第三話 異世界転生(弟)
・・・・・・。
・・・。
俺は何をしていたっけ・・・。
まだ夢を見ているような感覚で、頭がぼーっとしている・・・。
そういえば大会で負けて、もう何もやりたくねぇーと思ってたところを、兄貴に無理やり連れだされて・・・。
はっ!兄貴は無事なのか!
目を開いて、周囲を確認しようと思ったがぼやけていてよく見えない。
体も思うように動かないが、ベッドに寝ている事だけは分かる。
という事は、崖から落ちて助かり、今は病院のベッドで寝ているという事だろう。
体中に激しい痛みがあったのを覚えているから、相当な重傷で動けないという事だな・・・。
兄貴には悪い事をしたな・・・俺が注意しなければ、動物を避けて崖から落ちる事も無かっただろうに。
いや、優しい兄貴の事だから、俺が注意しなくても動物を避けていたのかも知れないな。
俺はまだ生きている様だから、早く兄貴の無事を確認したい。
そう思うのだが、体を動かせないし、目もほとんど見えない。
声は自分の声ではない様な音で、あ~あ~、しか言えない。
もしかして、俺は相当ヤバい状況なのでは無いのだろうか・・・。
体に全く痛みが無いのも、薬を投与されていたりするのだろうか。
体の自由が利かない状態なら、いっそ死んだほうがましだ!
そう思っても、今の俺にはどうにも出来ない事だな・・・。
諦めて寝る事にするか、そう思ったが、おしっこをしたくてたまらなくなってきた。
体が動かない状態の時、病院ではカテーテルを入れられていて、そのまま出していいんだっけ・・・。
我慢するのは体に良く無いので、そのまま出す事にした。
シャー!
生暖かい感触が下半身に広がって行く!
えっ、えっ!
俺は慌てて止めようとするが、上手く力が入らず、最後まで出し切ってしまった・・・。
この歳でオネショなのか!
徐々に冷えて行き、不快な感触になる下半身に、泣きたくなる気持ちだ・・・。
とにかくこのままでは、気持ち悪くて寝ることも出来ない。
せめて片手でも動かせれば、ナースコールのボダンを押す事も出来るのだろうが、碌に動かない。
とても恥ずかしいが、誰かを呼ぶしか無いだろう。
俺は息を吸って、大声で誰かいませんかーと叫んだ。
「おぎゃぁ!」
えっ?
耳に聞こえて来たのは、明らかに自分の声では無い。
もう一度叫んでみた。
「おぎゃぁ!」
明らかに俺が発している声だと思うが・・・赤ちゃんの泣き声だよな・・・。
俺が不思議に思っていると、誰かが近づいてくる音が聞こえ。
ベッドから抱きあげられた。
「〇□△×(マティどうしたの?あら濡れているわね、今綺麗にしてあげるからね)」
何を言っているのかは全く分からない、今まで聞いた事が無い言葉だ。
俺は再びベッドに寝かされて、下半身が涼しくなり、再び何かを着せられたのは分かった・・・。
「△□〇×(はい、綺麗になりました、大人しく寝ていて頂戴ね)」
何かを俺に告げると、再び離れて行くのが分かった。
・・・・・・。
・・・。
俺は頭の中が真っ白になってしまった。
俺は死んで生まれ変わったという事なのか・・・。
そう考えると、目がぼんやりとしか見えない状況、体が上手く動かない状況、声が上手く出せない状況も説明が出来る。
俺はもう一度声を出してみた。
「あ~」
間違いない、俺は記憶を持ったまま生まれ変わった様だ!
俺は歓喜した、あの時何もかも嫌になって、生まれ変わりたいと願ったのだから。
俺が願った事で、兄貴を巻き込んだのかもしれないなぁ。
この状況で兄貴の生存を確認する事は出来ないが、俺とは違って真っ当な道を歩いていた兄貴には生きていて貰いたい。
でも兄貴の事だ、生きていても、俺の様に生まれ変わっても、上手くやって行く事だろう。
さて、俺はどの様な世界に生まれ変わったのか確認したいが、この状況ではどうにも出来ないな。
眠気も襲って来たし、大人しく寝るのが良いのだろう。
俺はこれからの事に思いをはせ、眠りについた。
それからハイハイで移動が出来る様になるまでの七か月間は、地獄のような日々だった・・・。
おっぱいを飲んで、寝ているだけの生活で、退屈なうえに食事はおっぱいのみ。
最初はとても嬉しかったのだが、二日目で飽きた・・・。
そんなに美味しい物でも無いし、元々牛乳嫌いだった俺には苦痛の日々でしか無かった。
毎日ラーメン食べたいー、ハンバーガー食べたいー、カレー飲みたいー!
