第3話 村への帰還

 女の子は、自分が渡した炒り豆を少女が食べるのをじっと見ていた。

「おいしい?」

「うん、おいしいよ」

 少女の言葉を聞いて、女の子は顔をほころばせた。

 束の間の昼食が終わり、一行が旅を再開してからも、女の子は少女といっしょに手をつないで歩いた。

 二人はとりとめのない話を繰り返している。

「あのね、うちのお庭にね・・・」

「そっか、一度見てみたいな」

「お姉ちゃんみたいに綺麗な髪になりたい」

「えっ、そう言ってくれるとうれしいな」

 少女はずっと笑っていた。

 男性は皆、その笑顔に魅了された。少女がこんなに魅力的であることに今まで気づかなかったのを不思議に思った。

 やがて、女の子は尋ねた。

「お姉ちゃん、名前は何ていうの?」

 そのとき、彼女の名前を聞いていなかったことに大人たちは気づいた。

 青年がはっとして立ち止まった。他の者もそれに従った。一斉に少女の方に顔を向けた。その様子を見て女の子がキョトンとしている。

 少女は少しためらいながら答えた。

「ごめんね、名前は教えられないんだ」

(そういえば、名前を人に明かすことを禁じている集落があるのを聞いたことがある。その地の出身なのか?)

 と青年は思った。しかし、たいていは通り名や呼び名を持っているはずだ。

「呼び名でいい。それなら大丈夫だろ?」

 青年が言うと、少女は女の子に向かって答えた。

「じゃあ、小春って呼んでね」


 ようやく森を抜けた。

 道は下り坂で、遠くに家々が見える。

 もうすぐ村に着く。

 陽が西に傾き、空は橙色に染まっていた。

 青年は、村を出発したときのことを思い返していた。二日前の朝だ。

 森をはさんで南北に村があった。村をつなぐ道は日頃から人や物が行き交い、お互いに助け合って暮らしていた。

 青年の住む村は北側にある。この村に最近、盗賊が現れた。一度に三件の家が被害にあった。

 どの家も寝込みを襲われたらしく、家の者は全員殺されていた。中は荒らされていたが、不思議なことに盗られたものは何もなかった。

 そもそも、盗賊がほしいようなものが村にあるとは思えなかった。たまに畑のものを盗んでいく奴はいるが、こんな残忍な手口で襲われたことは一度もなかった。

 しばらく経つと、また三件の家が犠牲になった。これはただごとではない。すぐに話し合いが行われ、南の村に応援を要請することが決まった。

 村の代表に、その護衛役として青年が加わり、計二人が南の村へ向かった。到着したその日の夜のうちに事情を説明すると、次の日の朝に北の村へ向かう者たちを選抜し、急いで北の村へ戻ることとなった。

 そのとき、騒ぎを聞きつけたのが、あの女の子とその母親だ。

 母親は元々南の村の出身で、北の村へ嫁いでいた。その自分の母親、すなわち女の子の祖母が病に倒れたと聞き、女の子とともに実家に戻って看病していたが、だいぶ具合もよくなり、そろそろ北の村へ戻るつもりだった。

 そこへ、この度の騒ぎである。家のことが心配になり、いっしょに行きたいと言い出した。今戻るのは危険だからと皆説得したものの、最終的には折れて同行させることになった。

 結果、余計な時間を食ってしまい、出発は昼頃となってしまった。しかも子供がいっしょでは速度は半減するだろう。やむを得ず、二日間の日程で移動するつもりで、この日の夜は途中で野宿することになった。

 出発してしばらくは何もなかった。陽が傾き暗くなるとだんだんと霧が濃くなってきた。

(昨日はこんな霧はなかったのに)

 と青年が不安になりながらも先を急いでいたとき、これから行く先の方から足音が聞こえてくる。皆が野盗かと思い身構えると、霧の中から頭巾をかぶったあの少女、小春が現れた。

