第11話 今の実力

「それで、お前はユウト殿下をどう思う?」


 優斗と共にオリエンに戻ってきたクラウスに、屋敷の一室でセシリアはそう尋ねられた。部屋には、セシリアとクラウスのみだった。


「何事にも慎重なお方だと思います。それでいて誠実な方です。また、民の事にも目を向けられております。ですが……」

「ですが、なんだ?」

「今回の小麦の件のように、目的のためには手段を選ばない顔も持ち合わせています。フリオ殿を焚き付け、わたしたちを躊躇なく利用しました」

「全ては民衆のために行ったと?」

「分かりません。民衆を思う誠実さ、他の魔王候補の方に対しての対抗心、野心……すべてが複雑に折り重なっているように感じます」

「ふむ、複雑なお方のようだな。だが、頼もしくもあるな」

「はい」


 セシリアはそう言って頷いた。魔王には、民を思う心も、その民を利用する非情さも必要なのだろうから。


「それで、殿下とはどこまで?」

「ど、どこまでとは?」

「床を共にしたのかと聞いておるのだ」

「ま、まだでございます」


 クラウスは、その答えに驚いた顔をした。


「何か殿下に不満があるのか? これはお前との婚姻を確実にするためでもあるのだぞ」

「殿下に不満などありません。ただ――」


 セシリアはしばらくの沈黙の後に、言葉を続けた。


「殿下は誠実なお方です。わたしから、お誘いしたとして、こちらの打算だと誤解されれば、拒否なさるかも知れません。そうなればわたしは……」


 もしも万が一、こちらの意図が誤解されれば、きっと優斗は自分を拒絶するとセシリアは思った。それがとてつもなく恐ろしかったのだ。


「くっくっく……」


 クラウスは笑っていた。


「セシリアよ、今まで数多の貴族に求婚された事を忘れたわけではあるまい。お前を拒絶する男などおるまい」

「で、殿下は異世界から来られた方です。価値観も異なるかも知れません」

「随分とユウト殿下の事を気に入ったようだな」


 不安そうな顔をするセシリアを見て、クラウスはまた笑っていた。

 




「この度は、お疲れさまでした」


 セシリアは馬車の向かいに座った優斗にそう呟いた。

 優斗とセシリアは、ウルの町でアルバ人の状況を確認してからの帰路であった。


 結果的に、アルバ人に小麦を届ける事は出来た。アルバ人を救う事は出来たのだ。

 だが、セシリアの顔に笑みはなかった。それはセシリアが優斗に配慮してのようだった。

 優斗の心を占めているのは虚無感とも、悲しみとも言えない複雑な感情だった。

 優斗はアルバ人達を助けるために行動し、美奈から小麦を奪った。だが、その美奈が小麦を集めていた目的は、魔国の小麦の値段を調整するためだった。美奈の第一目的は、自分の功績を作るためなのかも知れないが、結果的に多くの人々を救おうとしていた。

 また、オリエンについた優斗に、驚くべき報せがもたらされた。それは、トモエの命令でウルの町に小麦が届けられたというものだった。トモエは、自分の民であるアルバ人を救うための独自の手段を講じていたのだ。

 だとすれば、優斗のこれまでの行動は無意味な事だったのだろうか。優斗が何もしなくとも、トモエと美奈によって小麦は適切に配給されただろう。結局、優斗はその小麦を美奈と奪い合うという内輪もめをしたに過ぎない。


 優斗は大きなため息を漏らした。


「色々とやってはみたけど、結局最後は美奈に利用される形になった。でも、その美奈を讃える声も、数日後には相馬の武功で忘れられていた……」

「やはり直接的な武功は目に見えやすいですし、民衆も単純に喜びますから。ソウマ殿下も、そこまでお考えだったのかも知れません」


 政治的中枢の王都に残り、魔国全体の小麦の値段を調整しようとした美奈。自分の領地に戻り、敵対分子を排除して、その武功で結果的に王都の民衆すら沸かせた相馬。すべてを見通し、優斗の計画の成否に関わらずにアルバ人救済のために動いたトモエ。

 それらの行いに比べれば、自分は何をやっていたのだろうという気になった。


「なんだか、陛下の掌の上で転がされてた気分だ。悔しさとか悲しさも通り過ぎて、滑稽な気持ちになってくる」

 

 優斗の正直な気持ちを聞いてセシリアは、くすりと笑った。


「笑う事ないだろ。こっちは真剣なんだぞ」

「すいません。でも、そう拗ねないで下さい。ユウト様は立派に、当初の目的を成し遂げられたと思います」

「別に、俺が居てもいなくても結果は変わらなかったんじゃないか?」

「そうは思いません」


 そう言ってセシリアは、脇に置かれている一輪の赤い花を指さす。

 この花はウルの町で、あの兄妹から貰ったものだった。初めてウルの町を訪れた際に、自分たちを家族に食料を分けてほしいと願い出た兄妹だ。

 先ほど、現状の確認と報告のために赴いた際にお礼として貰った、何の変哲もない花だった。

 食糧を盗み、町から食糧支援を受ける事が出来なくなっていた家族だが、フリオから購入した小麦を受け取ることは出来たという。


「陛下の手配した小麦では、あの兄妹を助けるには間に合わなかったと思います。ユウト様が、ミナ殿下から小麦を奪ったからこそ助けられたと思います」

「それはそうかも知れない。という事は、俺が助けれたのはあの兄妹とその家族だけという事か……」

「不満ですか? 十分だとわたしは思います」


 そう言って、セシリアはにこりと笑った。そして、セシリアは優斗の手をそっと握った。


「ユウト様はわたしも助けてくれました。それだけで……十分なんです」


 優斗は思った。今の自分は、セシリアが言うようにあの兄妹とその家族を救う事が精一杯なのかも知れない。たった数人だけしか救う事ができなかった。

 だが、その数人を救う事は出来たのだ。

 優斗は、握られたセシリアの手を握り返す。

 まだ、自分は他の二人の魔王候補と比べて劣っているのだろう。能力的にも、考え方も。

 ましてや、トモエとなど比べようもない。


(今は、まだ……)


 優斗はその赤い花を手に取って眺める。少しだけ灰にまみれた、美しい花だった。

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