第二話 残滓③
次の日もトバリは早起きし、午前中のうちに残滓を回収してハグミットへ向かおうと意気込んだ。しかし残滓の回収中に、同じ学級の三人組と出くわしてしまった。
「お前ちょっとまじゅつが得意だからって調子乗んなよっ!」
肩を力いっぱい押されて上体が揺れる。ああ、なんて厄日だ。そもそも自分が一度でも驕り、それを見せただろうか。意味の分からない事に取り合うよりもハグミットに向かいたくて、手を振り払ったあと透明化の魔術を使う。いきなり姿が消えたことに驚いて尻もちをつく様は少しばかり気の毒に思えたが、悪いのは向こうの方なのだからと首を振った。「にげた、あいつにげたぞっ!」と騒ぐ3人に今にでも声を荒げたくなるのを抑えて、その後は息を潜め回収を続けたのだった。
「今日はこれで最後かな……」
賢者の石を通して手のひらに吸い込まれていく百五十年前に込められたという錬金術の力の粒たち。気がつけばお日様は空のてっぺんまで登っていて、トバリの腹は小さく唸った。しかし暑い中道端で座り込んで食べたくは無い。それにまた意地悪な三人に会ってしまったら、そう思うとここには居たくなかった。脚に俊足の魔術をかけ日光から逃げるようにハグミットに向かう。
ブオーンと虫の羽の震えるような音が足元で響き、エレベーターの扉が開く。するとそこにはパミットが立っていて、初めて会ったときのようにトバリを見つめていた。
「トバリ、悲しいことがあったんだね。そんな顔してる。」
「え………」
「大丈夫、トバリは悪くないよ。」
金色の瞳が近づいて、トバリは優しく抱き締められた。鼻の奥がつんとする。彼女の白いワンピースに爪が触れるか触れないか。トバリは遠慮がちに後ろに手を回した。金木犀にも似た甘い香りに胸がどうしようもなくざわつく。尋ねられてもいないのに、口は自然に開いていった。
「最近、お母さんと全然話してないんだ……」
「うん。」
「忙しいみたいで……お母さん、痩せちゃったんだ……」
うんうんと静かに相槌を打ってくれるので、トバリは思わず言葉が溢れるように漏れ出す。本当はもうとっくに寂しくて、苦しくて。頼れる幼馴染はもう気軽には会えなくて、ただその気持ちに蓋をして見てみぬふりをしていた。どうして自分の父親はまだ若いのに死んでしまったのか。どうして引っ越さなければならなかったのか。母を困らせたくない一心で、トバリはその疑問を仕舞い込んで忘れようとしていた。けれど彼女に抱きしめられた時、言わずとも分かってくれているようなその瞳に救われたような気がした。必死に隠そうとしていたのにそんな気持ちになるなんて、なんだか矛盾している。
「聞いて。私達はこのハグミットから出られないけど、いつもトバリの心の側に居るんだよ。」
力強い言葉に胸がジンと熱くなる。前々から聞かされていたことなのだが、ハグミットには夜明けをここで迎えると二度と地上に出られなくなる術が掛けてあるらしい。だからここの錬金術師たちは長い間本物の日の光を浴びていない。代わりにあるのは外の環境と似せた錬金術で作った部屋で、そこには疑似太陽があり野菜が育てられている。彼らは本当に百五十年ここから出ていないのだ。
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