第四話 ゴブリン 管理者との遭遇
ゴブリンに転生してから三年が経ち、俺はこのジャングルの覇者となった!
と言うのは全くの嘘で・・・このジャングル、南に行くほど魔物が恐ろしく強く、そして巨大になって行く・・・。
最初のころ倒せなかったサイクロプスが、可愛いくらいに思えてくるほどだ。
まずは湖!リザードマンを倒して潜水能力を得た俺は、気持ちよく泳ぎを堪能していた所、突然湖底から竜が出て来た事には驚いた!
その竜は、俺の事など気にもせず、地表に上がって行って日向ぼっこを始めたから助かったのだが、あれと戦うとか無理だろう。
湖は危険だと判断して、陸地を南下して行くと、今度は巨大な亀や地竜等、様々な大型の魔物がうろうろしている場所だった。
大型の魔物からしたら、俺なんか蟻みたいな存在で、まったく相手にされていないのが救いだった・・・。
これがゲームなら、ハンターとして大物の魔物を狩りに行くところだろうが、生憎死ねば終わりのハードモード、そんな危険を冒す訳には行かない。
俺は近場の魔物から能力を貰い、進化していった。
今現在の能力は、毒の牙、熱感知、嗅覚、聴覚、潜水、擬態、麻痺の邪眼、石化の邪眼。
身長が百六十センチくらい、スラッと引き締まった体形で、かなり高速に動けるようになっている。
表皮はサイクロプスを倒した事でかなり固くなった、後は何故か全身真っ黒だ。
ゴブリンの特徴である緑色の肌は、影も形もない。
湖で見た自分の顔は、多少険しい顔つきになっているが、俺がいまだにゴブリンだと言う事を物語っている。
最近の俺は何をしているのかと言うと、日々剣の訓練と、大型の魔物をどうにか倒せないか研究中だ・・・。
一応動きが鈍い巨大な亀に挑んでは見たのだが、俺の攻撃は全く通用しなかった。
剣は亀の首を斬り付けた所で折れてしまい、毒も全く効いていない様子だった。
麻痺や石化も同じで、全く効果を発揮できなかった。
巨大な亀も、俺の攻撃をまったく気にしていない素振りで、草を食べ続けていたからな・・・。
冒険者とはたまに遭遇するのだが、やはり何か、探知出来る能力があるようで、どれだけ隠れても見つかってしまう。
その度に会話を試みるも、問答無用で襲い掛かってくるので、全て返り討ちにして、様々な物資をありがたく頂いておいた。
追剥のようだが、襲い掛かってくるのは冒険者の方からなので、俺は全く悪くないはずだ・・・。
そのおかげで、洞穴が手狭になったので、自分で洞穴を掘り進めて、十畳くらいの広さへとなった。
最近冒険者から頂いた武器を、壁に飾って観賞するのが唯一の楽しみだ。
あまりいい趣味とは言えないだろうが、他に楽しめる事も無いからな・・・。
魔石も床下に埋めていて、かなり貯まっているとは思うが、使い道が分からない以上宝の持ち腐れだな。
人の住む街に持って行けば、換金できるだろうが、ゴブリンの俺が街に入れるはずもない。
さて今日も、剣の鍛錬を行うとしますかね、俺は壁に飾っている両手剣を背負い、洞穴を出て行った。
弓矢はもう使っていない、人が持っている弓矢で倒せる魔物などいないのだから。
先ずは素振りを行う、今の状況ではこれ以上の進化は見込めないので、基本から鍛えなおす事にした。
素振りが終わった後は、走り込みだ。
ジャングルの中を草木を避けながら、全力で駆け抜けていく。
当然のことながら、魔物に見つかると攻撃を受けるのだが、それを避けて走り抜ける事も訓練の内だ。
午前中はずっと走り続けて、昼になった頃、湖で魚を捕まえて、刺身にして食べる。
味付けは、冒険者から頂いた塩だけだが、魔物の肉を生で食べるよりかはましだと思う。
後は走っている最中に見付けた果物を食べて、一日の食事は終わりだ。
少ないと思うだろうが、活動するだけならこれで十分だった。
何も食べなくても、一週間くらい全然問題無かったからな。
最初の頃は進化の為と、倒した魔物の肉が勿体ないと思って、出来るだけ食べていたのだが、食べれば食べた分だけ体が大きくなって行き、俺にとって重要な速度が失われる結果となった。
それではいけないと思い、徐々に体を絞って行った。
食事を終えると、湖を泳いで洞穴まで帰り、日が暮れるまで素振りをするのが日課となっていた。
今日も泳いで帰って来て、洞穴へと近づこうとすると、人の匂いがした!
慌てて隠れ、周囲を確認すると、冒険者が六人茂みに隠れているのが分かった。
さて、どうした物だろうか?