そう思って毎日を過ごして来た。
最近離乳食になって少しはましになったが、味が付いていないので、これも不味い・・・。
自然そのものの味だと言えばそれまでなのだが、濃い味付けや、ジャンクフードに慣れ親しんだ俺には苦痛でしかない。
まぁ成長の為に、我慢して残さず食べているけどな・・・。
言葉も少しずつ覚えて来た。
俺の名前だが、マティーと言うらしい、正式な名前はマティルスの様だが、両親がマティーと呼んでいるからそうなのだろう。
父親はアベルスティン、普段はアベルと呼ばれている、茶色の髪に青い瞳が特徴の身体つきが良く、ちょっと怖い感じがする男性だ。
母親はシャルティーヌ、普段はシャルと呼ばれている、やや赤い髪に水色の瞳が綺麗で体型も細く、美しい女性だ。
両親は小さな宿屋を経営していて、毎日忙しそうに働いているようだ。
俺は部屋の中に閉じ込められているから、外の様子がほとんど分からないが、たまに抱っこされて外に連れ出される時だけが、唯一の楽しみだった。
それは何故かと言うと、この宿屋のお客が特殊だったからだ。
お客たちは、剣、盾、弓、杖と言った物を手に持っており、鎧やローブを身にまとっている。
いわゆる冒険者と言う者達だった。
つまり俺は、剣や魔法のファンタジーな世界に転生した訳だ。
この事を初めて知った時、とても喜んだら、俺は泣き叫んだようで両親を心配させてしまった・・・。
まぁそう言う事があって、色々な情報を調べたくて部屋の中でうずうずしていた訳だ。
それも今日までだ、ハイハイが出来る様になった俺を誰も止める事は出来ない!
そう思っていたのだが、扉を開ける事が出来ず、部屋から出る事は叶わなかった・・・。
それは一歳になって、歩けるようになっても事態は変わらなかった。
ドアノブが、こんなに恨めしい存在に思えたのは初めての事だ・・・。
それから二年の月日が流れ、俺は三歳となり、こちらの言語の読み書きを覚える事が出来た。
まぁまだ三歳なので、両親には内緒にしている。
宿屋の中は自由に行き来できるようになったので、両親や冒険者に片言で話しかけて、色々な情報を仕入れている。
まずこの宿屋の名前だが、炎滅の宿と言う物騒な名前の宿だ。
何故そのような名前にしたのかと聞いたところ、俺の母親であるシャルが、魔法使いの冒険者として活躍していた頃、周囲から炎滅の魔法使いと呼ばれていたからだそうな。
確かにシャルは良く魔法を使っている、厨房でかまどに火を付けたり、甕に水を溜めたりしていた。
この世界の人全員が魔法を使えるのかと言ったら、そうでは無い様だ。
父親のアベルは魔法を使うことは出来ないらしい。
俺は魔法を使えるのかとシャルに尋ねた所、六、七歳位にならないと分からないとの事だった。
恐らく魔法書を読める様になったらと言う事だろう、そう思ってこっそりシャルの部屋にある魔法書を読んでみて、呪文を唱えてみたのだが何も起こらなかった・・・。
シャルの言う通り、年齢も関係するのかもしれない。
せっかく異世界に転生したのだから、魔法は使いたいので、六歳になったら再度挑戦してみることにしよう。
最近外への買い物にもシャルと一緒に出掛ける機会も増え、街の様々な事柄も分かってきた。
街の名前はフィリスと言って、主に農業と、冒険者が狩ってくる魔物の肉や魔石が収入源となっているようだ。
魔石は魔法の触媒や魔道具の材料として使われていて、大きな街へと買い取られていくそうだ。
魔物の肉は、うちの宿屋でも提供されていて、俺も知らないうちに食べていたようだ、味は特に臭みもなく美味しく食べられるから問題は無い。
通貨は硬貨が使われており、紙幣は流通していないようだ。
そこまで文化は発展していない証拠だな。
硬貨の種類は銅貨、銅板、銀貨、銀板、金貨、金板となっていて。
銅貨十枚で銅板一枚、銅板十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で銀板一枚、銀板十枚で金貨一枚、金貨十枚で金板一枚となる。
シャルは買い物の最中、俺が聞いたことは何でも答えてくれるから助かる。
宿屋の仕事はアベルが厨房を担当していて、シャルは宿屋の管理と、朝と夜の食事時は食堂の給仕もしている。
シャルが身籠っているので、俺も最近少し仕事を手伝うようにはなった、とは言え子供に出来る事なんて少ししかない。
朝、宿を出ていく冒険者から部屋の鍵を受け取る事と、夕方、シャルが宿泊の受付をする際に冒険者に部屋の鍵を渡すだけだ。
