魔剣の亡霊(3)
「九八式軍刀……通称"満鉄刀"。その名に心当たりは?」
「はて……? 存じ上げませんな。ところでもう一度お名前をお聞かせ願いますかな?」
錬金術士ジョン・ディーは小首をかしげた。
ガスマスクに覆われたその顔からは表情は読み取れない。
「如月琴」
「如月……そのような者がユースティティアにいたかな?」
「神刀無心流に聞き覚えは?」
しばらく考えたジョン・ディーは思い出したかのように声を上げた。
「ああ、思い出した! 刀のこともね。そうだ。それをよく見せてくれないか」
そう言ってジョン・ディーは手を差し出した。
「いや、それはご遠慮願いたい」
琴は断り、刀を鞘に収める。
「それは残念。ああ……そうだ。ところで……」
ふいに差し出されていた手のひらから何かの粉が散った。危険を感じた琴は下がろうとしたが僅かに粉を吸ってしまう。
「うっ……」
琴の意識が一瞬で失われた。倒れそうになった琴を神成が受け止める。
「何をするんですか!」
ジョン・ディーは、床に転がるムラマサを拾いあげる興味深げに刃先を見た。
「君は?」
「捜査官の神成朝斗といいます」
「捜査官……ふむ。で、捜査官の君がこの不審者をここまで連れてきたのかね?」
「あ……まあ、そういうことになりますんですけど」
「話にならないな。保安部! その娘を拘束したまえ」
「その娘は何も……」
「これは否ことを。保安部員二人を倒しても何もしていないというのか?」
錬金術師ジョン・ディーは助け起こされている保安部員たちに目をやった。
「私の見解だが、その娘は、不法にこの施設に侵入して保安部員二名に暴行を働いた。拘束するには十二分に相当すると思うがね。では私には実験の続きがあるので失礼させてもらうよ」
そう言って錬金術士ジョン・ディーは研究室に戻っていった。頑丈そうな鋼鉄の扉が自動で閉まっていく。
保安部員たちが気を失っている琴を抱え上げた。
「すまんな、神成。これも仕事なんでな」
ハンターは通りがかりに神成にそう声をかけていった
「錬金術士ジョン・ディーがどんなやつかだって?」
鑑識班の分析室へケーキを持ってやってきた神成。
「言ったろ? 変わり者だって」
「それはそうなんですが……」
「聞いたぞ。不法侵入者を手引したって?」
「してませんよ。たまたま会った人が不法侵入者だっただけで」
「それは複雑だねえ。ん? これはいけるな」
ハオはケーキを美味しそうに頬張る。
「少し腑に落ちないところがあって」
「腑に落ちないって?」
「ジョン・ディーは嘘をついてると思いますよねえ」
「人は誰でも嘘をつく」
「だけど如月琴は嘘をついていない」
「君は女の子に弱いねえ」
「ち、違いますよ。本当に嘘をついていないと感じるんですって」
「いいって。そこが君のいいところだ。いいよ。聞きたいことがあるんだろ? ケーキのお礼だ」
「では、遠慮なく。ジョン・ディーの研究ってなんです?」
「彼は邪悪な妖精や魔物に対抗できる武器を研究している。魔術を使わなくとも決定的なダメージを与えれる武器さ。例えば剣とか、あるいは銃弾」
「そうか……だから刀に興味を持ってたのか」
「どういうこと?」
「琴は、盗まれた刀を取り戻しにきたと言ってました。ジョン・ディーが刀を盗んだとしたなら、兵器化するつもりなのでは?」
「ありえるかもね。でも、だとしてもそれはユースティティアの職務だろうさ。ちゃんとした手順で入手している筈だよ」
「そこなんですよ。腑に落ちなかったのは。もし正当に入手しているならウソを付く必要はないでしょ?」
「不法侵入者をまともに相手にするとも思えないともいえる」
「琴は、ジョン・ディーが実験に使用しようとしている刀は危険だと言っていました。俺は琴を信じます」
「まったく君ってやつは……OK、君の勘ってやつを信じてみよう。その代わり私が手を貸したことは黙っていてくれよ」
「ありがとうございます! ハオさん」
「それでは……」
ハオは席を立った。
「僕は、ちょっと用を思い出した。席を外すからくれぐれも一番上の引き出しは開けないでくれよ?」
「は? はい」
「一番上はだめだからな」
そう念押しするとハオは部屋から出ていった。
その後、神成は引き出しを開けてみる。中に入っていたのはハオのIDカードだった。
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