そう考えていると、隠れていた冒険者が一人出て来て、大声で俺に声を掛けて来た。
「俺はアベルスティン、お前と話し合いに来た、こちらから攻撃はしないので、出て来ては貰えないだろうか!」
俺は驚いた、今まで出会った冒険者は問答無用に攻撃して来たのに、俺に話しかけてきた冒険者は初めての事だったからだ。
今までも、こちらに攻撃してこなかった冒険者は見逃して、その都度会話を試みたのだが、皆恐怖に怯え、まともに会話する事が出来なかったからな。
俺は初めて会話が出来る事に喜びながら、アベルスティンと言う冒険者に姿を見せた。
「俺はゴブリン、こちらにも戦う意思はない、背後に隠れている者達も出て来る様に言って貰えないだろうか?」
俺がそう言うと、アベルスティンは仲間の安全を気にしたのか、少し考えて仲間を呼んでくれた。
しかし、アベルスティンには隙が見え無いな、この冒険者とならいい勝負が出来そうだ、少し戦いたいと思ったが、平和的に話し合う事の方が重要だな。
「分かった、リュクセン、お前達もこちらに出て来てくれ、決して攻撃するんじゃねーぞ!」
やはり、アベルスティンには、俺と戦うつもりが無いらしい、それはとても良い事だな。
アベルスティンに呼ばれた冒険者達は、俺の事を見て怯えている様子だ。
今まで会った冒険者は俺に怯える事は無かったから、俺が怖いって事では無いのだろう、もしかしてアベルスティンが怖いのだろうか、それなら納得だな。
「ゴブリン、お前には名前が無いのか?」
アベルスティンが突然奇妙な事を聞いて来た。
名前と言われても、ゴブリンに転生してから名前など無い、アベルスティンが俺の事を転生者だと分かるはずもないよな・・・。
真田 広樹と言う名前は、転生した際に無くなってしまったのだから・・・。
「・・・無い、俺はゴブリンだ」
「そうか、ではゴブリン、こちらからは一つお願いがある、お前に倒された者が持っていた両手剣を返して欲しい、勿論その見返りは出来るだけしよう、リュクセン?」
「はっ、はい、こ、こちらです!」
あぁ、形見として返して欲しい訳か、それなら全く問題は無いな。
アベルスティンから紙を手渡されて見て見ると、見覚えがある物だった。
と言うか、今まで頂いた中で一番豪華なやつだな、剣を振るのに邪魔になるほど装飾が施されていて、何でこんな物を持っているのか分からなかったが。
飾るのには一番良かったから、洞穴の目立つ位置に掛けている・・・。
しかし、今この場で取りに行く訳には行かないな、洞穴の位置がばれてしまう、そう思っていたのだが、既に見つかっていた様だ。
「ゴブリン、申し訳ないが、お前の巣穴は見付けてしまった、勿論中は一切確認していない」
見付かったのなら仕方が無い、今まで気に入って住んでいた場所だが、引っ越さなければならない様だな。
「・・・分かった、同じものがあるか見て来るから、少し待っていてくれ」
建前上そう言って洞穴へと入り、少し時間を潰してから、豪華な両手剣を持って戻って行った。
「多分これだろう」
俺はアベルスティンに両手剣と紙を手渡した。
「た、たしかに、こ、これです」
「そうか、ゴブリン、これは貰って帰っていいだろうか?」
「構わない」
確認するまでもなく、そんな豪華な両手剣が何本もあるとは思えないけどな・・・。
「ありがとう、それで見返りだが、何か欲しい物はあるだろうか?」
欲しい物か・・・一番欲しいのは安心して住める住居だが、それを望んでも冒険者に叶えられるはずも無いし、両手剣の見返りとしては大きすぎる。
アベルスティンが背負っている両手剣が、中々良さそうの一品だが、冒険者の命である武器を渡してくれるわけないよな。
となると、冒険者の食料を分けて貰うと言うのが、妥当だろう。
「・・・美味しい食べ物」
俺がそう答えると、アベルスティンは一瞬驚きの表情を見せていたが、納得してくれた様だ。
「分かった、今から料理するから待って貰えないだろうか?」
「分かった」
何か分けて貰おうと思っていたのだが、アベルスティンはこの場で料理してくれるとの事だった。
これは思いがけない幸運だな、今まで俺も料理しようとしたのだが、火を起こす事が出来なくて断念していた。
火打石みたいなのがあったので、すぐ点けられるだろうと思っていたのだが、全然点けられなくて。
木の板を棒で擦って、摩擦熱で火を起こそうと試みたが、煙は出る物の火が点く事は無かった・・・。
文明の利器に頼り切っていた俺には、無理な事だったのだ。
アベルスティンは、今だに怯えている仲間に薪を取りに行かせようとしていたので、俺が取って来る事にした。
この辺りにいる魔物は、俺の事を怖がって襲って来る事は無いが、冒険者ともなれば別だからな。
ささっと乾いた薪を拾って、アベルスティンが即席で作っていたかまどの横へと置いた。
アベルスティンは薪をかまどに並べて、魔法使いに火を点けさせていた。
なるほど・・・魔法を使えば簡単に火が点けられるのですね。
ゴブリンの俺では魔法を使う事が出来ないからな・・・。
魔法を使って来る魔物の心臓を食べても、使える様にはならなかったからな。
それは良いとして。
アベルスティンは腰に下げている小袋から、鍋と材料を次々と出して料理を始めた。
どう考えても、小袋に入りきるような量や大きさでは無い、小袋に魔石が付いている所を見ると、収納の魔導具という事なのだろうか?
今まで倒して来た冒険者は、誰もその様な物持ってはいなかった。
という事は余程高価な物なのだろう、アベルスティンの装備をよく見ると、剣だけでは無く、鎧も単なる革と言う訳ではなさそうだな。
もしかして竜の革だろうか?見覚えがあるような気がする。
という事は、アベルスティンはあの竜を倒した冒険者なのか・・・戦わなくてよかった!!!
今まで倒してきた冒険者は、Cランクがほとんどで、たまにBランクがいるくらいだったからな。
アベルスティンはAランク、もしくはSランクなのだろう・・・。
今度から冒険者と戦う時は、更に注意しておく事にしよう。
色々考えていると、鍋からいい匂いが漂って来た・・・。
料理としては普通の鍋料理の様だが、この三年間嗅いだことのない匂いなので、食欲がそそられる。
原始的な食事から、火を使った文明的な食事へと、ついに辿り着いたわけだ!
アベルスティンは鍋から木の器によそって、渡してくれた。
スプーンを使うのも久しぶりだ、今まではかぶりつくか、ナイフで食べていたからな。
俺は熱いのも構わず、スプーンで一口食べた。
「・・・・・・美味いいいいいいい!!!!」
久々に味合う料理された食べ物に感動する。
あまりの美味しさに、スプーンを口へと運ぶ手が止まらない。
しかし、木の器は小さく、すぐに食べつくしてしまった・・・。
「まだいるか?」
俺は遠慮せずに器を渡し、二杯目を頂いた。
あの鍋料理は、剣の見返りとして俺の為に作ってくれたものだからな、こうなったら全部頂こう!
