第3話 ”行商護衛の腕試し”
夢を見ていた。
昔の夢――前世の夢だ。
だが、どんな夢かはわからなかった。
たしかに言えることは、それは悪夢だったということだ。
昔のことを、なにも思い出せないのだから。
▼ ▼ ▼ ▼
「……お、起きたか坊」
焚き火の番をしていた行商人は、リオンが起きたのを見てそう言った。
馬車は止まっていた。しかし、焚き火を熾しているところを見る限り、村を出てかなりの距離を移動したのだろう。
空が暗くなっているので、リオンがそれだけの時間眠っていたようだ。
周囲を見回すリオンを見て、タスラムが口元をゆがめた。奇襲に対策するためか、さっきまで背中に担いでいた両手持ちの大剣を腰掛けた倒木にもたれかけさせている。
「へっ、ガキってのは羨ましいねえ……あんなガタゴト揺れるなかでぐっすりたぁな」
「寝る子はよく育つって言うしなー」
軽い調子で会話をする二人を余所に、リオンは少し緊張していた。
なにせ、空気が違う。
具体的にどこが違うのかはわからないが、村のとはどこかが違うのだ。
木々のさざめきも、風が通る時に出す鳴き声も、狩猟をしていたころに入っていた森とはなんら変わらない。
しかし、なにかが違うのだ。
「…………」
違和感の正体はわからない。
だが、夕闇に呑まれた森の姿を見ていると、自分もそのなかに飲み込まれてしまいそうな恐怖を感じるのは、たしかだった。
リオンはその未知の感覚から逃れようと、視線を二人に戻した。
「明日、どの道で行こうかなーっと」
「森の方はいま、緑の野郎どもが出るんで、崖沿いの道が良いと思いますぜ、旦那」
「あー、そうか。でも、あの道ってもう退治されたんじゃなかったか?」
「いや、あいつらしぶといんで……」
どうやら、明日行く道の相談をしているようだった。
邪魔しない方が良いだろう、そう判断して馬車から一歩外に出る。
それだけなのに、空気が涼しげなものに代わったことが、肌でわかった。冷たい、夜の空気だ。
久しぶりに踏んだ大地は、その丈夫さを再確認できる感触だった。
指を絡ませ、大きく背中を反らして伸びをする。そうすることでリラックスできたのか、思い出したかのようにあくびが出てきた。
すると、打ち合わせを終わらせたタスラムが声をかけてきた。
「おい、ガキ」
「……なんですか」
「敬語なんてつけるんじゃねえ、虫ずが走る」
「…………。なんだよ」
「お前、どこまでできる」
「……?」
「剣の腕のことな」
タスラムの質問の意図がわからずに首をかしげていると、地図とにらめっこしながら行商人がそう補足した。
リオンは少し考えたあと、口を開いた。
「自警団の団長が言うには、戦士に向いた体だけど、心がそっちの方に向いていない……らしい」
「お前自身はどう思ってる?」
「向いてない」
リオンはわずかな逡巡もなく、そう断言した。
そう。間違いなくリオンは戦闘には向いていない。身体面では限りなく強いものがあるが、心が向いていない。
なにせ日本人だ。しかも平和な時代で、平和にどっぷり浸かっている。
人を殺せ、生き物を殺せと言われて、そう簡単にほいほい殺せる奴はいない。
もしリオンがそんな人間だったら、ストレスばかりを溜めていたころに噴火して、お茶の間を震撼させていたことだろう。
そんな人間はこちらでは根性なしとみられるだろう。
そう考えていたリオンだったが、その予想はタスラムによって裏切られた。
「ふうん……そうかい」
タスラムはしばしの間、口をつぐんで考えた。
そして、無造作にそばに置いていた大剣の柄を握ろうとした。
リオンはそれを見て、相手には気取られぬようわずかに腰を落とし――
「――なるほど、警戒心は人一倍あるわけか」
そう言うと、握りかけていた大剣の柄を放す。
その言葉には、彼にしては珍しく(といってもリオンは一日二日の付き合いだが)感嘆したような響きがこもっていた。
「…………」
「目もいい、反応も。たしかに戦士に向いてやがる」
リオンの身体能力に対して、賞賛を続けるタスラム。
ちなみに、リオンの方としては、なんで気取られないように動いたはずなのに察知されているのかわからなくて、冷や汗を額に滲ませていた。
その間もタスラムは色々と思考を重ねていたようで、先ほどと同じように大剣を持って立ち上がる。
