第5話
法律を専門としていた過去の僕が、いくら精神を病んでいたとて、何も考えず犯行に及ぶとは考えにくい。いわゆる「死なばもろとも」という感じで、自分が死刑になるのも厭わない覚悟でいたのならお手上げだが、不思議とそうは思っていなかった気がするのも確かだった。
何しろ相手は、何の罪もない女子供を殺すような、最低の 人間たちなのだ。
そんな人間のクズに復讐しただけで自分が首を吊られるなど、復讐の鬼にとってはそれこそ論外なことであったはずだ。少なくとも、僕はそう思いたい。
「何か、ヒントはないのか……?」
僕は部屋をくまなく調べてみた。テーブルの上にはワイングラスが四つ置かれている。ここでワインを飲みつもりだったのか、または単なる復讐鬼の狂った演出か。ワインボトルは見当たらない。テーブルの上にはほかには何もない。本棚も引き出しもさっき調べつくした。絵画も見てみたが、何の仕掛けもない、ただの油絵だ。
「……」
僕は唾を飲んだ。やはり死体を調べる必要がある、そう考えるとやはり言い表せない嫌悪感が襲ってくる。だが、一応、調べておかねばならない。自分がどこの誰を殺したかもわからないままでは、どこから復讐の復讐をされるかわからない。戦争においては、情報が少ない方が必ず負けるのだ。
とはいえ、調べる箇所は少なくて済みそうだった。
なぜなら、四肢を切断されているおかげで、服以外をあまり調べなくてよくなっているからだ。肉を切るときに邪魔だったのか、あらかじめ服を剥いだ形跡がある。その服は、死体の近くの床に脱ぎ散らかしたように放り投げられている。僕が知りたいのは死体の肉体の情報というより、着ていた服のポケットの中身や、衣服それ自体の種類だった。警察であれば、採取した細胞のDNA鑑定などで身元を割り出すのだろう。だがそんな最新技術など利用不可能な僕は、アナログな方法で身元を推測するしかない。
「う……」
とりあえず目を凝らして服を見てみる。少し近くに寄っただけで、血の匂いがひどくて気分が悪くなる。サイズはどれも成人のもののようだ。男物のTシャツと短パンが二枚ずつと、ワンピースが一着。散らばった死体のパーツとも合わせて推測すると、成人男性が二人、成人女性が一人、という内訳になっていると思われた。
「大学生、か……?」
死体の見た目の年齢、髪の色、服のチョイスやコーディネートから見るに、「大学生か?」というのが第一印象だった。男の首は金髪と赤髪で、とてもじゃないがまともな社会人とは思えない。女の方は黒髪ロングで、特に派手というわけではないが、しかし見た目が普通だからといって中身も普通とは限らない。見た目から得られる手掛かりはこれくらいのものだった。
この後逃亡するであろうということを考えると、むやみに自分の服に血をつけたり指紋を残したりすることは避けたいので、服のポケットを調べるには、どこかでゴム手袋か何かを調達しなければならない。
「くそ……」
僕は部屋のドアを見た。ここを出て別の部屋に行くのは、どこか気が引けた。廊下や別室に、この死んだ奴らの仲間がまだ隠れていて、不意打ちされることがないとは言い切れない。記憶がない状態では、何もかもが不安に思えてくる。
だが、そんなことを考えていては何もならない。
僕は決心を固めて、部屋を出た。
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