第11話
母はとてもうつくしい人だった。
美しく、残酷で、愚かで、冷酷で。
だから私には最期までわからずじまいだった。なぜあの母が私の思いに気づかなかったのか、あるいは気づいていて知らないふりをし続けたのか。あのまるで邪気のない、清らかな天使のような弟や妹たちよりも、私はずっとずっと多くの要素を、母から受け継いでいたはずなのに。
私ほどあの母に生き写しの人間など、いなかったのに。
ワインボトルを絨毯へと投げ捨てると、鳥かごを開き、小鳥を血の付いた人差し指に乗せた。小鳥は「何が起こったの?」と言いたげな無垢な目で、こちらに首をかしげてみせた。昔からそうだった。この小鳥のきらきらした瞳は、聡のそれと本当によく似ている。
「ほら、お逃げなさい」
窓を開け放し、小鳥を窓のふちに優しく置いた。あたたかな陽光が小鳥の羽を照らし、鬱蒼とした森の向こうには晴れやかな青空が見える。しかしいくら促しても小鳥は飛ばず、こちらをじっと見つめたままだった。まるで、今からお前がしようとしていることなどお見通しだぞ、とでも言うように。
「許してください、ね」
私は小鳥に向かってそうつぶやくと、ポケットからナイフを取り出した。母は覚えていないだろうけれど、このアウトドアナイフは、母が私のためだけに買ってくれた、最初で最後のものだ。15歳の誕生日にもらったものだったが、今までずっと宝物として大切にしてきた。たとえこれが、好意からの贈り物でなかったとしても。
次は絶対に、捕まってはいけませんよ。
誰にともなくそう思いながら、ナイフを自分の頸動脈近くにそっと当てる。どこまでも美しく愚かな母を、地獄で一人にさせるわけにはいかない。私が行かなければきっと彼女は、
母はとてもうつくしい人だった。
だからその息子も、最期は小鳥が羽ばたくように、きっと綺麗に逝くだろう。
ホワイダニット・エクスキューズ 名取 @sweepblack3
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