そう思って、三杯目を貰おうとしていた時、ゴブリンに転生してから初めての恐怖を感じた!
恐怖を感じた先の上空を見ると、身長百五十センチ位、黒く腰まで伸びた髪に、真っ赤な瞳、背中に蝙蝠の大きな翼があり、黒いゴスロリの服を着た、少女が舞い降りて来た。
「あーっはっはっはっはっはっ!何やら美味そうな匂いがしたので寄ってみたのだが、顔触れも面白そうだのぉ、そこの者、われにも一杯頂けんか?」
その少女は、俺の鍋料理を食べに来た様だ。
少女の背中にあった蝙蝠の翼は見えなくなり、俺の横に行儀よく座った。
普段なら、別に食事を分けてやる事など気にしないが、三年ぶりに食べる料理を奪われるのは少しムッとした。
それが良かったのか、先程感じていた恐怖は無くなって来た。
「熱いので、気を付けてください」
「うむ!」
俺はおかわりをアベルスティンに貰おうとしたが、彼は少女の方をじっと見ており、こちらに気付いてはくれなかった。
仕方が無いので、俺も少女の事を睨みつけた。
「この様な場所で作ったにもかかわらず、中々美味いでは無いか!あーはっはっはっ!」
「ありがとうございます」
「そこのゴブリンも、われに遠慮する事は無いぞ」
「はい、では遠慮なく頂きます」
俺の視線に気が付いたのか、こちらを一瞬見てそう言ってくれた。
それから少女と競う様に、料理を食べ尽くした。
「ごちそうさまでした」
「うむ、われも満足したぞ、あーはっはっはっ!」
しかし、よく笑う少女だな・・・。
少々馬鹿っぽいが、先程感じた恐怖は間違いない事なので、相当強いのだろうから、変な事は言わない方が良いな。
「私達はこれで失礼します」
「うむ、気を付けて帰れよ、あーはっはっはっ!」
アベルスティンも、それには気付いているのだろう、仲間を引き連れて、早々に逃げるように帰って行った。
さて、俺は引っ越しの準備をしないといけないな・・・。
そう思って、洞穴へと歩いて行くと、何故か後ろから少女が着いて来ていた。
出来ればあまり関わりたくは無いのだが、無視する訳には行かないか・・・。
俺は反転して、少女と向き合った。
「えーと、初めまして、どちら様でしょうか?」
「うむ!よくぞ聞いてくれた!われは誇り高き吸血鬼の姫、クリスティアーネだ、あーっはっはっはっはっ!」
自己紹介をしたかと思うと、胸を張って、大声で笑い始めた。
しかし吸血鬼か、まだ日は高いと言うのに、そう言う弱点は元いた世界だけの話という事なのだろうか?
「それで、お主の名は何と言うのだ?」
俺が考えていると、アベルスティンに続いて、また名前を聞かれた。
最初にゴブリンの仲間に聞いた時には、ゴブリンに名は無いと言われたのに・・・もしかして名前は自分で付けないといけないのだろうか?
「クリスティアーネさん、私は名が無い、ただのゴブリンです」
「ふむ、それだけ進化しておいて名前が無いとは、面白いぞ!あーっはっはっはっ!」
面白い物なのか・・・まぁ大いに笑っているし、名前が無い事が変だったという事なのだろう。
「話は以上でしょうか?住処を冒険者に見付けられてしまいましたので、私はこれから引っ越しをしないといけません、用事が無ければこれで失礼させて頂きます」
引っ越しするのが忙しいので、話を切り上げようとしたのだが、そうはさせてくれなかった。
「用事はあるぞ!お前はなかなか見所がある様だからな、われの部下にしてやるから喜べ!あーっはっはっはっはっ!」
部下とか言われても、こんなゴスロリ少女で馬鹿っぽい上司はごめんだぞ・・・。
しかし、実力的には馬鹿っぽくても向こうの方が上だ、何とか口で説得して諦めて貰う事にしよう。
「お気持ちは嬉しいですが、私は所詮最弱のゴブリン、クリスティアーネさんの部下としては、役立たずかと思いますので、辞退させて頂きます」
「ふむ、おのれの弱さを認めるとは、なかなかあっぱれな奴だ、ますます気に入った、部下にしてやるからそこに跪け、あーっはっはっはっ!」
むぅー、跪けと言われても部下になりたく無いのだが、どうすればいい、考えろ、必死に考えるんだ!
俺が無い知恵を必死に絞って考えていると、クリスティアーネの雰囲気が変わった。
「跪けと言ったのだ!」
クリスティアーネの赤い瞳が輝いていて、俺はその瞳から目を離す事が出来なくなった。
そして体が俺の意志とは関係なく動き、跪いてしまった。
クリスティアーネはゆっくりと俺に近づき、首筋へと噛みついた!
吸血鬼だから、血を吸うよな・・・。
噛まれた痛みは感じないが、あまりいい気はしないな・・・。
しかし、血を吸われていると言うより、何か流し込まれているような感じだ・・・。
暫くして、クリスティアーネは俺から離れると、先程輝いていた瞳は元に戻っていた。
ドクンッ!ドクンッ!
突如俺の心臓が弾け飛ぶような感じで鼓動を始めた!
