第五話 ゴブリン 冒険者となる

翌朝、夜明けと共に目が覚めた。

この時間に起きるのが習慣となっている、久々の温かい布団から抜け出すのには名残惜しいが、やる事が多いので起きなくてはな。

俺は勢いよくベッドを抜け出し、クローゼットにある執事服を着て、鏡を見た。

やはりゴブリン顔には、執事服が似合って無い・・・。

髪が無いのがいけないのか?シルクハットでもかぶれば少しはましになるのだろうか・・・。

そうは言っても帽子など無い、まぁ気にした所でゴブリン顔が変わるわけでは無いからな。

服が似合って無い事は置いといて、掃除をする事にしよう。

窓を開けて、外の空気を吸い込む・・・いい天気だ。

窓枠に布団を干して、まずは洗濯からだな!

俺は部屋を出てお風呂場へと向かい、脱衣所に積み上げられている洗濯物の山を見て、腕を組んで思案する・・・。

洗濯ってどうやるんだろう?

洗濯機なんて無いよな・・・周囲を見渡しても、それらしいものは無い。

という事は手洗いしか無いな。

昨日、お風呂に入った時、石鹸はあったから、それを使って洗うとして、場所はお湯が使える浴槽でいいな。

浴槽にお湯をぬるめに入れ、石鹸を使って泡立たせてた・・・よし、これくらいでいいだろう!

石鹸がかなり減ったが、あの山となった洗濯物を洗うのだから、しょうがないだろう。

洗濯物を浴槽に次々と投入して行く、流石に一度に全部は入りきらないな、ここから手でもみ洗いして行く訳だが、力加減を注意しなくてはいけない。

昨日、クリスティアーネの眷族となった事で、力が強くなっているからな・・・出来るだけ力を抜いて優しく洗って行く・・・。

ジャブジャブジャブ・・・。

服自体あまり汚れてはいない様なので、軽めに洗っていけばいいな。

中には可愛らしい下着も含まれているが、なるべく意識しない様に洗って行く。

ジャブジャブジャブジャブ・・・。

黙々と洗い続け、最後に綺麗な水で石鹸を洗い流し、軽く絞って洗い終わった。

洗い終わった物を籠に入れるが、全部は入りきらないので、何度か往復しないといけないな。

それを玄関から外へ持って行き、物干し台を探した・・・。

屋敷の横にある木々にロープが掛けてあった、多分これだろう。

籠置いて、一着ずつロープにかけて干して行く。

洗濯バサミなど無いので、落ちないか不安だが・・・落ちたらまた洗えばいいだけの事だな。

四往復ほどして、全ての洗濯物を干す事が出来た。

洗濯物が大量に干している光景は、なかなか壮観な眺めだ。

さて、次は洗濯で汚れたのもあるから、お風呂場の掃除だな。

掃除道具が置いてある所に掛けてあった布を持ってお風呂場へと行き、隅々を布に石鹸を付けて擦って行く。

ゴシゴシゴシ、ゴシゴシゴシ・・・。

黙々とピカピカになるまで擦り、お風呂場を磨き上げた!

「ふぅ、これで今日からさらに気持ちよく、お風呂に入れると言う物だ」

生前なら、ここで疲れ果てていただろう、いや、洗濯の途中で疲れ果てて止めていたかも知れない。

しかし、魔族になったからだろうか?全く疲れているという感じはしないな・・・むしろ元気が有り余っている。

よし!この勢いで他の場所も一気に綺麗にしてしまおう!

箒を使って、二階から一階までの壁や窓の埃を落としていって、それを箒で掃き取った。

次に窓と窓枠を布で磨いて回り、階段の手すりも綺麗に拭きあげ、最後に二階から一階までの廊下をモップで拭き上げて完成だ!

後残っているのは、各部屋の掃除だな。

クリスティアーネとエリミナは、まだ起きて来ていないので後回しにして、台所と応接室と自室だな。

空き部屋は、俺の部屋と同じような状態だろうと思うので、後日ゆっくりやる事にしよう。

俺は台所へ向かい掃除を始めた・・・調理道具と食器は綺麗なままで、全く使われていない様な感じだ。

テーブルも綺麗だ・・・いや、埃が積もっていて使われていないな・・・。

もしかして、俺と同じように、魔物を狩ってその場で食べている?

いや、吸血鬼だから、血を吸っていると考えるのが正しいか。

クリスティアーネはそれでいいとして、エリミナは獣人だから、魔物を狩って食べていそうだな。

となると、俺もこれまでと同じような食生活となる?

