないから、すんなり辞めてくれるだろうと思っての事だった。

アベルとシャルも納得し、良い相手を見つけてやる事になった。

俺が十年歳を取っていれば、結婚してやれるのに残念だ・・・。

食事が終わると、いつもの様に洗濯の時間だ、ここは変わらなかったが、その後の自由時間が無くなった。

ロティーとシアの面倒は、ポリーが見てくれる事になり。

俺はシャルと裏庭で、魔法の訓練をする事となった。

魔法の訓練は以前からやりたかったので、正直嬉しくてたまらなかった。

「マティー、これから毎日魔法の訓練をするけど、初級魔法だけを徹底的にマスターして貰うわよ」

えっ?ビショップでも一応中級魔法まで使えるんだけど・・・。

「ママ、どうして初級魔法だけなの?」

「それはね、実戦で戦う際、初級魔法以外使わないからよ。

ママが炎滅と言われている事を知っているわね?」

「はい」

「今となっては笑い話だけど、炎滅の二つ名で呼ばれるようになったのは、冒険者訓練所の時なのよ。

当時のママは、既に高い魔力を持っていて、訓練の際、上級魔法をバンバン撃っていたのよ。

それで周囲から炎滅と呼ばれるようになって、ママは調子に乗っていたのよ。

その冒険者訓練所で、アベルと出会ってパーティを組み、卒業後、実際に魔物と戦いに行く際に、アベルから魔法を使うなと言われたのよ。

ママは頭に来て何故かと聞くと、ママの魔法は仲間を巻き込むから危険だと言われ、実際に戦闘となると、敵味方が入り乱れて戦う事になって、当然ママの得意とする、上級魔法を使う事など出来なかったのよ。

それから、ママは初級魔法の訓練を始めたのよ、それと同時に剣で戦う事もアベルから教えて貰ったのよ。

それと、これが一番重要なのだけれども、中級や上級魔法で倒すと、魔物の損傷が激しくて、お金にならないのよ」

シャルはウインクしておどけて見せた。

そうだな、ゲームだと範囲魔法で一気に敵を殲滅して終わりとなるが、魔法が現実となった場合、味方にも被害が及ぶわけか。

教えられなかったら、俺も同じ過ちを犯していただろう。

魔法という事で、いまだにゲーム感覚抜けていない気がするから、気を引き締めないといけない。

それに、お金にならないと言うのは、確かに重要だな。

冒険者は死の危険と引き換えに、お金を稼ぐのだから。

「それで初級魔法だけなんだね、分かりました」

「マティー、いい子ね、それと治癒魔法も同じよ、戦闘中に中級魔法や上級魔法を唱えていたら、仲間が死んじゃうわ。

初級魔法で素早く何度も回復してやるの、そうしないと、怪我をした痛みで動きが鈍くなって、更に傷を負ってしまうのよ」

「はい、分かりました」

そうだな、という事は、ビショップって案外悪くない?むしろ良いんじゃないかと思えて来た。

シャルの言う通り、初級魔法を頑張って行こう。

「それと、魔法を練習して行く際に、得意魔法と言うのが出来るかも知れないわ、大抵の魔術師は火属性か、風属性が得意になるのよ、どうしてだか分かる?」

得意魔法か、シャルは炎滅と呼ばれるくらいだから、火属性が得意なのだろう。

でもどうして得意魔法になるのかと聞かれても、魔法を使った事が無いから、正直分からないな・・・。

「ママ、分かりません」

「そうね、本当はどの属性も魔術師は使えるのよ、それでも得意、不得意が出来るのは、単に練習した結果なのよ。

魔法は練習した分だけ、威力が上がって行くのよ、だからよく使う魔法ほど威力が上がって行くの。

それなら均等に練習すれば全て上がって行く訳だけど、魔力量にも限界があるわ。

と言う事で、威力の高い火属性か、風の上級魔法である、飛行魔法を覚えたいが為に、風属性の練習量が多くなって、得意となって行くのよ。

でもマティーは、これから初級魔法のみを訓練するから、全ての属性を均等にやって行くわね、そうする事でどんな敵にも対応できるようになるのよ」

「はい、分かりました」

ゲームでも、敵の弱点属性を突いた攻撃をしないといけないから納得だ。

「これが魔法書ね、治癒魔法書は今取り寄せてるから、もう少し待っていてね」

シャルは一冊の魔法書を渡してくれた。

「いよいよ、魔法を使って貰うけど、まずはお手本を見せるわね、でもその前に的を作らないとね。

大地に眠りし大いなる恵みよ、我と力を合わせて、堅牢なる障壁となれ、ストーンウォール!」

シャルは、離れた所に石の壁を作った・・・。

「まずは、火属性の初級魔法から行くわね」

シャルはそう言うと、俺から一歩離れて、構えを取った。

「我に集いし力の根源よ、揺らめく炎となり、その姿を矢に変え敵を貫け!ファイヤーアロー」

シャルが呪文を唱えると、炎の矢がストーンウォールに突き刺さった!