これくらい仕事とは言えないような事だが、シャルが喜んでくれるので積極的に手伝いをしている。
身長が足りれば、受付くらい簡単にできるのだが、テーブルの上に届かない状態ではこれが精いっぱいだった。
それ以外に部屋の掃除とかも手伝いたいのだが、もう少し成長しないと無理だな。
そんな平和な日々を過ごしていたのだが、ある冒険者パーティが炎滅の宿を訪ねて来た事で少し荒れる事になった。
「いらっしゃいませ」
「ませ~」
いつものように、シャルと俺は受付のカウンターで冒険者達を迎え入れていた。
しかし、その冒険者達はこの辺りでは見かけない、豪華な装備を身にまとっていた。
この辺りの魔物は弱いらしく、駆け出しの冒険者や、中級辺りの冒険者しか訪れない。
南の方に行けば危険な魔物が大勢いる場所があるそうだが、そこに行く冒険者はよほど実力がある者達か、あるいは自分の実力が分からない馬鹿しか行かないそうだ。
豪華な装備を身にまとったこの冒険者達は、前者と言う事になるのだろうか?
「ここに、疾風のアベルスティン殿と、炎滅のシャルティーヌ殿がいると聞いてきてのだが?」
この冒険者達は、両親を訪ねて来た様だな、シャルに二つ名があるのは聞いていたが、アベルにも疾風と言う二つ名があるのか。
どうやら俺の両親は、それなりに名の通った冒険者だったという事か。
「シャルティーヌは私ですが、どなた様でしょうか?」
「これは失礼しました、私はAランクパーティ、クリムゾンハートのリーダー、リュクセンと申す者。
この度、アベルスティン殿とシャルティーヌ殿にご助力を願いたく、馳せ参じた次第です」
「そう言われましても、私はこの様に身ごもっておりまして、アベルも宿の仕事が忙しく、ご期待には沿えないかと思います」
「そこを何とかお願いできないでしょうか、冒険者ギルドの方からも、こちらに協力を要請する様にと言われて来ております」
「・・・ここでは何ですから、食堂の方でアベルを交えて話しましょう」
「ありがとうございます」
シャルでは説得するのは無理だと判断したのか、冒険者達を食堂へと連れて行って、アベルに任せてる様だ。
俺はシャルの後に着いて行き、一緒に食堂へと向かった。
「アベル、お客さんよ」
シャルが厨房に声を掛けると、似合わないエプロンをしたアベルが、いつもの怖い表情でぬっと出て来た。
「何の様だ?」
アベルは威圧する様に、豪華な鎧をまとった冒険者達を睨みつけそう言った。
「これはアベルスティン殿、私はAランクパーティ、クリムゾンハートのリーダー、リュクセンと申します。
この度冒険者ギルドより、アベルスティン殿に助力を得る様に言われて参りました」
リュクセンはアベルの威圧に耐え、堂々と名乗りを上げた、伊達にリーダーをやっていないと言う事だろう。
他の者達は、アベルの威圧にやや押されているような感じだからな。
「取り合えず席に座ってくれ、話はそれからだ」
「ありがたい」
アベルは皆に席に座る様促すと、厨房に下がって行き、全員分のエールを持ってやって来た。
「こいつは俺のおごりだ」
ドンッと両手に持ったエールをテーブルに置き、アベルも席に着いた。
俺はシャルが座った膝の上に抱かれている。
リュクセンは喉が渇いていたのか、それともアベルが進めてくれたのを飲まないと不味いと思ったのか、エールを一気に飲み干してから話を始めた。
「我らはある貴族より依頼を受けてこの地へ参った、その依頼と言うのは、ご子息の敵討ちをして欲しいと言う物で、これがその対象の魔物という事になる」
リュクセンはアベルの前に、一枚の魔物の詳細と賞金が書かれた依頼書を差し出した。
「黒い悪魔ね、こいつの噂は聞いている、ゴブリンの進化体で、人語を話し、剣を巧みに操るそうだな」
アベルは依頼書を持ち上げて、読み始めた。
「ママ、しんかたいって、なに?」
俺は進化体と言う言葉が気になり、聞いて見る事にした。
「進化体と言うのはね、魔物同士戦って、勝利した方が、強くなっていく事を言うのよ」
「ふーん、じゃぁ、まものはみんなつよくなるの?」
「そうでは無いわ、弱い魔物が強い魔物に勝った時だけ、強くなるのよ」
「よわいのに、つよいのにかつんだ」
「滅多には無い事だけどね」
「ママ、ありがとう」
なるほど、以前の知識と言うか、ゲームでのゴブリンは最弱の魔物だからな、それが進化して強くなったという、ありえない状況なのかな?
