2・幻想生物

 現場に到着したタチアナと神成は工事現場やってきていた。

 順に関係者に事情を聞いて回っていた。


「まったく今日みたいな日に朝っぱらから女に声をかけるなんて余裕だね、君は」

「だから、あれは……」

「彼女は今日の会合では重要な役目を負うっていうのに」

「そ、そういえば、今日の会合ってなんですか?」

 神成は話題を変えようとした。

「君は通達聞いていなかったのかい?」

「一応、通達は聞いていいたんですけど意味がよくわからなくて……あはは」

 ため息をつくタチアナ。

「今日は、100年に一度の平和条約の更新だ。妖精の帝国ティル・ナ・ノーグとのね」

「そのティルなんとかが、よくわからなくて……"妖精の帝国"ってなんです?」

「こっちに現れる妖精や、魔物が元々いる世界だよ。そこには一応の政治体制があって、あっちの世界を統括している。それが"妖精の帝国ティル・ナ・ノーグ"なんだ。彼らとの平和条約は、の世界との世界との均衡の維持を意味する。最初に彼らと交渉したのは五世紀頃。人間側の代表者はアーサー王だと言われている」

 その名前を聞いて神成は驚いた。

 アーサー王といえばヨーロッパでは有名な伝説の王だ。

「アーサー王? 実在していたんですか?」

「アーサー王はローマ帝国から派遣された軍団の指揮官で、彼はローマ帝国の代表として魔術士マーリンを仲介役にして妖精側と交渉した。ローマ帝国は当時、人類最大の勢力のひとつだったから妖精側も人間側の総意である認識を持ったんだ」



 二人は、工事現場の監督を見つけると声をかけた。

 監督は、困り果てたように話し出す。

「解体工事中に地下室で横穴が見つかったんだよ。それで調べるために中に入ったんだ。そこでこいつがいたんだ」

 そう言って現場監督はスマ―トフォンで撮影した動画を見せた。

 そこに写っていたのは何かの目だった。何度か瞬きしている。一緒に映り込む関係者の背丈からすると目の大きさは二十センチ弱。そこから想定される全長は三十メートル程だ。巨大な生物であることは間違いない。存在する生物としてはザトウクジラ級だ。ただし地上で生息する生物には存在しないサイズであった。

「幻想生物だ」

 タチアナが真顔で言った。

「はあ?」

「いや……なんでも」

 怪訝な顔をする現場監督に言葉を濁すタチアナだった。

「とにかく、この気味の悪い生き物を何とかしてほしくて役所に連絡したら、あんたらがやってきたんだが……あんたら、本当に保健所の人?」


 タチアナたちの素性に深く触れられる前に地下室へ向かった。

 横穴の周りにはロープが張られていた。穴の大きさは人が少しかがんで歩ける大きさで補強用の木材も石壁もない単純に横を掘り抜いただけのものだった。

 その中を懐中電灯を照らしながら進む二人。

「ここ以前は教会だったようです。ロンドン空襲の火災で消失した後、何年か放置されてその後、今の集合住宅が建てられましたってことです」

 神成は、工事現場の人間から聞き取ったメモを読み上げた。

「教会だったのであれば納得がいく。恐らく昔の人たちは地下に何かがいるのを分かっていた。それを恐れて教会を建てたんだ」

「一体、なんでしょうかね?」

「さっきの動画からすると全長はかなり大きい生き物だ。幻想生物、魔法生物……といった部類かもね」

「それってドラゴンとかグリフィンとかいう……」

「そうさ。こっちの世界に紛れ込んで戻れなくなった生き物たちだ。外来種と同じようなもので下手をするとこっちの生物を駆逐しかねないだろうね」

「そんなのに俺達だけで大丈夫でなんすか!?」

「今回は調査だ。本格的な対処は専門家にやってもらうよ」

 その時、地面が揺れだした。

 補強もない脆い岩盤がわずかに崩れていく

「こ、この穴、崩れそうですよ」

「だね、早く正体を確認して撤収しよう」


 しばらく進むと異常に高い熱と硫黄の臭いがしてきた。

「硫黄だな……温泉でもあるんでしょうかね」

「この地域にそういったものはない。これは息だ」

「息?」

「硫黄の息に高い熱。多分、ファイヤー・ドラクルだ」

「ファイヤー・ドラクル?」

「熱い雲と冷たい雲が交わって生まれたとも言われている生き物だ」

「あれ?」

「どうした? 神成」

「風がこっちからも流れています」

 土壁から流れてくる風の出どころを手探りしていた時だった。手が壁を突き抜けてしまう。

「うわっ!」

 新たな横穴だった。タチアナが覗き込むと横穴の先は洞窟のようになっていた。

 ライトを照らしてみると何か巨大なものが横たわっていた。

 熱は今までより格段に高い。

「これは……」

 そこで見つけたのは巨大な爬虫類に似た怪物だった。


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