「ママ、凄い!」

「まだまだこんな物では無いわよ、次行くわね」

「はい」

「力の根源よ、炎となり、矢に変え、ファイヤーアロー!」

えっ?シャルの呪文は途中の文が抜けていたのに、先程と同じような結果となっていた。

「ママ、今のは?」

「呪文の圧縮よ、次はさらに短くなるわよ」

シャルはそう言って笑うと次の呪文を唱えた。

「力、炎、矢、ファイヤーアロー!」

凄い、ここまで来ると最後のファイヤーアローが一番長いな・・・。

「ママ、凄ーい!」

「凄いでしょう、これはママが考えた方法なのよ!」

シャルは自慢げな表情を見せていた。

「マティーにも教えてあげるけど、まずは正確に呪文を唱える所から始めて、一文字ずつ減らして行きましょうね」

「はい!」

その後俺は、火属性、風属性、水属性、地属性の初級魔法の呪文をそれぞれ唱え、魔法は正しく発動し、魔法が使える事が分かった。

しかしそこで魔力が無くなり、魔法の練習は終了となった。

厨房へと向かい、お昼時までまた料理の勉強だ。

昼食後、いつもなら、アベルとシャルが組み手を焼ている時間帯だが、俺の剣の訓練へと変わった。

剣の訓練、兄貴なら喜んでやるのだろうけど、俺には非常に辛い時間となった。

「マティー、ビショップとは言え、接近戦には慣れておかなくては、すぐに死んじまう。

先ずは素振りからだが、徐々に俺やシャルと戦って貰うからな。

それと、鑑定に関してだが、アイテム以外に使う事を禁ずる!」

えっ?ビショップから鑑定を取り上げたら何も残らないのでは・・・。

「どうしてなのでしょう?」

「鑑定の魔道具がある事は知っているよな、これが現物だ」

アベルは腕輪に小さな水晶が付いている物を見せてくれた。

「これは魔道具屋で、銀貨一枚で買える物で、大抵の冒険者が持っている、だからビショップが不要となった訳だ」

なるほど、銀貨一枚なら、俺でもお菓子を暫く我慢して貯めれば、買える値段だな。

「ここからの話は、オルドレスから秘密にするように言われているから、誰にも話すんじゃねーぞ」

「分かりました」

誰にも話してはいけない事って、大抵こう言われて広がって行くんだよね、俺は誰にも話さないけどな。

「この鑑定の魔道具が冒険者の間に広まる様になってから、冒険者の死亡率も上がっている。

それは何故かと言うと、鑑定の結果に頼りすぎて、魔物の本当の強さを見誤るからだ」

「本当の強さ?鑑定の結果は嘘が含まれているという事ですか?」

「そうじゃねぇ、例えばだ、毎日剣を振って訓練をしていた者と、運動で筋力を鍛えていた者を鑑定した場合、筋力の量が同じなら、どちらも同じ強さと言う結果が出る訳だ。

しかし、この二人が戦うと、当然剣を振っていた者が勝つよな。

つまり、鑑定の結果には技量が含まれない訳だ。

同じ魔物でも、多く戦って来た物とそうで無い物がいる、当然多く戦って経験を積んだ魔物の方が強いが、鑑定では同じ強さの魔物となる。

鑑定に頼っていると、魔物の本当の強さを見極める事が出来なくなって、それが死亡に繋がるって事だ」

なるほど、それで鑑定を使うなという事か・・・。

「それなら、鑑定の魔道具を売らなければ、死ぬ人もいなくなる?」

「そーなんだがな、一応冒険者ギルドから魔道具ギルドへ販売自粛を求めたそうだが、魔道具ギルドとしては儲かっている物を販売中止にはしたくねーわけだ。

それに、鑑定の魔道具自体が危険な訳ではなく、使用方法が悪いと言うのが魔道ギルドの主張だな」

確かに、道具に頼りすぎなければ問題は無いと思うが、死亡率が上がっている以上、強制的に冒険者に使わせないようにした方がいいんじゃないだろうか?