いや、せっかく台所に魔石が埋め込まれたコンロみたいな物があるのに、使わない手はない。

そう言えば、クリスティアーネは、俺の剣を今日買いに行くと言っていたから、魔族の街にでも行くのだろう。

何とか食材も買って来て貰える様にお願いしてみるか・・・それが良いな。

服も着た事だし、生肉をそのまま食べる様な、原始的な事はしたくない・・・。

台所の掃除を終え、応接室へと移動した。

この部屋は使われている様で、隅に埃が溜まっている以外は、比較的綺麗だ。

多分あの猫耳メイドが、真ん中しか掃除していないのだろう・・・。

その分応接室の掃除は早く終わる事が出来た。

自室に戻り、上の方から溜まっていた埃を落として行って、それを掃き取って、後は拭き上げて完了だ。

ベッドのシーツも変えたかったが、何処に置いてあるのか分からなかったので、後で猫耳メイドに聞いて見る事にしよう。

俺は掃除道具を持って、クリスティアーネの部屋の前へとやって来た。

日が昇ってかなり時間が経っている事から、流石に起こしても問題は無いだろうと思ったからだ。

豪華なドアに、軽くノックをして声を掛ける。

「クリス様、おはようございます」

俺が声を掛けて、暫くすると眠たそうな声で返事があった。

「・・・ベルか~、どうかしたのか?」

「日も高くなってまいりましたので、そろそろ起きてはいかがかと思い、声を掛けさせて貰いました」

「そうか・・・着替えるから少々待っておれ」

ゴソゴソと部屋の中から音が聞こえて来る・・・暫く待っていると扉が開き、赤いゴスロリ服を着たクリスティアーネが姿を現した。

「クリス様、おはようございます」

「うむ、おはよう」

俺は一礼をして挨拶すると、クリスティアーネは元気よく挨拶を返してくれた。

寝起きは良さそうだな。

「クリス様、これよりお部屋の掃除をしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

「それは構わないが、部屋の掃除くらい自分でやるぞ?」

俺が掃除をすると言うと、クリスティアーネは不思議そうなにしていた。

「いえ、ここに住まわせて頂くのですから、これからは私が掃除を致します」

「そうか?それならお願いするかの」

「はい」

クリスティアーネの許可を得て、部屋の中へと入って行った。

「邪魔になってはいかんな、われは下に行っておくからの」

クリスティアーネは気を利かせて、部屋から出て行ってくれた。

窓を開け、ベランダに布団を干してから、部屋全体の拭き掃除を始めた。

クリスティアーネの部屋は、昨日も思ったが綺麗に掃除されている。

この部屋の掃除はクリスティアーネが自らやっていて、他の所は猫耳メイドが適当にやっていたのだろうと推察できる。

クリスティアーネの部屋の掃除を終え、一階へと戻って行った。

階段を降り、エントランスへ行くと、クリスティアーネが何やら真剣な表情で立ち尽くしていた。

「クリス様、いかがなさいましたか?」

クリスティアーネは俺に気が付くと、勢いよく近寄って来た。

「ベル!これはお前がやったのか!」

「はい、いけなかったでしょうか?」

クリスティアーネの表情が険しいので、勝手に掃除してはいけなかったのだろうか・・・。

「いや、ベル、ありがとう!エリーに言っても綺麗に掃除してくれなかったからの、非常に助かったぞ」

クリスティアーネはそう言って笑顔になると、俺に抱き付いて来た。

ゴスロリ少女に抱き付かれるのは非常に嬉しいが、体中がミシミシと悲鳴を上げている、痛みは相変わらず感じないので、どれほどのダメージを受けているのかは分からないが・・・。

「クリス様、そろそろ離して頂かないと、私の体が持ちそうにありません・・・」

「おぉ、すまんな」

クリスティアーネは抱き付いていた手を放し、俺から離れてくれた。

「いえ、それよりベッドのシーツを交換したいのですが、どちらにあるのでしょうか?」

「それはこちらにある、案内しよう」

「ありがとうございます」

クリスティアーネに案内されて行った所は、お風呂場の隣でクリスティアーネが扉を開けてくれた。

「ここだ、交換した物はここに置いてくれ」

部屋の中を見ると、棚にシーツやタオル等が置かれており、そして、ここにも洗濯物の山が出来ていた・・・。

「クリス様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「この洗濯物は、どの様にするのでしょうか?」

「もうそろそろ、焼却処分にしなくてはならんの」

「えっ?!」

俺は言葉を失った・・・もしかして、脱衣所に置かれていた物も焼却処分にするつもりだったのだろうか?

