第15話 動き出す策謀

 泱容は遠い空を眺めた。

 夏も盛りで日は勢いを増して照りつける。

 目眩を起こして幻でも見そうだ。そう思った時、


「考えてみたらいいじゃないですか?」


「何をしたいのか。」


 とアトが言ったことを、アトの声でそのまま耳に蘇った。


 アト。


 泱容は辺りを見回し一瞬探した。

 当然、いない。

 彼女の役目は終わった。

 本来あるままに返してやらねばならない。

 そして、私のことなど遠い過去にして、忘れてしまうに違いない。そう思った途端に月映の文にあった詩の一行が、ニヤつく何処ぞの男つきで……


 羨慕月亮夜夜心毎夜月を羨むがいい


 ムカつく💢。


 あの女ぁ……爪痕残してやる!!


 泱容は文箱から指輪を一つ取り出し懐にしまった。


 一生涯私を忘れられなくしてやる!!


 そして、


「殿下。ご準備整いましてございます。」


 と侍女の声がした。


「あい。わかった。」


 泱容は返事をすると開かれた扉へと進んだ。


 いつもなら、謁見の間にて越の大使は皇帝に拝謁し、祝賀と挨拶の辞を述べ、礼を尽くしその後で、皇太子への挨拶、太后への挨拶、続いてその他皇子と、公主様方への挨拶の順に執り行われるのだが、今年は喪中につき太子が皇帝の代りを務め、玉座に座らず一段下がったその前で行われる。


 ところが……、

 玉座の前には皇子が二人。その横で御簾が下ろされ向かい合う太后と盧貴妃。

 この異常な事態にタインは驚き焦った。

 これは、どちらから挨拶申せば良いのか……。


 普通に考えれば、太后の方が盧貴妃より立場は上だが、それに向かい合う形でいると言うことは、今城内での二人の地位は拮抗している。それに肝心要の太子が居ない!

 と言うことは……太后は今劣勢を強いられていると言うこと!!

 だが……


「どうした? 気楽にいたせ。」


 泱容がタインに声を掛けた。

 いけない! と思いタインはフォンになりきって言い訳した。


「申し訳ございませんでした。御二人並ばれるとたいへん壮健なるお姿! このフォンめは暫しの間見惚れておりました!」


「良い。許す。」


「恐れながら。」


 タインは考えた。それはもう必死で考えた。


 フォンならどうする?フォンなら………。


 そして、


「太子の万歳お祈り申し上げ、貴国の限りなき栄光と繁栄をお祝い申し上げまする。」


 と空の玉座に向かって拝礼した。

 その途端、場が凍りついた後ざわめいた。

 一歩間違えたらタインの首が飛ぶ。しかし、フォンが言うとしたらこれしかない。


 公式では太子は健在のはず、それを隠していた。そればかりか越をそのお家騒動に巻き込むと言うのは、同盟国相手に礼を失すると言うもの。

 タインは拳を握り死を覚悟した。


 すまない! アン! 君の元に帰れそうにない!!


 ところが……。


 クククククッ。


 笑い声が漏れた。

 泱容が笑っている。


 あははははははっ!!!


 泱容は大口を開いて笑った。


「あい承った! 太子にしかと伝えておこう! 太子は今病にて臥せっておいでじゃ。非礼を許せ。」


「ありがたきお言葉。感謝いたしまする。」


 タインは一心地つき安堵した。

 しかし、盧貴妃は怒り心頭であった。

 我が子全克の始終黙りこくった姿も、情けなく怒りが湧くが、泱容……玉座に執着無かったような素振りをしておいて……小癪な!!!

 盧貴妃は手にしていた扇子を折ってしまった。


 バキッ……。


 静かな広間で音がタインにまで漏れ伝わった。


 ひぃぃ……っ!


 タインは直ぐにでも、泣き出して逃げ出したいのを必死で我慢して己を鼓舞した。


 頑張れタイン! 帰ったら陛下にチクってフォンをお仕置きしてもらうんだ!!!