シャルは俺がお礼を言うと嬉しそうに微笑んで、頭を撫でてくれた。
そうしていると、アベルは依頼書を読み終えた様でテーブルに置き、リュクセンに向き直った。
「話は分かったが、俺には宿屋の仕事がある、他を当たってくれ」
アベルは断ったが、リュクセンは諦めなかった。
「アベルスティン殿が忙しいのは分かっている、ここの手伝いは冒険者ギルドの方で手配してくれるようになっている、どうか一緒に着いて来てはくれないだろうか?」
「そうは言っても、俺は既に冒険者を引退している、それはギルドにも言っているのだがな・・・。
それにそのゴブリン、無抵抗の者は殺さないと言う話じゃないか、つまりその貴族のご子息は、自らゴブリンに挑んだという事だろう?
それを敵討ちとは、逆恨みもいいところじゃねーか」
「それはそうなのですが、それなりに良い金額を提示されまして、勿論アベルスティン殿にもそれ相応の金額をお渡しします」
「金っつってもなぁ、お前達も知っての通り、俺達は十分な金を稼いで持っている訳だ、今いる子供や新たに生まれて来る子供の為にも、危険な橋を渡る必要はねーんだよ」
アベルはシャルと俺を見てそう答えた。
流石にそう言われては、リュクセンも言い返せない様で、黙り込んでしまった。
「まっ、そう言う事で帰ってくれや!」
「そう言わずに、助けてやってくれねーか?」
アベルは話が終わったと、席を立ったところで、食堂に一人の男が入って来てそう言った。
「オルドレスか、やはり貴様の差し金だった訳だ」
「そう言う事だ、今回の依頼は非常に危険だ、そんな危険な場所に若者だけ行かせる訳には行かんからな」
「ママ、あのひと、だ~れ?」
「あの人は冒険者ギルドの一番偉い人よ」
「そうなんだ~」
ギルドマスターという事か、その人から直接依頼されてはアベルも断れないのでは無いだろうか?
「わーったよ、行けばいいんだろ!その代わり俺が留守の間、ここの厨房は任せたからな」
「あぁ、俺が責任もって、お前より美味い飯を作っといてやるよ」
「ちっ!」
アベルは舌打ちをして、再度席に着いた。
「それで、何時出立するんだ?」
「アベルスティン殿ありがたい、出来れば明日からでも向かいたいのだが構わないだろうか?」
「分かった、オルドレス、黒い悪魔の居所は分かってるんだろうな?」
「あぁ、大体の行動範囲は特定してある、これが地図だ!」
オルドレスはアベルに地図を渡した。
「この場所なら日帰りで行けるな、しかしこんな近くにいたのかよ、それとこの場所だと、最悪管理者が出て来るんじゃねぇのか?」
「その可能性は限りなく低いだろう、ウィルパトス山の管理者は、ここ百年姿を現していないからな」
「そうだといいんだが、それと黒い悪魔に関しての情報、まだあるんだろ?」
「勿論ある、ほらこれだ」
オルドレスは懐から紙を出して、アベルへと渡した。
「ママ、かんりしゃって?」
「管理者とはね、魔物が人の住む領域に出て来ない様にしている魔族の事を言うのよ」
「そ~なんだ、いいひとなんだね」
「そうねぇ」
シャルは苦笑いをしていた、魔族が魔物を管理していて、それが近くにいるという事がどの様な意味をするのか、分からないな。
シャルが苦笑いをしている所を見ると、良い事と悪い事がありそうだが、その内教えて貰う事にしよう。
「なるほどね、剣を使うだけじゃなく、後衛から優先して襲って来るとは、知恵もかなり高いという事か、お前達も読んでおくといい」
アベルはリュクセンに、黒い悪魔の情報が書いてある紙を渡していた。
その後、リュクセン達はうちの宿に泊まり、翌日アベルと共に出立する事となった。
早朝、出掛ける準備を終えたアベルを見送るために、シャルと一緒に宿屋の玄関前へと来ていた。
アベルは部屋に何時も掛けてある、アベルの身長ほどある両手剣を背中に背負い、皮の鎧を全身にまとった出で立ちだ。
いつも厨房で見かけるエプロン姿からは想像できない格好良さで、俺も将来あのようになりたいと思ってしまった。
しかし、何故皮の鎧なのだろう?
