第一話 ハグミット③

 父が亡くなってから、母はトバリを守るためにと仕事を探した。もともとトバリを産むまでは国のエリート魔術師として父と共に働いていたので、経歴としては充分なためすぐに仕事先見つかった。なるべくトバリに金銭的苦労をさせたくないためか、母親は遠い都市国家の宮廷魔術師として仕えることを決めたのだ。しかしそれは、父親を亡くしたばかりのトバリの孤独を深めるばかりであった。


トバリは賢く、精神年齢の高い子だ。だからこそ本心を、もっと一緒に居てという言葉を、言えない。朝早く家を出る母に手を伸ばすことができない。


不意に誰かに手を握られた。その温もりはそっとトバリの心に寄り添う様にじんわりと滲みていく。嬉しくて思わず握り返せば、「おおっ」と嗄れた仰天したような声が聴こえてきた。


「かわいいのう。」

「子供なんてひさしぶりに見ましたねぇ。」


どこか安心するその声にそっと目を開けると、年老いた男性と女性がトバリの顔を覗き込んでいた。どちらも白地に金のラインが入った珍しい色合いのローブを着ていて、目尻にシワの入った優しい顔立ちは何だか愛嬌があるように思える。誰だろうかと不思議に思い観察していると目がパチリと合い、またわぁっと驚かれた。


「起きた。」

「まぁ可愛らしいこと。」


上体を起こしきょろきょろとあたりを見渡す。ゴツゴツとした石壁は時折金が混じっており、至る所にある高級感漂うライトがそれを照らしている。自分はそんな部屋のこれまた高級そうなベッドの上に寝かされていたようだった。どこかの宿泊施設のような美しい部屋にはやはり見覚えがなくて、「ここはどこですか。」とトバリは質問した。すると好々爺が長い髭の間に隠れた薄い口をモゴモゴと動かして答え始めた。


「ここは我らの地下住居、ハグミットじゃ。色々口頭で説明するより実際に見たほうが早いだろうから、まぁひとまず部屋から出るかの。」


そう言って彼はローブの袖の間から手のひら程の立方体を取り出した。そのキューブは黒光りしていて、凹みがフローリングのように横向きに沢山入っている。見た事の無いそれにトバリは好奇心を刺激され、まじまじと見つめた。するとそのキューブの凹みが二つの底面の中心から順々に、まるで液体が通っているかのように金色に輝き始めた。


「よーし……では行こうかの。」

「うふふ、立てますか。もうこの人せっかちだから……ごめんなさいね。」

「あ、はい……」


まるで状況が読み込めないが、お婆さんが手を貸してくれるので素直に手をとってベッドから立ち上がる。改めて部屋を見渡すと、家具などが全て白と金を基調としていることが見て取れた。その美しさに見惚れながら彼らの後を着いて歩こうとした時、自分の肩に掛かっているべき物が無いことに気が付いた。


「あの……僕のカバン、」

「ん……ああ、あれか。安心せい、ちゃんとここにある。」


近くのクローゼットを指差したあと、彼はまたキューブを金色に光らせた。カチリと音がなった事から、恐らくクローゼットに掛かっていたカギをどういった原理かは分からないがキューブを操作することで開けたのだろうとトバリは推測した。ほれその中にあるから、とトバリの背を彼が押すのでそれに従い中を覗くとそこにはちゃんとトバリのポシェットがあった。ホッと息を吐いてそれを肩にかける。念の為中身を覗いてみると、ちゃんと父の形見も全て入っていた。

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