最終章を③

 僕は描かれた詠唱を丸型の絵図で表したものを魔力を込めた指でなぞると、その指を天掲げ兵器の方に目掛けて振り下ろした。ミシ、ミシ。地面から生えた腕ほどの太さの氷でできた蔦が兵器の身体を縛り付ける。その手応えを手掛かりに胸と思わしき場所の正面まで走って移動する。防壁の魔術はそのままにギリギリまで近づくと、自分の顔程の大きさの透明な赤色のものが現れた。パラパラと紙をめくり、また別のページを出して絵図を指でなぞる。腕を手前に引き寄せ、息を吐き出しながら勢いよく突き出す。すると今度は地面から岩でできた槍が飛び出て、ガラス玉に小さなヒビを入れた。


「よしっ!」


 ガラス玉の内からより濃い黄金の霧が吹き出す。もう一度腕を引き寄せようとすると、目の前に魔力が集まり始めた。慌てて防壁を張りながら足に瞬足の魔術をかけて飛び退く。熱放射の魔術を使ったのだろう、そこ一体のレンガがマグマのように朱色に輝いていた。


「トバリ! あと少しだから頑張って!」

「う、うん。」


 多少怯みながらも僕は魔導書のページをまためくった。そちらも魔術を使うのであればしょうがない。次に発動させるべきは大魔術と言われる発動阻害魔術だ。大きく息を吸い込み背を低くして、口を開いた。


「紡ぐは螺旋状の魔力の糸。乗せるは熾烈なる辻風。撹拌せよ。消散させよ。っ、行け!」


叫び声と同時に風の渦が兵器を中心に起こる。そのあまりの勢いに相手の動きが一瞬鈍くなったのを好機と見て、僕はすかさずもう一度岩の槍を叩き込んだ。

 ガラス玉が砕け、巨体が傾いて僕の方に倒れ込んでくる。しまった、避けるのが間に合わない。近くまで入り込みすぎてしまった。しかし考えるよりも先に、僕の身体は動いていた。


「辻風よ!」


兵器の身体を覆っていた風にもう一度強い魔力を通すことで強引に手元に引き寄せ、突風を巻き起こした。その勢いに自分自身が負けて身体がふわりと宙に浮く。ゆっくりと地面に沈む兵器の真上へと飛ばされた僕の手をとったのは、パミットちゃんだった。

 つま先から順に地面に足を着く。ありがとうも言えないほど呼吸を荒くしていると、パミットちゃんはやはりいつもどおりの表情で微笑んだ。そして周囲の金色の霧が彼女に胸に吸い込まれていき、身体が光り輝く。目を開けていられない程のそれが収まったとき彼女の背の翼は体長と同程度のものから何倍にも大きくなっていて、身長も十センチほど伸びていた。


「トバリ。ありがとう。貴方のおかげで私は天界に帰ることができる。そしてごめんなさい。私は貴方の孤独でできた心の隙間に入り込んでいた。……もう二度と会えないだろうけれど、貴方の内側から見ていた外の世界は楽しかった。」


 ………さようなら。パミットちゃんはとんと地面を蹴った。翼をはためかせる。いつの間にか霧は晴れていた。地上から光の粉が集まってできた筋が彼女に追従するように上へ上へと向う。僕の目の前にも筋が通る。ポシェットを開けて賢者の石を取り出すと、ひとりでに黄金が溢れて粒へと変化し彼女のもとへ飛んで行っていた。


「ま、待って!」


 震える声でパミットちゃんに手を伸ばす。しかしどこかで、止められないことを悟っていた。彼女の純白の双翼が遥か彼方に見える。神秘的な光景だ。そう、まるで神がつくったかのように。頬を涙が伝う。身体の動かし方すら忘れてしまったように、ただじっと遠くの方にある最後の光の筋を見送った。



 ゴゴゴ………遠くで地響きがする。散らばった氷と兵器の残骸の間で立ち尽くす。その日のニュースは政府がひた隠しにしていた古代兵器の暴走と、それから西の森の大崩落の話で持ちきりだった。

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