第一話 ハグミット②

 森は思いの外近くにあった。魔術で小川の流れを探ってみたところ、見事に辿り着くことができたのだ。森の中は外に比べ二、三度気温が低く、暑さですっかり参っていたトバリはやっと元気を取り戻した。身体が慣れ親しんだ柔らかい土の感覚に喜ぶ。生えている植物の種類こそ違うが、新鮮な空気とこの静けさはどこの森でも同じのようだ。トバリは迷わぬよう簡易的な地図を描きながら獣道を進んだ。

夏の少し湿った地面を踏む音が心地良い。トバリは今にも歌い出しそうなほど上機嫌に散策をしていた。


「あっ、山ぶどう」


まだ時期ではないため葡萄色では無いが、ぶどうの葉というのは少し噛むだけでもその味がする。トバリはその若い実を手にとって見るために、足を踏み出した。


 しかし地面を踏みしめる筈だった彼の右足は、一瞬の違和感の後に宙を掻いた。慌てて両手を天へ伸ばすが、既にトバリは木々を見上げていた。落ちている。どんどんと地上が遠くなり、落下速度が速くなっていく。風を切る己の身体がそれをまじまじと体感させてくれた。


 そうだ、風の魔術を使えばこの勢いを相殺してくれるのでは無いのだろうか。トバリは恐怖を諌め努めて冷静に、かつ急速にポシェットから魔導書を取り出し風の魔術を唱えようとした。


「うっ、」


だがその瞬間強烈な睡魔に襲われてしまい、目が勝手に閉じていった。こんな状況での眠気など不自然だ。生きるものとして、生命の危機にも関わらず眠くなるなど可笑しい話だ。そう思っていても脳内を掻き回されるようなそれに抗えず、トバリは瞼を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る