第13話 仮面の種別
京楽譲という男について、僕は『懺骸たちの統率者』であるという以上の情報を知らない。ただ鷺山さんから聞いた話の節々から判断するだけでも、相当に危険な人物であることは間違いないようだった。
そもそも、仮特課は実質この男を捕らえるために発足されたようなものだという話だ。
懺骸とはあくまで悪意の暴走した人間であり、それを探し出して仮面を剥がすだけならば、何も『警察』である必要はない。そこに国家権力という力が必要になったのは、自らの意思で仮面を悪用する者が現れたからだという。
例えば、先日襲ってきたカサネという男のように——
仮面を我が物にした上で能力を操り、それを犯罪に使っている人間がいる。そういう者が、あくまで『暴走』して暴れている連中より何倍も厄介なのは想像に難くない。
そして、能力を発現した連中を唆して纏め上げ、反社会的行為に走らせている『黒幕』が、目の前にいる京楽譲だ。
「君はカサネに襲われたらしいな。私の身内が迷惑をかけてすまない」
「……いえ。その、大事に至る前に鷺山さんに助けて貰いましたし」
あまりに穏やかな語調に、僕は思わず敬語を使って言葉を返してしまう。目の前にいるのが凶悪極まる懺骸だと分かっていても、この男には、この男自身の存在を尊重したくなる『何か』があった。
そんな僕の内心の動揺に気付いてか気付かずか、京楽はそのままの調子で話を続ける。
「それはよかった。ところで、カサネは死んだのかな。話を聞いたところによると、君の『能力』とやらを食らったようだが」
「奴は逃げた。俺が駆けつけて、彼我の勢力差をきちんと悟ったんだろう」
「そうか。賢明だったな」
答えたのは鷺山さんだった。それを聞いて京楽は、変わることのない笑顔のまま頷く。
——あの時。
僕が仮面を発現したちょうどその直後、鷺山さんはあの場に駆けつけた。
彼の存在を見て取るや、カサネは早々にその場から撤退した。鷺山さんの言う通り、彼我の戦力差というものを理解しての行動だったのだと思う。
正直僕はホッとした。あそこからカサネがどう出るか分からなかったし、何より僕自身、自分がカサネに何をしてしまうのか分かっていなかった。……いかに犯罪者でも、自分の手で殺したりは流石にしたくない。
「恐れているな?」
「……え?」
「ガラス越しだが、君から不安を感じる。何が怖い?この顔の傷かな」
京楽は自分の口元、口角のあたりを指差してそう言った。
……ここで初めて気が付いた。彼の口には、左右それぞれくっきりと、口角を延長したような切り傷がある。
「それって……自分で、裂いたんですか?」
ついこの前みた映画の影響だろう、僕はそんなことを訊いていた。
「いやいや、私は
しかしそんなユーモアを返せるということは、君の不安の原因はこの傷じゃないな。さしずめ自らの仮面といったところか」
「……分かるんですか、そんなこと?」
「大学では心理学を専攻していた。人間の心は、大抵のことを表情が雄弁に語ってくれる。君は少し分かりにくい方だがね。
君が仮面を恐れるのも理解できる。今まで知りもしなかった力に突然目覚めて、混乱もあることだろう。心配せずともその感情は、仮面を発現した者のほとんどが味わうものだ。君の場合はそこに、『喜貌の仮面』という特異性も重なっているからな。
……で。そこで私が何の役に立てるのかな?」
首を傾げながら、京楽はそう訊いてきた。その質問には鷺山さんが答えた。
「喜貌の仮面の使い方、それに彼の能力の診断。今まで喜貌を発現したのはお前だけだ。彼は自分のことを知る必要がある」
「そしてお前ら仮特課もまたこの少年を知る必要がある、と。当然だな。今まで私しか発現していない以上、喜貌の仮面とは目下のところ狂人の
「自主などと明らかな虚言で出頭してきたお前を受け入れたのは、求められたあらゆる情報提供に応じるという条件あってこそだ。約束は守ってもらうぞ」
「安心しろ、そんな約束が無くとも協力してやるさ。せっかく現れた仲間だ。
さて、ならさっさとカウンセリングを始めるか。渦羽根くん、君は仮面についてどこまで聞いている?」
問われて僕は、今までに得た仮面についての情報を頭の中で整理し直し、それなら口を開く。
「人の悪意が表に出たもので、その人の意識を乗っ取ることもあって……でも仮面を自分のものにできれば、超能力のような力を使えるようになる、くらいしか」
「そう。そして仮面には、特定のパターンによって隔てられる『種類』がある。それぞれ人間の感情になぞらえ、『
通常、『怒貌の仮面』の使い手は単純かつ物理的な能力を、反対に『悲貌の仮面』の場合は複雑かつ特殊な力を発現しやすい。もう見られているようだからバラしてしまうが、例えばカサネは任意の二つを物理法則を無視して入れ替える。あれは悲貌の仮面の典型だな」
「……それだけ聞くと、なんか悲貌の方が強そうですね」
「そんなことはないさ。悲貌の能力はより限定的なものに限られるし、そもそも扱うのも難しいからな。発現しても馬鹿には使いこなせないし、使いこなせたところで役に立たないことも多い。
それに怒貌の能力は単純だが、それ故に強力だ。そこの鷺山などは怒貌の仮面を発現しているが、はっきり言って、正面からそいつに勝てる懺骸など存在しない。実際、そいつが駆けつけた途端にカサネは逃げたのだろう」
そう話す京楽の顔は、今まで通りの笑顔ではあるものの、どこか嬉しそうと言えるような雰囲気を醸し出していた。
「その、怒貌と悲貌は見ただけで見分けられるものなんですか?」
「仮面の目にあたる部分の上側、眉のような紋様があるのは『怒貌』。対して下側、涙や皺のような紋様があるのが『悲貌』だ。見た目それぞれ怒っていたり泣いているように見えるから分かりやすい。
が、例外というものはどんなものにも存在していてな。それが君の発現した『喜貌の仮面』だ。
喜貌は、外見的には『口』があるのが特徴だ。目の部分から下に隈取りのような紋様があり、それが口角と繋がって口を象る。——こんな風にね」
京楽がそう言ったのと、彼の顔に仮面が現れたのは全く同時のことだった。
それは見るからに、なるほど、『喜び』という
「それが……」
「私の仮面だ。君のも似たようなデザインのはずだがね。
渡された報告書には、先日に発現した際、仮面は左半分だけだったと書かれているな。『喜貌』か否かを判別できるギリギリの許容範囲だ」
……だからあのとき初めて、巳波は僕の仮面を見て驚いていたのか。
最初に能力を発現した時、僕の仮面は左の目元のみを覆っていた。その時点では『喜貌』どころか、外からは『怒貌』か『悲貌』かも判別できなかったわけだ。
「喜貌の仮面は特別なモノだ。今まで発現しているのは私だけだった。君は二人目。
——ただね。怖がらせるわけでは無いが、私は極め付けの異常者とされている。君はほぼ間違いなく、その私と
そうやってにこやかに問うてくる京楽の顔からは、もう仮面は消えていた。
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