俺は恐る恐る聞いて見た・・・。

「もしかして、脱衣所にあった、洋服もでしょうか?」

「そうだが?」

・・・・・・。

・・・。

何てことだ、洋服もここに置かれているシーツやタオルも、洗えば十分使える物だと思える。

「・・・クリス様、洗濯はなさらないのでしょうか?」

「うむ、われも、エリーも洗濯等やった事無いからの!」

クリスティアーネは自慢する様に、胸を張って堂々とそう言った、そんな事で胸を張って貰っても困るのだが。

「分かりました、今後私が洗濯しますので、焼却処分にはしないで下さい」

「ふむ、それなら服の代金が安くすむの」

・・・服は一度着たら焼却処分にしていたのか・・・何て贅沢で勿体ない事をしているのだろう。

「それと、食事の準備をしようと思ったのですが、材料が御座いませんでした、どの様にすればよろしいのでしょうか?」

「ほう、ベルは料理まで作れるのか、しかし、われらに食事は必要ないぞ、われの眷族となったベルも同じだの。

われらは、魔力を周囲から吸収して生きておるからの、だが、食事からも魔力を得られるからの、ベルが作りたいのなら作ってもよいぞ」

食事をする必要が無いとは、便利な体だな・・・道理でお腹が減っていない訳だ。

しかし、何も食べないと言うのは味気ないので、作らせて貰う事にしよう。

「分かりました、ですが、私は以前の記憶がありますので、食事をしないという事に慣れておりません、ですので料理を作らせて貰います」

「うむ、ではこれから材料を買いに行くとするかの」

俺が料理を作ると言うと、クリスティアーネの表情が明るくなった。

「クリス様、お気を付けて行ってらっしゃいませ」

「むっ、ベルにも着いて来てもらうぞ、われは何を買えばいいのか分からんからの」

確かにそうだな。

「分かりました、掃除道具をかたずけてまいりますので、少々お待ちください」

「うむ、われも準備せねばならぬ、片付けが済んだら、われの部屋へと来い」

「分かりました」

クリスティアーネは自室に戻る際、廊下から大声でエリーに声を掛けて行った。

「エリー、出掛けるから準備いたせ!」

エリミナは寝ていたのだろう、部屋の中からはドタバタと音が聞こえ、暫くすると、勢いよく走ってクリスティアーネの部屋へと向かって行った。

メイド服着る必要無いんじゃな無いのかな・・・仕事全くやって無い様だからな。

掃除道具を片付けて、俺もクリスティアーネの部屋へと向かった。

扉の前で軽くノックをする。

「クリス様、お待たせしました」

「うむ、入って参れ」

扉を開けて中に入ると、クリスティアーネとエリミナはテーブルの椅子に座っていた。

「ベルも座ってくれ」

「失礼します」

俺も椅子へと座る、エリミナはニコニコしており、尻尾も左右に揺れていた。

「ベルにこれをやるから、付けてくれ」

クリスティアーネは俺の前に、蝙蝠がデザインされた金色のペンダントを差し出して来た。

俺はそれを受け取り、首に付けた。

「これでよろしいのでしょうか?」

「うむ、それに魔力を流してくれ」

言われた通り、蝙蝠のペンダントに魔力を込める・・・すると、突如力が抜けて行くような感覚がしたが、それは一瞬の事で、特に何か変わったような感じはしない。

「ほう、中々いいではないか」

「ゴブリンよりましニャン!」

二人は俺の顔を見てニヤニヤしている、俺の顔に何かついているのだろうか?

「ベル、そこの鏡を見て見るとよいぞ」

クリスティアーネが部屋にある姿見を指さしているので、俺は席を立って鏡の前に立った。

「これはっ!!」

姿見に移っていたのは、今まで見慣れていた、真田 広樹の顔、その物だった!

当時の身長が百八十センチあったので、今はその時より二十センチほど低いが、黒髪が短く整えられ、顔立ちは普通で、死んだ時と同じ顔だった。

「クリス様、これは一体どういうことなのでしょう?」

俺はクリスティアーネに説明を求めた。

「うむ、そのペンダントは、われらの強力な魔力を抑え、人と同じような姿と身体能力にする為の物なのだよ」

「つまり、私は人になったと?」

「まぁ、あくまでそのペンダントに込めた魔力が切れるまでだの、それに、身体能力は落ちても丈夫さは変わらぬからな、人に殺されるような事にはならぬぞ」

「と言う事は、これから人の街に買い物に行くという事なのでしょうか?」

「うむ、その通りだ、美味い物を食べさせてやるからの、楽しみにしておれ」

なるほど、このペンダントをしていれば、人の街で生活できるのか、これは素晴らしい物だな!

俺が喜んでいると、クリスティアーネが注意して来た。

「そのペンダントに込められる魔力で人の姿になれるのは、一日が限度だからの、それ以上となると、一度解除してから再度魔力を込めなければならぬから注意するのだぞ!」

「分かりました」

ずっと人の中で生活出来る訳では無いのか、解除するタイミングを上手くやれば出来なくは無いと思うが、今更人の世界で暮らす必要も無いな。

それに、冒険者を今まで倒して来たのに、平気な顔で人に紛れて生活出来るほど、俺の心は強くない。

何より今はクリスティアーネの部下だしな、この屋敷で暮らしていければ、それでいいと思う。

「では出掛けるとするかの」

クリスティアーネが立ち上がると、俺と同じデザインの指輪に魔力を込めた。

すると、クリスティアーネの黒髪が、金色へと変わったが、顔立ちはそのままだった。

同様にエリミナも蝙蝠の髪飾りに魔力を込めると、猫耳と尻尾が見えなくなっていた。

「早く行くニャン!」

やたらと元気なエリミナに急かされて、屋敷を出た。

「では、飛んで行くので着いてまいれ」

クリスティアーネはそう言うと、蝙蝠の翼を広げて浮かび上がった。

エリミナも同じ様に、蝙蝠の翼を広げて浮かべ上がっている。

俺も遅れない様に蝙蝠の翼を広げて、浮かび上がった。

「クリス様、この翼を人に見られては不味いのでは無いでしょうか?」

「心配するでない、そのペンダントの効果で、人には見えぬようになっておるからの、それより速度を上げるぞ、遅れないよう着いてまいれ」

クリスティアーネとエリミナは飛ぶ速度を上げて行き、俺も遅れない様、蝙蝠の翼で魔力を感じ取って速度を上げて行った。

風を切って飛んで行くのは非常に気持ちが良い、眼下に見える景色も、自然が広がっていてとても美しい。

しかし、結構遠くまで行くものだな、俺達の屋敷がある山の近くにも、街があったと思うのだが・・・。

そう思っていると、遠くに街が見えて来た。

街に近づくにつれ、その街が大きい事が分かる、なるほど、近くにあった街は小さいからこちらへ来たという事か。

「そろそろ降りるからの」

クリスティアーネは街の防御壁の門前、百メートル位の位置に降り立った。

エミリアと俺もその横へと降り立つ。

「街にいる間、われはクリス、エリミナはエリー、ベリアベルはベルで通すようにの」

「分かりました」

変装しているのだから、本名を名乗らないのは当然の事だな。

「クリス様、早く行くニャン!」

エリミナは、クリスティアーネの手を引っ張って歩き出した。

「分かったから、手を引っ張るでない!」

エリミナは手を放す気が無いらしく。

ニャン♪ニャン♪とご機嫌で、クリスティアーネと共に門へと歩いて行った。

俺も二人の後に着いて行く、エリミナがご機嫌になる物が街にはあるのだな。

俺もそれが何なのか、楽しみになって来た。

門では街に入る人たちの列が出来ており、門番が身分の確認などを行っている様で、俺達もその最後尾へと並んだ。

暫くすると、俺達の順番が回って来た。

「クリス様、エリー様、ソプデアスの街へようこそ、冒険者カードの提示をお願いします!」

門番はクリスティアーネとエリミナを見て、敬礼していた。

二人は有名人?しかも冒険者カード???