「ママ、パパはどうして、みんなとちがうすがたなの?」
「あれはね、竜の鱗で作った鎧で、他の人のより硬くて軽いのよ」
「そ~なんだ、パパ、いってらっしゃい」
「アベル、無事戻って来てね」
「行って来るよ」
アベルは、シャルと俺を抱きしめて出かけて行った。
厨房には、昨日来たギルドマスターのオルドレスが、アベルのエプロンを付けて、料理を作っていた。
「ママ、あのひとのりょーり、おいしい?」
「えぇ、アベルが作るより美味しいわよ」
「そ~なんだ」
ゴブリンの進化体がどれほど強いのかは分からないが、アベルが無事帰って来る事を祈る事しか出来ないな。
ちなみに、オルドレスの作る料理は、アベルとは比べ物にならないくらい美味しかった・・・。
≪アベルスティン視点≫
シャルとマティーに見送られて、クリムゾンハートの連中と街を出た。
管理者のいるウィルパトス山までは弱い魔物が出るが、Aランクパーティのこいつらには問題にはならないだろう。
「リュクセン、今の内に打ち合わせをしておこう」
「分かりました」
「まずは自己紹介だな、俺は元Aランクの戦士で魔法は一切使えない、サポートは頼むぜ、それと今から俺の事はアベルと呼んでくれ、敬称も不要だ」
「分かりました、私はリュクセン、Bランクの戦士、基礎魔法が使えます」
「俺はマルセロ、Bランクの剣士、前衛を務めます」
「ユリシャー、Cランクの盗賊、敵感知はお任せを」
「私はドルンド、Bランクの魔術師、得意なのは風です」
「私はブラレス、Cランクの治癒師です、よろしくお願いします」
「バランスのいいパーティだな、すまないが今回俺がリーダーをやらせて貰う、それと黒い悪魔を見付けても先に攻撃するんじゃねーぞ」
「アベルにリーダーは喜んでお任せしますが、何故攻撃してはいけないのでしょう?」
リュクセンは俺が攻撃するなという事に納得いかない様だな、まぁ彼らの目的が黒い悪魔の討伐だからな。
「お前らも黒い悪魔の情報を見ただろう?相手はかなり知性が高い上に交渉も出来る、それにおそらくSランクの強さだろう、まずは話してみてからでもいいんじゃねーか?」
俺がSランクだと言うと皆驚きの表情を見せていた、Sランクと言えば管理者レベルの敵という事だからな。
管理者とは魔王より、各地にある土地の管理を任せられた、九名の魔族を指す言葉だ。
ここ数百年、管理者を倒した記録は残っていない、ネフィラス神聖国の勇者が、幾度か討伐しようと向かってはいるが全て返り討ちに会っている。
つまりSランクの魔物は、人では倒せないという事だ。
「アベルは倒せないと思っているのですか?」
「簡単に言うとそう言う事だな、お前達も死にたくはねーだろ?」
「でも今回の依頼は黒い悪魔の討伐と、出来ればご子息の剣の回収です」
「そこだ!つまり黒い悪魔と交渉して、上手く剣を返して貰えばいいって事だ!」
「それでは討伐依頼は失敗という事に・・・」
冒険者の依頼の失敗は、昇給に関わって来るからな、彼らはAランク、失敗すればそれだけ大きく減点される訳だ。
「それに関しては、心配しなくていいぜ、オルドレスが上手く誤魔化してくれるだろうよ」
「そうだといいのですが・・・」
「それとだな、依頼は失敗してもいいんだぜ、一番重要なのは生きて帰る事だ!
生きていれば、失敗なんていくらでも取り返せるからな!」
「・・・分かりました、確かにそうですね、私はリーダーとしてランクを上げる事だけを考え過ぎていた様です」
「そう言う事だ、いくらランクが上がろうとも、死んでしまってはそこで終わりだからな!」
「はい、ありがとうございます」
「それから、配置を決めておこう、リュクセンはドルンドに、マルセロはブラレスを守ってくれ、前衛は俺が務める、ユリシャーは俺の後ろで敵感知を頼むぜ!」
「ですが、それでは魔物が後ろまで来てしまいます!」
俺の提案に剣士のマルセロが異を唱えて来た。
「前から来る敵は全て俺が斬るから心配するな、お前達も報告書を読んだだろう、黒い悪魔は後衛から優先して倒しにくる。
出来る限り戦闘しなくて済むようにするが、最悪の事態は考えておかねーとな」
「分かりました」
話しているうちに、ウィルパトス山へと辿り着いた、ここからは管理者の領地であるため、魔物が出ることは稀だ。
しかし用心するに越した事は無い。
「ユリシャー、ここから魔物が出る事は無いとは思うが、気を緩めないでくれ」
「承知しました」
管理者の領地の外側を回る様にして移動して行き、黒い悪魔の出現予想地域の手前までやって来た。
「ここで食事を摂ろう、この先休めないと思ってくれ!」
鞄より食事を取り出し食べる事にした。
「アベルはこの先に行った事はあるのでしょうか?」
「何度かある、この先はエッケア地域と言って、この大陸で最南端の場所だ。
そこにはCランク以上の魔物しかいない、ゴブリンやグレイウルフと言ったEランクの魔物もいるが、ここにいるのはゴブリンでさえCランクの強さを持っている、油断しない事だ」
「何故ここの魔物はその様な強さを持っているのでしょうか?」
「さぁな、詳しい事は分からんが、冒険者は誰一人この地域の奥地に到達した者がいないという事だ、つまり人の手が入っていない、故に魔物同士戦って強くなっったんじゃねーかと言う事だな。
まぁ俺達も若い頃、奥まで行ってやろうぜと粋がって見たものの、二日で帰る羽目になったからな」
「そんなに危険な場所なのに、冒険者は行くのですね」
「まぁな、危険だが、その分金になるつー事だ、実際俺達も魔物の巣穴を見付けて、大儲けしたからな」
「そんなに儲ける物なのですね」
「何故かここの魔物は、巣穴に倒した魔物の魔石を貯め込んでいる、それを俺達が見つけた事で、俺達の様に儲けようと死にに行く馬鹿が後を絶たねー訳だ」
「巣穴に魔石が大量にあるのなら、誰でも行きたくなりますね」
「ほとんど帰ってこないから、欲を出さねー事だな!」
「分かりました」
「さて、休憩は終わりだ、さっさと見つけて帰りてーからな」
「はい」
俺達は立ち上がり、森からジャングルに向けて歩き始めた。
「ユリシャー、ここからは慎重に進んでいく、黒い悪魔との遭遇予想地点はこの辺りだが、今は狩りに出掛けている可能性もある、痕跡を見逃さない様にしてくれ」
「承知しました」
ここからは盗賊のユリシャーの実力次第だな、お手並み拝見と行こう。
俺は前衛で遠くに敵がいないか確認しながら、歩きにくい草木を切りながら進んでいく。
暫く進んだところで、ユリシャーが足跡を発見した様だ。
「アベルさん、これは今まで見た事が無い足跡です」
俺も確認したが、初めて見る足跡だった。
「そうだな、俺も見た事が無い、と言う言はゴブリンの進化体の物である可能性が高いな、このまま追跡できるか?」
「やってみます!」
足跡は一歩一歩の間隔が非常に開いていて、この足跡の魔物がいかに跳躍力があるという事が分かる。
これが黒い悪魔の物だとすると、前衛を飛び越えて後衛を狙うのは容易に思える。
「アベルさん、あれが巣穴では無いかと!」
ユリシャーが指差した先には、明らかに何かを隠すように木や岩が置かれていた。
「ここからすぐ離れるぞ!」
「巣穴を覗かないのですか?」
「いいから来い!」
俺は皆を連れ、その場から急いで離れて行った。
出来るだけ離れた位置から、巣穴を確認できる場所へと移動した。
「巣穴には魔石を貯め込んでいると言っただろ」
「はい」
