第2話 ”行商護衛の度胸試し”

 村の門……というには粗末な二本の棒の間を通ってすぐの小さい広場。

 村にある主要な店が集まるそこには、一台の馬車が止まっていた。


 その馬車の前に、二人の男が立っている。

 腰に剣をつけた男――リオンと、行商の男だ。

 そこから少し離れた軒下に、武装した男が座っており、事の成り行きを見守っていた。


「あの、本当に相乗りはできないんですか?」

「できない。これ以上馬車に乗ったら、壊れちまう。おつかいの手伝いは悪いが断らせてもらうぜ、少年」

「いや、おつかいじゃ……まあいいか。とにかく、俺は魔法使いのところに行きたいんですよ。そんで、村に定期的にやってくるのもあなたしかいないんです。ダメならせめて、地図をくださいよ。ここら辺の地図」


 要求を変えるリオンに、行商の男はにべもなく首を横に振った。


「いやだね。どうしてもほしいってんなら、金でも払えってこった」

「……どれくらい?」

「あー、そうだな……銀貨一枚でどうだ?」

「そんな金持ってないです」

「じゃ、家に帰るこったな」

「いや、帰る家とか、もうないんで」

「……なに?」


 リオンの言葉に、行商が少し目を見張った。


「なんだ、坊。まさか、追い出されたのか……?」

「いや、両方とも親が死んで……まあそれで旅に出ようと思いまして。家と畑を売り払ったんですけど。でも、それも装備と物々交換で……金も、旅道具と背負い袋を買ったらなくなって」

「装備って、それがか?」


 事情を説明していると今まで事の動向を見守っていた、武装した男が半笑いで口を挟んできた。

 リオンは男を見る。座っているが、リオンの背丈よりも高かった。大人であることに加えて、その中でも並外れて背が高いのだろう。


 リオンは、にやにやと笑みを浮かべてこっちを見る男から視線をずらした。

 事実すぎて、なにも言い返せなかったからだ。


 たしかにリオンの装備は、みすぼらしいという他なかった。

 頭頂部が少しヘコんでいる兜を筆頭に、使い古されてところどころほつれているチェインメイル。片手にくくっている盾は朽ちかけており、施されていたのであろう塗装もほとんどがはげている。


 護衛らしき男は、笑いを隠すことなく言った。


「無事なのなんて、剣くらいじゃねえか!」

「おい、言い過ぎだぞ……悪いな坊」

「……ああ、いや。間違ってないんでいいです。武器とか防具は、この村の自警団で使ってた古い奴しかなくて」


 実は、腰につけた片手剣も研ぎ直す前は少し錆びていたのだが、それは口には出さなかった。


 巨漢で、使い込まれた武器や防具で武装した男。彼からしたら、子供がままごとをしているように見えただろう。

 親切心からか、はたまた自分の領域に生半可な装備で踏み込もうとした奴をこらしめようと思ったのか。


 座っていた男はふいに笑みを消して立ち上がり、リオンの前に立った。


「いいか。ガキ」

「…………」

「お前の事情はよく知らねえが、旅に出る気ならやめとけ。魔物やら山賊やらに食い物にされるだけだ。無駄死にする前に尻尾巻いて、この村で畑でも耕してた方が身のためだぜ」


「嫌だ」


 即答だった。ついでに、敬語も忘れていた。

 行商人が驚いたようにリオンを見た。巨漢の男が、目を細める。

 一歩踏み込み、じっくりとリオンの顔を見る。


「嫌だっつうのは、どういうことだ? え? まさか、この俺が、親切心で言ってることに対して、ケチつけるってのか?」


 リオンは黙り込んだ。男の威圧感が急激に増したからだ。

 自警団の訓練に混ざって剣を振っていただけのリオンとは違い、本物の戦場を渡り歩いてきたのであろう男の怒気。

 それは、リオンが人生で一度も。それこそ前世での経験を合わせても、一度も味わったことのない空気だった。


「…………っ」

「なんとか言えよ」


 こちらを見て、凄む男。

 全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出す。悪寒が背筋を這いずり回るが、それでもリオンが膝を屈することはなかった。