俺が疑問に思っていると、クリスティアーネが小袋から、二枚の冒険者カードを取り出し、門番へと見せていた。

「確認しました、お通りください!」

「うむ、それと後ろの男はわれの仲間だ、通ってもいいかの?」

「はい、通行料、銀貨一枚をお支払いいただければ、問題ありません」

クリスティアーネは門番に銀貨一枚を支払い、俺も無事街の中に入る事が出来た。

俺は先程疑問に思った事を、聞いて見る事にした。

「クリス様、冒険者カードとは?」

「ベルは見た事が無いのか?ほれ、これだ」

クリスティアーネは自慢げに、二枚の冒険者カードを俺に見せて来た。

名前 クリス 職業 魔術師 ランク A

名前 エリー 職業 忍者 ランク A

二枚の冒険者カードにはそう書かれてあった。

「ランクA!」

「どうだ凄いであろう、あーっはっはっはっ!」

「見直したかニャン!」

門番が名前を知ってて、敬礼をしてくるわけだ。

俺が驚いていると、二人だドヤ顔で自慢して来た。

そして、最初に会った時の様に、クリスティアーネは大声で笑いだした。

「確かに凄いですね、見直しましたよ」

まぁクリスティアーネが実力を出せば、ランクAどころか、ランクS、いやランクSSSくらい行きそうだ。

今の魔力を抑えた状態でランクAという事なのだろう・・・。

「そんな事より、早く行くニャン!」

エリミナはまた、クリスティアーネを引っ張って歩き出した。

大きな街なだけあって、人通りも多い・・・。

こういう場所だと犯罪も起こりやすいんだよな・・・。

生前、警察官時の癖で、周囲に怪しい者がいないか、つい確認してまう。

丁度その時、前方に周囲をキョロキョロと、通行人の様子を物色している男を見かけた。

あのような人物は、自分が周囲から浮いている事が分からないのだろうか・・・。

そしてその男は、よりによって、クリスティアーネが腰に下げている小袋に目を付けた様だ。

確かに、ゴスロリ少女が、無防備に腰に収納の魔道具をぶら下げていれば、いいカモに見える事だろう。

男は人込みの間をするりと抜けて、クリスティアーネへと迫って来て衝突しようとしていた。

俺はクリスティアーネを守ろうと思い、前に出ようとすると、先にエリミナが男を突き飛ばした。

「汚らしい男が、クリス様に近づくニャッ!」

「何しやがる!」

「シャーッ!」

「ヒィィッ!」

男は突き飛ばされた事に怒り、エリミナを怒鳴って来たが、エリミナが威嚇し睨み返すと、男は怯えて這う様に逃げて行った。

「ふむ、あのような者は一向に減らぬの、あーっはっはっはっ!」

そこは笑う所時では無いと思うが・・・しかし、エリミナの事を見直したな、ちゃんとクリスティアーネを守るとは。

「エリー、よくあの男がクリス様の物を盗もうとしている事に気が付いたな、見直したよ」

「ニャ?あの男がクリス様に当たりそうになったから、突き飛ばしただけニャン!」

「えっ?」

「そんな事より、もう直ぐ着くから行くニャン!」

男を突き飛ばした事など無かった事の様に、エリミナはクリスティアーネの腕を引っ張って歩き出した。

何か納得は行かないが、クリスティアーネを守った事には変わり無いな、俺も二人の後を追いかけて行った。

「着いたニャー!」

エリミナとクリスティアーネは、飛び込むように店の中へと入って行った。

俺は店の看板を見て、更にもう一度確認する様に見てしまった・・・。

「アイスクリーム屋?」

確かにレシピとしては簡単に作れる物だが、このファンタジーな世界にアイスクリームがあるとは思っても見なかった。

冷蔵庫とかあるのだろうか・・・。

疑問に思いながら俺も店内へと入って行った、店内の様子はこの場で食べられるように、テーブルと椅子が置いてあり、とても賑わっていた。

「ベル、早く来て注文するのだよ、あーっはっはっはっ!」

カウンターで注文している二人の所へ向かった。

「いらっしゃいませー」

カウンターには可愛らしい女性が、紙に注文を書いていて、それを奥の厨房へと渡していた。

色々な種類が書いてあったが、よく分からないので、クリスティアーネと同じものを注文した。

クリスティアーネがお金を支払って、俺達はテーブルの席についてアイスクリームを持って来てくれるのを待つ。

喫茶店に来たような感じだな・・・。

暫くすると、胸元が大きく開いた服に、短いスカート姿のウエイトレスがアイスクリームを持ってやって来た。

周囲を見渡すと、男性客の数が多いし、その視線はウエイトレスの胸元やお尻に向けられている・・・。

これも流行っている理由の一つなのだろう・・・と言うか、どう考えても俺のように転生した者が作った店だろう!

