第6話 子を愛すれば……
衛の
以前、荘公は斉の東宮(太子のこと)の
その美しさは人々が歌にして歌うほどであった。そんな天に愛されたような美貌の持ち主で貴族である彼女が唯一得ることができなかったのは荘公との子である。
荘姜との間に子供が生まれない荘公は陳から婦人を娶った。
だが、彼女の妹である
この完を荘姜が育てた。正室である荘姜が育てることで完は太子になったも同然であり、そうすることで荘姜が子を産めない謗りを受けず、正室の立場も守り、戴嬀は完を産んだ母としてきちんと尊重される。荘姜と戴嬀が争いを起こすことなく互いを尊重する形で後継の際の問題が起きないようにしたのである。
これに問題を生じさせた者がいる。荘公である。
荘公には愛妾(愛人)がいた。その愛妾との間に公子・
子を愛するのは良いがそれが度を越してしまっているのは問題である。実際に甘やかされた州吁は武勇を好み、自分勝手な人物に育っていた。そんな彼を荘姜は嫌った。母が嫌えば子も嫌うもので、完も彼を嫌った。
このように荘公の偏愛の結果、後継者問題を生じさせたのを見て石碏は諌めた。
「私は子を愛するのであれば義方(正しい道)を教え邪道(間違った道)に陥らせるなと聞いております。驕、奢、淫、逸は邪道に陥らせるもの。この四つは君の度を越えた寵愛から生じるものです。本当に州吁様を愛しているのであれば太子になさるべきです。そのつもりも無いのにも関わらずこのままになさいますと禍が生じます。寵愛されても驕らず、驕っても低い地位に満足し恨まず、恨んでも自分を抑えることができる者は少ないのです。低い身分の者が高い身分の者を妨げ、年少者が年長者を凌ぎ、遠縁の者が近親の者に割って入り、新参者が旧族に混じり、小が大を越え、淫なる者が義なる者を破るこれを六逆と言います。君に義あり、臣は君に従い、父は慈愛を持ち、子は老行を行い、兄に愛があり、弟を敬う、これを六順であります。順を捨て、逆に従えば災いを招きます。君主とはできる限り災いが起こらないよう努力をなさるべきであるのにも関わらず、君は逆に災いを招こうとしておられます。どうかお考え直しを」
石碏はそう諫言した。荘公の一番の問題は後継者をあやふやな状態にしていることである。それほど州吁を愛しているのであればいっそ彼を太子にすればいいのだ。
そうすれば群臣をまとめ州吁を国君として奉戴し、重臣たちは彼を支える体制を作る。しかし、後継者問題をそのままにしていれば国に無用な混乱を招く。そのようなことをすれば確実に国は荒れ、先君が築いてきた衛の国力は減ってしまう。先君を尊敬する彼としてはどうしてもそれだけは避けたいのだ。
だが、荘公は煮え切らなかった。この男は君主として致命的な決断する力が欠けていたと言える。その後も石碏が荘公に諫言し続けるが頑として一切聞かなかった。
石碏は部屋を出ると、数人の男たちが彼の元にやってきた。
「
「石碏様が君に謁見したと聞き、やって参りました。それで謁見の結果は……」
「君はお聞き入れてはくれなかった‥…」
石碏はそう首を横に振りながら、答えた。それを聞き獳羊肩たちは落胆した。彼らは石碏を師と仰ぎ、彼と同じように今の国の状況を憂いていた。
「石碏様のほかの重臣の方々は君に諫言なさらないのですか?」
「私以外で諫言したとは聞かん」
そう……石碏以外の重臣は皆、荘公に諫言せず口を噤んでいた。荘公に対し呆れている者もいるがその多くは太子・完か公子・州吁のどちらかに近づき、少しでも良い印象を与え、地位を向上しようとしていた。純粋に国を思って行動している者は少ない。中には武公の頃から仕えている者もいる。
(先君が亡くなれてからあのような者たちが増えてしまった……)
石碏は武公の頃を懐かしみながらそう憂いた。武公の頃は大夫たちは皆、活気に溢れ、国のため一様に努力してきた。しかし、そのような素晴らしい光景は失われ、築き上げてきたものが壊されようとしている。
(名君を失った国とは、不幸であり、名君の時代を知っていながら、長生きするのも不幸なのだな)
武公が亡くなった際、殉死していればこのような苦しみはなかっただろう。だがあの時、天に誓ったことに反してはならない。
彼はそう思いながら、もう一つ頭を悩ましていることを彼らに聞いた。
「
厚とは石碏の息子である
「御子息様でしたら州吁様と共に狩りに出ています」
「そうか・・・」
石碏が頭を悩ましているのは息子が州吁と仲が良いことである。彼らはよほどうまがあうのか小さい頃から付き合い、今では石厚は州吁の重臣に等しい存在になっている。石碏は州吁が必ず災いをもたらすと考え、彼は息子に州吁と共に行動しないよう何度も注意しても彼は聞かない。
(何故、息子は私の考えを理解してくれないのだろうか?)
このように石碏は国だけではなく、息子のことも考えなくてはならず、彼はこの先の未来を思い憂いた。
彼の決断の時は近づきつつあった。
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