「森神村の者か?」

 森神村とは北側の村の名前だ。

「そうだが・・・」

 先頭にいた青年が訝しげに返事をするのを聞いて、小春は頭巾を外しながら話を続けた。

「この森に鬼が出たと聞いて見に来たのだ。ここまで何もなかったか?」

 皆、言葉を呑んだ。そんなことは予想だにしていなかった。鬼のことは聞いたことがある。しかし、それは遠い別の場所での話だと思っていた。今まで、この森はおろか近くで鬼が現れたなどとは聞いたことがなかった。どうしてその言葉が信じられようか。

「今までここに鬼が出たことなどないぞ。いったい誰がそんな噂を・・・」

「そうか・・・」

 少女は、こちらをじっと見つめながら、無表情のまま受け答える。瞳が少し緑がかって見えた。なにか神秘的な力を感じる。しかし、華奢な体つきだ。鬼に力でかなうようには見えない。

(会っていったいどうするつもりか。本当にただ見たいだけなのか?)

 そんなことを考えていると、それを読んだのか彼女が言った。

「私は便利屋だ。鬼退治も引き受けられる」

「いったい、どうやって鬼を倒すんだ。何か術があるのか?」

「これだ」

 そう言って、小春は背中の大刀を手にした。こんなもの振り回せるのかと心の中で思いながらも、青年は

「わかったよ」

 と答えた。

 小春は刀を背中に戻しながら

「村で鬼のことを話したら、判断できる者が不在だと聞いてな。こちらに向かったというから来てみたんだ」

 と説明した。

 扱いに困ってこちらに押し付けたのかと青年が考えていたら、彼女はさらに言葉を続けた。

「この先、同行させてもらえないか。もし、鬼が現れたら守ってやるよ」

 どうしたものかと返答に困り

「他の者と話をしてくるから待ってくれ」

 と言って、青年は村の代表者である老人の元に向かった。あの、鬼に最初に殺された犠牲者だ。

 その後、南の村の者も加わって議論が始まった。戻るべきか、進むべきか。

 大半は、小春の話を信じていなかった。それは青年も同じだった。前日は何事もなく森を抜けることができたからだ。

 結局、多数決で進むということになった。小春を同行させるかは、要求される見返り次第だ。

「報酬は何を望むんだ」

 今度は老人が尋ねた。

「えっと・・・」

 答えるまでしばしの間があった。

(なんだ、報酬のことを考えてなかったのか)

 他人事ながら、本当に商売が成り立っているのか青年は心配になった。

「塩を一袋分と、あと食料を五日分ほど」

「食料はいいが塩は無理だな」

 この時代、塩は貴重品だった。他人にあげられるほど余裕はない。

 少女は、代替案を示すことなく、少しうつむいて黙っていた。

 交渉は不成立かと誰もが思ったところで、青年が助け舟を出した。

「もし、鬼を本当に退治してくれたなら、俺が持っている宝石をあげよう。拾いものだが、価値のあるものらしい。だが、鬼が出なかったら食料のみだ。これでどうだ」

 小春はうなずきながら答えた。

「わかった」

 青年はなぜあの時、同行できるよう手助けしてあげたのだろうか。万が一、鬼に遭遇した場合を想定してのことか。しかし、まさか小春があれほどまでに強いとは全く思っていなかった。戦力になるなどとは期待もしていなかった。ただ、そのまま物別れに終わってはもったいない。そんな風に思っていた。

 何がもったいないのか。

 どうやら最初に会った時すでに、青年は小春に魅せられていたようだ。今回はそれが吉と出た。もし、彼女が同行していなかったらどうなっていたか。ほぼ間違いなく全滅していただろうと思い、青年は少し身震いした。

(村に着いたら、盗賊の件を話してみようか。もし手助けしてもらえるなら心強い)

 それよりも青年には、小春を引き留めておきたい別の理由があった。


 あたりが完全に暗くなる前に、村に到着することができた。

 鬼はとうとう現れなかった。皆、安堵して村の中に入っていった。

 真っ直ぐな道が続き、左右は木造の長屋が密集していた。家の中からは、囲炉裏のわずかな明かりがちらほらと見える。ちょうど御飯時だろうか。前方には山々がシルエットのように横たわっていた。のどかな田舎の夜の風景だ。