クリスティアーネも、転生者がいると言っていたから間違いない。

そして、俺の前に置かれた物は、どう見てもパフェだな・・・。

綺麗なガラスの器に、アイスクリームと色とりどりの果物に、焼き菓子も付いている。

クリスティアーネとエリミナは、パフェをとても美味しそうに食べていた。

俺も一口食べてみる・・・間違いなくアイスクリームだな。

久しぶりに食べるアイスクリームの味はとても美味しかったが、以前の世界らしさがにじみ出るこの店で食べるのは、微妙な感じがした。

視線を感じて目を上げると、パフェを食べ終えたエリミナが、じっと俺の事を、いや、俺のパフェを見つめていた。

クリスティアーネは小さな口で、行儀よく食べているので、まだ半分ほど残っているな。

先程、クリスティアーネの事を守っていたし、俺のパフェをエミリアに差し出した。

「食べていいのかニャン!」

「えぇ、構いませんよ」

「ありがとニャン!」

エリミナは俺のパフェを受け取ると、美味しそうに食べていた。

そのやり取りを見ていた、クリスティアーネは不思議そうな表情で俺の事を見ていた。

「ベルは、甘い物は好きでは無いのかの?」

「いえ、好きですが、食べなれていますしね・・・」

「ふむ、そうであったの、あーっはっはっはっ!」

クリスティアーネは俺が転生者であることを知っているので、すぐ納得してくれた。

その後、美味しそうに食べる二人を見ながら時間を潰し、満足した表情の二人と共に店を出た。

「次の場所へ行くぞ、あーっはっはっはっ!」

クリスティアーネの笑い声で、周囲の視線を集めるのが少々恥ずかしいが、二人の後を着いて行った。

次の訪れた場所には、大きな看板で冒険者ギルドと書かれていた。

二人はランクAの冒険者なので、ためらい無く中へと入って行った。

俺も期待を膨らませ、二人の後へと続き中に入る。

ゴブリンでは無く、普通に人として転生していれば、間違いなく俺は冒険者となっていただろうからな。

冒険者ギルドの中は、昼だからだろうか・・・閑散としていた。

クリスティアーネは慣れた感じで、受付のカウンターへと向かって行った。

「マリアーネ、元気にしておったかの?」

「はい、元気にしてました、クリス様もお元気そうで何よりです」

「うむ、今日は、われの仲間の登録をして貰いに来た、よろしく頼むぞ、あーっはっはっはっ!」

「分かりました、冒険者ギルドへようこそ、私は受付をしております、マリアーネです、よろしくお願いします」

「私はベルと申します、こちらこそよろしくお願いします」

「登録料は銅板一枚だったの?」

「はい、その通りです」

「では、マリアーネ、ベルの登録を頼む、われは魔石を換金して来るからの、あーっはっはっはっ!」

クリスティアーネは銅板一枚をマリアーネに支払い、エリミナと共に奥へと消えて行った。

俺は一人残されて、視線を受付に戻すと、にっこりと微笑んだ巨乳のマリアーネがこちらを見ていた。

「マリアーネさん、冒険者ギルドに来たのは初めての事で、何も分かりませんので、よろしくお願いします」

「分かりました、ではまず職業判定を致しましょう」

マリアーネはそう言うと、カウンターの下から何かを取り出し、カウンターの上に乗せた。

それは四角い箱の上に、水晶が取り付けられている物だった。

「ベルさん、今から職業判定をして頂く訳ですが、必ずしもその職業に就く必要はありません、ご自分のなりたい職業を選んでいただく事も可能です。

ただし、魔法職に関しては別でして、魔法の才能が無いと判断された場合は、魔法職を選ぶ事は出来ません」

魔法が使えないのに、魔法職になっても意味が無いからな、しかし、必ずならなくてもいいのなら、判定する必要は無いのでは?

「分かりました、判定で出た職業に就いた場合、何か良い事があったりするのもなのでしょうか?」

「はい、職業判定で出た職業に関しては、ベルさんが得意とする、もしくは上達しやすい職業という事になります」

「分かりました」

「では、ベルさん、この水晶を両手で包むように触って下さい」

俺は、マリアーネに言われた通り、水晶へと両手を添えた・・・すると、水晶は様々な色に輝き始め、暫くすると元の透明な色へと戻り、下の箱がパカッっと開いて、中から細い棒のような物が三本出て来た。

マリアーネさんはそれを拾って、手の平に乗せ、俺に見せてくれた。

棒には小さな文字で、戦士、剣士、侍の文字が書かれていた。

しかし、水晶の中に何か表示されるか、色が付くのかと想像していたが、おみくじみたいな感じだな・・・。

「ベルさん凄いです!上級職の侍ですよ、侍!ベルさんは侍になるべきです!」

マリアーネは興奮して前のめりになり、俺に侍になる様に勧めて来た。

俺も侍になりたいからいいのだが、先程から前のめりになった事で、カウンターに押し付けられて強調されている巨乳に視線が行ってしまう・・・。

それに、職業はどれを選んでもいい、みたいなこと言って無かっただろうか?

「分かりました、マリアーネさん、落ち着いてください」

マリアーネは自分がどの様な状態になっていたのかに気付き、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

「それで、マリアーネさん、侍とはそんなにいい職業なのですか?」

「はい、剣と攻撃魔法を使えて、攻撃力ではトップクラスの職業です、しかも、ほとんどなれる人がいないレアな職業なんです!」

マリアーネはまた興奮してきた様で、両手を握り、力強く説明してくれた。

攻撃魔法が使えるのは良いな、今まで魔法を使えないと思っていたから、これは朗報だ。

それにレアと聞いて、選ばない人はいないだろう。

「では、侍でお願いします」

「はい、では冒険者カードを作りますね!」

マリアーネは俺が侍を選んだ事を非常に喜び、鼻歌を歌いながら書類に書き込み始めた。

暫くすると、マリアーネはこちらを向き、冒険者カードを差し出して来た。

「こちらが、ベルさんの冒険者カードとなります、冒険者カードは主に冒険者ギルドで使っていただく事になるのですが、身分証の代わりにもなり、各街へ入る際の料金も免除されます。