「あ、あ、あぁぁぁぁぁ!!」
次の瞬間か体も全てバラバラになるかと思うほどの衝撃が走り、倒れて全身が痙攣を始めた。
それが一分ほど続くと、何もなかったかのように体は元の状態へと戻った。
俺は立ち上がって、全身を確認した。
体調に問題は無い、何も変わっていない様に思える。
「上手く馴染んだようで何よりだ、あーっはっはっはっ!」
馴染んだ?先程何か流し込まれたような感覚は、間違いでは無かった様だ。
「えーと、クリスティアーネさん、私の体に何が起こったのでしょう?」
「ふむ、知りたいのか?」
「是非教えて下さい!」
「ふふーん、われの部下になると言うのなら、教えてやらん事も無いぞ、あーっはっはっはっ!」
クリスティアーネはニヤリと笑って、俺が困るのを楽しそうに見ていた。
くそっ、足元を見てきやがって、しかし、先程使われた力で身動き取れない様にされては、殺されるのは間違いない。
ゴスロリ少女の部下になるのは気が進まないが、俺に選択肢は無さそうだ・・・。
「分かりました、クリスティアーネさんの、部下になりましょう」
クリスティアーネは俺が部下になるというと、満足した表情を浮かべていた。
「そうかそうか!では教えてやろう、今まで魔物だったお前は、われの眷族となった事で、魔族へと変わったのだよ、あーっはっはっはっはっ!」
えっ?部下では無く眷族?そして魔物では無く魔族?
更に訳が分からなくなった・・・。
「色々分からない事が増えたのですが、質問よろしいでしょうか?」
「うむ、何でも聞くとよいぞ、あーっはっはっはっ!」
「では始めに、眷族とはどのような物なのでしょうか?」
「眷族とは、われの血族の事を指す、つまりお前も吸血鬼になったという事だよ、あーっはっはっはっ!」
薄々は気が付いていたが、やはり吸血鬼になったのか・・・。
「と言う事は、俺はもうゴブリンでは無いのでしょうか?」
「いや、ゴブリンなのは変わらんぞ、今までと違うのはもう進化はしないし、能力も無くなっておるぞ、あーっはっはっはっ!」
何だと!俺は慌てて周囲を確認する!
熱感知も嗅覚も聴覚も無くなっていた・・・笑い事じゃないんだが!
ゴブリンのまま能力を失ったのなら、この先、生きていけないじゃないか!
お先真っ暗とはこの事だな・・・馬鹿っぽいゴスロリ少女の部下にもなったし、この先どうすればいいのだろう。
しかし、落ち込んでいても状況が変わるわけでは無い、俺が悠希に言った言葉だ・・・。
俺は気を取り直して、次の質問を聞いて見た。
「では、魔族とはどのような物なのでしょう?」
「そうだな、一言で言うと、魔王の配下と言う事だ、魔物とは魔王に仕えず自由に暮らしておるが、魔族は魔王の為に働かねばならぬ、とは言え特にやる事は特に無いがね、あーっはっはっはっ!」
なるほど、魔王と言うのがいて、クリスティアーネが魔王の配下で、俺はその部下だから、間接的に魔王にも仕えるという事だな。
俺が直接魔王に会う訳では無いだろうから、今まで通りという事だな。
「それでは最後に、私はクリスティアーネさんの部下になった訳ですから、今後どうすればよろしいのでしょうか?」
「うむ、わが屋敷に着いて来てもらう、だがその前に、お前に名前を付けてやるから喜べ、あーっはっはっはっ!」
クリスティアーネはそう言うと、腕を組んで俺の名前を考え始めた様だ。
変な名前で無いといいのだが、先程からぶつぶつと、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリンリン♪とか、ゴスロリ少女から可愛らしいつぶやき声が聞こえて来る・・・。
これは自分で先に名前を言った方が良いのではないのだろうか?
アベルスティンもクリスティアーネも俺の名前を聞いて来たから、やはり自分で名前を付ける物だったのでは無いのだろうか。
とは言え、急にいい名前がが出てくるわけでは無いよな、と言うか、俺の頭の中にもゴブリンリン♪とと言うフレーズが繰り返されていて、上手く考えがまとまらない・・・。
俺が良い名前を考えつく前に、クリスティアーネが考えついた様だ・・・。
「決めたぞ!お前の名前はベリアベル!通称ベルだ、あーっはっはっはっ!」
意外といい名前に驚いた、リンリン♪からベルを想像したのは俺も同じだが、ベリアベルか、気に入った!
「クリスティアーネさん、いい名前をありがとうございます」
俺がお礼を言うと、クリスティアーネは、非常に満足そうな表情を浮かべていた。
「うむ、ベルはわれの部下だからな、今後われの事をクリスと呼ぶ事を許す、あーっはっはっはっ!」
「では、クリス様と呼ばせて貰います」
「よろしい、ではベル、わが屋敷へと向かおうぞ!」
「クリス様、先に住処の整理をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「そうだのぉ、所でベルよ、魔石は保管しておるのか?」
クリスティアーネは、俺を覗き込むように聞いてきた。
魔石は魔族にとって必要な物、と言う事なのか?
「はい」
「そうかそうか!ではわれが頂く事としようぞ、あーっはっはっはっ!」
クリスティアーネは魔石がある事を知ると、上機嫌となり、俺の後について洞穴に入ってきた。
「クリス様、床の下に埋めております、今から掘り出しますので、少々お待ちください」
「ベルよ、私がやってやるから、下がっておれ!」
クリスティアーネは俺を手で遮って一歩前に出ると、全身からオーラの様な物があふれだし。
それがクリスティアーネの差し出されて右手に集約すると、辺り一面の地面が光だして、埋めてあった魔石がすべてボコッと浮き上がってきた!
「すごい!」
「ほれ、魔石をこれに入れるのだ」
クリスティアーネは俺に、小袋を差し出してきた。
「これは?」
「見た事ないか?これは人が作った魔道具で、たくさんの物を入れられるのだよ、あーっはっはっはっ!」
先程、アベルスティンが使っていた物だな。
「分かりました」
俺はクリスティアーネから小袋を受け取り、浮き上がっている魔石を回収して回った。
「クリス様、終わりました、それで、剣を持っていきたいのですがよろしいでしょうか?」
「ふむ、見た所そこにある剣はもう使えないな、試しに外で背負っている剣で素振りしてみるとよいぞ、あーっはっはっはっ!」
せっかく集めた剣が使い物にならないと言われて、何か納得いかないが、取り合えず素振りするために、洞窟の外へと一度出た。
背中の両手剣を抜き、中段に構えて、いつものように気合を入れて、素振りを一度した。
バヒュッ!
