第7話 変わる過去、変わらぬ想い

 少女の初恋は現実的だが、少年の初恋はロマンチックである。それこそ、今までの世界を忘れてしまうように。少年が少女に恋する気持ちは、この世で最も純粋なのである。少年は……いや、「少年」なんて言い方はやめよう。彼には、「ハナウェイ」と言う名前があるのだから。

 

 ハナウェイは、自分の主人……ネフテリア・パキストに恋していた。その華麗な少女に、「クスッ」と笑った微笑みに。彼は、心の底から愛していた。たとえ、その恋が叶わないと分かっていても。彼には、その少女が女神のように感じられた。女神はいつも、彼の道を照らしてくれる。「クスッ」と笑う瞳には、少年の心を擽る何かが潜んでいた。

 

 ハナウェイは怖い顔で、部屋の来訪者を見つめた。


「エルス王子」


「体調は?」と、彼に聞く王子。「どうだい?」


「大丈夫だそうです」


「そうか」


 王子は「ニコッ」と笑って、彼女の前に歩み寄った。


 ネフテリアは、彼の笑顔に赤くなった。彼の笑顔は、いつ見ても輝いている。


「あ、あの」の声が止まった。


 彼女の額に、自分の額を近づける王子。


「熱は……なるほど、まだあるみたいだね」


「はい」の返事が震える。「まだ、その」


 ネフテリアは、幸せ一杯の気持ちを「クスッ」と笑って誤魔化した。


 ハナウェイは、その笑顔に胸を締めつけられた。


「おじょう」


「ここで寝ているのもあれだし、一緒に医務室へ行こうか?」


 ネフテリアは、彼の言葉に首を振った。


「大丈夫です。もう落ち着いたので」


「そうか」


 王子は、彼女の召使いに目をやった。


「ハナウェイ」


「は、はい」


「僕のフィアンセを守ってね」


「はい」の返事が暗かった。「分かりました」


 ハナウェイは王子の背中を見送ると、真面目な顔で主人の方に視線を戻した。


 ネフテリアは、王子の行為にドキドキしていた。年齢的には、10歳(くらい)に戻っていたとしても(最愛の人に愛されるのは、途轍もない幸福感があった)。この頃の彼は……たぶん、自分に対して好意を抱いて筈だ。


 婚約の約束もしていた筈だし、何より王子自身もその決定に満足していた。「二人は将来、絶対に結婚するんだ」と。照れ臭そうに笑った王子は、これまた照れ臭そうな顔で、彼女の唇にそっと唇を重ねた。


 それが二人にとっての初めてのキスだった。


 彼女は嬉しそうな顔で、その光景を思い返した。


「神様は、きっと」


 自分にチャンスを与えてくれたのだろう。あの不幸を繰り返さないように。神様は「逆行」と言う奇跡を使って、自分に「頑張れ」と言ってくれたのだ。


「このチャンスを逃すわけには行かない」


「え?」と、ハナウェイは驚いた。「チャンス?」


 ネフテリアは「それ」を無視し、従僕の前に歩み寄って、その顔をきつく睨みつけた。


「ねぇ、ハナウェイ」


「な、何で御座いますか?」


「今から言う女の子を探して欲しいんだけど」


 ハナウェイはその要求に驚いたが、すぐに「誰で御座いますか?」と質問した。


「『フィリア』って言う女の子」と、ネフテリアは答えた。「学年は一緒の筈だから」


「か、かしこまりました」


 ハナウェイは部屋の扉に向かって歩き出したが、三歩ほど歩いた所で、彼女の方をサッと振り返った。


「お嬢様」


「なに?」


「その子を探して……その、何をなさるつもりですか?」


 を聞いて、少女の口元が笑った。


「それはもちろん、お友達になるためです。彼女、平民枠でこの学園に入ったようだから。ちょっとした好奇心よ」


「そ、そうですか」


 ハナウェイは正面に向き直り、「それでは」と言って、部屋の中から出て行った。


 ネフテリアはまた、ベッドの上に腰掛けた。


「彼女はたぶん」


 まだ、エルス王子に好意を抱いていない。彼女が王子に好意を抱き、そして、王子も彼女に好意を抱いたら……。時間の差異は別として、またあの悲劇が繰り返されてしまう。最愛の人に殺されてしまう悲劇が。その悲劇を回避するためにも!


「彼女には、私の下僕になってもらわないとね?」


 ネフテリアは、自分の計画……つまりは、過去の改変に「クククッ」と笑い出した。



 フィリアの教室は、平民達が通う特別棟にあった。


 ハナウェイは女子達から彼女の教室を聞くと、特別棟の廊下を進んで、その教室に入り、国語の予習をしていた彼女に「あの」と話し掛けた。


「フィリアさんですか?」


 フィリアは彼の声に驚いたが、その姿を見て、思わずドキッとしてしまった。


(か、格好いい)


「そ、そうですけど? あなたは?」


「僕は、パキスト家にお使いするハナウェイと申します」


「パ、パキスト家の!」


 平民の間でも、ペキスト家の名は有名だった。


「執事さんが、私に何のようですか?」


「実は」と、ハナウェイは声を潜めた。「あなたとお友達になりたいようで」


「え?」と、今度は彼女が声を潜めた。「私と、ですか?」


「はい」


 フィリアは、突然の話に混乱した。


 あの大貴族がどうして、自分なんかと友達になりたいのだろう? 


 彼女は不安な思いを抱いたが、大貴族の言葉に逆らえるわけがなく、いくつかの疑問が晴れないままに「分かりました」とうなずいた。


 ハナウェイは、彼女の返事にホッとした。


「それでは、お勉強はその辺にして」


「は、はい」と言いながら、机の中に勉強道具を仕舞うフェリア。「わ、分かりました」


「では、お嬢様のお部屋に」


「はい」


 フィリアは彼の案内で、ネフテリアの部屋に向かった。

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