ただし、犯罪を犯したりすると、冒険者カードを取り上げ、二度と発行いたしません。

もし無くした場合は、ギルドで再発行できますが、銀板一枚と高額になりますのでご注意ください」

マリアーネから注意事項を聞いた後、冒険者カードを受け取り、見て見ると。

名前 ベル 職業 侍 ランク E

と書かれていた、ランクEなのか・・・Aまでは遠いな。

「ランクに関しての説明を致しますね」

「はい、お願いします」

「冒険者となられた方は、全員ランクEからとなります、本来であれば、冒険者となられた方は、訓練所へ行って頂くのですが、クリス様のお仲間という事で免除となります。

ランクはEからSまであり、ランクを上げる為には功績を稼いでいただく必要があります。

功績を上げる為には、主にあちらにある掲示板に張り出されている依頼を行って頂くか、魔石や魔物の肉を奥のカウンターに持って来て頂いても構いません。

依頼にもランクがあり、ランクの一つ上までしか依頼を受ける事は出来ません。

ベルさんは、ランクEですので、ランクDまでとなります。

それと依頼には、失敗した際に違約金が発生する物もあります、その依頼を受ける際には、違約金を前金で頂く事になっており、依頼を達成した際、違約金はお返しいたします。

また、依頼に失敗した際には、今まで貯めてある功績を減らさせて頂きます、その事によりランクが下がる場合もあります。

それと文字が読めないようでしたら、受付に言ってくれれば、ご説明いたします」

まぁ、俺が依頼を受けてやる様な事は無いだろう、クリスティアーネは身分証として、冒険者カードを作らせたのだろうからな。

「以上で、説明は終わりですが、分からない点はありませんでしたか?」

「いえ、大丈夫です、ありがとうございました」

「はい、これから頑張って下さいね」

マリアーネは笑顔で見送ってくれた、あの笑顔に巨乳だから、かなりモテるのだろうな。

受付から離れて二人を探すと、椅子に座っている二人を見つけた。

「クリス様、登録が終わりました」

俺はクリスティアーネに冒険者カードを見せた。

「ほう、侍とは驚きだの、あーっはっはっはっ!」

クリスティアーネは驚いているのか、笑っているのか、どちらなのか分からないな・・・。

しかし、何故大声で笑うのだろう、今は周りに人もいないし、小声で聞いて見る事にした。

「クリス様は、何故大声で笑うのでしょう?」

「それはだな、われはこう見えても二百年以上生きておるのだよ、普通にしておっては威厳を保てぬから笑っておるのだよ、それにこれは、わが家の伝統だからの」

逆に笑う事で大きく威厳を損なっていると思うのだが、伝統と言われては、俺から止めるようには言えないな・・・。

「分かりました」

「うむ、では侍となったからには、剣が必要だの、着いてまいれ、あーっはっはっはっ!」

クリスティアーネは立ち上がり、俺の剣を買いに行ってくれるようだ。

やはり剣を持っていないと何となく落ち着かないから、剣を手にしたくてたまらなかったので、とても嬉しい。

冒険者ギルドを出る際、マリアーネが笑顔で俺達の事を送り出してくれた。

賑わいを見せている道を歩いていると、エリミナがまた何か食べたいとねだっていた。

そして俺の目に、見たく無い看板がいくつか見えて来た・・・。

ラーメン、お好み焼き、から揚げ、ハンバーガー、ドーナツ、止めにカレーライス・・・。

転生者、いい加減にしろよ!

ファンタジーの雰囲気ぶち壊しじゃねーか!!

そいつを見付けたら、真っ先に殺してやりたいと思ったよ!

「クリス様、お好み焼きが食べたいニャン!」

「ふむ、あれなら歩きながら食べられるの、あーっはっはっはっ!」

クリスティアーネはお好み焼きの店へと歩いて行った。

はしまきで売ってんじゃねーよ!!!

店頭で焼きながら販売している姿は、屋台のその物だった・・・。

クリスティアーネは、はしまきを三本買って、俺にも一本渡してくれた。

一口食べると、味も縁日で食べた物と全く同じだ・・・。

よし、もう生きていないかも知れないが、見つけたら殺す!絶対殺す!!

俺はそう心に決めた。

そしてまた、素早く食べ終えたエリミナが俺のはしまきをじっと見ていたので、手渡すと、喜んで食べていた。

暫く賑やかな通りを歩き、やがて人通りの少ない道へとやって来た。

「確か、この辺りだったのだがの・・・あれだの!」

クリスティアーネは今にも崩れ落ちそうな店へと入って行った。

俺も中に入ると、店内には様々な武器が飾られており、奥の方からハンマーで金属を叩く音が聞こえて来ていた。

「あーっはっはっはっはっ!誰かおらぬのか?」

クリスティアーネが奥に声を掛けると、白髪で屈強な身体つきをした爺さんが、こちらを睨みつけながら出て来た。

「へぼには売らねぇぞ!」

とても客商売をしている様な態度では無いな・・・忙しいから帰れ!と言う様な視線を向けられている。

「ふむ、われの仲間が侍になっての、折れず、曲がらず、錆びない剣が欲しいのだ、あーっはっはっはっ!」

「ふん!侍とは珍しいな、どれ、この剣を振って見ろ!」

爺さんは壁に掛けてあった剣を、俺に投げてよこした。

俺はそれを受け取り、二人から離れて、中段に構え、いつもの様に気合を入れて、素振りをした。

ブンッ!

