第4話 謂れなき疑い

「あなたは休んでてちょうだい」

 そう言い残し、与一の家の状態を確認するため夕夏も連れ立って行ってしまった。

 小春は一人、寝転がってこれからどうするか考えた。

 できれば明日には村を離れたいと思っていたが、報酬がもらえるまではここにいるしかない。

 それよりも、報酬が本当にもらえるのか心配になってきた。与一は宝石を拾ったと言っていた。嘘をつくような人間には見えなかったが、もしかして口から出るに任せて発した言葉なのではないか。それとも本当に盗賊に盗まれたのか。いずれにしても、宝石が手に入らない以上は他のもので手を打つしかない。塩がだめなら何で取り引きしようか。誰と交渉すればいいのか。いろいろと悩んでいるうちに眠くなってきた。いつの間にか、小春は寝息を立てて眠り込んでいた。

 小春が目を覚ましたときにはもう陽が登っていた。

 どれくらい寝たのだろうかと思い、起き上がって初めて、すぐ横で夕夏が眠っていることに気づいた。どうやら、寝ている小春を見て、そのまま起こさずにいてくれたようだ。自分に布団が掛けられているのを知って、それに気づかないほど熟睡していたことに少し驚いた。ゆっくりと立ち上がり、さてどうしようかと考えあぐねていたとき、いきなり戸を叩く音がした。

 夕夏を起こしてしまっては悪いと思い、小春が急いでつっかい棒を外して戸を開けると、そこには困り果てたような顔をした与一がいた。

「起きてたようだな。いろいろと聞きたいことがあるんだが、いっしょに来てくれないか」

 と言われ小春は承諾した。

 与一は、眠っている夕夏に気づいて

「あいつはそのままでいいかな」

 と一人つぶやきながら戸を静かに閉めた。

 道すがら、与一が小春にいろいろと尋ねた。

「二日前にもこの村に来たんだよな」

「ああ、その時にあの女性、えっと名前は・・・」

「夕夏だ」

「夕夏さんと話をして鬼の件を伝えたんだ。そしたら村の代表は不在だからと聞いて」

「それで森に向かったということだな。すぐに出発したのか?」

「ああ」

「宝石のことは俺が話をするまで誰にも聞いてないよな?」

「ああ、聞いてない」

「そうだよな・・・」

 なんだか歯切れの悪い質問に小春はふと不安を感じた。

 やがて、一軒の家の中に入った。そこは広い土間になっていて、すでに何名かが待機している。

 その中に一人の痩せた、骸骨のような顔の老人がいた。くぼんだ目を小春の方に向けて

「来たようだな」

 と一言つぶやく。

 与一に促されて、小春はその老人と向かい合わせになった。

 与一は老人の横に移動し、他の者は小春を取り囲むようにして立っていた。皆、疑いの眼差しを投げかけているように小春は感じ、なんだか居心地が悪かった。

「こちらが小春さんだ。我々を鬼から助けてくれた」

 与一がそう言うと、老人がかすれた声で話し始めた。

「それについては村の代表として礼を言わせてくれ。報酬の件についても与一から聞いておる」

 つまりはこの老人が新たな村の代表になったということだ。

 小春が答えた。

「報酬さえもらえれば、すぐに村を立ち去るよ。迷惑を掛けるようなことはしない」

「その報酬だが・・・」

 老人が、小春をじっと見据えながら話を続けた。

「盗まれたことは知っているな」

「ああ、昨晩、彼・・・えっと与一さんから聞いた」

 と言って、小春は与一の方に手をやった。

 しばらく沈黙が続き、小春はそれに耐えきれず話を続けた。

「別に宝石じゃなくてもいいんだ。代わりのものがあるならそれでもいい。私は最初、塩で取引したいと言ったんだけど」

 老人はこう答えた。

「我々はな、あんたが宝石を盗んだんじゃないかと疑っているんだよ」


「ばかな。どうしてそんな話が・・・」

 老人の言葉に小春は驚いた。

「二日前にこの村を訪れただろう。すでに与一は不在だった。簡単に盗めるだろうよ」

「家の場所も知らないのにどうやって」

「村の者から聞いたんだろう」

「与一さんのことも宝石のことも知らなかったんだぞ」

「本当に知らなかったのか? 前々から知っていたのではないか? 今までの強盗もおまえの仕業じゃないのか?」

 小春は、盗賊が出没している件は知らない。何のことを言っているのか分からず、その場に呆然と立ち尽くした。

「違う・・・私じゃ・・・ない・・・」

 下を向いて目を閉じる。周囲の視線が体を貫くのを感じる。怒りがこみ上げてくる。小春は、思うがままにここで暴れてやろうかと思った。刀は夕夏の家に置いたままだ。でも、素手でも全員を倒せる自信はある。気づけば、両手の拳を固く握りしめていた。かっと目を開き老人の方をにらみつける。琥珀色の目の中に炎が揺らめくような光が見える。

 その怒りをたたえた眼光に老人がたじろいだ。身の危険を感じ、老人が皆に小春を取り押さえるよう命じる前に、与一が割って入った。

「ちょっと待て。両方とも落ち着いてくれ。勝爺、その話、おかしくないか?」

 勝爺とはこの老人の呼び名だ。与一の方を見て

「何がおかしい」

 と反論した。

「宝石を奪ったんなら、わざわざ森に入って我々のところまで来る必要はないだろう。それに、実際に鬼が出たんだぜ。小春さんが鬼退治にやって来たというのは正しいということだよな」

