第三話 大人

 この頃は寝起き早々頭痛に悩まされる。耐え兼ねて快眠の魔術を使っているが、それでも痛みは日に日に酷くなっている。しかし起きてから一時間ほどすれば完全に消え楽になるため、それを待つうちに最近は家を出るのが少し遅くなってしまった。その代わり残滓の回収にも慣れてきたので、結果的にハグミットに着く時間は変わっていない。


「それで明日はどこに行けばいいの?」

「………時計台だ。」


目を瞑り少しの沈黙のあとそう答えるミン。彼は最近次の行き先を尋ねるとこんな反応をする。彼が纏う空気がやけに重たく、トバリと話していると時々何かを言いたそうにしては言葉を切るのでどう接して良いかわからない。何かあったのかと尋ねてもただ悪い、と意味もわからず謝られるだけ。デニに聞いても気にするなの一点張りである。


「場所はここだ。目立つからお前も知っているだろ。」

「うん。商店街の中心にあるやつだよね。やっぱりあれも錬金術だったんだ。」


時計台はレンガ造りで約二十メートルあるらしいのだが、この街に来るまで高い建物をあまり見たことがなかったトバリには天まで届いてしまうのでは無いかと錯覚しそうなほど高く見えたのをよく覚えている。鉛のような空気を払拭するように笑いかけると、ミンは今までと全く関係のないことを話しだした。


「……トバリ、お前少し疲れていないか。目の下に薄っすらとだが隈が見えるぞ。」

「うん、でも大丈夫。確かに少し寝不足だけど、それだけだよ。元気だよ。」

「いや、休んだほうがいい。家に帰ってゆっくり休め。明日もだ。暫く身体を休めたほうがいい。できればあれだ、夏休みが終わるまでこないほうが……」

「………ミンさんは、僕がここに来るのが迷惑だと思っているの?」


ミンの瞳が大きく揺らぐ。その太い眉は寄り、口は何か言いたげに開いては閉じを繰り返す。じっと見つめた瞳はルームライトの光のせいだろうか、一瞬普段の茶色から金色に見えた。そしてその二つの宝石から水の粒が溢れて流れた。トバリは背伸びして両手でその雫を手で拭おうとする。けれどその手はミンに優しく包み込まれ、そのまま彼の厚い胸板に抱き込まれた。


「そうじゃないんだトバリ。そういうつもりじゃなかったんだ。ああせめて、どうか気をつけてくれ……時計台は我々が作り上げてしまったとても危険な巨大兵器なんだ……何かの拍子に暴走してしまうかもしれない……」

「……僕が死んでしまうかもしれないからあんな事を言ったの?」


心臓の音が近くに聴こえる。自分がそれほどまでに危険な事をしようとしている自覚はなかった。唾をゴクリと飲み込む。

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