第13話 魔王からの最初の命令
海路を使って王都に到着した優斗は、クラウスに出迎えられた。
「殿下、よくお戻りになられました」
「陛下の命令ですから」
優斗は、王都に来たのは不本意だと伝わるように、クラウスにそっけなくそう告げる。
「それで、陛下はどうして俺を?」
「さて……」
クラウスは首を傾げた。
「理由は分かりません。ですが、ミナ殿下にソウマ殿下、そしてカワード殿も呼び出されています」
「そうなると、魔国の四名家の当主が全て集められている事になりますね」
クラウスの話を聞き、自分たちの招集に何か重大な理由があるのではないかと考え、優斗は不安にもなった。
城を訪れた優斗は、まずルキウスに迎えられた。
「お久しぶりです、ユウト殿下。ご壮健で何よりです」
「ルキウスさんも」
このルキウスという老人はトモエの召使のような立場で、噂では平民出身の魔族だ。だがトモエの信頼は厚いようで、もう何十年も仕えており、トモエの耳目といってもいい存在だ。ある意味、用心しなければならない人物なのだが、表立っては人の良い老人にしか見えず、優斗は悪い印象は持っていなかった。
「もう、皆さまは揃っておられますよ」
そう言って優斗はルキウスに部屋へと案内された。
その部屋は大きなテーブルが置かれており、そこには三人の人物が座っていた。
オレストス家の美奈。アリアバネ家の相馬。そして、トモエの一族であるヴァルムス家のカワードだった。
「お待たせして申し訳ない」
優斗はそう言って椅子に座る。優斗のその言葉に対して、三人からの返答は何もなかった。だが、それとは別にすぐに相馬が話しかけてきた。
「よう、久しぶりだな。元気だったか?」
「ああ。そっちも元気みたいだな」
「おかげさんでな」
相馬はにたりと笑う。
相馬とは、この世界に来ても顔を合わす機会は少なく、決して仲がいいわけではない。だが、この世界で元の世界の口調で話せる同世代は貴重だ。
「それにしても、お前は随分こっちの世界に慣れたみたいだな」
優斗は声を小さくして相馬に尋ねる。
「まあな」
相馬は、再びにたりと笑う。
相馬が自分の領地で、いつの間にか三人もの女性を側室として囲っているという事を優斗は聞き及んでいた。
立場上、相馬はこの魔国では魔王であるトモエに次ぐ地位を持つ領主となる。側室を持つなど、珍しくない事だろう。そう、この世界では。
「もちろん、オークなんかじゃないぞ。魔族が二人、人間が一人だ。みんなとびきり可愛い。あとは、いずれエルフも俺のハーレムに加えたいね」
相馬のこの言葉を聞き、優斗は思わず苦笑いした。
相馬は続けた。
「だけど、お前の方もすごい美人を嫁さんにしたそうじゃないか。おかげで、夜の楽しみも出来ただろ?」
相馬は楽しそうに笑った。
(まったく)
優斗は心の中では相馬にあきれていたが、相馬の屈託のない笑みにつられて、自然と笑っていた。
だがここで、優斗は大きなため息が聞こえたのが分かった。そのため息の主は、美奈だ。
「まったく、男ときたら……呆れるわね」
「くっくっく。すいませんねえ」
相馬がわざとらしく笑いながらそう言った。
美奈は頭を抱えていた。
優斗は美奈に気取られないように気を付けながら、その様子を探る。
美奈の状況も優斗は聞いていた。
美奈はひと月ほど前に、前のオレストス家の当主であるエレナを失脚させ、オレストス家の全権を握ったという。もちろん、名目上はエレナが病に倒れたためという事にしてあるが、実際は美奈の手によって軟禁状態にあるとの噂だった。
何かの意見の対立があったのかも知れないが、たった数か月で前当主を追い落とし、オレストス家をまとめ上げた手腕には優斗も驚かずにはいられなかった。
「まあまあ、ミナ殿下。英雄は色を好むもの。ソウマ殿下ほどの武人でしたら、愛人を何人も囲ってもおかしくはありますまい」
ニコニコとした笑みを浮かべながらそう言ってきたのは、カワード・ヴァルムスだった。
「そういうものですか。あたしのような者にはよく分からない世界のようですね」
カワードの言葉に、美奈は否定も肯定もせず、そのように答えた。
「ユウト殿下もそう思われるでしょう? まあ、ユウト殿下は魔国で陛下に次ぐ美貌と言われていたセシリア様を娶られていますからね。側室は必要ないでしょう」
優斗は、話題が自分に向けられて内心は面倒だったがそれを臆面には出さなかった。
