最終章を②

 家を出たのは九時半過ぎの事だった。僕はクラスメイトに会わないかと心をざわつかせながら商店街を目指した。商店街の入り口にはステンドグラスが装飾された大きな門のようなものがあり、コンクリートから温かみのある褐色のレンガに床が変わる。時々違う色の混じったそこを歩くのは楽しかった。魔道具店にテレビのコマーシャルで見たゲーム機が並べられているのをじっと眺めたりした。しかしすぐ下にある値札を見て欲しいという気持ちには蓋をした。三万円は高すぎる。


 肩を落とすと、小さい水筒を取り出して水を飲んだ。その時、ギィーコ、と洗濯板を棒で擦ったような音が微かに聞こえた。そしてゴゴゴと地面が揺れ動く。悲鳴を上げて逃げる人たちが来た方から、黄金色の光の粒が濁流のように押し寄せてきた。その眩しさに思わず目を覆い下を向いた。すると僕の胸元から半透明の手が生えていた。


「っひ、」


さなぎの中から蝶が出てくるかのように、僕の中から半透明の身体が姿を現す。地面にひたりと足をつくと、それは足元から順番に不透明になっていった。神秘的な光景に目を奪われる。振り返ったその子は、僕のよく知っている赤髪の美しい少女だった。


「……パミット……ちゃん?」


白色のワンピースを揺らめかせた彼女は僕の手を取り強く握った。


「トバリ、行こう。兵器が暴走してる。」


 そう言うと勢いよく前を向き、僕の手を掴んだまま轟音の鳴り響く方へと走り出した。金色の霧のせいで視界が不鮮明だ。パミットちゃんの姿でさえ手元ぐらいしか見えず、ただ微かな金木犀の香りが頼りだった。


「っ、危ないっ!」


パミットちゃんを引き寄せて横に飛び退いた。そこには自分たちの身体と同じくらいの大きさの大きな拳が落とされていた。風圧で上体が傾く。レンガは割れて元の地面が下に覗いて見えた。パミットちゃんがなぜここに居るのか尋ねる暇もない。


「パミットちゃん! これも残滓を回収すれば止まるの?」

「うん! ……だけどトバリ、それは私の役目なの。あなたはもう錬金術を使えないから。」


 パミットちゃんはそう言うと背中に純白の翼を生やして僕の腕を優しく解き、空へと舞い上がった。その美しさに見惚れていると、また拳が降ってくる。防壁の魔術で弾き、横に退く。パミットちゃんは僕に向かって両手を広げると、微笑みを漏らした。


「トバリ、あの兵器の胸にある丸く赤い大きなガラス玉を壊して欲しいの。協力してくれる?」

「ま、待って! 錬金術が使えないってどういうこと!」

「大丈夫、魔術は使える。だからお願い、協力して。」


 眉を下げたパミットちゃんに聞きたいのはそういうことではないと言いたくなるが、兵器がその巨体を揺らす音に頷くしかなかった。ポシェットから魔導書を取り出し走りながらページを選ぶ。魔導書は手に持つだけでも効果を発揮するが、本に載っている魔術であればそのページを開き発動することで更に様々な恩恵を受けられるからだ。

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