この剣は重心が取れており、とても振りやすかった。

俺は剣を爺さんに返した。

「とてもバランスの取れた、いい剣ですね」

「ふん!まぁいい、それで予算はどれくらいだ?」

「ふむ、いくらでも構わんぞ、ただし、数日で折れ曲がったら返品するからの、あーっはっはっはっ!」

「小僧、あの奥の壁に掛けてある物から、好きなのを選べ」

爺さんに言われて、店の奥にある壁に掛けてある剣を見る。

どれも、素晴らしい逸品に見える。

その中で一つだけ俺の目を引いた物があった、俺はそれを壁から取り、鞘から少しだけ抜いた。

それは綺麗な波紋のついた、刀だった。

俺はそれを持って爺さんの所へ戻った。

「これにします!」

「ふん!それは二百年売れ残っていたのだぞ、そんな物でいいのか?」

爺さんは、呆れたような表情をしていたが、目は真剣だった。

「はい、これで構いません」

「そうか、それはわしの先祖が勇者の為に作った物じゃ、だがその勇者には使いこなせる技量が無かったから、結局売らなかったそうじゃ、がははははは」

爺さんはそう言って、大笑いしている。

勇者と言うか、間違いなく転生者だな、鍛冶職人に刀を作らせたはいいが、使いこなせなかったと言うのには納得だ。

刀は他の剣と比べて細く、真っすぐ振り下ろす事が難しい。

俺も成人した記念にと、真剣を触らせて貰った事があるが、最初はまともに振れなかったからな。

「この様な細い剣で大丈夫なのかの?」

クリスティアーネは刀の細さを見て、心配している様だ。

「ふん!確かに細いが、わしの先祖が魂を込めて作った作品じゃ、それに魔精鋼で作っておる、魔力を込めればさらに硬くなるぞ」

「ふむ、それなら安心だの、あーっはっはっはっ!」

魔精鋼と言うのがどのような物なのかは分からないが、クリスティアーネが納得したのなら問題は無いだろう。

「それでこの刀は、いくらなのでしょう?」

余りにも高額だったら、クリスティアーネに申し訳ないから、他のにしようと思う。

「ふん!そいつは誰にも使えなくて、売れない物だからな、金貨一枚で構わんぞ」

金貨一枚がどれほど高価なのかは、今の俺には分からないが、金貨という事からかなり高いのだろう。

「ほれ、金貨一枚だ、後でもっと寄こせと言ってもやらんからの、あーっはっはっはっ!」

「ふん!誰がそんな事をいう物か、用が済んだのならさっさと帰れ、わしは忙しいんじゃ!」

爺さんはそう言うと、奥へと引っ込んでしまった。

俺は刀をベルトに差した、いまいち安定しないが、後で紐か、帯を用意する事にしよう。

「クリス様、高価な物をありがとうございます」

「ふむ、その金はベルが貯めた魔石で払ったから気にするでないぞ、あーっはっはっはっ!」

それならば気にする事は無いな、ありがたく頂いておこう。

しかし、刀を腰に差して侍らしくなってはいないな・・・執事服ではいまいち雰囲気が出ない。

とは言え剣道着や袴など、売っていないだろうから、諦めるしかないな。

武器屋を出て、今度は店構えが綺麗な魔道具店へとやってきた。

「いらっしゃいませー」

俺達が店内に入ると、明るく元気な声で店員が声をかけてくれた。

店内には様々な魔道具が陳列されており、非常に興味をそそられる。

「うむ、収納の魔道具を見せてくれんかの?」

「あちらのガラスケースに入っております、鍵が掛かっておりますので、希望の商品がございましたら、私にお申し付けください」

クリスティアーネは店員に言われた、ガラスケースの前に移動した。

エリミナと俺も後ろから着いて行き、ガラスケースを覗くと、クリスティアーネが腰から下げている物と似たような小袋が、いくつも展示されていた。

しかしどれも高額だな、一番安い物で金板一枚と値札が付いていて、一番高い物だと金板百枚となっている。

それぞれ収容できる容量によって、値段が上がっていくようだ。

一番安いので、馬車の半分と書かれており、一番高い物は、使用者の魔力量により容量が変わると書かれている。

「ふむ、これを貰おうかの、あーっはっはっはっ!」

クリスティアーネはその中から、容量馬車五台分、金板十枚の物を店員に告げた。

「分かりました、取り出しますのでお待ちください」

店員が鍵を開けて、商品を取り出した。

しかし、金板十枚とは、先ほど買った俺の剣が百本買えてしまうな・・・。

クリスティアーネは金板十枚を支払い、収納の魔道具を受け取った。

「お買い上げ、ありがとうございます!」

店員の元気な声で見送られて、店を出た。

「ほれ、これはベルが持っておれ」

クリスティアーネは先ほど買った、収納の魔道具を俺に渡してきた。

「こんな高価な物を、頂くわけにはまいりません」

「気にする事は無いぞ、ベルには昨日話した様に、お使いを頼む事がある、その際に必要な物だからの、あーっはっはっはっ!」

「分かりました、お預かりいたします」

クリスティアーネから収納の魔道具を受け取り、腰に下げた。

お使いが何かは分からないが、買い出しとか行く際には、確かに必要な物だろう。

高価な物だから、無くさないようにしなければならないな。

その後は、洋服店でクリスティアーネが、以前頼んでいたという服を受け取り。

俺はそこで黒い布を買ってもらい、帯状にして腰に巻き、刀を差した。

最後に市場に行って、食材を買い込み、屋敷へと帰ってきた。

「クリス様、どのようにすれば、元の姿に戻るのでしょう?」

「ふむ、ペンダントに再び魔力を注ぐとよいぞ」

なるほど、言われた通りペンダントに魔力を注ぐと、元のゴブリン顔へと戻った。

何故だか分からないが、こちらの姿の方が落ち着くような気がする。

「ベルは、その姿の方よいのか?」

「そうですね、もう私は人ではありませんので、こちらの方が落ち着けるようです」

「まぁそうだの、われもこの黒髪の方が好きだの」

