第10話 決着と勝利者

 自分の計画が成功し、勝利を確信していた優斗は美奈の登場に狼狽していた。


「もう、あたしをこんなに待たせるなんて悪い人ね」


 そう言って美奈は、おどけたように優斗の腕にすがりついた。止める事も出来ない美奈の行動に、優斗だけでなく周りのロブ達も驚いていた。


「どうしてここに?」


 優斗は落ち着いた言葉で美奈に尋ねる。


「なぜって、あなたを迎えに来たに決まってるじゃない。正確には、あなたが運んできてくれた小麦をだけど」


 優斗の心臓が高鳴る。優斗の腕に抱きついている美奈にもそれは伝わったかも知れなかった。


 美奈がキリリアからの報せを知らないはずはないのだ。


「もう、お前の小麦ではないはずだが」


 意を決して、優斗は美奈にそう告げる。


「そうね……あなたの汚い策略でね」


 腕に抱きついている美奈が力をこめ、優斗の腕が絞められた。美奈の細腕では、優斗に痛みを与える事はなかった。だが、美奈の心を優斗に伝えるには十分過ぎるものだった。

 美奈の怒りを感じ、優斗は内心怯えた。もし、美奈が短剣でも持っていたらどうなるだろう。


(くそっ……)


 優斗は自分の浅はかさを呪った。自分の行動の結果が招く、美奈本人への影響にだ。

 もし、美奈が我を失うほどの怒りに飲まれていたらどうなるか。立場も何もかも忘れて、その怒りを爆発させたらどうなるか。


 優斗の心理を知ってか知らずか、美奈はしばらく無言で優斗を眺めていた。


「まあいいわ。とりあえず、進みましょうか」


 美奈はにやりと笑い、そう言って優斗の腕を開放した。優斗はとりあえず安堵した。

 

 優斗と美奈は、並んで歩きながら王都の城門を目指す事になった。


「今回は、やってくれたわね」


 優斗の横を歩く美奈は、正面を見据えたまま優斗に呟く。

 周りの人々が、優斗と美奈に気づき道を開けていく。魔法候補の顔は知らなくても、その証である赤い瞳は隠しようがないのだ。


「それにしても、あなたがこんななりふり構わない事を仕掛けてくるなんてね。魔国の取引に影響が出ることは考えなかったの?」


 そう問われれば、優斗は可能性として考えてはいた。だが、結局はそのリスクを無視して計画を進めた。


「召喚された日から比べると、別人みたいよ」


 美奈は優斗に視線は送らず、正面を向いまま話していた。それに応えて、優斗も正面を見据えたまま言う。


「言っただろ、俺にも事情がある。どんな手段を使っても小麦が必要だった」


それを聞いた美奈は小さく笑った。


「その物言い、さすがは魔王候補の一人ね。認めるわ、小麦はあなたの物よ」


 その言葉を聞き、優斗は驚きと同時に安どした。美奈が自分から、小麦を諦めたのだ。

 つまり、敗北を認めたのだ。優斗はそう思った。だが、次に美奈の口から出た言葉は全く違っていた。


「小麦は全てあなたの物よ。それは認める。でも、勝ったのはあたしよ」

「――なんだって?」


 美奈の言葉は、雷のように瞬く間に優斗の体を駆け巡った。

 気が付けば、優斗と美奈は既に王都の城門の真下に差し掛かっていた。複数ある王都へと入る城門の、一番大きな物だ。


「一時は、本当にあたしの負けだと思ったわ。でも、冷静に考えたの。あたしの目的は、あなたから小麦を勝ち取る事じゃない。いえ、小麦を集める事があたしの目的ではないはず、と……」


 綺麗に舗装された石畳の道。その通りにいるすべての人々が、道を優斗と美奈に譲っている。人々は道の両脇を埋め、それらの人々に迎えられるように優斗たちは進んでいた。

 

 美奈は優斗に微笑みながら言った。


「まあ、あなたと功績を山分けするような形になるのは癪だけどね」


 優斗はここでハッとした。

 今、優斗と美奈は並び立って歩いている。その後ろには、優斗がここまで運んできた偽の小麦がある。

 まるで、優斗と美奈の二人でこの荷物を運んできたかのようだった。そして、それを迎えるようにたくさんの人々が道の端々を固めている。それらの人々は、この荷物が偽の小麦などとは知らない。中身が何なのかは、見ている人々の創造力に任せられるのだ。

