第17話 直球

 春香「私、どうしちゃたんだろう」


 その一言が僕にはものすごく艶めかしく思えてしまう。春香の顔のほてり、可愛らしい声色、清廉で女の子らしい仕草。


 全てを含めて、今の彼女は誰よりも可愛いと思えてしまう。


 颯太「どうしちゃったんだろうって、何かあったの?」


 春香「あの日、翼ちゃんが、私が颯太くんに恋してるって言ったあの日から、私、どこかおかしくて。どこにいても、何をしても、頭の中は颯太くんでいっぱいなの」


 颯太「僕で、いっぱい?」


 こくりと頷く春香は、少し息が荒くなって来ている。


 春香「勉強に集中しようって思っても、全然身が入らないし。授業中も颯太くんのことばかりしか見れなくて、私どうしたらいいか」


 どう見ても睨んでるようにしか見えなかったんだけど。さっきと今のこの表情の差は何?


 春香「顔も熱くて、息も荒い。心臓の音もうるさくて。とても苦しい」


 颯太「大丈夫? 保健室に行く?」


 ぶんぶんと首を横に振る。長い髪が大きく左右に揺れる。


 春香「私、私ね、本当は気づいてたんだ。この気持ち。翼ちゃんから気付かされちゃった。私、いままでこんな気持ちになったことないから。これがいわゆる初恋なのかな。颯太くんはどう思う?」


 恐らく僕が初恋の相手だろうとは思うが、それを僕に聞くのかとついツッコミを入れてしまいそうになる。だがここは紳士に、


 颯太「多分、それが初恋なんだと思う」


 春香「そっか。これが初恋なんだ。颯太くんはやっぱり頭がいいんだね」


 颯太「僕は頭良くなんてないよ。ただ勉強してるだけであって」


 春香「ふふ」


 颯太「どうして笑うの?」


 春香「やっぱり颯太くんはやさしいなって思って」


 颯太「そう?」


 春香「そうだよ。今も私に気を使って言葉選んで話してくれてるでしょう? それが私、ものすごく嬉しくて。私のために、考えて会話してくれてると思うと、ドキドキが止まらない」


 そういって両手を胸に当ててみせる。ニコっと笑って「やっぱり、ドキドキしてる」と答えた。その表情で僕の心臓も軽くうねりだしている。


 春香「ねえ颯太くん」


 颯太「は、春香」


 春香は上体を重力に任せて、僕の方に寄せて来た。僕は春香を受け止めてはみせるが、いつもより近い距離感に、さらに心臓の音がリズムよく刻む。


 春香「颯太くんて、好きな人、いるの?」


 おきまりのフレーズに僕はどきんと心が跳ねたのを感じた。いままでそんなこと聞かれたことなんて無かったから。耐性のない僕には十分すぎるオーバーキル。


 颯太「い、いないよ」


 春香「本当に?」


 颯太「ほ、本当だよ」


 春香「それじゃあ、私のこと、好き?」


 颯太「え?」


 ストレートすぎる質問に、返す言葉がなかった。


 春香はあれだ、完全にブレーキが効かなくなっている。恋に関してはバカになった状態だ。もう誰も止めるものはいない。


 春香「私のこと、好き?」


 颯太「え、えっと、その」


 答えを迫られるのは慣れているはずなのに。この難問は、答えを出すのに時間がかかりすぎる。だが、この状況では答えを考える時間はほとんどない。


 もう、ここは。


 颯太「僕は......」


 翼「千枚通しアタァああああああああっクッッッ!!!」


 助け船とでも言えばいいのかわからない衝撃が僕の真横に繰り出された。


 颯太「ぐえぇえええええ」


 言葉にならない激しい痛み。急所にあたった。


 翼「安心しなさい。キャップつきよ」


 颯太「ひくっ。ひくひくっ」


 僕はしばらくその場に倒れていた。口から泡を吹かせながら。


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