第二話 残滓④


 パミットが学校に転入してくれたらどれだけ気が楽になるのだろうか。本当は何度もそう考えた。けれどそんな淡い願望は絶対に叶わないのだ。


「パミットちゃんは凄い。何でもお見通しだね。」

「うーん。でも、私にも分からない事があるの。」


彼女はトバリから身体を離すと、顔をまじまじと見つめトバリの目の下を指でなぞった。


「どうして最近寝不足なの?」

「えっ、それも分かるんだ。でもね、僕にもよく分からないんだ。寝る時間も起きる時間も変えてないんだよ。」


そう言ってからトバリは小さく欠伸をする。実は4日ほど前から朝起きても寝た心地がしないのだ。はじめは暑さによる寝苦しさから眠りが浅くなっている事が原因かと思い、氷枕を用意した。しかし氷枕の数をいくら増やしても、魔術で朝まで冷たさが保たれるようにしても昼間の気だるさは消えなかった。そう言うと彼女はトバリ以上に困り果てた様子で首をひねったあと、おもむろにポケットから小さな本を取り出しトバリに差し出した。


「はいこれ。これを渡そうと思って待っていたの。日記帳だよ。」

「日記帳? どうして突然。」


ちょうど手と同じくらいの大きさのそれは表紙が革でできていて、金色で複雑な草花の模様が描かれている。絡み合った蔦が縁を彩り、中心には親指程の大きさの琥珀が嵌め込まれていて随分と古めかしい見た目だ。開くと紙まで一昔前を連想させるように目が粗く、思いの外重たい。


「昔ここに住んでいた人がくれたの。けれど私が持っていてもしょうが無いから。」

「え、どうして?」


にっこりと笑った彼女が再び口を開くのを待つが、デニの奥さんであるあの老婆がトバリを呼びに来たためかパミットは有無を言わせず質問を中断させた。手を振りスキップをしながらあの大きな賢者の石がある部屋の方へ帰っていくのをトバリは口を開けて見送った。お婆ちゃん錬金術士のササがそれを見て呑気に「元気ですねぇ…」と呟いたが、トバリにはあの笑顔が一種の仮面のように見えた。


 今思えばあの時しっかりとこの話の続きを聞いていればよかったのだ。その日家に帰ってから刻んだ八月二十日の文字。それは、夏休みの終わりまでのカウントダウンだ。

 早く、早く気付いてくれトバリ。誰かがそう叫んでいるような気がしたが、目が覚めたときには全て忘れていた。

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