 しかし、しばらく進むと様子が違っていた。

 村の中央にあたる位置なのだろうか、円形のちょっとした広場になっていた。その中には何人かの武装した男女がいる。広場の真ん中では火が焚べられていて、その近くに一人、槍を持った若い女性が立っていた。

 女性は、長い黒髪をひとつ結びに束ねていた。目が少しつり上がり、気の強そうな雰囲気があるが、かなりの美人だ。瞳が炎の光を反射してゆらゆらと赤く光っている。背は高く、かと言って細身というわけではない。女性らしい、柔らかい体つきで、むき出しになった長い手足が赤く照らし出されてなんとも艶めかしい。

 彼女は、こちらにやって来る集団をだいぶ遠くから見つけていたようで、ずっと視線を注いだまま動かなかった。

 青年が先頭にいるのを認めると、彼女はこう切り出した。

「遅かったね。何かあったのか与一」

 与一とはこの青年の名前らしい。与一は答えた。

「ももちゃんも一緒でな。移動に時間がかかった」

「ああ、雄介さんのところの。戻ってきたのか」

「そっちは大丈夫だったのか?」

「今のところはね。まあ、見張りがいるから今度は簡単にはいかないさ」

 女性は与一よりも頭一つ分背が高かった。並んでいると、与一がなんだか子供に見える。彼女は、与一から後ろの集団に目を移し、声を掛けた。

「ご足労いただきありがとうございます。今後の事は明日にでも話し合うとして、今日はどうか旅の疲れを癒やしてください。部屋をいくつか用意していますので、まずは部屋割りをいたしたいのですが、よろしいでしょうか」

 そう話しながら、彼女は皆の様子がおかしいことに気づいた。よく見ると手が泥だらけだ。

 歩いてきただけでどうして手がこんなに汚れるのかと思い与一の方を見ると、やはり泥だらけの手を額に当てながらため息をついている。

 ふと、キラリと光る瞳がこちらを見つめているのに気づいた。

 たき火の明かりでほのかに赤く輝く少女の顔を見て、彼女は言った。

「あら、あなたはいつぞやの・・・」

(もしかして、この子を押し付けたのはこいつか)

 と与一は腹を立てたが、そのおかげで助かったことに気づいて何も言わなかった。

 彼女は、少し微笑みながら話を続けた。

「同行していたのね。それで、鬼は見つかったのかしら?」

「ああ」

 与一が代わりに答えた。

 即座に彼女は与一の顔を見つめた。完全に意表を突かれた顔だ。

 それを見て与一は笑いかけたが、顔がひきつって笑い顔にはならなかった。少し間をおいて与一は言い添えた。

「鬼に襲われたんだ」


 与一は、村の代表だったあの老人の他、南の村の二人が鬼のせいで命を落としたこと、小春のおかげで他の者は命拾いしたこと、鬼との戦闘で小春が背中に火傷を負ったことを女性に伝えた。

「ひどい火傷なんだ。薬を用意してくれ。俺が治療するよ」

「そんな泥だらけの手で触らせられるかい。とにかく、あんたはもう少し詳しい話を報告しに行ってくれ。いや、その前に皆を休ませなきゃ・・・」

「じゃあ、それは俺が引き受けるよ、夕夏」

 その後は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 盗賊の件だけで手一杯だというのに、鬼まで現れては手の施しようがない。

 ただ、盗賊とは違い、鬼は村や集落を襲うことは決してないと聞いたことがあった。真偽のほどは定かではないが、もし本当なら外へ出掛けない限りは安全だ。

 さて、そこで問題があった。

 まず、南の村は鬼のことを知らない。どうやってこのことを知らせるか。自ら伝達係を引き受けるものなど当然だれもいない。だれかが来るのを待つか。鬼がいればここまでたどり着くものはいないだろう。たどり着いたとして、だれが鬼のいる森にまた入ろうとするだろうか。