「つまり魔物の宝物という事だ、それなのに巣穴の前にいては、俺達はそれを奪う者となり、問答無用で攻撃される訳だ」
「なるほど、ではここで魔物が帰って来るのは待っていると言う事ですか?」
「そう言う事だ、魔物が帰ってきたら、俺だけで行くから、お前達はここで待機していてくれ」
「それでは、アベルが危険になるのでは?」
「逆だよ、一人で行けば相手も警戒しないだろ?」
「確かにそうかも知れませんね、ですが危険だと判断したら援護に向かいます」
「頼んだぜ!」
それから待つ事三時間、ようやく魔物が姿を現した、確かに黒い。
そのまま巣穴に向かうのかと思ったが、黒い悪魔は突然姿を隠した。
「気付かれたか!仕方が無い、俺一人で出て行くから、ここで待機していろ!」
「分かりました、お気を付けて」
相当進化している様だな、探知能力も優れているのだろう。
俺は一人で黒い悪魔が隠れた方向へとゆっくり歩いて行った。
「俺はアベルスティン、お前と話し合いに来た、こちらから攻撃はしないので出て来ては貰えないだろうか!」
俺は大声で、黒い悪魔がいる方向へ声を掛けた。
暫くして、ゆっくりと黒い悪魔が俺の前に姿を現した、俺と同じように背中に両手剣を背負っていて、自然体に構えている姿は隙が全く見えなかった。
やはり相当強いな・・・俺は久しぶりに背中に寒い物を感じた。
身長は俺より少し低いくらいで、既にゴブリンの面影はほとんどない、どれだけ進化したのか想像もつかないな。
「俺はゴブリン、こちらにも戦う意思はない、背後に隠れている者達も出て来る様に言って貰えないだろうか?」
やはり気付いているのか、ここで向こうの言う事を無視すると、リュクセン達の危険が増えるだけだな。
「分かった、リュクセン、お前達もこちらに出て来てくれ、決して攻撃するんじゃねーぞ!」
リュクセン達は少し戸惑った様だが、こちらに怯えながら歩いて来た、こいつの恐ろしさが分かるくらいには、こいつらも強い訳だ。
「ゴブリン、お前には名前が無いのか?」
俺がそう聞くと、ゴブリンは腕を組んで、暫く悩んだ後答えてくれた。
「・・・無い、俺はゴブリンだ」
「そうか、ではゴブリン、こちらからは一つお願いがある、お前に倒された者が持っていた両手剣を返して欲しい、勿論その見返りは出来るだけしよう、リュクセン?」
「はっ、はい、こ、こちらです!」
リュクセンは震えながら、懐から両手剣が描かれた紙を取り出し、俺に渡した。
俺はそれをゴブリンへと渡す。
ゴブリンはそれを見て考え込んでいた、恐らく巣穴の位置を俺達に知られたく無いのだろう。
「ゴブリン、申し訳ないが、お前の巣穴は見付けてしまった、勿論中は一切確認していない」
「・・・分かった、同じものがあるか見て来るから待っていてくれ」
ゴブリンは巣穴へと戻って行って、暫くすると手に剣を持って出て来た。
「多分これだろう」
俺はゴブリンから剣と紙を受け取り、リュクセンに確認させる。
「た、たしかに、こ、これです」
「そうか、ゴブリンこれは貰って帰っていいだろうか?」
「構わない」
「ありがとう、それで見返りだが、何か欲しい物はあるだろうか?」
「・・・美味しい食べ物」
ゴブリンは暫く考え込んで、そう答えた。
なるほど、これほど知性がある訳だから、美味い物が食べたい訳だな。
「分かった、今から料理するから待って貰えないだろうか?」
「分かった」
丁度、近くに小川があって助かった、川辺に行き料理の準備をする。
薪をリュクセン達に集めさせようとしたら、ゴブリンが俺が集めて来ると言って、乾いた木々を拾って来た事には驚いた。
これは日頃から煮炊きをしているのだろうか?
何も知らない者だとそこら辺にある、生の木々を集めて来るのは間違いない、俺も最初それで失敗した事があるからな・・・。
この様な場所で煙を出そうものなら、すぐに魔物が集まって来る事間違いない。
ドルンドに魔法で火を点けて貰い、干し肉と、ナイフで剥いた野菜を鍋に次々と入れて行く、香り付けに香辛料を入れ、塩で味付けをして、火が通れば完成だ。
この様な場所だから、簡単な物しか出来ないが、ゴブリンは先程から鍋を見てよだれを垂らしているから、構わないのだろう。
煮立った所で、味を見る・・・上出来だ!