「冒険者ギルドで、冒険者たちに使わないように言えばいいんじゃないかな?」

「それが、言えねーんだな・・・冒険者ギルドは冒険者から魔物の肉や魔石を買い取り、それを売って儲かっているわけだ。

魔石の売り先が、主に魔道具ギルドになるわけだが、鑑定の魔道具を使うなと冒険者に言えば、当然売り上げが下がるわな。

そうすると魔石の買取もしてもらえなくなり、冒険者ギルドとしても困るわけだ。

それに、そんな事をしていると、魔道具ギルドが冒険者ギルドを通さず、直接冒険者から魔石を買うぞと言われる事になるから、強く言えねーんだ」

大人の事情と言うやつだな・・・それで死ぬ冒険者は可哀そうだが、使い方を間違わなければ、便利な道具なのは間違いない。

「分かりました、しかし将来ビショップなのに鑑定を使わないと、パーティを組んだ人に文句を言われそうです・・・」

「そうだな、だから、最初から使えないと言ってしまえ!」

ええええええ!要らない子ビショップが、更に悪化している!

「それだと、僕とパーティを組んでくれる人がいないような・・・」

「当然そうだろう、そもそも、職業や目に見える能力だけを見てパーティを組むような連中と一緒に冒険すると死ぬことになるぞ。

そういうやつらは、先程の鑑定と同じく、人を見る目が無いわけだ。

しかしな、中には人を見る目があるやつもいる、そういうやつらはちゃんとマティーの実力を見て判断してくれるはずだから、心配するな」

そこはかとなく不安だが、今はアベルの言う事を信じるしかないな。

「分かりました」

「話が長くなっちまったが、実力をつけるためにも、訓練を始めるぞ!」

アベルは、俺に木剣と杖を手渡してきた。

どうやら、シャルと同じスタイルになれる様に、訓練するそうだ。

シャルは右手に剣、左手に杖を構えて戦うそうだ・・・。

いやいやいや、どう考えてもインドア派の俺には無理だろ!

片手で剣を振るのも大変なのに、左手に杖を持つとか、どちらか一つにして貰いたい。

と言う俺の懇願は両親には届かず、木剣と杖を持たされ、素振りを夕食の準備の時間まで休む事無くやらされた・・・。

アベルが夕食の仕込みをする時間となり、ようやく解放された。

俺は洗濯ものの取り込みと、それを畳む必要がある訳だが、素振りで疲れ果てた、手がプルプルと震えて、上手く畳む事が出来ず、シャルに畳んで貰った。

それは夕食の時も収まらず、シアの口の前に持って行くスプーンもプルプルと震えて、上手く食べさせられない。

それを見ていたロティーが手伝ってくれて、何とか食べさせてやる事が出来た。

その日はベッドに入ると、泥のように眠った・・・。


そして訓練の日々は、一年、二年、三年と過ぎた頃には、人の体は順応していく物・・・という事は全く無く。

俺が慣れて来た頃には、更に訓練が強化されて行った・・・。

弟のロティーは六歳になった時、俺と同じように職業判定を受け、判定結果は魔導具師と言う、極めてレアな職業へとなった。

魔導具師とは、名前の通り魔導具を作れる職人になれる、この職業判定が出た時は、両親と周囲が狂喜乱舞した物だ。

俺の時とは大違いだ、それもそのはず、魔導具師になれば、将来安泰で大金を稼げるからだ。

勿論、大金を稼ぐには、技術を磨いて行かなければならないが、普通にやっていても、冒険者より稼ぐそうだ・・・。

それから二年後には、シアも同じ様に職業判定を受け、魔術師と言う結果が出て、シャルが喜び、アベルは三人の子供に戦士がいなかった事を悔しがっていた。

アベルは戦士がいないと言うが、毎日鍛えられた結果、俺も戦士と変わらない位戦えるのではないか、と思うほど鍛えられているのだが・・・。

それは魔導具師となったロティーも同じで、俺と同じ訓練を受けていた。

しかし、ここで問題が発生した。

シアの事だ!

