3・ファイアー・ドレイク
神成たちが地中に眠る怪物の姿を見つけた頃……。
地上では解体工事現場を中心に半径一〇キロの住人の避難が開始されていた
ユースティティア・デウスが警察に働きかけたのだ。
すで警察車両が道路を封鎖し、地域への侵入を規制している。あとは住人の避難だったが怪物が原因と思われる頻繁に起きる揺れのおかげで退去勧告にほとんどの住民が応じた。
大掛かりな避難誘導が進む中、何箇所かの道路が陥没が起きていた。車で避難しようとしていた人々は陥没穴への脱輪を避けようと蛇行運転を強いられている。
やがて避難渋滞が起き始めたころ、それは起きた。
小さな揺れが始まったかと思うと突然、二車線の道路を塞ぐほどの大きな陥没が数カ所に同時に発生した。
穴に落ちる車や、急ブレーキをかけて後続車に追突される車など事故が同時多発した。そのうちのひとつの陥没は歩道まで進み集合住宅まで達してしまう。土台を崩された建物はそのまま道路側に崩れ始めた。
やがて揺れが収まり、陥没も止まったが。
土埃の中、人々の嗚咽が聞こえてくる。
幸いなことに避難誘導のために来ていた警官がすぐさま救護活動に取りかかれることができた。
そんな中で男が頭から血を流しながら大声で騒ぎ出していた。
「妻と娘が車ごと、馬鹿でかい何かに穴に引きずり込まれたんだ! 早く助けに行かないと」
警官に押さえつけられた男は大声で必死に訴えた。
巣穴の奥で巨大な生き物を見つけたタチアナたちだったが突然の揺れにその場に立ち止まっていた。
「揺れ、収まりましたね」
再び、ライトを照らしながら穴の中にいる巨大な生き物へ用心深く近づいていく。
温度がだいぶ高くなってきていた。暑さで汗までかきはじめた神成だったが前をいくタチアナは、汗一つかいていない。
炎の魔術を得意とするタチアナは熱には強いのかもしれなかったが、神成にはひとつ気がかりなことがあった。
タチアナは、過去に起きた魔術絡みの事件が原因で暗闇をひどく恐れていた。それを神成とのコンビで手掛けた最初の事件をきっかけに克服しつつあった。
だがここはライト以外の光が無い地中の暗闇の中で、ずいぶん時間も経っている。いつタチアナの暗闇への恐怖心が戻るとも限らないのだ。
「大丈夫だよ」
その神成の気持ちを察したのかタチアナが突然言った。
「ボクは、もう暗闇は恐れない」
タチアナが静かにそう言った。
しかし神成は気付いていた。白くなった肌。青ざめた横顔。
タチアナは、必死に耐えている。
怪物に近づくと全身の姿を把握しようとライトで照らしてみた。
ちょっとしたビルほどの胴体を折りたたまれた蝙蝠に似た羽が覆い隠していた。
隙間から角の様な突起物をいくつか生やした蛇と鰐の特徴を持つ頭が見えている。
「ファイヤー・ドレイク。太古の獣だ」
スマートフォンで怪物の撮影しながらタチアナが言った。
「こいつ寝てる……んでしょうか?」
「休眠状態だったとは思うけど、何かの理由で目覚める準備に入ってる。上昇している温度はきっとそのせいだ」
「こいつが目を覚ましちゃったら、どうなるんでしょう?」
「大惨事になるだろうね。ユースティティア・デウスの竜魔術の専門家に来てもらおう。それと何かあった時の為に
「
「英国陸軍第7歩兵師団所属の空中強襲部隊と装甲部隊から成る即応部隊だ。対竜種の十分な訓練と装備をしている」
表向きには英国陸軍の師団は第六6歩兵師団までである。第7歩兵師団はいわば英国陸軍の秘密師団だった。
「えっ! イギリスにはそんなものがあるんですか!?」
「英国は昔から竜種に悩まされているからね」
当たり前のようにそう言いながらユースティティア・デウスに電話を入れるタチアナだった。
その間、神成はファイヤー・ドレイクを見上げた。
頭だけでも神成の身体くらいの大きさだ。羽があるということは空を飛ぶのだろうが、三〇メートルはあろう身体が本当に浮くのだろうかと疑問に思う。同時に空を飛ぶ姿を見てみたい気持ちも湧き上がっていた。
「神成」
「は、はい! いえ! これが目を覚ましたところを見てみたいとか考えてませんから!」
「思ってたの?」
「あ……いえ! 違います!」
「そんなことより、行方不明者が出た。さっきの揺れで起きた陥没で行方不明者が出たらしい」
「ま、まじですか?」
「その行方不明者の家族の証言によると妻子が車ごと何かに地中に引きずり込まれたそうだ」
「何か……ってことは、もしかしたら」
「もう一匹のファイヤー・ドレイクがいるのかもしれない」
「これが二匹……?」
神成は横たわるファイヤー・ドレイクを見上げた。
「ボクらが一番もその地点へ行って行方不明者の捜索にあたる」
「わかりました!」
人命救助に神成に気合が入る。思わず出した大声にタチアナが人指指を口に当ててまた静かにしろのゼスチャーをする。
罰が悪そうに頭を下げる神成。
「で、では、地上に出るんですね」
「いや。違う。GPSで位置を確認したけど、こっちの横穴に入る前の穴。その先が陥没現場なんだ。さっきの穴に戻って現場に向かうんだ」
「わかりました」
今度は小声で答える神成だった。
ファイヤー・ドレイクの巣穴から離れて陥没現場へ向かうタチアナと神成。
懐中電灯の光がなくなり、再び巣穴は暗闇に戻った。
闇の中、怪物の呼吸だけが鳴り響いていく。
しかしその呼吸のリズムが次第に変わっていった。同時に周囲の温度も急上昇し始めていた。
低い唸り声と供にファイヤードレイクの腹のひび割れた皮膚の間からオレンジ色の光が放ち始めた。光が強くなっていくのと同調して温度はさらに上がっていく。
やがて周囲の岩盤も異常な高温により溶け始めた。
今、太古の獣が目覚めようとしているのだ。
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