第55話 国君に相応しい言葉
二月、斉が魯に大敗を喫したことで軍備増強に務める中、魯の荘公は宋へ侵攻した。
これに斉の桓公は魯が調子にのっていると思い、宋と共に六月、魯の郎の地に侵攻した。
魯の大夫。公子・偃が荘公に進言した。
「私が見ますところ宋軍の陣容が整っていません。斉よりも先に打ち破ることができるでしょう。宋軍が敗れば斉軍も退きます。攻撃させてください」
荘公はこれを許可しなかった。しかし、公子・偃は荘公に黙って、馬に虎の皮を被せて出撃した。
「君の許可無く出撃していいものでしょうか」
配下が心配するが、
「勝てば君も文句を言わないだろう」
公子・偃はそう言って、そのまま出撃した。
「偃様がご出陣されました」
「何だと」
配下の報告に荘公は激怒した。公子・偃の行った行為は命令違反であり、処刑されても文句を言えないことである。
「どうする」
荘公は傍らに控える曹沫に聞く。
「偃様は公族の方。戦死させてはなりません。それにこの動きによって戦に勢いが生まれております。これに乗じるべきです」
彼の言葉を聞いて、荘公は全軍に出撃を命じた。
魯軍がいきなり現れたため宋軍は大混乱に陥り、乗丘の地まで退いた。
魯は追撃し、宋を尚も責め続けた。宋も負けてはいない。宋の猛将・南宮万が殿を務め、武勇を示した。
「魯軍の小童共どうした。その程度か」
彼が矛を振れば、二、三人の兵が飛び、片手で兵の頭を掴むとその頭を握りつぶした。
「宋にあれほどの強者がいるとは」
荘公は彼の武勇に感嘆しつつ、金僕姑という矢を取り出すとそれで南宮万を射た。
彼はその矢が深々と肩に刺さったため矛を落とし、倒れた。そんな彼を荘公の車右・歂孫生が生け捕りにした。
猛将を失った宋軍は魯に攻められ乗丘で大敗した。宋軍の大敗を見て、斉軍は退却を決め、退いた。結果的に魯の勝利に終わった。
斉の桓公はこれを知り,ますます魯に対して恨みを強めた。
「此度の戦勝。貴公のおかげである。褒めて遣わす」
「感謝致します」
荘公は公子・偃に褒美を与えた。その後、面白くなさそうに彼は曹沫に言った。
「これで良いのだろうか?」
「えぇ。偃様の戦功は本当ですので」
(しかし、斉に対しては何ら被害を与えていないが、恨みだけ買っている)
今回の戦いでは、斉にも被害を与えたなかったが、宋軍だけに被害を与え、斉軍には何らの被害を与えられていない。それにも関わらず、恨みだけを買っていては、斉との戦争は終わらないだろう。
「斉の侵攻はこれからもあるでしょう。油断無きよう」
「わかった」
曹沫は次の斉軍の侵攻に備えつつ、この戦の着地点を探さなければならない。そのためにも管仲に出てきてもらわなければならないだろうと思った。
以前、蔡の哀侯が陳から妻を娶ったことがあった。その後、息侯も陳から妻を娶った。この陳から娶った妻の名を息嬀と言う。
そんな彼女が息に向かう時、蔡を通った。すると哀侯は、
「私の妻の姉妹だ」
そう言って、彼女を蔡に留めながらも彼女に無礼な行いをした。
それを聞いた息侯は怒って楚に使者を送り、楚の文王にこう言った。
「我が国を攻めていただきたい。我々は蔡に援軍を求めますので、そこを襲えば蔡を破ることができましょう」
文王は面白いと思うと、これに同意した。
九月、文王率いる楚軍は息の莘の地に進行した。
事前の打ち合わせ通り、息侯は蔡に援軍を求めた。蔡はそれに同意し、哀侯自ら、援軍を率いてやってきた。
想定通り、蔡軍がやって来ると楚軍は蔡軍に向かっていった。息侯は城から打って出ず、蔡軍が楚軍と戦っている間も蔡軍を助けなかった。その結果、蔡軍は大敗し、文王に哀侯は捕らえられ、楚に連れて行かれた。
十月、斉は譚に侵攻し、これを滅ぼした。
以前、桓公が他国に亡命した際、彼は譚を通ったが譚君は彼を礼遇しなかった。また桓公が即位した際にも他の諸侯が祝賀する中、譚君は祝賀しなかった。そのため桓公はこれを恨み、譚を滅ぼしたのである。
譚君は同盟国である莒に亡命した。
紀元前683年
五月、乗丘の戦いの報復として、宋は魯に侵攻した。
魯の荘公自ら軍を率いて、鄑の地に宋が陣容を整える前に攻め込み、これを大いに破った。
秋、そんな宋に大洪水が起きた。魯の荘公は宋に慰問の使者を出した。例え敵国であろうともこういった時に慰問の使者を出すのが当時の礼儀であった。
使者に任命されたのは臧孫辰(臧文仲とも言う)である。
彼は宋に言った。
「天が大雨を降らせ、宋に洪水をもたらし、穀物に被害があったため慰問申し上げます」
それに宋の閔公はこう答えた。
「孤(私)は天に対し、不敬であったため、天が宋にこのような災禍を降された。こうして貴君に心配をかけていただいたことまことに忝ない次第でございます」
その後、臧孫辰は言った。
「宋はきっと興隆するだろう。禹も湯王も自らの罪を反省したために興隆し、桀王や紂王は他者に罪を擦りつけたために滅亡した。また、諸侯で災難があった時、自分を『孤』と称するのは礼にかなっている。言に慎みが有り、呼称に礼があるのだからきっと間違いないだろう」
まもなく、宋の文辞は閔公の弟である公子・御説が作成したものであると知った臧孫辰の祖父である臧孫達は言った。
「この人は国君に相応しい方だ。民を愛する心をお持ちの人である」
臧孫達にそんな評価を与えられた公子・御説のいる宋では乱が起ころうとしていた。
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