 与一の言葉を聞いて勝爺が

「宝石と鬼のどちらも目的だったという可能性があるじゃろう。鬼を倒せば他にも報酬がもらえるからな」

 と答えると、与一はさらにこう続けた。

「そもそも、俺の拾った宝石が価値のあるものだと知っているのは昨日まで誰もいなかったはずだ。どうやって知ることができるんだい?」

「本当に誰も知らなかったのか?」

「ええっと・・・」

 ここで与一が言葉を詰まらせた。

「厳密には違うな。あの宝石が価値あるものだと俺が知ったのは、以前ここに来たよろず屋に鑑定してもらったからなんだ。そのよろず屋は知っている。あと、鑑定してもらった時にいっしょにいたのは・・・」

 与一は、その時のことを思い出そうと目をつむり、しばらく黙っていたが、やがてはっと目を開けて叫んだ。

「思い出した。作次郎がいっしょだった」

「なに、作次郎が・・・」

 勝爺は少し首をかしげるとこう言った。

「その娘におまえの家の場所を教えたのが作次郎だ」


 しばらくして作次郎が連れて来られた。きつね目の、ちょっと線の細い男性で、与一とは正反対の印象を受ける。

 作次郎は小春を見て

「この娘に間違いありません」

 と言った。しかし、小春はその男とは会った記憶もない。

「嘘をつくな」

 小春が叫ぶと作次郎は

「それはこっちの台詞だ」

 と言い返した。

「はっきりと覚えてます。与一という名の男はどこに住んでいるのかと尋ねられたので、今は不在だと答えると、場所が分かればいいと言うので教えてあげました」

 作次郎の言葉に、与一が

「本当なのか?」

 と念押しするが

「よそ者の言うことを信じるのか?」

 と作次郎は与一を睨みつけた。

「誰か他の者だったんじゃないのか?」

 与一が尋ねる。

「いや、間違いないよ。その顔も服もよく覚えてる」

 作次郎がそう答えた途端、与一が唖然とし、小春が睨みつけたのを見て、彼は少し落ち着かない表情になった。

 与一が言った。

「なあ、作次郎。その時見たのは本当にこの姿のままなのか?」

 作次郎は不安そうな面持ちでうなずいた。

 与一は、深いため息をついた後、作次郎にこう告げた。

「小春さんが着ているその服はなあ、昨夜着替えたものだ」

 作次郎は慌てて言った。

「いや、最初に村に来たときはその服だったんだろう」

「そんなはずあるか。この服は俺がこの村で調達したものだぞ。それを着ていたわけがないだろう」

 与一のこの言葉に、作次郎は凍りついたように動かなくなった。血の気が引いて顔は真っ青になっている。皆の視線が今度は作次郎に集中した。

 勝爺が静かに言った。

「どういうことだ、作次郎」

 作次郎は、その場に座り込み、顔を両手に埋めた。


 結局、宝石を盗んだ犯人は作次郎であることがわかった。

 最初は、盗賊のせいにするつもりだったらしい。

 昨夜、与一の家が荒らされていたことに気づいた後に初めて、小春が一度村を訪れていたことが夕夏から報告された。まさか村の者が盗みをするなどとは考えもしなかったのだろう。すぐに小春が盗んだのではないかと疑う者が現れた。与一が宝石を持っていることを何らかの理由で知ったのではないかと考え、本人に問いただすこととなり、これに便乗しない手はないとばかりに作次郎があんな嘘を言ったのだ。

 与一は、家の片付けに忙殺され、旅の疲れもあってその後は眠ってしまったので、こんな話になっているなどとは予想もしていなかった。朝に叩き起こされ、初めて村を訪れた時何をしていたのか小春に聞きたいと勝爺に言われた時、与一は少しいやな予感がしていたようだ。そしてその予感は的中してしまった。

 へたり込んだ作次郎の胸ぐらを、怒りを露わにした与一が鷲掴みにした。

「嘘をついてたのか」

 与一が問い詰めると、作次郎は

「魔が差してしまった。勘弁してくれ」

 と白状した。与一は、さらに問いかける。

「宝石を盗んだのはお前だな。どこへやった?」

「家に置いてある。ちゃんと返すから」

 作次郎は、絞り出すような声で答えた。

 掴んでいた手を離し、勝爺に

「後のことは任せるよ。小春さんはもういいよな」

 と与一が震える声で言った。

「すまない」

 勝爺は下を向き、消え入るような声で謝罪の言葉を口にした。


 小春を連れて、与一は夕夏の家へ向かった。

 小春はずっと、無表情のまま何も話さない。与一も、話しかけるのをためらっていた。

 無言のまま家に到着したところで、与一は小春の方を向き、頭を下げて謝った。

「すまない。俺がもう少しちゃんと説明していれば、こんなことにはならなかった。まさか、小春さんに疑いを掛けるなんて思いもしなかったんだ」

「いいよ、もう慣れてる」

 小春はポツリと答えた。その言葉に、これ以上は何も言えず、与一はそっと戸を叩いた。

 夕夏が返事をした。もう、起きているようだ。与一は戸を開けると小春を家の中に入れ

「今から宝石を取り返してくる。少しの間、待っていてくれ」

 と一言残して戸を静かに閉めた。

「与一と散歩でもしてたのかい?」

 夕夏が小春に尋ねた。

 小春は黙ったまま、下を向いて入り口のところで立っている。

 夕夏は、何か様子がおかしいことに気づいて

「大丈夫かい?」

 と言いながら小春の方へ向かった。

 肩が震えている。ポタポタと雫が地面に落ちている。小春が泣いていることに夕夏は気づいた。何か辛い目にあったようだ。それが何か、正確にはわからないが、夕夏にはおおよその察しがついていた。

 小春を床に座らせ、落ち着くまで横にいることにした。

「ごめんね」

 と謝ることしか夕夏にはできなかった。

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