アベルは、娘のシアを溺愛していて、危険な冒険者にしたくない様で、訓練も無理をさせない程度にしていた。

まぁ訓練をさせない訳では無いので、俺とロティーも自分たちがやらされている厳しい訓練を、可愛い妹にやらせたくは無いと思っていた。

しかし、シャルがシアを、誰にも負けない魔術師に育てたいらしく、もっと厳しく訓練させなさいと、アベルと毎日喧嘩をしている。

その喧嘩は想像を絶する物で、周囲にも被害をもたらしていた。

でも殴り合いだったからまだ良かったものの、武器をお互い持ち出した時には、流石にヤバいと思って、ギルドマスターを呼んで止めて貰った。

ギルドマスターのオルドレスは、アベルとシャルのパーティメンバーだったらしく、二人の間に剣と盾を持って入って二人の攻撃を受け止めた姿は、とても格好良かった。

オルドレスが二人を説得して、シアにどうなりたいのか聞いて見て、その結果に従う約束を文章に残した。

こうでもしておかないと、二人が本気で喧嘩を始めると、街が崩壊しかねないと、オルドレスが文句を言っていたからな。

それで、六歳のシアに、将来の事を決めさせるのは酷だと思うが、本人はニコニコとしていて、既に決めている様だった。

「うんとね、冒険者になって~、マティーお兄ちゃんと一緒になるの~」

多分、一緒に冒険したいと言いたかったのだろうが、アベルはそう受け取らず、俺の事を鬼の形相で睨んで来ている・・・。

めっちゃ怖いから止めて欲しいが、シャルはそれを聞いて上機嫌となり、シアを抱きしめて、追い打ちをかける様な事を言って来た。

「シアはマティーの事が大好きだもんねー、それじゃこれから、マティーと一緒にいられるように頑張らないとねー」

「うん、大好きだから、頑張る~」

それを聞いたアベルは、この世の終わりかのような表情を見せていた。

そして次の日からは、俺の訓練が更に厳しくなったことは言うまでもない・・・。

炎滅の宿に手伝いに来ていた、ポリーはもういない、代わりに次から次へと、若い女性が手伝いに来てくれていた。

それもそのはず、ポリーは手伝いに来てくれてから、半年後に結婚相手を見つけて辞めて行き。

その後に来た若い女性も、一年後には結婚相手を見つけていた。

炎滅の宿で手伝いをすると、結婚相手が見つかるという事で、今では順番待ちになっているとの事だ・・・。

この辺りは、弱い魔物しかおらず、新米冒険者が訪れる所だ。

新米冒険者が厳しい冒険生活を目の当たりにして、挫折する者や、仲間を殺されて、冒険者を続けるか悩んでいる者にとっては、結婚と安全に働ける選択肢が近くにあれば、それは食いつきも良いと言う事だ。


それから一年後、俺は十二歳となった。

剣の腕前は、アベルはおろかシャルにもまだ勝てないが、そこそこ戦えるんじゃないかと思っている。

生前の俺からすると、考えられないほど、引き締まった肉体になっていた。

以前はゲームばかりやっていたて、筋肉とは無縁だったからな・・・。

今なら、兄貴と剣道で戦っても勝てるんじゃないのか?