剣先から衝撃波が発生して、前方にある草木を二十メートルほどなぎ倒していった・・・。
「へっ?」
俺はそれを見て呆然としていた。
「なかなか見事だのぉ、しかし、ほれ、もうその剣は使えなくなったぞ、あーっはっはっはっ!」
クリスティアーネに指摘されて、両手剣を見ると、衝撃に耐えきれず、曲がってしまっていた・・・。
今後俺は剣を使えないという事なのか・・・残念だが、今まで命を助けてもらった、曲がった剣をその場に突き刺し、置いていく事にした。
なぜこのような事が出来るようになったのだろう・・・先ほど魔族になったことが関係しているのか?
「クリス様、俺はどうなってしまったのでしょう?」
「ふむ、先ほどわれの眷属にした際に、ベルがこれまで獲得した能力を魔力に変え、力にしてやったのだよ、だが安心するとよい、ゴブリンとしての能力は失われておらんぞ、あーっはっはっはっ!」
能力を失った分、強くなったと言う事か・・・今はその事がいい事なのか悪い事なのか、判断できないな・・・。
しかし、ゴブリンの能力って、傷の修復が早い事だけだよな・・・怪我しても問題ないから便利と言えば便利なのだが・・・。
「さて、日も暮れて来た事だし、さっさと帰るぞ、あーっはっはっはっ!」
クリスティアーネはそう言うと、現れて来た時と同じように背中に大きな蝙蝠の翼が生え、ふわりと浮き上がった。
もしかして俺は、クリスティアーネを走って追いかけないといけないのだろうか。
「ベルも早く飛ばないか!」
俺が考えていると、クリスティアーネはそう言ってきた、しかし、ゴブリンである俺は空を飛ぶことが出来ない・・・。
「クリス様、私は飛ぶことが出来ません、走って追いかけますので、ゆっくり飛んでいただけると助かります」
「ベルはわれの眷属となったのだ、頑張れば翼が生えてくるのだよ、あーっはっはっはっ!」
頑張ればって意味が分からない・・・取り合えずクリスティアーネのような翼をイメージしてみた。
バッ!っと言った感じで、俺の背中に蝙蝠の翼が生えた、おぉ、凄い!
俺はその翼を、バッサバッサと翼をはためかせて見たものの、まったく浮かび上がる気配がなかった・・・。
「そうでは無い、翼で周囲の魔力を感じ取って浮かぶのだよ」
クリスティアーネは、少し苛立った感じで俺の前に降りて来て、クリスティアーネの背中の翼が、オーラの様なもので包まれている様子を見せてくれた。
あれが魔力なのか・・・俺がそう意識すると、周囲の景色が変わった。
今まで目で見た物しか認識できなかったのが、魔力を意識したことで三百六十度、周囲にあるすべての物を認識出来る様になった。
「どうやら分かったようだの、では浮き上がってみるといい」
クリスティアーネに言われた通り、翼全体で魔力を感じると、ふわりと浮かび上がった。
「おぉ、浮いた!」
俺は前世を含めて、初めて空に浮かぶという感覚に、喜びを感じていた。
喜んでいる俺を見て、クリスティアーネも満足そうにしていた。
「ベルのために、ゆっくり飛んでやるからの、着いて参れ、あーっはっはっはっはっ!」
クリスティアーネは俺に見せる様に、翼に周囲の魔力を集めて、ゆっくりと浮かび上がって行った。
風を掴んで飛ぶのでは無く、魔力を集めて飛ぶのだな。
俺も同じ様に、翼に周囲の魔力を集めて、クリスティアーネを追いかけて行く。
クリスティアーネは俺が着いて来ている事を確認すると、山に向けて飛んで行き、俺も着いて行った。
空から見える夕暮れの景色は、それはとても美しく、このままずっと飛んでいたいと思えるほどだった。
日が完全に沈み、辺りが真っ暗になった頃、山頂付近へと辿り着いた。
そこには下からは見えなかった、美しい西洋風の洋館が建っていた。
クリスティアーネは玄関へと降り立ち、俺も続いて降り立った。
「ここが、われの家だ、今日からベルの家でもあるからの」
クリスティアーネはそう言うと、玄関の扉を開けて中に入って行った。
俺も遅れない様に中へと入る、明かりが点いている事から、他に誰かいるのだろう。
周囲を見渡すと、一見綺麗に見えるが、隅々には埃が溜まっており、姑さんから指でツツーっとやられて、嫌味を言われそうな状況だ。
「エリー!帰ってきたぞぉ!」
クリスティアーネが大声で叫ぶと、奥からガタガタと音がして、猫耳メイドがバタバタと音を立てて走ってやって来た。
「クリス様、お帰りニャン!」
クリスティアーネから、エリーと呼ばれた猫耳メイドは、招き猫の様に右手を軽く握って顔の横にあげ、左手も同じ様に軽く握って右手よりやや下に構え、左足の膝から下を曲げて片足で立つという、可愛らしいポーズを取っていた。
「うむ、所でエリー、また寝ていたのだな?」
「寝ていないニャン!考え事をしていただけニャン!」
エリーと呼ばれる猫耳メイドはそう言っているが、頬と腕が赤くなっており、腕枕で寝ていた事がバレバレだな・・・。
「まぁよい、それよりお前が希望していた部下を連れて来たぞ、ベル、挨拶をするのだ」
クリスティアーネは俺の方を向いて、そう言って来た。
「私はベリアベル、今日からクリス様の部下となったので、よろしくお願いします」
俺は自己紹介をして、猫耳メイドにお辞儀をした。
「ゴブリンにしては礼儀正しいのニャン、私はエリミナ、エリーと呼ばれているニャン!」
エリミナは、また可愛らしいポーズをして自己紹介をしてくれた。
あれをやらないといけない様に、言われているのだろうか・・・。
クリーム色の髪に、金と赤のオッドアイが非常に魅力的で、そんな猫耳メイドに可愛らしいポーズをされると、とても嬉しいからいいけど。
「では、エリー、ベルに服と部屋を用意してやってくれぬか」
「分かったニャン、ベル、着いて来るニャン!」
「ベルは着替え終わったら、われの部屋に来るように」
「分かりました」
俺はエリミナの後に着いて行った。
エリミナの後ろを歩いていると、長く綺麗な尻尾が左右に揺れていて、思わず触りたい衝動に駆られるが、それは失礼に当たるし、嫌われたくは無いからな。
と言うか耳も尻尾も本物の様だな、獣人という事なのだろうか?