 その後、タインは型通りに先ずは太后に続いて、年長の皇子全克に続き泱容に挨拶し最後に、盧貴妃に挨拶をした。

 盧貴妃への挨拶だが、長く沈黙が続いた後に


「孝を重んじる家臣がいて、越王も大変心強いことであろう。」


 と述べられた。が、タインは肌でチクチク刺されるような怒りを感じとった。

 この恐怖の謁見を終え、タインは宴まで暫しの休息を許された。そこへ、


「うむ。流石は我が悪友! まるで俺そのものを見ているようであった!!」


 と両肩をポンポンと叩きながらフォン本人が労った。すると、緊張の糸が切れたのかタインは子供の頃の口調で大いに怒った。


「フォンのバカ!!! 何てことさすんだ!? お陰でオイラの寿命は十年すり減った!! 悪ふざけも大概にしろよ!? 帰ったら陛下に言いつけてやる!!!」


「あはは~ゴメンゴメン。だが……」


 フォンの顔が真面目になった。


「フォン?」


「友よ、すまん。状況が思ったより良くない。俺は茶番につきあっている場合ではないようだ。」


「茶番だって!?」


「あぁ。お前、解ったろう? さっきの謁見で。太子はもうお亡くなりだ。でなきゃ外国嫌いの惇太后が、第五皇子を担ぐわけないんだ。」


「外国嫌い?」


「あぁ。間違いない。だってうちから送った姫全員門前払いしたのアイツだぞ?」


「門前って……高官の嫁になったじゃないか。」


「一応な。後宮には入れたけど、陛下のお通り前に全員臣下に下げ渡されたんだぜ? しかも、自分の実家には一人も嫁がせていない。」


「そんなこと勝手に……。」


「やったもん勝ちさこんなの。」


「そっかぁ。」


「さて、引き続きお前には俺になる任務を続行してもらう。俺はこの国の内情を探る。ウチの近辺の海を荒らす海賊と、盧氏が繋がっているかもしれないしな。」


「え? ウソ!?」


「奴等の剣や矢羽や矢尻は玄と洸の物が混じってたんだよ。」


「そそれって……。」


「最初から俺達の首を跳ねる気満々かもな。」


「そんな……。アンに……最後に一目アンに会いたかった。」


 タインはヘタヘタと膝を地につけた。


「バカ! しっかりしろ! 俺達は帰るぞ自分の国に! 大国の思い通りになんかさせやしないんだからな!!」


「フォン……。」


「と、言うわけだから引き続き身代わり頼む!!」


「え……!?」


「大丈夫だ! ヤバかったら助けに来る!!」


「ちょっ……フォン?」


 フォンは走り出した。フォンのバカぁと言うタインの声が後ろから聞こえた。

 事は一刻も許されない。フォンの勘がそう言っていた。そして、一歩でも踏み外せばあの世行きだと。

 その時、侍女達の一団を見つけた。

 何やら騒いでいる。

 フォンは聞き耳を立てた。


「さぁ! こっちよ! 殿下はこの後、仙亀園にて行われる宴会にご出席よ! 対岸の松から見えるわ!」


「ああの……だから……そんな良いもんじゃ。」


 なるほど……殿下(見た目のいい第五皇子)見たさに、宴会を覗き見しようとしている侍女達だが、一人は乗り気ではない。なのに寄って集られて薦められている。


 何だぁ?


 よく聞いてみると、


「殿下だってお心を痛めておいでよ! 自分で選んだ側仕えですもの!」


 !! 側仕え……!


