魔剣の亡霊

魔剣の亡霊(1)

 神成朝斗が魔術捜査機関ユースティティア・デウスの英国支部に配属されて一ヶ月以上が経っていた。

 支部となっているマニック・カースル城はかつて錬金術士だった貴族が建てたもので組織の設備を入れてもまだ部屋は余る。その空き部屋は捜査官やスタッフたちの部屋として利用されていた。

 神成も部屋を借りる一人たった。

 妖精の悪戯、亡霊の目撃、奇妙な魔術機械と毎日起きるマニック・カースル城での出来事に次第に慣れてきた。とはいえ、非日常な出来事に気疲れも多い。

 そんな中、神成は最近、勤務前にマニック・カースル城の広い庭を散歩するのが日課になっていた。


「のどかだねえ……」

 朝の温かい日差しに思わずぽつりと呟く神成。

 城の近くはバランス良く整えられて植木や花壇が並んでいるが少し離れるとほぼ自然のままといっていい森が広がっていた。

 普通に歩いていれば妖精の干渉や魔術を使った結界に影響を受けるのだが、支給された"カード"により、


 気分良く散歩を楽しむ神成が不意に何かに躓いた。

「おっと……なんだ?」

 見ると草むらに誰かが倒れていた、というか寝ている。

「ああ?」

 それは長い黒髪の美少女だった。

 手には敷布で巻かれた1.2mほどの長物を抱えている。包の感じはどこかで見た覚えがある。

 しかし、朝から森の中で寝込んでいるとは……。

 神成は呆れたが、なにしろこの機関には変わった人間が多い。多分、この少女もそういった一人だろう。放っておこうかとも思ったが日差しがあるとはいえ、まだ肌寒い中、このまま寝かせておくのは気の毒な気がした。神成は、寝ている彼女を起こすことにした。

「ちょっと、君」

 肩を揺らされた少女は、はっと目を覚ます。

 目の前の神成を見て思わず起き上がって身構える。

 長物を腰に回し柄のような部分に手をかけるその姿は、剣術に長けた者の姿だ。

 この時、神成はその包が竹刀か刀の類であろう事を察した。

「誰だ!」

 少女は、神成を睨みつけて言った。

「あ……いや、俺は最近入った捜査官で神成といいます。すみません。起こしちゃって」

「捜査官?」

 少女は突き出していた長物を収めると礼儀正しくお辞儀した。極めて日本人的な所作だった、しかも武道を嗜む者のそれだ。

「ここの方ですか?」

「最近、配属されました。君は日本の方?」

 彼女は長い黒髪を後ろに縛り、顔つきもアジア系。何よりも日本語で話してきた。

「はい。私は如月琴と申します。昨日遅くにこちらへ参ったのですが疲れ果てたうえに、入り口が分からず寝込んでしまいました」

 夜遅かったとはいえ、森で寝込むか? 普通

 とはいえ、妖精の中には人を道に迷わせたり、眠気をおこさせる種類もいるとは聞く。やはり妖精の悪戯か結界の影響で道に迷わされてのかもしれない。

「ああ、ここは嘘みたいに広いですからね。俺も最初の頃はよく迷いましたよ。おまけに森にはいたずら好きの妖精たちもいるし」

「妖精?」

 如月琴は神成の顔を不思議そうに見た。

「いるんですよ、妖精が。こいつらがまた新人には意地悪くて……ああ、こつは正面玄関の道から外れないこと。でないと魔術の結界だか何だかで森で迷わされるみたいだから。俺は最近、魔術よけのカードを貰ったんで結界に引っかからなくなったけど丸腰の人間や魔術を嗜んでいない人間には鳴動この上ないんです」

 そう言って神成はルーン文字が書かれたカードを見せた。

「ここは、ほんとに新人にきついよね」

「神成さんと申しましたか。お優しい方ですね」

「俺が?」

「その笑い顔を見れば察します」

 あまりに真顔で言うので神成が照れくさくなる。

 その時、腹が鳴る音が聞こえた。

「ん?」

 見ると如月が顔を赤くしてうつむいている。

「如月さん……お腹すいてないですか?」

「恥ずかしながら。何分、昨夜から何も口にしていないもので」

「それなら、朝食を一緒にどうです?」



 神成は琴をマニック・カースル城の中に設置されているカフェに連れていった。

 テーブル席に座らせると二人分のコーヒーとクロワッサンを持ってきた。

「まだカード支給されていなんでしょ? ここは俺のを使うから」

「重ね重ねかたじけない」

 化粧も薄いので十代にも見える如月琴だったが言葉遣いが妙に格式張っているというか、古めかしい。

「いいって、いいって、日本人同士、困った時はお互い様。さあ、食べて、食べて」

 琴は両手を合わせると、頂きますと小さくつぶやき、クロワッサンを口にした。

 よほど腹が空いていたのか美味しそうにクロワッサンを頬張る如月。あっという間にクロワッサンを平らげてしまう。清楚な立ち振舞からは思いもしなかったがっつきぶりに少し引く神成だった。

 その後、コーヒーを一口を一気に飲み干すと神成の顔を見つめた。

「つかぬことをお伺いするが、錬金術士のジョン・ディーという方どちらにおいででしょうか?」

「ジョン・ディー……? えーと、ごめん、ここには大勢人し、俺、よくまだ知らないんだ」

「そうですか」

 残念そうな顔をする如月。

「なんなら、呼び出してもら……」

 そう言いかけた時だった。鑑識チームの責任者であるハオ・ワンが通りがかった。

「おはよう、神成くん」

 ハオが気さくに声をかけてきた。

「あっ、おはようございます。ハオさん」

 ハオと目が合った如月は軽く頭を下げる。

「見ない顔だね。新人さん?」

「彼女、ジョン・ディーという人に会いたいそうです。錬金術関係の人らしいんですけど」

「ジョン・ディー? これはまた物好きな」

「ハオさん、その人、知っているんですか?」

「うん、錬金術士のジョン・ディーでしょ? 変わり者の多いユースティティアの中でもトップクラスの変わり者。対妖精、魔物兵器研究部門C・P・Wの(カウンター・パラノーマル・ウェポン)責任者だ。最近、新しい武器の開発に熱中しているって話しだよ」

 神成が携帯端末にアクセスすると部門の場所を検索した。

「C・P・W……ああ、ここだ。わかった。如月さん、案内してあげるよ。行こう」

 神成は席から立ち上がった。

「ありがとうございました」

 如月はハオに頭を深々を頭を下げた。

「あ? ああ……」

 その礼儀正しい所作にハオも戸惑うを残し、二人はテーブルから離れていった。

「新人の捜査官が来るなんて聞いていなかったけどなあ」

 ハオは、そう呟きながら二人の後ろ姿を見送った。


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