俺がゴブリンだから、獣人がいてもおかしくは無いな。
エリミナは廊下の奥へと歩いて行き、一番奥の扉の前で立ち止まった。
「ここがベルの部屋ニャン、服はクローゼットに入っているのを適当に着るニャン、クリス様の部屋は二階の一番豪華な扉ニャン!」
エリミナはそれだけ言うと、さっさと戻って行った。
クリスティアーネが帰って来た事から、猫耳メイドは忙しいのだろうな。
取り合えず部屋に入って服を着るとするか、今まで何も着ていなかったから、久々に服を着られる事が嬉しくてたまらなかった。
俺は機嫌よく扉を開けて中に入った。
「ゴホッゴホッ!」
中に入った瞬間埃が舞い上がり、俺は咳き込んでしまった。
一体いつから掃除がされていなかったのだろう、床は真っ白になるほど、一面に埃が積もっていた・・・。
後で掃除をしないと、この部屋では寝られないな。
今はとにかく服を着て、クリスティアーネの所に行かなくてはならない。
俺は埃が舞い上がらない様に、慎重に歩き、クローゼットの前にやって来て、ゆっくりとクローゼットの扉を開けた。
クローゼットの中は締め切っていたためか、埃は溜まっていなくて助かった。
服は何でもいいんだよな、そう思って掛かっている服を見て行ったが、全て黒い執事服だった・・・。
まぁ俺はクリスティアーネの部下だから、執事服を着る事は構わないのだが、クローゼットの横に設置されている鏡に映るゴブリン顔には、執事服が似合うとは思えなかった・・・。
とにかく執事服を着るとするか、俺はクローゼットから一着取り出し、部屋を出て廊下で服を着る事にした。
部屋の中で着ると、折角の服が、埃まみれになってしまうからな。
三年ぶりに服を着たが、やはり良い物だな。
心が引き締まる感じだ!
俺は久々に着た服の感触を楽しみながら、廊下を歩き、クリスティアーネの部屋へと向かって行った。
二階へ向かう階段を上がり、クリスティアーネの部屋は一番豪華な扉だったな。
ここかな、同じ扉が続き、他の扉とは違って確かに豪華な扉だ、俺はそこで立ち止まり。
軽くノックをして声を掛けた。
「クリス様、ベリアベルです」
「うむ、入って参れ」
中からクリスティアーネの声で入室の許可が出たので、豪華な扉を開けて中に入って行った。
部屋の中は白で統一されていて、清楚な感じを受けた。
クリスティアーネはその中の、白いテーブルの椅子に座り紅茶を楽しんでいる様だ。
白一色の世界に存在する黒髪の少女は、とても美しく映えていた。
俺はクリスティアーネの傍へと歩いて行き、執事の真似事の様に腹部に左手を当てて、一礼をした。
「クリス様、お待たせしました」
「うむ、中々似合っておるぞ、そこに座ってくれたまえ」
執事服を着ているから座っていいのか一瞬ためらったが、所詮真似事だからな、クリスティアーネの好意を無下にする訳にも行かないだろう。
そう思い、クリスティアーネの正面の椅子に座る事にした。
俺が席に着くと、クリスティアーネは真剣な表情で俺の事を見て来た。
「さて、これからの事を話す前に、改めて、ベルの名前を聞いておこうかの」
ん?俺の名前はベリアベルと、クリスティアーネから付けて貰ったばかりだが、もう忘れてしまったのだろうか?
大笑いしているゴスロリ少女だからな、もう忘れてしまっても不思議では無いか・・・。
「クリス様、私の名はベリアベルです」
俺が名前を告げると、クリスティアーネは眉をひそめて睨んで来た。
「そうでは無い、ゴブリンになる前の名前を聞いておるのだよ!」
えっ!なぜその事を知っているのだろう!
今まで転生した事を誰にも話していない、と言うか、話し相手もいなかったから、その事がばれる筈は無いはずだ。
そう思い、クリスティアーネの表情を見ると、俺が驚いている表情を見て、ニヤニヤと楽しそうに笑ってた。
どうして俺が生前の記憶を持っている事を知り得たのか謎だが、知られているのなら名前を教えるくらい問題は無いな。
「クリス様、私の生前の名前は、真田 広樹と申します、しかし、どの様にして、私が生前の記憶を持っている事が分かったのでしょうか?」
俺が生前の名前を告げると、クリスティアーネは満足そうな表情を浮かべていた。
「知りたいのか?」
「是非!」
クリスティアーネは意地悪そうな表情を浮かべていた、あの顔は何か俺に対価を要求して来るのだろうな。
「タダで教えてやるのは勿体ないが、ベルから魔石を貰ったからの、今日は特別に教えてやろう。
ベルを眷族にした際に、記憶を少し覗いたのだよ」
あの時か、別に記憶を覗かれても困る様な事はやっては来ていないと思うので構わないが、その事を知ったクリスティアーネは俺に何かやらせたいのだろうか?