 

 人々の一角から声が上がった。


「ミナ殿下が小麦を運んで来てくれた!!」


 また違う声が上がった。


「俺たちの日々の糧を用意して下さったんだ!!」


 そして次々と声が上がる。


「わたしたち貧民のために!」

「何と慈悲深い!」

「ミナ殿下万歳!」


 人々の声はやがて歓声となり、それは大きなうねりとなって優斗たちの周りを包んでいった。


「ミナ殿下こそ、我々民衆の味方だ!」

「万歳!」


 気づけば、美奈はその声援に応えて満面の笑みで手を振っていた。その姿を見て、人々からまた歓声が上がる。

 美奈の姿は、元の世界のアイドルだった時を思い起こさせるものだった。

 だとすれば、今の自分の姿は人々にはどう見えているのだろうか。ただの従者くらいにしか見えていないのではないか。


(そういう事か)


 美奈の意図を悟り、優斗はこみ上げてくる悔しさを抑えて歩き続けた。

 人々の、美奈への歓声を聞きながら。




「どうやら、ミナ様の目的はこの王都で、いえ魔国の小麦の値段を下げる事だったようです」

「みたいですね……」

 

 優斗が王都に来て数日が経った。優斗は屋敷の部屋でベッドに横になったまま、クラウスの話を聞いていた。


 優斗が偽の小麦を王都に運んだその日から、これまで上昇する一方であった小麦の値段が下落を始めていた。

 優斗が運んだ偽の小麦を、王都の民衆は本物の小麦だと考えた。いや、美奈はそう思わせたのだ。

 そして、同じ日に美奈はこれまで買い集めていた大量の小麦を格安で売却を始めた。更に、魔国の各地で近衛軍の為に保管されていた小麦の一部も格安で開放されたという。

 王都を始めとした魔国の殆どでは、小麦が不足はしていたが人々が飢えるほどではなかった。だが小麦の値段は高騰し、民衆の生活を脅かし始めていた。

 美奈は、他国を初めてとして方々から小麦を調達し、安い値段で市場に流して、小麦の値段の調整を行おうとしていたのだ。オレストス家は大赤字となったであろうが、魔国の政治と経済面からみればやむを得ない支出だったのだろう。


「どうやら、ミナ殿下の背後には魔王陛下が居られたようです」

「みたいですね」


 優斗は、また同じようにその言葉を呟く。

 近衛軍が保管していた小麦の解放といい、背後にトモエがいるのは間違いない。

 どちらが主体となっていたのかは分からないが、美奈はトモエの意を汲んで行動していたのだ。

 結果的に、小麦の値段は下落を始めている。王都の民衆はその結果を受け、美奈を讃えていた。


 美奈は、優斗が計画のために用意した、小麦と偽った偽の荷物を利用して自分の目的のための最後の仕上げを行ったのだ。

 小麦が王都に集められていると民衆へのアピールのため。そして、それを行ったのはミナ・オレストスだという功績を確実に広めるために。

 美奈と優斗は一緒に王都へ入城したはずだが、称賛する民衆の声は圧倒的に美奈の方が多い。おおかた、美奈は何らかの情報操作も行っているのだろう。



 優斗はベッドから身を起こす。トモエから命令で、王城に向かう刻限が迫っていたからだ。


「殿下、どうか魔王陛下にまずは謝罪をなさって下さい」

 

 クラウスは青い顔をしてそう言う。結果的にではあるが、トモエの計画を妨害した事になるからだ。


「謝罪は不要だと思います」


 優斗には確信があった。

 トモエはこれらの一連の顛末は全て予想していたに違いないのだ。結局は、トモエの掌の上に過ぎなかったのだ。



 

 魔王城、そのトモエの部屋に優斗と美奈は通されていた。部屋にいるのは優斗とトモエ、美奈の三人だけである。


此度こたびは大儀であった」

 

 トモエが優斗と美奈に対してそう言った。


「ありがとうございます」

 