「よし、ガキ。俺に一発打ち込んでこい。腕試しだ」
「……なんでだよ」
「なんでもだ。さっさと言う通りにしやがれ!」
「タスラム、ちょっと黙ってくれ」
「ああ、すまねえ旦那……俺ら、ちょっとここから離れますぜ」
「あいよ」
声を荒げるタスラムだが、行商人から一言飛んでくると、途端に申し訳なさそうな顔をして謝罪する。ついでに許可も取り付けてきた。
小規模であるとはいえ、商隊の隊長である人間の許可をえられてしまえば、”埋め合わせ”と言ってはいるが、ただの好意で相乗りさせてもらっている身としては逆らえなかった。
「ほら、こい」
「…………」
タスラムは馬車から少し離れたところまで行き、大剣を構えた。
どっしりとしていて、重厚な剣だった。飾り気のなさが、かえって武器としての強さを象徴していた。
これで「じゃあ俺が打ち込むから、お前が受け止めろ」とか言われたら、リオンは即座にその場から逃走し、行商人に助けを求める自信があった。
「…………」
「…………」
無言で対峙する二人。
リオンはタスラムを注意深く観察しながら、片手剣を抜いた。えらくおんぼろな奴で、その剣を見ただけで、タスラムが顔をしかめた。
「なんだそりゃあ。いまにも折れそうな奴じゃねえか」
「これしかなかったんだよ。村で自由に取引して良い剣」
「チッ、そうかい……おら、打ち込んでこい」
なにに苛立ったのか、舌打ちするタスラム。苛立った様子のまま、ぐっと腰を落とし、剣を斜めに構える。真正面から来た攻撃を弾く時の体勢だ。
リオンはタスラムの体勢に、これなら思いっきり打ち込んでも傷つけたりはしないな、と安堵してから……安堵した自分を戒めた。
(なに考えているんだ俺は。どう考えても相手の方が強いだろ)
やっぱり安全志向なトコは抜けきらないな、と思いながら――剣を肩に担ぐようにして、背に沿うようにして、構えた。
一度目を閉じ、息を吐き、意識を切り替え――突貫した。
「ふぅ――ォオオオオオオォォオオオオオオッッッ!!」
一歩の踏み込みで、それだけで、爆音とともに距離が0にまで縮まった。
空気を切り裂いて突き進むリオン。タスラムはその速度に目を見張り、だが一瞬にして気を引き締めなおす。
タスラムに迫ったリオンは――気づいた。
(まずい。迫りすぎたッ!)
「――ッ!」
とっさに、足で勢いに歯止めをかける。体がつんのめるが、それすらも利用。全身を使って、思いっきり剣を振るった。
そうして放たれた、すべてを打ち壊すような一撃は――空振った。
「なっ!?」
そこに、タスラムはいなかった。
ついさっきまで立っていたのに、いつの間にかいなくなっていたのだ。
その代わり。目の前にあるのは迫り来る
(――まずい)
剣は振り下ろしたばかりで、振り上げられない。
剣が使えないから、剣で防御はとれない。
だからリオンは――
「――オラァッ!!」
「ぐっ、ぉおっ!?」
衝撃。
軽々と吹き飛ばされたリオンは、着地しようとして――こけた。
勢いを殺しきれず、何度か回転したあとにようやく止まる。
そして、即座に立ち上がりタスラムの方に対し、構えを取った。
追撃は……こない。
「けっ、ガキなりに考えたもんだな――剣を捨てるなんてよ」
「…………」
大剣を肩に担いだタスラムは、元の位置に戻ってそういった。
彼の足元には、リオンが手放した片手剣がある。
そう、リオンは攻撃を受ける前に剣から手を放したのだ。
そして防御態勢をとり――防御に成功した。
ふん、と鼻を鳴らすタスラムに対し、リオンは口を開いた。
「……俺じゃなかったら」
「あん?」
「俺じゃなかったら、蹴りを受けた段階で腕折れてたぞ」
「……役立たずがいなくなるから、俺としちゃあそっちの方が良かったんだけどな」
「…………」
価値観があわねえ。
リオンは心の底からそう思った。
ジト目になったリオンに対し、タスラムは動じることなく大きなあくびをした。
「まあ、テメェは役立たずじゃねえみたいだな」
「は?」
なんでいきなり認めるようなことを言ったのか、リオンが困惑しているのをよそに、タスラムはなにか考えてため息を吐いた。
そして、言った。
「よし。明日から、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます