第34話 斉の火種
二月、鄭の厲公、魯の桓公、紀侯が会盟を行い、同盟を結んだ。そして三か国は宋に攻め込んだ。
宋の救援に動いたのは衛、斉、燕であったが、結果は鄭、魯、紀の連合軍の勝ちであった。
この年、斉の僖公の弟である夷仲年が亡くなった。
僖公はこれを大いに悲しんだ。そして弟の遺児である公孫無知を寵愛するようになり、彼に秩服を与え、太子・諸児と同等の地位を与えた。
これは異例なことであり、かつて、衛の荘公が公子・州吁を寵愛した状況に似ている。つまり、斉でも衛と同じ乱の火種が生まれ始めたということでもある。
そんな斉にやって来た者たちがいる。管仲と鮑叔の二人である。
(ここが、太公望が作った国か)
管仲は斉の街並みを見ながらそう思った。斉は人が多くおり、鄭に及ばないとはいえ、賑わっていた。
彼らが斉にやって来たのは鮑叔が父に呼び戻されたことがきっかけである。
鮑叔は父から急いで国に戻るように言われ、管仲に斉へ来ないかと誘ったのである。鮑叔に言われ、管仲はあっさり頷き、斉にやって来た。
鮑叔は父と会った。数年ぶりの再開である。
「長旅ご苦労であったな」
「ありがとうございます。父上」
鮑叔の父は鮑叔が旅をして成長したと思い、目を細め鮑叔を見た。
「今回、急ぎ国に戻れとのことでしたが何かあったのでしょうか」
「実はお前を呼び戻すよう国君に命じられたのだ」
「国君からでございますか」
鮑叔は驚いた。鮑叔は斉の僖公に謁見したことはなく、本当ならば、僖公が鮑叔の能力を知る由はなかったはずである。だが今、斉の僖公に呼ばれたということは
(私に官位を渡すということだろうか?)
斉の僖公が鮑叔を用いると言っていることでもある。それなら急いで国に戻れというのもわかる。
(もしかしたら今君は名君なのかも知れない)
自分を賢人とは思わないが野に埋もれた名の知られない者を見出すことも名君の証の一つでもあろう。
かつて商の湯王は名宰相であったが料理人であった伊尹を見つけ、登用した。周の文王は釣りをしていた太公望の姿を見て彼を見出した。最近では鄭の荘公が今の鄭の宰相である祭仲を国境の役人をやっていたのを見出したとか。
そして今、斉の僖公は無名に等しい自分を見出そうとしている。
(それならばもしかしたら管仲殿も)
ここで自分の栄光よりも管仲のことを思うのが鮑叔という男である。
「ありがたいことでございます。されど、父上お願いがございます」
「うむ何だ」
「私は斉の地を離れている間、私よりも遥かに才に溢れている人物と出会い。私はその人物と旅をしてきました。されどその人物は世に未だ名を知られておりません。願わくば彼を君に推挙していただけませんか?」
この鮑叔の言葉に鮑叔の父は悩んだ。鮑叔の言う人物とは鮑叔と共にやってきた男だろう。だが鮑叔の父にはその男の価値がわからなかった。
その男は礼儀こそ弁えているが第一印象は内気で陰気な感じを受けた風貌もそれほどでもない。
どの時代でも風貌の差で第一印象は変わると言っていい。
それ故、鮑叔の父は鮑叔ほどの感想を抱かなかった。だが鮑叔の力強い目を見て、
(この子がそれほどに思うほどの者であるのなら)
鮑叔の父は鮑叔の有能さを知っている。そのため彼は半信半疑ではあるものの息子を信じることにした。
「わかった。それとなく君にお伝えいたそう。後、三日後に参内することになっている。忘れるなよ」
「はい、感謝致します」
そう鮑叔は言って、父の元から離れた。そしてそのまま鮑叔は管仲の元に向かった。もしかしたら管仲が用いられたかもしれないからだ。
その管仲はというと浮かない顔をしていた。
「どうされた管仲殿」
「鮑叔殿か、実は宮中のことを聞きまして。鮑叔殿は父上からお聞きになられてないので?」
鮑叔は宮中のことは聞かされていないため、首を横に振った。
「どうやら、斉君の弟君がお亡くなりになり、その息子を斉君は寵愛しているようだ」
管仲の言葉を聞いて、自分の寵愛している弟の子を大切に思うことはどの国でもよくある事だと最初、鮑叔は思ったがそれが行き過ぎているとすれば、大問題である。
「その寵愛が行き過ぎているのか?」
管仲は鮑叔の言葉を聞き、頷いた。
「そのようだ。しかも太子と同じ地位を与えているらしい」
「なんとそのようなことを君が」
鮑叔は驚いた。そのようなことをすれば余計な混乱を国にもたらしてしまう。
(管仲殿を推挙するのは不味かったか)
自分のことよりも管仲の推挙を悔いるところにこの男の性格がわかる。
「管仲殿。私は浅はかであった。さっきの父との話し合いで管仲殿の名を出し推挙を願ってしまったのだ。しかし、今、斉は火種を抱えようとしている中、私はあなたをそれに巻き込もうとしてしまった」
鮑叔は管仲に向かって頭を下げた。そんな彼を見て、管仲は驚いたが彼は鮑叔の顔を上げさせた。
「私はだれにも知られることもなく、用いられることなく、ここまで生きてきた。そんな私をあなたは友好を深め、友として接し、商売まで付き合ったくれたではないか。そして、私を斉への仕官の道を作ろうともしてくれた。それにも関わらずあなたを責めるようなことを私がすると思いますかな?」
そう言って管仲は笑うと右手の指を一本上に伸ばし、
「それに斉君が用いてくれると決まったわけでもない」
管仲は笑いながら言った。そんな管仲を見て、鮑叔も笑った。二人が共にいればどんな逆境も乗り込んでいけるような気もした。
後に激しく争うことになることを二人は知らずにこの時は笑い合った。
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