第8話 恋敵を仕留める
友達の定義は、その人間によって大きく異なる。親しげに話し掛けられた友達、仲良くお喋りしたら友達。人付き合いが苦手な者は、挨拶されただけでその人を友達だと思ってしまう。友達は、その人間が友達だと思った数だけあるのだ。それこそ、恋人が星の数だけいるように。
友達も…まあいい。とにかく、フィリアは「ラッキー」と思った。こんなに格好いい少年と知り合い(と言うか、顔見知り)になれて。ネフテリアと友達になれば……本当はかなり怖かったが、彼との仲を進められるかも知れなかった。エルス王子も確かに格好いいけれど、自分は彼のような、誠実で(身分も丁度同じだし)実直な人の方が合っていた。
彼女は今日の幸運に感謝しつつ、厳かな顔で彼の後ろに並んだ。
ハナウェイは「失礼します」と言って、部屋の扉をゆっくりと開けた。扉の向こうには、怪しく笑うネフテリアが立っていた。「いらっしゃい」の声も、かなり怪しい。加えて「初めまして」の声も。
ネフテリアはテーブルの椅子に彼女を導き、召使いの少年にお茶を煎れるよう命じた。
「ごめんなさいね、気の利かない下僕で」
「い、いえ、そんな事は!」
ありませんよ、ぜんぜん!
「彼は……」の声が遮られたのは、ハナウェイが「申し訳御座いません」と謝ったからだ。「以後は、気を付けます」
彼は二人に頭を下げて、二人分のお茶を煎れた。
フィリアは、その光景に胸が締めつけられた。
「あ、あの」
「ん?」
「彼の事は……その」
の続きは分からないが、ネフテリアにはその真意が何となく察せられた。
「なるほどね」と言って、ニヤリと笑う。「家の執事も、罪作りな男だわ」
「え?」と驚くフェリアは、「罪作り」の意味が分からなかった。「罪作り?」
「そう」
ネフテリアは、嬉しそうに笑った。
フェリアは、その笑顔に胸を打たれた。
彼女の事はまだ、怖いけれど。どうやら、悪い人ではなさそうだ。今の自分にはない、何処か大人びた少女。初恋の香りを知ったばかりのフィリアには、彼女の香りがとても上品で、何処か儚げに感じられた。
フィリアは、彼女に憧れを抱いた。
「素敵」
「え?」
フェリアの顔が赤くなった。
「い、いや、その……ううっ、大人だなって」
「そう」と微笑む一方で、ネフテリアは得意になっていた。初等部の子供とは言っても、褒められるのはやはり嬉しい。自分の取り巻きに欲しかったのは、こう言う純粋な莫迦だった。純粋な莫迦は、人間が宗教を信仰するように、滅多な事では自分を裏切らない。「フフフ」
ネフテリアは内心で、「彼女は使える」と思った。
「ハナウェイ」
「は、はい? 何で御座いますか?」
「二人だけで話がしたいの」
ハナウェイは主人の顔を見つめたが、やがて「かしこまりました」とうなずい
た。
「廊下の方に立っておりますので。何か御座いましたら、すぐにお呼び下さい」
「ええ」
執事は二人に一礼して、部屋の中から出て行った。
フェリアはその背中を見つめたが、ふとある事を思い出すと、不安な顔で自分の正面に向き直った。
「あ、あの?」
「ん?」
「あの人から聞きました。『私と友達になりたい』って。その……どうして、私なんかと友達になりたいと思ったんですか?」
ネフテリアは、カップのお茶を啜った。
「貴女が可愛かったから」
「え?」と、少女の顔が赤くなった。「わ、私が可愛かったから?」
「そう、憎たらしい程にね。貴女の姿を初めて見た時……貴女は気づいていなかったけど、正直嫉妬した。『あんなに綺麗な子がいるんだ』って」
その綺麗な子に、王子の心は奪われた。
「私は、『自分が一番可愛い』と思っていたから」
凄い自信だな、と、フィリアは思った。
「物凄く悔しかったの。貴女みたいな子がいて。その日は」
「ね、眠れなかったんですか?」
「フフフ」と、笑うネフテリア。「そうね」
ネフテリアはまた、カップのお茶を啜った。
「夜更かしは、美容の敵よ?」
「あ、あの、色々とすいません」
「フフフ」と、また笑うネフテリア。「別に謝る事はないわ」
「で、でも」
ネフテリアは椅子の上から立って、彼女の前に行き、相手の顎に手を伸ばして、その顎を優しく摘まんだ。
「貴女は、何も悪くない。私はね、貴女が純粋に欲しいだけなの」
「ふぇ!」と、思わず震えてしまったフィリア。「わ、私が欲しい?」
「そう。と言っても、別に嫌らしい事をするわけではないわ。周りの人達がそうしているように。私も、貴女と普通の友人関係を築きたいの」
「普通の、友達、関係を」
フィリアは彼女の言葉に息を飲んだが、しばらくすると、真剣な顔で彼女の目を見返した。
「あ、あの?」
「ん?」
「ほ、本当に私なんだかで良いんですか?」
「貴女でなければ、ダメだわ」
ネフテリアは彼女の手を握り、何度も「うん、うん」とうなずいた。それに感銘を受けたフィリアは、その言葉に涙して、彼女に「ありがとうございます!」と言った。
「私、あまり友達がいなくて」
「そう」と笑った悪魔の顔は、何処までも悪魔だった。「それは、淋しかったわね」
「はい! でも、今は」
「今は?」
「淋しくありません」
「そう。それは、良かったわね。友達が多いのは」
ネフテリアは、残りのお茶を飲み干した。
「素敵な事だわ」
獲物の顔が光った。おそらくは、彼女の言葉に感動して。悪魔が「クスッ」と笑った時も、嬉しそうに「アハッ」と笑いかえした。
「フィリアさん」
「は、はい!」
「さっきのアレを見て思ったのだけど。貴女」
ネフテリアは、最後の仕上げに取り掛かった。
「ハナウェイの事が好きなのね?」
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