第1話 ”墓場での決意”
『異世界転生』という名のジャンルがある。
オンライン小説での王道とされる人気ジャンルだ。
読者の中では「長い時間熟成された、欲望の肥だめ」「これプロローグ読み飛ばしてもほとんど問題ないよな」「
しかし、このジャンルの人気にかげりは見えなかった。
もっとも娯楽らしい娯楽であるがために。
初心者が書くのに適した、書きやすいジャンルであるために。
『異世界』というものは、多少なりとも人のなかに眠る『少年』の冒険心をくすぐるものであるために……。
そして――いつか転生できるかもしれない、という妄想の種になるために。
そんなわけで、日本中に多数の読者を持つ『異世界転生』。
そのジャンルを好む愛読者のなかに、一人の青年がいた。
彼はある日、高齢者ドライバーによる交通事故で死亡する。
その後、いろいろあって【リオン】という名で異世界に転生を果たした青年。
しかし、日本産もやしっ子の彼では、ファンタジー世界に馴染めなかった。
ホームシックを発症し、白米と味噌汁、そして日本での出来事を思い出しながら、畑を耕す日々を送り続ける生活。そんな日々のなか、物は試しと入ってみた酒場。
そこでの会話で彼は日本に帰ることを思いつき、店を出るのだった――
▼ ▼ ▼ ▼
夜空に星がきらめいていた。
吹き抜ける風は冷たく、目の前に真冬を幻視させる。
家へと続く道を歩きながら、リオンは思考を進めていた。
すなわち、魔法使いに会うためにはなにが必要か。
リオンが剣と魔法のファンタジーに来た時、まっさきに聞くことになった情報は魔法使いのことだった。おとぎ話を読み聞かせている最中だったのだ。
魔法使いの実在を知り、その話をもっと詳しく、とねだるリオンに対して、両親は語ってくれた。
魔法使いとは「不思議な技術を操る者」のことである。
…………。
本当に、それだけだった。
「いやまあ、しかたねえか……」
おそらくだが、魔法使いにとって自分の魔法は切り札だ。
ゆえに、存在は秘匿しているのだろう。伝えるにしても、その断片。原理を知られて、対策を講じられてはいけないからだ。
その結果、口伝で知られるのは「火を放った」「空を飛ぶ」「物を見通す」なんていう不思議なことのみ。
だから魔法使いは「不思議な技術を操る者」なのではないか。
というのが、リオンの見立てだった。
実際のところはどういう存在かわからない。
だが、魔王軍の頭を張っていた『落星の魔術師』が敵軍に星を落としたという逸話も、偉大なる魔法使い『ノーガード』が遙か昔に冒険を経て巨万の富を築き、現在に至るまで生き続けている、という話はある。
火のないところに煙は立たないので、話そのものにそっくりそのまま信憑性があるわけではないが、その話の原型になるものは確かにあると見て間違いない。
少なくとも、魔法使いは存在するのだろう。
「……俺の求める魔法を知っているかどうかは別にして」
だとすると、旅も長丁場になる可能性が高い。
旅をするための道具も集めなければならないだろう。
この世界で、旅は大変なものだ。
なぜなら、魔物がいる。
それと同時に、魔物から身を守ってくれる傭兵もいるようだが、彼らは総じて金にがめついらしい。貧乏人の身では雇えない。
魔物狩り、と呼ばれる魔物専門の狩人もいるが、そっちは賞金稼ぎのようなもので、大金がかかった魔物を探し出して討伐。賞金を賭けた人物から金をもらうだけの人間だ。こっちも当然金にがめつく、雇うことはできない。
「自分の身は、自分で守るしかない。か……」
重いため息が出た。
それと同時に、村のはずれにある自分の家に到着する。
旅に出るなら、この家も放棄することになるのだろう。
なにせ戻ってくる確率は限りなく低い。上手くいったら戻ってこないし、上手くいかなかったら死んでしまうので、どちらにせよ戻らない。
村にある財産はすべて、処分する必要がある。
――と、そこまで考えたところで。
「…………」
ふいに、家から背を向けた。
そこからもう少し歩いて、村の共用墓地に足を踏み入れる。
静かな、月明かりに照らされた墓地。
朽ちかけた古い墓石などの間をすり抜けて、比較的新しい墓石の前に立つ。
「……そういや、まったく来てなかったな」
この村での葬式は簡単だ。
死んだら棺におさめ、村長が神父の代わりに言葉を述べ、そして共用墓地に穴を掘って、そこに埋める。
その後は酒を飲み、泣き、そして次の日には悲しみを忘れて、仕事へと戻る。
ここに眠る、リオンの両親もそうだった。
「…………」
両親は、魔物の襲撃に遭って死んだ。
畑に入ってきた魔物を見つけ、踏み荒らすそいつを追っ払おうとして――父が亡くなった。それをきっかけに母も体調を崩し、そのまま帰らぬ人となった。
「……はぁ」
リオンはため息を吐いた。墓石の前に座り込む。
ひんやりと冷え切った土が尻に触れたが、いまは無視することにした。
「やだな……旅に出るの」
旅に出るということは、魔物と戦うかも知れないということだ。
それはわかっている。
だが、魔物と遭遇し、戦う結果として今生の両親のような死を迎える可能性があることは、認めたくない事実だった。
リオンは、両親の死のどちらにも遭遇している。この目ではっきり見ている。
母の時は間近で。父の時はこっそりと遠目に。
どっちも耐えがたいほどに理不尽なことで――それ以来、ぽっきりと「異世界を楽しもう」なんて心は折れて、霧散してしまった。
言ってしまえば、夢から覚めたのだ。都合の良い夢から。
殺そうとすれば殺される可能性も出てくるし、
生き物は傷つけたら血があふれでるし、
死んだら、本当に死んでしまう。
そんなごくごく当たり前の現実という奴をしっかり認識してしまったのだ。
戦うのと、死ぬのはめっちゃ怖い。
それがリオンだった。
当たり前に弱い人間だった。
だが――
「それでも、帰りたいんだよな」
酒場の会話でリオンのなかに芽生えたのは、帰巣本能。
家に帰りたい。元いた場所に戻りたい。そんな気持ち。
向こうには白米があって、味噌汁があって、肉も野菜もあふれている。
ゲームも本もある。日本語なんて何年も見ていない。いま、漢検を受けたら五級でも落第してしまうだろう。近々発売する予定だった、新作ゲームのタイトルも忘れてしまった。
こっちと違って、平和もある。
リオンは目をつむった。
そして、両親に黙祷を捧げて――いままでの謝意と、そして謝罪の意思を伝えた。
これからたぶん、ここには帰ってこない。
「……帰るか」
リオンはそうつぶやいた。
「いや、帰ってやる。絶対に」
装備を買い、道具を買い、旅に出て、魔法使いを探す。
魔法使いを探し出したら……帰る。元の世界に。
帰るんだ。
決意を胸に墓地から去るリオンの背中を、夜空に浮かぶ月だけが見ていた。
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