 美奈は、嬉しそうに笑みを浮かべて頭を下げる。優斗もしぶしぶそれを真似た。


「お主たちのおかげで、小麦の値段も落ち着くであろう。最初にこの計画を提言してきたミナよ、よくやった。そしてそれに協力したユウトもよくやった。まあ、


 トモエは最後にそう言って少しだけ微笑んだ。優斗はトモエの表情を見て、嘲笑されているような気がした。

 ちらりと優斗は美奈の方を見る。美奈の方は、完全に嘲笑する笑みを浮かべていた。


「お主たちは本当によくやってくれた。おかげで、この王都に久しぶりに吉報が届けれた。さらに嬉しい事に、今日もまた一つ……」

「今日も?」


 その言葉に、敏感に反応したのは美奈だった。


「どういう事です、陛下?」

「ソウマより連絡が来た」

 

 優斗は意外な人物の名前が挙がった事に驚いた。

 ソウマ・アリアバネ。元の名は荒川相馬。優斗、美奈と共にこの世界に召喚された魔王候補の一人だ。


「どのような……連絡でしょうか?」


 トモエに尋ねる美奈の顔から笑みは消えていた。




 一面石造りの空間、その床に深紅の絨毯が敷かれた謁見の間。その中に作られた玉座に、トモエは鎮座していた。

 謁見の間の赤い絨毯の上をただ一人、トモエに近づく者がいた。赤い瞳を持つ男、アリアバネ家の当主、荒川相馬だった。


 優斗は、脇を固める貴族たちの中に紛れてそれを眺めている。向かいには、美奈の姿もあった。 

 

 相馬はトモエの眼前まで進み、跪いた。


「アリアバネ家のソウマ、本日は改めて魔王陛下にご報告いたします。この度、長年に渡ってアリアバネ家と魔王陛下に従ってこなかった、オークの一部族の長を討ち取りましてございます」


 優斗の周りにいる貴族たちがひそひそと話す。


「長年従わなかった部族とは、あの川沿いのオークの部族の事か?」

「そうであろう。あの部族の長は、数あるオーク族の中でも一番の強者では? それを討ち取ったと?」

「正々堂々と、一騎打ちで仕留めたそうです。オークは強者に従う部族です。これで、あの部族も今後は忠誠を魔国に誓うでしょう」


 トモエがソウマに声を掛ける。


「こたびの戦勝報告、またとない吉報である。ソウマ・アリアバネよ、お主の武威は魔国全土が知るところとなるであろう。見事である」


 周りの貴族達から声が上がった。


「ソウマ殿下万歳!」

「魔王陛下万歳!」


 優斗も美奈も、ソウマを讃える声の中に埋もれていた。


 


「よう、久しぶりだな。元気してたか?」


 城から去る前に、相馬が声を掛けてきた。赤い瞳は勿論だが、額にある角も目を引いた。

 相馬のその表情は、自信に溢れていた。


「まあ、何とかな」


 優斗はそんな曖昧な返事をする。


「あなたの調子は抜群のようね」


 そう声を掛けて会話に入ってきたのは美奈だった。


「あなた、何の噂も聞かなかったけど自分の領地に引きこもってたのね。それでいて、随分と立派なお土産を陛下にもって来たわね」

「まあな。すまんね、お前への歓声を消しちまって」


 相馬はおどけた調子でそう言った。

 相馬の言った通り、敵対していたオークの部族の族長を討ち取った事で、美奈を讃えていた声は次第に消えていき、代わりに民衆は相馬の武功を口々に讃えるようになっていた。

 その事実を改めて告げられ、美奈は不機嫌そうな顔を隠しもしなかった。


「しかし、よく倒せたものだな。しかも一騎討ちで」

 

 優斗が尋ねると、相馬はにたりと笑った。


「まあ、この世界は魔法があるからな」


 話によると、相馬は魔法によって自分の身体能力を向上させる事が出来るようになったという。


「誰かさんには無理かも知れないけどな。この世界は楽しいもんだぞ。俺はもっと暴れさせてもらうとするよ」


 相馬はそう言って優斗の肩を叩いた。

 優斗は、美奈に負け、そして今は相馬に敗れた事を認めざるを得なかった。


 


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