魔剣の亡霊(4)


 ハオから貰ったIDカードを使い、琴の拘束されている部屋のドアを開けた。

「神成さん?」

 琴は、簡易ベッドから体を起こして神成を見た。

「助けに来たよ。ほらこいつも」

 そう言って琴の刀を手渡す。

「君を信じるよ」



 二人は兵器研究エリアに向かった。

「九八式軍刀……通称は"満鉄刀"は、旧日本軍の関東軍の為に量産された軍刀です。日本刀の製造技術のみで打たれた刀です。故に切れ味は同じだとしても神の魂が宿っていません。刀は切られた者の念を吸い上げるんです」

「あまりいいモノではなさそうだね」

「はい、怨念で成長した刀は妖刀となっています。今、ジョン・ディーが手を入れようとしているのは最も人の念を吸った刀。それを増幅させることがいかに危険なことか……」

「わかった。とにかくジョン・ディーの実験を止めよう」

「どうもありがとうございます」

「俺は何もしてないし。それに同じ日本人のよしみだし」

「それでもありがたい。この恩は必ずお返しいたします」

「俺の自分の勘を信じただけだよ」

「神成さん……」


 研究室の前に来るといるはずの警備の保安隊員たちがいない。

「都合はいいけど……変だな」

 ハオのIDカードで扉のロックを解除した。

 ゆっくりと鋼鉄の扉が開いていく。

 そっと中を覗き込んでみると照明が切れているのか中は薄暗い。

 神成はSIG P226のグリップに手をかけて慎重に中へ入っていった。

 その後を琴が続いていく。

「待ってください」

 琴が神成を呼び止める。

「どうしたの?」

「何か変です」

 琴は、神成の前に出ると周囲を見渡した。

 実験室の中央には日本刀に似た剣が透明の容器に収められていた。

 高い電圧が掛かっているであろう配線をまとめたチューブがいくつも伸びている。

 魔術も使えないし、霊感とかいうものもない筈の神成だったが、それでも何かを感じ取った。

 物陰で何かが動いたので咄嗟にハンドガンを向ける。

「ジョン・ディーさん……?」

 ガスマスクの男がそっと顔を覗かせた。

「君は、確か……」

「神成です。こののことはご存知ですよね」

「むう……」

「一体、何があったんですか?」

「日本刀を魔剣化させる実験をしていたら暴走してしまってな」

 ジョン・ディーは呑気にそう答えた。

「妖刀と化した"満鉄刀"を魔剣などと馬鹿なことをしたものです」

 そう言って琴がジョン・ディーをにらみつける。

「魔物や悪霊に対抗するには魔剣は不可欠なのだ。そのような妖刀こそ実験には最適だったのだよ」

 その時、何かの気配を感じ取った琴が振り向いた。

「どうした?」

 琴が鞘に手をかけた。

「神成さん、下がって!」

 立っていた誰かが突然、刀を振り上げて飛びかかって来た。その姿は旧日本軍の軍服を身に包んでいる。

 神成を押しのけて前に出た琴が一撃を刀を弾く! 薄暗い中、火花が散った!

 男は刀を下ろす。

「やるな、女。何者だ?」

 軍服の男は琴の方に向き直るとそう尋ねてきた。

「神刀無心流の剣士、如月琴!」

 琴は名乗りを上げる。

「貴官は隠形に堕ちて迷っておいます。わたくしが本来行くべき場所へお連れいたします」

 男は刀の刃先を琴に向けた。

「笑止! 俺が迷うておると?」

「歪んだ剣の道に溺れ、その末、隠形の者と成り果ていてもお名前はございましょう。お聞かせ願いますか?」

「大日本帝国陸軍第79師団少尉、菊川三郎」

 男はそう名乗ると刀を構え直した。

 その動きを見て琴はゆっくりと軸足を前に出す。

「抜刀術か……面白い」

 菊川少尉は刀を上段に構え直した。

「いつでも打ってくるがいい!」

 少尉が上段の構えのまま、琴との間合いを詰めてくる。

 半径二m。

 その剣技の射程距離に入った時、琴の刀が抜刀された。

 菊川少尉が一瞬で一刀を交わす。

「ほう……見事な捌きだ。もう半歩踏み込めば俺でも斬られたな」

 菊川少尉は感心した。

 琴は刀を鞘に戻すと再び抜刀の構えに入る。


 その時突然、武装した保安部員たちが突入してきた。

「抵抗するな!」

 菊川少尉は保安部員たちの方に注意を向けた。

「動くな!」

 訓練された保安隊員たちがアサルトライフルを向けて菊川少尉と琴の周りを取り囲んでいく。それに反応した少尉が保安部員たちに斬りかかった。

 それを琴が刀で弾く。

「そうはさせない!」

 返す刀で横から切りつけた。少尉は身を翻しで避けると構えを戻す。


「神成! 一体、何なんだ?」

 保安部員たちの中にいたハンター・ウッドが神成に聞いた。

「俺より、そちらの錬金術士さんの方が説明できると思うよ」

 ジョン・ディーが咳払いをする。

「私が推測するに、刀に憑いていた亡霊が具現化したと思う。これはまた新しい発見です。これを数値化できれば兵器化も夢では……」

「ちょ、ちょっと実験失敗してるでしょ」

「失敗は成功の母という言葉を知らんのかね」

 この錬金術士には何を言っても駄目だ、と神成は思った。

「ともかく、霊体であるあの二本の軍人に銃弾は通じません。ここは彼女に任せましょう。ああ、そうだ! 記録を取らなくては!」

 ジョン・ディーはそう言って測定用の機械に走っていった。


 菊川少尉と向かい合う琴は静かに目を閉じた。

「わが心に瞋恚しんになし……故に因果を転ずる理なりことわり

 先に打って出たのは菊川少尉だった。

 少尉が剣技の間合いに入った瞬間、琴の手が動く。

 刀が振り上げられ、刃先が少尉に触れようとした瞬間、その姿が消えた。

 一瞬の間合いで一歩下がったのだ。

 ここで少尉は勝ったと思った。

 だがそれは違った。

 琴はまだ抜いていない。

 少尉は驚いた。確かに琴が刀が抜かれたのを見たはずなのだ。

 だが、俺の剣は頭上三寸! こやつには避けきれぬ!

 それは思い違いも甚だしかった。

 抜刀した琴の剣は少尉の両腕を斬り跳ねた。

 腕は刀を握ったまま跳ね跳び、床に突き刺さった。

 両腕を斬られた少尉が両膝をつく。

 その前に刀を持って立つ琴の表情は信じられないほど気迫であった。

「成仏されよ」

 琴の剣が少尉の身体を頭の天辺から一刀両断に斬って伏せた。

 斬られた少尉の姿が白い灰になっていく。

 離れた場所に突き刺さった満鉄刀を握った両腕も同時に灰になって消えていった。


 周囲を取り囲んでいた保安隊員たちがあっけにとられている。

 もちろん神成もだ。

 そうしてるうちにハンターは、我に返り、何をすべきか思い出し、アサルトライフルを琴に向けた。

 彼女は、亡霊を倒してくれたが、まだ身元の不明な不法侵入者なのだ。

「ち、ちょっと、待ってくださいよ。彼女のおかげで騒ぎが収まったんじゃないですか」

「そなんだが……不法侵入者なのは変わってないし」

 神成が琴の前に出ると保安部員たちの前に立ちふさがった。

「あんたら、彼女に助けられたようなもんだろ! 少しは敬意を払え!」

 保安部員たちは顔を見合わせると銃口を下げた。

「失礼した。サムライガール。一応、詳しい事情を聞かせてもらいたい。同行してもらえますか?」

 アサルトライフルを下げたハンターが言った。

 琴はうなずくが。

「同行はする。だが、その前に刀を回収させてもらいたい」

 そう言って床に突き刺さった満鉄の方を見た。



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