 次に、鬼が出現したのはあの森だけなのか。もしかしたら、この村の周囲の道はどれも危険なのではないか。当面は村から一歩も出られないとなると、籠城するのに物資が足りるのか。

 鬼の専門家であろう小春にいろいろと聞きたかったのだが怪我のこともあるし、与一をはじめここまで旅をしてきた一行は皆、これ以上はないというほどに疲れ果てていた。あとは明日に話し合うということになり、その晩は早々に解散した。


 夕夏という名のその女性は、小春を連れて自分の家に戻った。家に誰もいないところをみると一人で暮らしているようだ。

 行灯に明かりを灯し、近くに来て武器を外すように夕夏が促す。小春はゆっくりと刀と治具を外して床に置いた。

「背中を見せて」

 小春が後ろを向くと、着衣の背中の部分がまるで焼きごてを当てられたかのように丸く焦げていた。炭と化した布がまだ皮膚に貼り付いている。

 これはひどいと思いながら、夕夏は

「服を脱がせるから動かないでね。痛かったら教えて」

 と言って小春の服の腰紐を解こうとした。

「自分でやるから・・・」

 と言いながら小春が腰紐に手をかけるのを見て

「服が背中に貼り付いているかもしれないからじっとしてて」

 と言ってその手をそっと押さえた。

 この状態で村までよくたどり着けたものだ、よほど忍耐強いのかと感心しながら、小春が手を下ろすのを見て夕夏は腰紐をそっと解いた。

「いい? 服を脱がすよ。ゆっくりやるから、我慢しないで痛かったらちゃんと言ってね」

 そう言うと、ゆっくりと襟の部分をはだけて肩を露わにした。

 女性でもはっとさせられるような美しい後ろ姿だ。しなやかな黒髪は明かりに照らされて艶やかに光る。細い首筋から漂うような色気に

「へえ、色っぽいねえ」

 と思わず夕夏が口にした。相手が何も言わずうつむいてしまったのを見て少し気まずくなり

「髪の毛は燃えていないようね。よかった」

 と言いながら、少しずつ小春の服を脱がせていった。

 服は意外とすんなりと脱げた。皮膚に癒着している箇所はなかったようだ。しかし、焦げた部分の処置がまだ残っている。幸い、背中以外に火傷している箇所は見当たらなかった。水を桶に張り、布を濡らして患部にそっと当てる。炭がぽろぽろと床に落ちていった。

 焼けただれた皮膚が現れるのを想像していた夕夏は、予想に反して肌がほとんど普通の状態と変わらないことに気づいた。固まった血は洗い流され、ところどころに残ったほんの少しの出血と、赤みを帯びた皮膚の色が、火傷の跡として確認できるのみだった。

 きれいになった背中を不思議そうに眺めている夕夏に対して、小春が静かに言った。

「ありがとう。もう、大丈夫だから」


 念のためにと薬を塗り、せっかく裸になったのだから、汚れた体を拭いてあげようと夕夏が言うのを、自分でするからと小春が慌てて断るのを見て、それならと台所に向かい、食事の準備を始めた。