クリスティアーネも元の黒髪へと戻っていた。

「確かにそうニャン、耳と尻尾が無いと落ち着かないニャン!」

エリミナも元の猫耳メイドへと戻っていた。

「では、片付けが残っていますので、失礼します」

「うむ」

「頑張るニャン!」

猫耳メイドに応援され、お前の仕事じゃないのかと文句を言いたかったが、時間がもったいなかったのでスルーした。

さて、干していた洗濯物を取り込み、畳んでクリスティアーネとエリミナに渡し。

クリスティアーネとエリミナと俺の部屋のベッドメイクをして、最後に夕食として簡単な物を作った。

夕食の準備が出来たので、クリスティアーネを呼びに行く。

「クリス様、夕食の準備が整いました、食堂までお越しください」

「うむ、分かった」

猫耳メイドは料理をしている最中に、匂いに釣られてすでに食堂に来て座って待っている。

あの猫耳メイドは、食う事と寝る事しかやってないんじゃないだろうか・・・。

クリスティアーネも食堂の席に座ったので、料理をテーブルへと運んだ。

「時間が無かったので、簡単な物しか作れませんでしたが」

「うむ、頂くとするかの」

「はい、頂きます」

今日のメニューは、ステーキに付け合わせの野菜炒め、ベーコンと野菜のスープ、市場で買ってきたパン、どれも簡単に作れる物ばかりだな。

料理は大学に入って、一人暮らしをする様になって覚えたものだが、普通の人並みには出来るようになっていた。

彼女なんかいれば作って貰えたりしたのだろうが、生憎そんな人はいなかったからな。

付き合った彼女はいたが、俺が剣道ばかりやっていたため、長続きはしなかった訳だ・・・。

「美味いニャー!」

「うむ、ベル中々美味しいぞ」

「ありがとうございます」

こんな簡単な物でも、二人は喜んで食べてくれているので、これからも食事はなるべく作っていく事にしようと思う。

食事を終え、食後の紅茶を入れて皆で寛いでいた。

「ベル、われの管理者としての仕事を教えて置く」

「はい」

クリスティアーネは真剣な表情で話し始めた、俺も姿勢を正してそれを聞くことにした。

「管理者としての主な仕事の一つは、昨日話した魔物を人の住む領域に行かせないと言う事だの。

これはあくまで、ベルが住んでいた管理地であるエッケアの地のみで、他の場所に住む魔物に関しては放置しておる。

その理由としては、管理地以外に住む魔物は弱いと言う事と、それを狩る事で人の生活が営まれているからだの。

もう一つは、人の・・・主に勇者の情報を得る事だの。

今日行ったように、人の街に行き、情報を収集して、魔王に報告する。

ベルにはその情報収集をやってもらいたいと思っておる、どうかの?」

なるほど、情報を集めることは重要だ、その為に今日俺に冒険者カードを作らせたと言う事だな。

しかし、勇者の情報を集めてどうするのだろう、勇者とは、魔王どころか管理者にも勝てないと言っていたと記憶しているが。

「分かりました、しかし、勇者の情報を得てどうするのでしょう?」

「勇者とは人の中でも優れた者に付けられる称号だの、今まで魔族は勇者を退けてきたわけだが、これからも同じようになるとは限らぬからの、そうならぬためにも先手を打っておく必要があるのだよ」

確かにその通りだ、常に脅威に備えて置く必要はある。

「それで現在勇者はいるのでしょうか?」

「現在はおらぬの、優秀な冒険者の情報を集めておれば、どれかが当たるやもしれぬ」

「分かりました、その役目、責任をもって行いましょう」

「うむ、期待しておるぞ、それと、エリーを一緒に連れていくとよい」

「ニャッ!」

今まで自分には関係ないと、腕枕でうたた寝をしていたエリミナは、名前を呼ばれてビクッっと飛び起きた。

「クリス様、昼寝・・・日向ぼっこ・・・掃除が忙しいニャッ!」

よほど行きたくないのか、エリミナは必死に言い訳をしていたが、屋敷で寝ていたいだけだな・・・。

「ふむ、ベルと一緒に街に行けば美味しい物が食べられと思うのだがの、エリーに掃除を任せたのはわれだから仕方ないかの?」

クリスティアーネがわざと残念そうにそう言うと、エリミナは昼寝と食べ物を天秤にかけて悩んでいる様だ。

俺としては一人の方が動きやすいとは思うが、男女ペアの方が怪しまれないのは事実だな。

「・・・クリス様の命令ではしょうがないニャ、ベルと一緒に行くニャン!」

「では頼んだぞ」

「任せるニャン!」

クリスティアーネの思惑どうりにエリミナが答えた事で、一瞬ニヤリと笑ったのを俺は見逃さなかったが、俺もエリミナを上手く使う時は、食べ物で釣れば良いという事が分かったので、見て見ぬふりをした。

俺は侍となった事で魔法を使えるようだが、魔法の使い方が分からないので聞いて見る事にした。

「クリス様、魔法の使い方を教えて貰えないでしょうか?」

「ふむ、ベルは侍だから魔法が使えないと不味いの、よし、教えてやるとしよう。

われら魔族は、人の様に呪文を使う事は無い、飛ぶ時と同じように周囲の魔力を集めて変化させるだけでよいのだぞ」

クリスティアーネは手の平に魔力を集め、それを炎に変えて見せてくれた。

「ベルなら、すぐに出来る様になるとおもうからの、訓練は外でやるとよい」

「分かりました」

確かに家の中でやるのは不味いな、明日から少しずつ訓練する事にしよう。

「だが、ベルの場合、剣で斬った方が早いと思うがの」

「そうですね」

「では先に、お風呂に入るからの、エリー行くぞ」

「昨日入ったばかりニャー!」

「うるさい、さっさと来い!」

エリミナはクリスティアーネに引きずられて食堂を出て行った。

俺は食器を下げて、洗いながら、今後冒険者として街に行ける事に思いを馳せていた・・・。

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