5・脅威認定

「ペータ・ミ・ホスティアム・エット・アーデビット・アスクェ(炎よ。私の望みは敵をすべて焼き尽くす事)・パニシエム……」

 黒衣の化物に燃え移った炎があっという間に全身に広がりそのまま火柱になった。

 先程の炎より明らかに勢いが違って見える。

「サラマンドラ・エーゲンズ・プロー」


 巨大な炎の蛇がファイヤー・ドレイクに食いかかった。

 翼を羽ばたかせ離れようとしたが遅かった。

 宙から引きずり降ろされると炎の蛇はファイヤー・ドレイクに巻き付いた。

 やがて身体全体が炎に包まれていく。

 炎の息を吐く怪物であるファイヤー・ドレイクと炎の精霊サラマンダーとの対決を神成は見守る。

 炎の包まれていたファイヤー・ドレイクは苦しいのかもがくような動きをしだした。次第に動きが小さくなっていくとその場に倒れた。

 絡みついていた炎の蛇はしばらくすると姿を消してしまう。

 残ったのは横たわるファイヤー・ドレイクだけだった。


 荒い呼吸でその場に立ち尽くすタチアナに神成が駆け寄った。

「タチアナさん。やりましね」

「神成……」

 気が抜けたのか、神成が傍まで来るとタチアナがよろめいた、慌ててタチアナの身体を支える神成。

「大丈夫ですか!?」

「ああ……平気さ」

「全然平気じゃないですか。魔力とかいうやつを使いすぎですよ」

「逆だよ。ファイヤー・ドレイクの力をボクのサラマンダーが吸収したんだ。ちょっと身体を整えるのに時間が掛かっているだけだよ」

「はあ?」

「ファイヤー・ドレイクも火の属性の生き物だからね。そいつに炎の魔術をぶつけても無意味だと思ったんだ。だから試しにサラマンダーに火のエネルギーを食べさせてみたんだよ」

「試し……って確証なかったですか!?」

「使ったことのない手順だったからね」

「もう、心配させないでくださいよ」

「でも、うまくいったろ?」

 そう言ってニコリと笑うタチアナ。

 その悪気のないタチアナの笑顔に神成は文句を言う気も失せていた。



 救助された母と子が衛生兵の手当を受けていた。

 そこへ彼女たちを探していた父親が警官に連れられてやってくる。

「パパ!」

 母の手当を傍で見守っていた娘は父親の姿を見つけて駆け出した。

「よかった。無事だったんだな」

「ママが怪我しちゃったの」

 父親は、娘の手を握ると衛生兵に手当されていた母親のもとへ歩いていった。

「こめかみの傷は縫わなければならないかもしれませんが、腕と足は軽い擦過傷だけです。大丈夫ですよ」

 衛生兵はそう言って不安げな表情だった父親を安心させた。

「無事でよかった」

 父親は生きていた妻を強く抱きしめた。



 ファイヤー・ドレイクが出現した陥没穴の周辺をユースティティア・デウスの鑑識チームが調査に入っていた。

 黒い防護服に身を包んだ鑑識員たちが岩盤や崩れ落ちた建物の瓦礫を綿密に調査している。

「捜査官!」

 タチアナたちが何かを見つけた鑑識員に呼ばれた。

「これ、ファイヤー・ドレイクの卵ですよ」

 そう言うと瓦礫の中から掘り起こされた丸い石の様な卵のような見せられた。

「卵は生きてます」

 鑑識員がサーモセンサーを向けると百度を越える高温だった。

「あれはこれを守ろうとしていたのか……少し可愛そうなことをしたかな」

「仕方がないですよ。あれが目が覚めた時点で人間の脅威ですから」

 鑑識員はそう言って淡々と卵の写真を撮り始めた。

「そうだね……でも子供も守ろうとした気持ちは分かるよ。たとえ人と違うモノでも……うっ」

 タチアナは急に目眩を起こした。傍にいた神成が再び彼女を支える。

「平気だよ」

「平気な人は立ちくらみしませんよ。本当に大丈夫なんですか?」

「ああ……だんだん馴染んできているし」

「馴染む?」

 タチアナは左手をかざした。すると指先から炎が吹き上げるとファイヤー・ドレイクの姿に変わる。

「こ、これって……」

「取り込んだファイヤー・ドレイクの火属性の力だよ。どうやら我が子が心配で騒いだみたいだね」

 ファイヤー・ドレイクの形を成した炎が卵の周囲を飛び回る。

「心配しないで。ボクらが君たちの代わりに子どもたちを守るから」

 タチアナが穏やかにそう語りかけると炎は大人しく左手に戻っていった。

 その様子を見ていた神成は、何故か美しいと感じていた。

「何を突っ立っているんだい? 神成」

「あっ? いえ……すみません」

「さあ、卵を持ってマニック・カースル城に戻ろう」



 陥没現場を見下ろせる近代ビルの屋上は強い風が吹きつけていた。

 そこで地上で起きていた今までの経緯をずっと監視し続けていた者がいた。

 容姿は、黒いマントを羽織った人に見えたが、実は人ではない。その者は人間の世界に紛れ込んでいるエルフであった。

 事が終えたのを見届けると書簡に今までの経緯を書き記す。全てを書き終えた後、黒マントのエルフが、床に魔法陣を描いた。すると魔法陣の中から黒い穴が現れた。

 黒マントのエルフは、その黒い穴へ丸めて紐で縛った書簡を放り込む。


 書簡の行き先は、ユースティティア・デウスの英国支部マニック・カースル城に滞在していたエルフ使節団であった。

「タチアナ・バリアントが"ファイヤー・ドレイク"を倒したとのことです」

「人間が単独で竜種を倒すとは信じられないな」

「人間ではない。邪神の心臓を持つ変わり種だ。第一級の脅威になり得る者だ」

「どちらにしろ最強の魔法生物の一種であるファイヤー・ドレイクを倒したのは妖精の帝国にとって大きな脅威であることに変わりはない」

「では、適切な対処を……」

「待て」

 皇女が側近たちを制した。

「"黒髪の魔女"は、こちらの駒として使えるとは思わないか」

「しかし、皇女。邪神の心臓を持つということは、我々の……」

「否、竜種を倒せる能力を持つと言っても所詮は人。取り込むのは容易い。ならば我らの戦力とし、来たるべきティーターンとの戦いに利用すべきである」

 皇女トダーナ・トゥアは、そう言って妖しく微笑みを浮かべた。



 地に眠るは古き獣 終わり

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