「私は何かやらないといけないのでしょうか?」
「いや、記憶を元にやって貰う事は何一つないぞ、逆にその事は秘密にしておいた方がよいぞ」
クリスティアーネは真剣な表情へと変わって、そう言った。
「それを聞いて安心しました、しかし、クリス様は、私が記憶を持っている事に驚かないのですね?」
「ふむ、記憶を持った転生者とは数百年前にも来ておるからの、それがベルと同じ世界から来た者かは分からないがね。
しかし、魔物に転生した者は、ベルが初めてかも知れないの」
転生者は他にもいたのか、魔物に転生したのは俺が初めてと言われても、ゴブリンだし嬉しくもない・・・。
「クリス様、以前の転生者は何かやったのでしょうか?」
俺は転生者が、生前の記憶を使って勇者となり、無双したのかが気になって聞いて見た。
俺もゴブリンじゃなかったら、冒険者になって、色々やってみたいと思うからな。
「確か、仲間を集めて勇者となり、魔王討伐に向かったのでは無かったかの」
やはり勇者となっていたのか、羨ましい限りだ。
「それで魔王を倒せたのでしょうか?」
「いや、魔王どころか、管理者にも勝てなかったのだよ」
管理者とは何の事だろう、魔王の部下の事かな?
「クリス様、管理者とは誰の事を指すのでしょうか?」
「ベルはゴブリンだったから、知らないのが当たり前か、よろしい、教えてやろう。
管理者とは魔王より、魔物が住む土地の管理と、魔物が人の領域に向かわない様に管理する事を任された、九名の者を指す。
勿論われも、管理者の一人として、この地を任されておるぞ!」
クリスティアーネは胸を張って、私は偉いんだぞと、どや顔をしていた。
確かに偉いんだろうけど、あの笑い声が全てを台無しにしているような気がする。
そういえば、家に入ってから笑い声を聞いていないな、あれが演技だとしたら、なおさら残念なゴスロリ少女だ・・・。
それはいいとして、この山に魔物がいなかった事は、クリスティアーネが、魔物が人の領域に行かない様に管理していたという事だったのか。
もしかして、最初の頃俺が人の街を見つけた際に、そのまま向かっていたのなら、クリスティアーネに処分されていたのだろうか?
そう考えると、行かなくてよかったと、安堵した。
クリスティアーネに会った際感じた恐怖は、間違いなく本物だったという事なのだろう。
勇者が勝てない管理者の上に、魔王がいるのか、魔王とはどれだけ強い存在なのだろう。
「魔王とはどれだけ強いのでしょうか?」
「何だ、ベルは魔王と戦って見たいのか?」
「いえ、そうではありませんが、管理者の上の存在である魔王が、どれだけ強いのか気になっただけです」
クリスティアーネはテーブルに肘をついて顎を支えて、考え込んでいた。
「・・・そうだのぉ、今の魔王はわれより、ほんの少し強い程度かの、ほんの少しだけだからな!」
クリスティアーネは、ほんの少しを強調し二度言ったが、恐らくクリスティアーネは勝てないのだろうな。
それを指摘するのは、俺の命にかかわりそうなので黙っておくが・・・。
「そうなのですね、ではクリス様は、次の魔王という事でしょうか?」
俺がそう聞くと、クリスティアーネはにっこりと微笑んで、とても喜んでいた。
「ベルもそう思うか!まぁわれには威厳と気品があるからの、ベルがそう思うのは当然の事だの、しかし、残念な事に、暫くわれの順番には回ってこないのだ」
クリスティアーネに威厳や気品があるのかは疑問だが、魔王になるのに順番があるのか・・・。
「もしかして、魔王とは当番制なのでしょうか?」
「うむ、百年ごとに各種族に回ってくる、今は悪魔族が担当しておるの」
魔王って強いものが成る物では無かったのか、俺の魔王の対するイメージが壊れていくな、魔族も魔物が人の領域を侵さないようにしているし、もしかして、魔王および魔族は案外平和的なのかもしれないな。
「魔王、と言うか魔族は、人の領域に攻め込んだりしないのでしょうか?」
俺がそう聞くと、クリスティアーネは厳しい表情へと変わった。
「何故そのような事をしなくてはならない!われらは遥か昔より住んでいた土地を守っているだけなのだ、むしろ攻め込んできているのは人なのだぞ!」
クリスティアーネは激怒して俺の事を睨んできた。
「申し訳ありません、魔物も魔族も強力ですから、邪魔な人を排除すれば安心して暮らせるかと思ったまでです、気分を害したのであれば謝罪します」
俺はクリスティアーネに頭を下げた。
「いや、われも怒ったりして悪かった、今ベルが言ったような事を考える魔族が極僅かだがいることも確かだ、人もわれらと同じように生活をしておる、それを守るのも、われらの使命だと多くの魔族は思っておるからの」
それを聞いて安心した、クリスティアーネの部下となった事で、人を襲えと言われたらどうしようかと思っていたが、杞憂だった様だ。
今までも冒険者を倒して来てはいるが、それはあくまで襲って来た人達だからな、こちらから積極的に襲いたい訳では無い。
「分かりました、私もクリス様の考えに賛同します」
「うむ、さて、話がだいぶそれてしまったが、これからの事を話そう」
「はい」
「ベルには、ここで生活して貰う訳だが、基本的に自由にして貰っていて構わない、たまにお使いを頼む時があるが、それはその時に話そう」
特に仕事という事は無いのだな、しかし自由にしていいと言われても、俺がやる事は剣の訓練くらいだ、しかもその剣が無くなってしまった事で、体を鍛える位の事しか無いな。
「分かりました」
「それから、必要な物があれば用意してやるから遠慮なく、われに言うとよい」
それはありがたい、早速一つお願いしてみよう。
「一つだけ欲しい物があります、私は剣が無いと戦えないので、私が使っても壊れない剣を用意して貰えないでしょうか?」
「分かった、明日買いに行く事にしよう」