まぁ、今となってはそれも叶わない事ではあるが・・・。

一応、近所で俺と同じころに生まれた子供に、それとなく探りを入れてみた事はあるが、兄貴が転生して来ているような人はいなかった。

兄貴はあの事故で生き残り、仕事と剣道に打ち込んでいる事だろう、そう思う事にしている。

さて、十二歳となった俺は、明日、この街を出て、ソプデアスの街にある冒険者訓練所へと行くことになっている。

六年間両親のもとで訓練をしてきて、更に訓練所に行く必要があるのかと思うが。

冒険者になった者は、必ず訓練所に最低一年は通わないといけない事になっている。

特例で免除される事もあるようだが、それはBランク以上のパーティに属してなければならない。

Bランクのパーティが何も出来ない新人を受け入れる所はある訳も無く、あったとしても、身内を引き入れたりするくらいだ。

訓練所は一年、二年、三年のコースがあり、どれを選んでも金貨一枚の訓練費を取られる。

当然新人の冒険者にその様な大金を払えるはずもないので、訓練所を出た後、冒険者ギルドから報酬の一割を差し引かれて、支払っていく事になる。

そんな借金誰もが作りたくないと思うが、訓練所にいる間、寝る場所と、三度の食事は用意されるので、意外と悪くもなく。

大抵の者は、三年間訓練所で生活をして、冒険者となる。

もちろん俺も三年間お世話になる予定だ。

十五歳にならないと冒険者になれないというのもあるが、一番の理由は両親の厳しい訓練から逃れたい!その気持ちでいっぱいだった。

今日は午後、明日家を出ていく俺のために、多少豪華な料理が食卓に上っていた。

「よし、マティーの門出を祝ってカンパーイ!」

アベルの音頭で食事が始まった。

ここにいるのは家族全員と、ギルドマスターのオルドレス、今手伝いに来ているペトリシアだけだ。

アベルとオルドレスは、エールを飲んで二人で楽しそうに話をしている。

この後夕食の仕込みがあるから、あまり飲み過ぎなければいいのだが・・・。

他の人達は、料理に舌鼓を打っていて、俺はと言うと、今朝から俺に抱き付いて離れない、シアの頭を撫で続けている。

「シア、お腹すいているだろ?ご飯を食べよう」

「やっ!」

シアは俺に抱き付いたまま、顔を背け、食事を食べようとはしてくれない。

ロティーとシアの事は可愛がってきたから、こうして別れを寂しがってくれる事は非常に嬉しい事だが、ご飯を食べない事は体に悪いからな・・・。

「兄さん、今日はシアの好きにさせてやって、僕も兄さんと別れるのは寂しいから」

「それは俺もロティーやシアと別れる事は寂しいが、二度と会えなくなる言う訳では無いからな」

「そうだけど・・・」

「まぁそうだな、今日は久々に三人で寝る事にしよう」

「本当!」

俺がそう言うと、シアは嬉しそうして顔を上げて来た。

「本当だ、だからご飯を食べよう」

「うん、マティーお兄ちゃん食べさせて!」

シアが食べる気になったので、料理を食べさせてやる事にした。

その様子を微笑ましく眺めていたシャルが、俺に声を掛けて来た。

「マティー、これまでの訓練、よく頑張ってくれたわ、もう既に魔物と十分戦えると思うわよ。

でもね、魔物とは一人で戦う物では無いのよ、仲間と協力して行く事が一番大事なのよ」

「はい」

「それと、これから訓練所に行く訳だけど、呪文の圧縮は使っちゃ駄目よ」

「それはどうしてでしょう?」

初級魔法だけを訓練してきて、呪文の圧縮もシャルと同じ事が出来る様になったのに・・・。

「それはね、ママが苦労して習得した物を、他の人には教えたく無いじゃない?」

そんな理由なのか、呪文を圧縮する事が邪道とか、お偉いさんに見つかったら不味い事になるのかと思ったのだが・・・。

でもまぁ、苦労して習得した事を他人に教えたく無いと言うのは分かる。

「分かりました、では、いつまで使ってはいけないのでしょうか?」

「そうねぇ、マティーが信頼できる仲間が出来たら、使っていい事にしましょうか」

「はい、そうします」

「お願いね」

シャルはそう言ってウインクをした。

しかし、呪文の圧縮を使えないとなると、鑑定も出来ず、初級魔法しか使えない哀れなビショップになるな・・・。

これでは本格的に訓練所を出た後、パーティを組めないのでは無いだろうか?

俺がそう心配していると、アベルがさらに追い打ちをかけて来る事となった。

「マティー、今日まで俺達の訓練に着いて来たお前が、訓練所で得る事はほとんどない。

まぁ座学は重要だから、ちゃんと勉強しないと駄目だが、他の訓練は退屈になるだろう。

だからな、これをやるから、今日から付けて置け」

アベルは俺に向け、指輪を投げて来た。

俺はそれを受け止め、よく見ると、アベルがいつも付けている指輪と同じものだと分かった。

右手は剣を握るから、左手の人差し指に指輪をはめた・・・すると急激に体から力が抜けて行った!

「パパ・・・これは?」

「それは、弱体の魔法が掛けられた魔道具だ、普通は魔物に使う物だが、それは知り合いの魔導具師に作って貰った特注品で、装着した本人にかかる様になっている」

何その呪われたアイテム!

