第一話 ハグミット

 トバリが転入してから二週間が経ち、今日は夏休み初日である。母は転勤先の国営魔術研究機関にて忙しく働いており、引っ越す前と比べ一緒に過ごす時間はご飯茶碗に残ったお米くらいのもの。朝ご飯だって毎日お茶漬けで、流石に飽き飽きしている。幼い少年の心は、寂しさでできた隙間を日々僅かながら確かに広げていっていた。


あーあ。戻りたいな。トバリは下唇を噛み、そう呟いた。窓から入ってきた風はじっとりと熱が籠もっていて嫌になる。こんな時クーラーがあればいいのだけど、前に住んでいた『都市国家フフリ』はこことは違い夏でも涼しい気候だったので買う必要性を感じていなかったのだ。クーラーなんて代物、父からその存在を聞いたくらいで今まで全く縁がなかった。


あれはね、トバリ。氷の魔術じゃなくて、水と風を使っているんだ。少し意外だろうが、その方が効率が良いんだよ。


そう少し得意気に話す父の姿を思い出す。魔導機器は知識があり、根気強ければ自力でも作成することができる。簡単なものであれば家の魔導機器は全て父の手作りであったため、トバリは大まかにだが大抵の魔導機器の仕組みを知っていた。そんな豊富な知識と両親譲りの優秀な魔力量は、トバリの誇りであり今の悩みの種でもあった。端的に言えば、トバリは今その特異性から格好のいじめの的であるのだ。今は無視されるだけで済んでいるが、夏が明けたらどうなってしまうことやら。トバリは今から憂鬱で仕方が無かった。


「ひさしぶりに体うごかしたいな……」


転校する前は自然豊かな場所だったためよく森で遊んだものだった。どうせ学校の校庭や公園に行ったところで自分と遊んでくれるような子供は居ないのだから、少し遠くまで探検して森に行ってみよう。トバリは水筒と家の鍵をポシェットに入れ、身支度を整えた。母が帰ってくるのは夜の八時だし、日没まではまだ六時間あるので時間は充分ある。憂鬱を取り払うため、トバリはそっと家を出た。

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