 フォンは彼女らの後をつけた。

 彼女らは宮殿の外に出て、大きな池をようした庭園に出た。

 池には豪奢な楼閣が建てられ、亀を模した島があり、両側から橋をかけられている。


 ほう……これが宴会のある庭。立派なモンだなぁ。


 フォンは感心しながら辺りを見回した。すると、島では複数人の侍女や衛官達が待機しているのが見える。


 あそこで宴会をするのか……。タインの奴役得だな。


 フォンは引き続き彼女達の後をつけると、侍女達はやがて、島の向こう側の岸にある松林にまでやって来た。ここから宴会の様子を覗くようだ。


 やがて、半刻ほど経ち島にいる侍女や衛官達が忙しく動き出した。どうやら宴会が始まるようだ。

 そして、泱容 全克 両皇子が席につき、御簾を下ろされた席に太后と盧貴妃が席についた。そして、タインと越の官吏と召使達の一団が会場入りした。

 タインから太后は祝辞を受け杯を皆に分け、乾杯の音頭をとり、皆が太后に長寿と加福を祝い杯を飲み干した。宴会が始まったのだ。

 フォンは宴会の様子を観察しつつ、侍女達の様子を伺った。すると、側仕えの侍女は少し寂しそうな顔をして、見送るようにフォンは感じた。


 ……………。恋人……か、どうかは知らんが、未練がある感じじゃなさそうだ。


 フォンはそう思うと、引き続き宴会を覗いて彼女達を観察した。どういう関係であるにしろ、ほぼ引き籠もりで情報の乏しい代五皇子の情報を、間違いなく彼女は持っている。何としても接触を図りたい!

 丁度その時、タインは泱容に献杯していた。


 そして………、


 事は起こった。


 泱容はタインから受けた杯を飲み干すと両手で口を押さえた。

 タインの顔は真っ青になった。

 そして、衛官の一人が


「逆賊を捕らえい!!」


 と声をあげてタインは瞬く間に捕らえられた。

 瞬間、フォンの身体中の毛が逆立った。


 まさか! 奴らっその場で首を……!!


 フォンは走り出そうとした時、信じられないものを見た。


 さっきの側仕えが池に配された岩をピョンピョンとび跳ねあっという間に泱容の元まで行ってしまった。


 ウソぉ……! 女なの? あの娘!?


 いや……いやいやいや。

 男でも普通できないよ! あんな動き。


 フォンはアトの超人的な身の熟しに、圧倒されて一瞬足を止めたが、タインの事を直ぐ思いだし一目散に駆けていった。

 アトは心臓が止まりそうだった。


 殿下が……毒を飲んだ!!!


 考えるより先に体が動いた。

 池に置かれた岩を足場に跳び跳ね、衛官の頭の上を飛び越え、泱容の元まで駆けつけた。

 宦官に支えらた泱容は、嘔吐し口を押さえていた。アトは叫んだ。


「バカ!!! 全部吐け!」


 そして、アトに吃驚している宦官に


「水!!! ありったけ!! それと炭だ。粉にしろ!!」


 と指図した。いきなりのことで呆ける侍女や宦官達を


「ボケッとすんな!!! コイツ死んじゃうだろ!!!」


 と叱責し、ハッとして宦官と侍女達が水と炭を用意し、アトは泱容を吐かせ、水と炭の粉を飲ませ、吐かせを繰り返した。

 そして、

 侍医が到着し泱容を引き渡して見送った。

 残ったアトは泱容の吐瀉物で泥々、だが誰も彼女に構わない。

 この騒ぎで、首を伐られそうになったタインは、いきなり現れたアトにより場が乱れ、その虚をついた太后が


「剣を収め大使を牢に!!」


 と命を発したためタインは座敷牢に連れらるだけで済んだ。


 そして、フォンはタインが直ぐ様殺されないことに安堵し、城内をうろついている間に拝借した宦官の衣装を、身に纏ってアトに声を掛けた。


「もし、そこのお方、これを……。」


 そして、アトの肩に自分が着ていた円領を掛け、彼女の耳元でこう囁いた。


「俺の主人も、あんたの主人も、このままじゃ命がない。」


 アトはハッとしてフォンの顔を睨んだ。


「とりあえずここを出よう。」


 そう言ってフォンは笑った。














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