俺は慌てて外せないか試したら、すんなりと指輪を外す事が出来た。

どうやら呪われてはいなかった様で、ほっとした。

「ばっか、外すんじゃねーよ!いいか!その魔道具は体力を十分の一にする物で、今後死にそうになるまで外す事を禁ずる!」

そんな無茶苦茶な・・・十分の一とか、どこかの野菜人じゃあるまいし、何でそんな枷を掛けないといけないんだよ・・・。

「流石にそれでは、死んでしまうのでは・・・」

「逆だよ逆、死なねーために付けるんだよ、グダグダ言ってねーで早く付けろ!」

いまいち理解出来ないが、アベルに逆らう事は出来ず、先程の指輪をまた付け直した。

十分の一とは、かなりつらいぞ・・・。

「アベルはちゃんと説明しないと、マティーが困惑しているでしょ、マティーその指輪をはめて置く理由はちゃんとあるのよ。

今はまだ、マティーには関係無い事だけど、将来マティーがAランク、いえ、Sランクになった時にその指輪の意味が分かるのよ。

それまではアベルの言う通り、それを付けて生活なさい」

シャルは理由があると言ったが、それがなんであるかは教えてくれなかった・・・自分で気づけという事なのだろう。

しかし、AランクやSランク?無理じゃね?

ある程度稼いだら、可愛い彼女を見つけて結婚し、冒険者を辞めて、安定した生活を送りたいぞ・・・。

とにかくこの呪われた指輪を付けて、生活して行かなければなら無くなった訳だ。

「それと、訓練所で模擬戦を行うと思うが、マティーは避ける事に徹して、絶対攻撃するんじゃねーぞ!」

そう言われても、攻撃しないと負けるのでは・・・。

「そうだな、マティーは恐らくCランク程度の強さを持っているだろう、そんな奴が冒険者見習いと模擬戦を行えば、どうなるかはわかるよな?」

オルドレスが、アベルの言った事を補足してくれた。

「ただそれは、訓練においての強さだ、マティーは実戦を経験していないから、油断していると死ぬ事になるぞ!」

「分かりました、気を付けます」

油断しなくても、呪いの指輪を付けているから、魔物と戦ったら死んでしまう気がする・・・。

シャルから、呪文の圧縮を使わないように言われ、アベルから呪いの指輪を貰った俺は、今後どうなってしまうんだろう・・・。

不安を覚えながら食事を終え、慌ただしく夕食の仕込み作業を行う事となった。

その夜は、昼間に約束した通り、ロティーとシアの三人でベッドを並べて、仲良く眠った。

翌朝、着替えの入った鞄を背負って玄関を出ると、皆見送りの為に出ていてくれた。

「これは俺からだ、安物だから大事にしなくていーぞ!」

「ママからは杖ね、同じく安物よ、後は自分で稼いで買いなさい、それと、ソプデアスの街の魔道具店で、ミュラテールって人を訪ねて、この手紙を渡して頂戴ね」

アベルとシャルから、剣と杖と手紙を受け取った、手紙は恐らく、ロティーの事を頼むのだろう。

「パパ、ママ、ありがとうございます」

「おう、武器を買えるようになったら、ウィルベックの店を訪ねるんだな」

「はい、分かりました」

名前を忘れない様にしないとな、ウィルベック、ウィルベック・・・それとミュラテールだったな。

「マティーお兄ちゃん、私とロティーお兄ちゃんからです」

二人でお小遣いを貯めて買ってくれたのだろう、シアは両手に乗せた黒い服を差し出して来た。

服はいくらあってて問題無いな、ありがたくシアから受け取った。

「シア、ロティーありがとう」

「マティーお兄ちゃん、着て見て」

シアに言われて、服を広げて見ると、それは魔法使いが着ている様なローブだった。

俺は背負っている鞄を下ろし、頭からかぶる様にローブを着た。

「マティーお兄ちゃん、格好いい!」

シアはそう言って抱き付いて来た、シアが格好いいと思ってくれているならそれでいいな。

「シア、ロティー、大事にするよ」

シアの頭を撫でてやると、嬉しそうに微笑んで離れて行った。

鞄を背負い、出発する事にした、馬車に乗り遅れてはいけないからな。

「では、行って来ます!」

「おう、行ってこい!」

「マティー、元気でね」

「兄さん、行ってらっしゃい」

「マティーお兄ちゃん、行ってらっしゃい」

皆と別れて、旅立って行った・・・。

・・・・・・。

「アベル、あの事を言わなくてよかったのかしら?」

「気にすんじゃねーよ、それを選ぶかもマティー次第だ、余計な知恵を入れない方が良いさ」

「そうね、仕事しましょうか」

「おう!」

シャルは心配したが、アベルの言う通り、どの様な選択をしても、それはマティーが進むべき道であって、私達が指図するものではないわね・・・。

そう思って、マティーを見送ったシャルは、宿屋へと入って行った・・・。

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