 無論、崩れそうになるリオンの体を支えていたのは、気力とか根性なんかではなかった。

 ただ単純な、帰巣本能である。


 日本に帰りたい。

 それだけの、ただ単純な思いがリオンを辛うじて踏ん張らせていた。


「……嫌だ」

「それはさっき聞いた。なんで嫌なんだ? え?」

「魔法使いに……会わないと、いけないからだ」

「どんな目的だ?」

「…………言えない」

「なにィ? 言えないだと?」


 日本のことは黙っておこうと思い、けれども威圧感を前にして、適当な言い訳が思いつかず、口をつぐむリオン。できることといえば、精一杯男をにらみ返すくらいだった。

 といっても、膝はガクガク震えている上に大量の汗が額を伝っているので、虚勢であることはバレバレだ。


 そんなリオンに対し、男がさらに凄もうとしたところで、いままで事態を静観していた行商人が声をあげた。


「おい! そこまでにしといてくれ。子供相手に大人げない」

「……いや、旦那。こんなの遊びみたいなもんでさあ」

「お前にとっちゃあ遊びなんだろうがな、他の人にとっちゃあそうじゃないみたいだぜ」


 確かに、そのようだった。

 広場で遠巻きに見ている人々から、敵意のこもった目線が飛んできている。

 いまのところはこの程度で済んでいるようだが、もし男なりの『腕試し』でもしようものなら、村の男衆が多様な装備に身を包み、自警団としてやってくるだろう。


「これ以上やってたら、俺はこの村で商売できなくなっちまう」

「ぬぅ……すまねえ。旦那」

「ったく、お前はいちいち手段が荒っぽいんだよ……坊、大丈夫か?」

「…………っ、あ、はい……」


 威圧感が急に解けて安堵したのか、少しふらついたリオン。膝が笑っている彼の腕を取って支えると、行商人はリオンの様子を観察した。


「ほら、泣いてもないし、ちびってもない。この子の勝ちだ。タスラム」

「…………ガキだと見くびって損したぜ」


 タスラムと呼ばれた巨漢の男は、誰にいうでもなく、そうこぼした。

 そしてリオンを一回みると、視線をきって軒下に戻る。積み荷の警護を続行するのだろう。


「……あの、それで、馬車の方は」

「安心しろ、乗せてってやる。ちょうど、一つ先の大きい村に魔法使いがいるからな。そこまでな」

「――ありがとうございます」

「なに、相棒が迷惑かけちまったからな、その埋め合わせって奴さ。……俺は村長に説明と別れの挨拶してくるから、坊は馬車の中で休んでな。疲れただろう」

「ああ……はい」


 そういって、ふらふらと馬車の方へ歩いて行くリオン。

 リオンを無言でタスラムが見るが、さすがに二度目のちょっかいを出す気はないようで、すぐに視線をそらした。懐から酒を持ち歩くためのスキットルを取り出し、一杯煽る。


「ああ、そうだ! これからは敬語ははずしてくれよ、坊。俺は商談以外でそういうのを聞くと、尻がむずかゆくなっちまうんだ」

「わかりまし……わかった」


 背後から追いかけてきた声にそう返すと、リオンは馬車に乗り込んだ。

 馬車のなかには、いくつかの荷物が雑多に積み込まれていた。


 そのなかから、固定された荷物の一つを背もたれにする。

 そして目を閉じて、呼吸を整えた。


「……スゥ……フゥ」


 しばらく、寝息を立てるふりをしてタスラムの様子をうかがった。

 全力で眠気に抗いながらの偵察だったが……タスラムの方に、特に動く様子はない。どうやら本気でリオンにちょっかい出す気はなくなったようである。


 そうすると、安心感からか。眠気が増してきた。

 眠らない理由はもうない。順風満帆とは言いがたいが、うまく事は運んでいる。

 その事実が、リオンを眠りに誘ってくる。


 そうして、リオンはまたたく間に闇に意識を溶かしていった。

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