「ふっ……。私には過ぎた妻ですので」
「はっはっは。しかし、その割にはまだ正式に婚姻を結んでいないとか。もしや、何かセシリア様にご不満でも?」
「まさか。色々と機会を図っているだけです」
優斗は、ここでカワードが自分に探りを入れているのではという疑念が浮かんだ。カワードの真意は分からないが、自分にあまりいい感情を持っていないのではないかという予想はできた。
そう考える理由は単純で、半年前の小麦の件を鑑みてだった。カワードはヴァルムス家の領地が魔国で最大の小麦の産地である事を利用し、小麦をため込んで値段を釣り上げて利益を得ようとしていた。だが、優斗と美奈の思惑で小麦の値段は暴落した。もしかすれば、そのことでカワードは不利益を被っているかもしれなかった。正確には、小麦の値段を下げる事にはトモエの思惑があったはずだが、それをカワードが知っているかどうかは分からなかった。
それに、最初に優斗が小麦の援助をカワードに願い出た際のやり取りで人間を家畜に例えたカワードに、優斗も良い印象は持っていなかった。
ここで、ルキウスが部屋へと入ってきた。
「魔王陛下のお越しです」
その声と共に、優斗たちは立ち上がった。
「今日は良く集まってくれた」
部屋へと入り椅子に座ったトモエは、優斗たちも座った後に話はじめた。
「今日こうして集まってもらった皆々は、言うまでもなく今後の魔国のかじ取りをしていく者たちだ。お互いの近況を報せるためにも今後は、定期的に集まってもらう事を考えている」
「仰せのままに」
最初に、美奈がそう答える。優斗たちもその言葉に続く。相馬もトモエの前では神妙な態度であった。
「では今日の本題だ。早速だがユウトよ、モーラスの森の事は知っておるな?」
「……もちろんです。エルフ達の国ですね」
モーラスの森は、エスぺランドの北に位置するエルフたちの国だ。
この世界の召喚されてからこれまでの期間、優斗はセシリアからの教育でこの世界の知識を身に着けていっていた。
トモエの優斗への質問は、それを試すかのようだった。
「うむ。単刀直入に言えば、そのエルフ共の王女が我が魔国への亡命を希望している」
「亡命……ですか?」
突然の内容に、優斗は驚いていた。
ここで、ちらりと優斗は美奈と相馬に視線を送る。二人とも黙り込んだままだったが、美奈はすでに何かを思案しているかも知れなかった。
「詳細はカワードが説明する」
トモエに促されたカワードは説明を始めた。
「亡命を希望しているのは、セラ・リーズベルト。エルフの国、モーラス王国の第一王女です」
「王女様がどうして?」
相馬がそう尋ねた。
「正確には、元第一王女ですな。簡単に言えば、一族の権力闘争に負けたという事です。少し前に、モーラスの国王ワグナスが死にました。セラはワグナスの弟だったハーゲンと王位を争う事になり、敗れた。そして命の危険を感じ、他国に亡命を決断したわけです。よくある話です」
この簡単な説明だけで、優斗もおおよそは理解できた。
エルフの王女であるセラは自分の父親である前国王の死後、自分の叔父との権力闘争を行い、結果的に敗れたのだ。王位は叔父が継ぎ、邪魔者となったセラはいつ命を奪われてもおかしくない状況となったわけだ。
亡命先として魔国を選んだ理由も、優斗はすぐに理解した。
エルフの国モーラスはエスぺランドと友好関係であり、お互いの国の影響を強く受けている。もし、隣国であるエスぺランドに亡命したとしても、その地にエルフの王となったハーゲンの手が伸びる可能性は高いのだ。他の人間の国に亡命したとしても、大国であるエスぺランドの圧力を受ける可能性がある。それならば、エスぺランドと緩やかな対立を続けている魔国に安住の地を求めるしかないという決断だと予想できた。
ここでトモエが口を開いた。
「わらわとしては、受け入れる方向でいる。他国の王族の利用価値は大きいのでな」
トモエの言う通り、『元』だとしても王族の利用価値はあまりにも大きい。亡命したセラを魔国で受け入れ、もしセラがエルフの女王として返り咲くことがあれば、それは魔国に対して親しい政権の誕生につながる。
(だが……)
セラの亡命を受け入れるという事は、エルフの権力を奪取したハーゲンとは完全に敵対するという事に繋がり、エスぺランドとの関係も悪化する可能性も孕んでいる。