木の器によそって、木のスプーンを入れて、ゴブリンに手渡した。
ゴブリンは器用にスプーンを使って、一口食べた。
「・・・・・・美味いいいいいいい!!!!」
ゴブリンはそう叫ぶと、次々にスプーンですくって、涙を流しながら完食した。
「まだいるか?」
俺がそう聞くと、ゴブリンは何度も頷いて、器を渡して来た。
俺はまたよそって、ゴブリンへと手渡すと、喜んで食べていた。
リュクセン達は、そんなゴブリンの姿を呆然と見ていた・・・。
しかし、こんな物で涙を流して喜ぶなら、俺の食堂に連れて行って食べさせてやりたいと思ってしまった。
三杯目をよそってやろうとしていた所で、全身を恐怖に支配されてしまった。
それはゴブリンやリュクセン達も同じ様で、Cランクのユリシャーとブラレスは、恐怖のあまり気絶してしまったほどだ・・・。
そしてその恐怖を振りまく存在が、上空から現れた。
管理者!
俺は一瞬でその存在を理解した、人では絶対勝てない相手。
その姿は少女であったが、振りまかれる恐怖、いや魔力が普通の少女では無い事を現していた。
「あーっはっはっはっはっはっ!何やら美味そうな匂いがしたので寄ってみたのだが、顔触れも面白そうだのぉ、そこの者、われにも一杯頂けんか?」
管理者が俺に、鍋で煮ている食べ物を要求して来た、こんな物を食べさせて怒られるのでは無いだろうか・・・。
しかし、やらないと命は無さそうだ・・・恐怖心を気合で跳ね除け、器に一杯盛って手渡した。
「熱いので、気を付けてください」
「うむ!」
管理者は可愛らしい手で受け取り、フーフーと冷やしながら、小さな口へと運びパクっと食べた。
「この様な場所で作ったにもかかわらず、中々美味いでは無いか!あーはっはっはっ!」
「ありがとうございます」
どうやら管理者に気に入って貰えた様で安心した。
「そこのゴブリンも、われに遠慮する事は無いぞ」
「はい、では遠慮なく頂きます」
ゴブリンはなかなか肝が据わっている様だ、管理者に最初は恐怖した物の、今は普通に対応している。
俺から器を受け取って、二人で食べているからな・・・。
それからゴブリンと管理者で、鍋をすべて完食した。
「ごちそうさまでした」
「うむ、われも満足したぞ、あーはっはっはっ!」
目的は達成したので、鍋をかたずけ、帰る事にした。
「私達はこれで失礼します」
「うむ、気を付けて帰れよ、あーはっはっはっ!」
気絶している二人を皆で担いで、早々に引き上げる事にした。
相変わらず管理者からは魔力が漏れ出し、気絶していない者も、今だに恐怖に怯えているからな・・・。
二人を安全な所まで運んで起こし、急いで街へと引き上げて行った。
「いいか、管理者に出会った事は誰にも話すなよ!」
まだ震えが止まらない皆に言い聞かせる。
皆もその事は分かっているだろう、管理者に出会って無事帰還したとなれば、何かと文句を付けられる。
特にネフィラス神聖国の者に知られると、俺達の事を管理者の手先などと言われて、処罰されかねん。
「今日は黒い悪魔を無事倒して、形見の両手剣も無事回収出来た、それだけだ、いいな!」
皆必死に頷いている、おそらく声が出せないのだろう。
俺でさえ、今だに少し震えているからな・・・。
夕暮れ遅く、街へと辿り着き、リュクセン達はギルドへ報告に行き、俺は宿屋へと戻った。
「シャル、マティー、戻ったぞ!」
「アベル、お帰りなさい!」
「パパ、おかえりー」
シャルに抱きしめられ、マティーの頭を撫でてやっと一息つく事が出来た。
「他の者達はどうした?」
厨房から、似合わないエプロンをしたオルドレスが顔を出して来た。
「皆無事だ、ギルドに報告に行ったぞ」
「そうか、それは良かった」
それを聞いてオルドレスは安堵の表情を浮かべていた。
俺は厨房の奥にオルドレスを引き連れ、ゴブリンと管理者の事を話した。
「分かった、今日は俺が最後まで厨房にいるから、先に休んでくれ」
「助かる」
「若い者の命が助かったのだ、お前には感謝してもしきれない」
「何時からそんな殊勝な事が言えるようになったんだ?」
「ギルドマスターをやっていると色々あるのさ・・・」
「そうか」
俺達は笑い合い、俺は自室に戻り装備を解いて、ベットに寝転がった・・・。
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