第三話 大人②

 長い沈黙のあとトバリの手を引いてミンは何も言わずに歩き出した。辿り着いたのはあのエレベーターの前で。言外にもう錬金術に関わってはいけないと示されたような気がした。何だか捨てられたような気分になってミンの瞳に必死に訴えかけるが、その彼の瞳もやるせなさを感じさせるのでついには従う他ないと覚悟を決めた。その時だった。


「ミン、何をしておる。」

「……デニ。」


怒気を含んだ声のデニが近づいてくる。背筋が凍りそうなほど恐ろしく低い声だった。ミンが唇を噛み眉を寄せながら彼の方を向く。全ての苦しみを吐き出すかのような表情だった。


「止めてくれるな。俺はトバリにこんな重荷を背負わせたくない。」

「ならばミン、どうするというのじゃ。この場所に地上の人間が立ち入ったのは実に百年ぶり。さらに言えば素質があった人間は初めてじゃ。時間が無いのじゃぞ。」


 時間が無いというのは、恐らく時が経てば経つほど暴走の危険性が高まるということなのだろう、とトバリは思った。ミンもそれが分かっているからか、更に眉は寄せられた。ぎりりと音を立てそうな歯に、デニはため息をついた。


「ミン、これはあの方の決定だ。諌めろ。」


 あの方、とは誰だろう。その疑問を口に出せるほど場の空気は軽くなかった。ハグミットにはまだ会えていない錬金術士たちが何人もいる。研究者気質だから引き篭もっているらしいが、その中の一人なのだろうか。そしてやはりトバリは時計台の残滓を回収しなくてはならないようだった。それが彼らを何らかの形で救うのだろうと言うことだけは分かった。


「僕やるよ。危険だとしても、それで喜んでくれるんでしょう?」

「………そうじゃ。」


瞼を震わせながらデニが頷く。そしてトバリの頭を撫でたあと、パミットやミンと同じように抱き締めた。ミンももう、それを止めたりはしなかった。


「気をつけていくんじゃぞ。」

「……うん。」


 トバリは手を振ってエレベーターに乗り込んだ。もう二度とハグミットに来れなくなるのだとは知らずに。


 エレベーターが上へ上へと行ってしまうのを二人は無言で見つめていた。デニはミンの寂し気な表情に申し訳なさを感じながらも、自分のしたことを決して悔いてはいなかった。ミンもまたこうする事が最善であることを知っていたので、責めるに責められなかった。

 さようなら、トバリ。二人は心の中でそう呟くと、それぞれの部屋へと帰って行った。

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