「ありがとうございます」
「最後に、一階に風呂があるから毎日入るようにな、使い方は魔石に魔力を流せばお湯が出る様になっておる、壊すなよ!」
「分かりました」
風呂があるとは嬉しい事だ、魔力を流すという事がいまいち分からないが、飛んだ時の様にやればいいのだろう。
俺は立ち上がり、改めてクリスティアーネにお辞儀をした。
「クリス様、これからよろしくお願いします」
「うむ、よろしく頼む」
クリスティアーネは可愛らしい笑顔で微笑んでいた、その笑顔をしばらく見ていたいが、そう言う訳にも行かないな。
「では、クリス様、失礼します」
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
俺はクリスティアーネの部屋を後にした、誰かとこんなに話したのは久しぶりで楽しい時間だった。
剣も用意して貰えることになったので、何かお礼をしないといけないな。
とは言えゴブリンの俺は何も持っていない、取り合えず出来る事からやって行く事にしよう。
とは言えそれは明日からだな、今日は自分の部屋を綺麗にして、風呂に入って寝る事にしよう。
一階に降り、掃除道具を探してみるが、見付からないな・・・。
エリミナに聞いて見た方が早そうだ、そう思ってエリミナを探す事にした。
明かりが点いている部屋を見て回ると、応接室のソファーで気持ちよさそうに寝ている、猫耳メイドを発見した。
寝ているのを起こすのは忍びないが、こんな場所でメイドが寝ているのはどうかと思い、起こす事にした。
「エリー、起きてください!」
俺が声を掛けると、猫耳メイドは飛び上がる様に起き上がった。
「寝てないニャン!」
「いえ、ばっちり寝てましたよ」
「何だ、ベルか・・・おやすみニャ~」
猫耳メイドは俺の事を確認すると、再びソファーに横になってしまった。
「寝ないでください、教えて貰いたい事があるんですよ」
猫耳メイドは片目だけ開けて、めんどくさそうな表情でこちらを見た。
「何が聞きたいニャ?」
「掃除道具のある場所を教えて貰いたいのですが?」
「それなら、この部屋を出て、右の突き当りニャ~」
「ありがとうございます」
猫耳メイドは再び目を瞑って寝てしまった。
・・・もしかして、この猫耳メイド働いてない?
そう言えば、クリスティアーネから俺は自由にしていいと言われたな、猫耳メイドも同じく自由にさせている可能性が高い。
という事は寝ていても問題は無いのか?
まぁ、猫耳メイドの事は、明日、クリスティアーネに聞いて見る事にしよう。
猫耳メイドに教えて貰った場所に行くと、掃除道具は一通りそろっていた。
俺はバケツとモップを取り出した、水は何処だろう・・・。
やはり台所かな、そう思って台所に行くと、見た目は綺麗だが、ここにも埃が積もっていて、使われている形跡は無かった。
調理をしていないのだろうか?
それより今は水だな、石で固められた場所に魔石が埋め込まれているな。
多分これだろう、俺はそう思い、魔石を触って魔力を流してみた。
バシャバシャバシャ!
思いのほか勢いよく水が出て来た事で、慌てて魔石から手を離した。
魔力を流し過ぎたのかな、俺はもう一度魔石を触り、今度は魔力を絞るような感じで流してみた。
チョロチョロ。
今度は水量が少ない、それから何度か試して、ようやく普通の水量となり、バケツに水を貯める事が出来た。
水を貯めたバケツと、モップを担いで自室へと向かっていると、クリスティアーネに引きずられて暴れている、猫耳メイドの姿を見かけた。
「お風呂には入りたくないニャー!」
「うるさい!お風呂には毎日入れと言っただろう!」
獣人であっても、猫は水が嫌いなのだな・・・。
俺も毎日風呂に入って綺麗にした方が良いと思うので、猫耳メイドの事を見送って、自室へと戻って行った。
先ずは窓を開けて、ベッドの上の埃を落とし、床をモップで綺麗に掃除した。
掃除は一時間ほどで終わった、取り合えず寝る為にベッドと床だけだが、他の場所は明日やる事にしよう。
掃除道具を元の位置に戻して、風呂に入る事にした。
お風呂の場所は、先程クリスティアーネと猫耳メイドが入って行ったので知っている。
お風呂の扉の前に立ち、魔力感知で中を確認する。
既に二人は出て行っている様だな、魔力感知があるから、ラッキースケベみたいなイベントは起こらないだろう。
そもそも俺に性欲があるのか疑問だ、ゴブリンとして生まれた頃は、女性から求められて交尾したが。
一人になってからは、あのような衝動に駆られた事は一度もない。
ジャングルで他のゴブリンの集団を確認した事はあるが、俺は近寄らない様にしていたからな。
お風呂の扉を開けて中に入った所で、俺は固まってしまった・・・。
脱衣所に、脱ぎ捨てられた服が、山のように積みあがっていたからだ。
洗濯していないのだろうな・・・あの猫耳メイド、本格的に仕事をしていない様だ。
これは明日の朝、俺がやるしか無いか。
俺も積みあがった服の山に脱ぎ捨てて、風呂へと入った。
お湯の出し方は、先程の水で要領は分かっていたので、すぐに出す事が出来た。
体を洗って、湯船につかる。
「あぁぁぁ~、気持ちいいぃぃぃぃ~」
川での水浴びは毎日していたが、やはり温かいお湯にゆっくり浸かるとでは全然違う。
俺は三年ぶりの、お風呂を堪能してから上がった。
自室へと戻り、これもまた三年ぶりのベッドの上で横になった。
まだ多少埃っぽいが、横になって眠れるのは非常に良い気持ちだ。
今までは敵が攻めて来てもすぐ動き出せるようにと、壁にもたれたまま眠っていたからな。
柔らかく、温かい布団に包まれて、目を瞑ると、すぐに眠ってしまった・・・。
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