第一話 ハグミット④
「では少し歩きながら話したい事がある。」
「え、はい……」
先に部屋の扉を開けて待っていた彼らに小走りで追いつく。廊下は長く、やはりよく磨かれた乳白色の石が敷き詰められていて終わりが見えないほどだ。
いや、ちがう。これは、この廊下は大きな円を描いているのだ。トバリは驚いて右を向く。恐らく円の内側であろうそちらには半円状にくり抜かれガラスのはめられたトバリの背を越すほどの大窓が並んでおり、そこから向こう側の窓から漏れ出てている光が見えた。幻想的な光景に目を奪われるが、ふと下を見ると奈落の底に繋がっていると比喩しても不自然でないほどの暗闇が広がっていてトバリは思わず足が止まりかけた。目をそらしてから今度は上を見ようとする。しかしそこにも暗闇だけが広がっていて、雲の形や月の光が少しも見えない。どう足掻いても、夜空とは言えない光景だった。
「いったじゃろ、ここは地下住居だと。約百五十年前に五十人余りが協力して作り上げたのだ。」
「ここには何人くらいの人が住んでいるんですか。」
「そうだな……今はもう大分減って、三十人程じゃ。昔は百人くらいは居た。」
「どうやって作ったんですか。」
「お手手を繋いで作ったのよ。坊やは錬金術って知っているかしら。」
錬金術。それは魔術よりも遥か昔に起こり今の世界の基盤を作った技。しかし約千年前までは今の魔術と同じように力量の差はあれど万人が使うことができたが、魔術が誕生した約三百年前と同時に使える者は徐々に減っていった。そして今は使える者は誰も居ない、伝説にも等しい力だ。これくらいは世の常識である。力強く頷くと彼女は微笑んでまた問いかけた。
「じゃあ『都市国家バルツ』は知っている?」
「うん。僕が今住んでいる都市です。」
「おお、ではあの国は健在なのか。忌々しいのう。」
「えっ、」
「あの国はな……」
長い眉を寄せて彼は言った。あの国は150年前錬金術の力がある者たちを世界から全員集めて、不老不死の薬を作れと命じたのだと。王はそれはそれは横暴で強欲な人間だったのだと、まるでその目で見てきたかのように彼は語った。
「じゃからな、その六十四人の錬金術士は国を捨ててやったのじゃ。」
「もうお察しかもしれませんが、その錬金術士たちというのが私達なのですよ。」
彼女はそういったあと朗らかにおほほ、と笑った。誰が今のこの短時間の会話でそんな突拍子もない事を予想できただろうか。今度こそ足が止まってしまったトバリをみて二人の錬金術士が揃って心底可笑しいといった様子で笑った。
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