 小春が体をきれいに拭い、穴のあいた服を着てしばらく待っていると、夕夏がお膳を運んできた。

「その服も何とかしなくちゃね」

 と言いながら、夕夏が小春の前に置いた料理はきれいに盛り付けされ、どれも美味しそうだ。

「お腹が空いたでしょ、どうぞ。お口に合うかはわからないけど」

 口を開け、目を丸くしてじっと見つめる小春に

「遠慮しなくていいわよ」

 と微笑みかける。

「ええっと、あなたは・・・」

「私はもう済ませてるわ。残り物ばかりだけど、今日のところはこれで勘弁して」

 それを聞いて小春は料理に目を移し、おずおずと食べ始めた。しかし、だんだんと口に運ぶ速度は増してゆき、いつしか夢中で頬張るようになったのを見て、よほどお腹が空いていたのかと夕夏は思った。少なくとも、前日の夜に与一らと会ってからここに到着するまで、食べたのはあの一握りの炒り豆だけなのだから、空腹だったのは当然だ。だが、そんなことは夕夏は知らない。その姿を見てまるで子供みたいだなと、ふと明かりに照らされたあの官能的な後ろ姿を思い出してその差に少し驚いたと同時に、背中の火傷の件がやはり気になった。服が特殊なのだろうか。それとも運よく服だけが焼けたのか。しかし、どう見ても素材は普通の木綿だったし、血糊が多かった理由も説明できない。もしかしたら、もっと前から火傷を負っていたのではないか。すでに治りかけの状態だったのではないか。夕夏は、小春が最初にこの村に来た時のことを思い出そうとしていた。そのとき、小春が思わず叫んだのを聞いて我に返った。

「この煮物、すごくおいしい」

 夕夏は少し呆気にとられたが、やがて

「そうかい、今度作り方を教えてやろうか」

 と笑顔で返すと、小春はばつが悪そうに下を向いてしまった。


 食事が済んだ後、夕夏が

「いろいろと話したいこともあるけど、今夜は寝ずの見張りをしなきゃならないんだ。あなたは今日はここで寝てちょうだい。朝になったら戻ってくるから」

 と言って寝床の準備を始めた。

 そのとき戸を叩く音が聞こえた。

「どうぞ」

 夕夏が応えると、与一が戸を開けて入ってきた。

「そっちは大丈夫かい?」

 と与一が問いかけるので、夕夏は

「思ったより大したことはなかったよ。ほとんど治ってたんだ。一応、薬はつけておいたけどね」

 と答えた。その言葉に与一は、なんだか腑に落ちないというような顔になった。何か言いたげな与一に対して

「それよりもう休んだらどうだい? 疲れてるんだろう?」

 と夕夏が勧めると

「ああ、これを小春さんに渡しておきたかったんだ」

 と言いながら、与一は一着の着物を小春に差し出した。

「ちょうど同じくらいの背格好の娘がいてな。お願いしてもらってきたんだ。古着で悪いが、一度着てみてくれないか」

 着物を受け取り小春が言った。

「ありがとう。ところで、報酬の件だが大丈夫か?」

 それを聞いて与一が不意をつかれたような顔をした。どうやら報酬のことをすっかり忘れていたようだ。

「そうだった。今から取りに帰るよ。家に置いてあるんだ」

 と言い残して去ってゆく与一を見て夕夏が

「報酬って何?」

 と小春に尋ねた。

「鬼を倒したら宝石をくれると約束したんだ」

 という返答を聞いて夕夏は

「ふーん」

 と生返事をしつつ、以前の出来事を思い出していた。与一は、夕夏にきれいな石を拾ったと話したことがあった。しかし、値打ちのあるものなのかどうか夕夏は知らない。

(そんなもので本当に大丈夫なのかしら)

 そう考えながらも、小春が着物を抱えたままじっとしているのを見て

「とりあえず戻ってくるまでに着替えたら?」

 と助言した。


 小春が着ていた服を脱ぎ、もらった着物を拾い上げようとしたところでいきなり戸が開いた。

 見ると、与一が凍りついたような表情をして立ちすくんでいる。

「いきなり戸を開ける奴がいるかい。バカ!」

 と夕夏が叫んだのを聞いて、与一は慌てて戸を閉めた。

 それに対して小春は、全く気にしてないといった表情で黙って着物に袖を通す。

 小春がもらった着物はきれいな淡い桜色で染められていた。継ぎはなく傷んだところも見当たらない。ほとんど新品同様だ。

「うん、寸法もちょうどいいね。よく似合ってるよ」

 そう小春に話しかけてから、夕夏は与一を呼んだ。

「いいよ、入ってきな」

 与一が気まずそうに中に入ってくる。

「すまない」

「別に気にしてない。それより宝石を見せてくれないか」

 と小春が言うと

「いや、すまない」

 と与一はもう一度謝った。

「家にあった宝石がないんだ」

 小春と夕夏の両方から怪訝な表情で見つめられ、与一はばつが悪そうに話を続けた。

「どうやら盗賊に入られたみたいなんだ」

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