セラの亡命を受け入れるか否か、どちらにもメリットもデメリットもあるが、魔国の支配者であるトモエは亡命の受け入れを選んだのだ。そして、弱者を助けるその決断は優斗にとっても喜ばしいものではあった。
「では、その亡命に関して我々に何かご指示が?」
そう尋ねたのは美奈だった。トモエはくすりと笑って答える。
「さすがはミナよ。話が早い。まあ、亡命の受け入れは良いのだが、先方は一つ条件を出してきてな。それが少々厄介なのだ」
そう言って、トモエは再びカワードに説明を促した。
「ご存知のようにエルフ共の国、モーラスの森から魔国へ入るには、エスぺランドを通るか北方のいずれかの国を経由するしか方法はありません。距離的にも、エスぺランドを通る事が普通ですが、セラ王女は途中までの出迎えをこちらに求めています。しかも、その出迎えには、魔王候補のいずれかにお願いしたいと」
「それは……」
優斗は思わず言葉を漏らした。セラ王女が求めているのは、優斗、美奈、相馬といった次の魔王になるかも知れない誰かに、エスぺランドの領内まで迎えに来てほしいという事だ。
「馬鹿げています。そのような危険な事を……」
美奈がそうトモエに告げる。
「どうやら、セラ王女はこちらがどこまで本気で自分を受け入れる気があるかを試しているようだな。自分にどこまでの価値があるのか、魔国が自分をどのように扱う気なのかと。なかなかしたたかな王女のようだな」
トモエは机に頬杖をつき、何とも楽し気にそう言った。
「何はともあれ、わらわの考えは先ほど述べた通り、わらわはセラ王女を受け入れるつもりだ」
という事は、この場にいる誰かがエスぺランド領内に赴かねばならない。無論、エスぺランドにはバレないようにだ。そうなると連れていく兵の数も制限される。つまり、わずかな護衛と共にエスぺランドへと潜入しなければならないのだ。
優斗は気づかれないように、他の三人の様子を確認した。
誰かがこの危険な仕事を任せられるのだ。
(だが、成功すればトモエからの評価も上がるだろう)
「その仕事、俺に任せて貰えないでしょうか?」
優斗は、その颯爽と上がった声にどきりとした。
声の主は相馬だ。
「陛下。エルフの王女様を助けるその任務、俺に任せて下さい」
その直後、美奈の声も上がる。
「いえ、是非あたしに。この任には慎重な決断が求められるはずです。あたしこそが適任です」
「ふふふ。実に頼もしい。だが、誰に任すかはすでにわらわは決めている。ユウトよ、お主がこの任に当たれ。正確には、エスぺランドへの潜入はユウト。そしてその支援をカワードに任す」
(俺が……)
自分の名を告げられて驚きはしたが、不思議とそれは少しだけに過ぎなかった。
「なぜ、私なのです?」
承諾も拒否もせず、優斗はそう呟いた。
「そうです、陛下。敵地に送り込むのなら俺の方が適役ですよ。俺は、オークの族長も倒したんですから」
相馬がそう訴える。だが、トモエはそれを手で制した。
「確かに此度は敵地への潜入が必要になる。そうなると、何よりも目立たぬことが肝要であろう。ソウマとミナではその姿では目立ちすぎる」
確かに、ソウマもミナもその姿で魔族だと分かるし、何より魔王候補の証となる赤い瞳は目立ちすぎる。
「姿を隠ぺいする魔法を使う事も可能では?」
今度は、美奈がそう尋ねた。
「確かに魔法によって誤魔化す事も可能だが、四六時中の魔法は負担が大きくなる。それに、もし魔法が効かない者がいたら? その点、ユウトは片目だけを隠せば人間にしか見えまい。それに、この任にはユウトが適切だとわらわが判断した。わらわの決定に異議を唱えるつもりではあるまいな?」
こう言われて、相馬も美奈も口を噤んだ。
トモエは優斗に視線を向けて微笑んだ。
「というわけだ。ユウトよ、この任に就ける事を光栄に思え。詳細は、カワードとよく相談して決めよ。そうだな……まあ、隻眼の商人にでも成り済ますがよい」
トモエが言ったように、その決定に異議を唱える事は出来ない。
「お任せ下さい、陛下」
優斗はトモエにそう呟くしかなかった。そうして、優斗はカワードに視線を移す。
優斗の視線に気づいても、カワードは何も表情を変えなかった。
こうして、優斗に対してトモエからの最初の命令が下されたのだ。
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