第三話 大人③
その日の夜は久しぶりに母と夕食をともにした。というのも寝不足とその日が随分と暑かったせいで酷く疲れて鍋の中のものを温めて食べる気力も沸かずに眠りこけてしまい、いつの間にか母が帰ってきていたからだ。その時の会話は万人が想像できるような内容で、主に本当は居ないトバリの友だちについてだった。思わず冷や汗が出そうになったが、何より母と久しぶりにゆっくりと話す事ができたのが嬉しかった。
それからトバリは母の強引な提案により一緒のベッドで寝た。そのベッドはトバリが小さい頃から父親と母親が二つ並べて使っていたもので、一つだけ部屋に置くのは寂しいと言って母が無理やりこの家に持ってきたものだった。少し気恥ずかしかったが、心の隙間が埋められていくのを感じた。やはり母親という存在は偉大で、側にいるだけで心の底から安心できた。
朝目覚めるとやはり母親は先に起きてしまっているようでだったが、まだほんのりと温かい布団に急いで起きようとした。そういえば昨晩、明日は少し遅く出勤すると言っていたかもしれない。しかし頭痛が酷くて起き上がれなかった。
パタリと力を抜いてベッドに再び倒れ込むと、仕方なく目を閉じて痛みに耐える。そして治癒の魔術を使うことを決めた。治癒の魔術は間違えては身体に危険が及ぶ恐れがあるので成人するまでは両親に勝手な使用を禁止されているのだが、それでもトバリは今この瞬間母と過ごす時間のほうが大事なことのように思えた。とはいえ宮廷魔術師である母はある程度隠さなければすぐに魔術の発動を見抜いてしまうだろう。そう踏んで体内にある魔力が極力乱れないように意識して循環させながら、慎重に詠唱を唱えようとした。
「トバリ、もう起きてる?」
ひゅっと息を呑む。目を閉じてじっとしていれば、母が部屋の扉をゆっくりと閉じる音が聞こえた。汗が滲んだ手で布団をぎゅっと握る。そして幾分か落ち着きを取り戻した。魔術を使ったという痕跡は身体には必ず残る。それを母ほどの魔術師から隠すすべをトバリは知らない。もし治癒の魔術を使い、それを母に悟られてしまっていたら。そうしたらトバリは家族との大切な約束を守らなかった悪い子になってしまう。母に約束も守れない愚かな子供だと思われたら。そう考えて涙が溢れてくる。
「やらなくて、よかった……」
トバリの心に、また孤独でできた大きな隙間が生まれた。しかし次の瞬間には胸のうちから包み込むような熱を感じた。脳裏に浮かぶのは、パミットやミン、デニの優しい抱擁。トバリは布団を抱き締め、先程よりは幾分かましになった寂しさを紛らわせるのだった。
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